自由なき生活
何時間......いや、何日経ったのだろう。
荷車に放り込まれ程無くして俺は気を失っていたようだ。意識を失ったのだから自分でもそこら辺は良く把握しきれていない。意識が戻って目を覚ましてみれば狭くて汚く、強烈な臭いを放つ部屋のベッドの上でに寝そべっていた。
天井には小さなランプがぶら下がっているだけで、他に明かりは何もない。部屋の間取りは広く見積もっても、1DK程度。部屋にはボロボロのベットと汚い便器のようなものがあるだけ。まるで牢屋の中で囚人暮らしをしているようだ。
この部屋には俺一人だけではなく、他にも同居人が2人。手足を紫色の紐のようなモノで縛られている。肌に身に付けているのは荷車の中の人間が着ていたのと同じボロボロのローブ。肌は傷だらけで、顔を除き混むと、その目には生気がなかった。顔も窶れている。生きる気力を失っているようだ。ずっと俯いていては何かを呟いている。生憎何て言っているのかは分からない。
かく言う俺も同居人達と同じ格好をさせられていた。携帯も財布も着ていた服も全部没収されてしまった。
「終わりだな俺も」
ハハハ、と意味もなく笑ってみた。
迷い混んだ世界でこんな人権無視された扱いを受けることになるなんて。自暴自棄になりたくもなる。ここにきて俺が一番日の浅い新入りかもしれないが、早くも心が折れそうだ。
同居人の犬耳の女の子も、俺よりも年が若い男の子も俺と同じなのかもな。いや、俺がこの子達と同じになったんだな。
部屋と外を繋げているのは扉一つのみ。窓も何もない。地上なのか地下なのかもわからない。時計もないから時間感覚がない。それが狙いなのかもしれない。精神的に揺さぶるために。
扉の外で足音が聞こえてきた。足音は俺達の部屋の扉の前で止まり、真ん中の隙間から3つの皿が差し出された。どうやらこれが食料らしい。尤も強烈な臭いを放っているため食欲はそそられない。
「こんなんでも体は素直なんだな......」
食欲はそそられないはずなのに、腹の虫が鳴る。こんな状況でも体は食べろと言っているようだ。
「酷い味だ」
差し出された皿に群がるのは俺だけではなく、よろよろになりながらも女の子と男の子も皿を手に取りスープをすすりだした。
生まれて初めてこんな不味いスープを飲んだ。何が材料に使われているかわからないが、吐き気を催す形象し難い酷い味だ。それでもスープを喉に胃に流し込む。死にたかったら絶食を始めるのだが、俺を含めた同居人達も死にたくはないようだ。ただ希望がないだけで、取り敢えず生きるだけになっている。
「君たちは何でここにいるんだ? いつからここに?」
言葉が通じないことは以前の件ではっきりしているが、それでも誰かと話がしたかった。例え言葉が通じなくても会話が出来なくても誰かと話がしたかった。
「............」
勿論二人から返事は返ってこない。スープを飲み干した二人は皿を元あった盆の上に戻すと元のポジションに戻り、再び顔を地面に俯かせた。
「この世界の人権問題はどうなってるんだか。こんな年端もいかない少年少女をこんな目に合わせて」
地球では間違いなく大問題なこの環境。国連加盟国が総出で非難と介入を始めるだろう。あくまでも地球の話だけどな。こんなところが成立しているということはこの世界はそういうところなのだろう。
言葉が通じて選択の余地があるなら抜け道もあるかもしれない。けどそれもない。八方塞がり。このままここで人間として扱われないまま死ぬかもしれない。
◆ ◆ ◆
ここに閉じ込められた体内時計では1週間が経った。体内時計なんて正確ではないから正確な経過は分からない。
相変わらず生活に変化はない。出てくるスープを飲んでは便器に排便を繰り返すだけの食う寝る生活。
唯一の変化は、同居人の男の子が連れ出されたことだろう。兜で顔を隠した屈強な監守のような男二人に脇を抱えられて引きずられて行った男の子。あの子が何処に連れていかれどうなったのかは分からない。同居人が一人減ったが、新しい同居人も来ず犬耳の女の子と二人だけにされた。
こんな不衛生で精神的に追い詰められる環境で生活させられていては変な気が起きても仕方がなかった。
「悪く思うな。恨むならこんな世界を恨んでくれ」
犬耳の女の子を押し倒し自分の欲望のまま体を貪ろうとした。
「そんな目で見ないでくれよ」
黒くて粒羅な女の子の目。全てを飲み込んでしまいそうな真っ黒で焦点のあっていない目に当てられ俺は行為を途中で止め、自分が何をしようとしたのかを猛烈に後悔し、自己嫌悪に陥った。
こんな欲望と自己嫌悪に陥る余裕があるだけ俺がまだまともな証拠だ。しかし、女の子の方はもう手遅れだ。俺に陵辱されるかもしれないというのに表情一つ変えず、声を挙げようともしなかった。
俺がこんな環境で生活していない性犯罪者なら喜びそうであるが、俺も女の子と同じ穴のムジナ。謂わば仲間。女の子は俺の未来の姿を写しているかのようだった。自己嫌悪よりも俺はそれがどうしようもなく怖かった。行為を止めたのもそれを理解してしまったからなのかもしれない。
◆ ◆ ◆
更にあれからかなりの時間が経った。もう女の子に劣情を催すこともなかった。始めは気になっていた垂れた犬耳と尻尾にも興味を抱くこともなく、あれほど恐怖していた女の子のようになることも恐怖しなくなっていた。正確には全てどうでも良くなっていた。
もう時間と日数の経過を数える気力もない。つい先日まで目が覚めたからの経過を地面に綴っていたのに。
追い込まれた人間の極地は無。死ぬことも生きることもどうでも良くなっていた。習慣となった出来事を人形のように機械のように消化するだけ。
そしてまたいつものようにスープが出されるだろう足音が聞こえてきた。いつものように差し出されれるスープを待つために扉の前に来たがスープが出てこない。
代わりに部屋の扉が開いた。ずっしりとした重い扉が外側から開かれていくのは、あのとき少年が連れていかれた時以来だ。
扉の外には少年のときと同じ監守のような男達が立っていた。女の子が連れていかれるのだろう。そうしたら俺は一人になるのだろう。そんなことを久し振りにふと考えていた俺の両脇を抱え始めた二人の監守。
あらゆることに気概と気力を失していた俺に一筋の光が見えてきた。
扉の外に出され監守にされるがままに引きずられていく。運動はおろかほとんど動いていなかったため筋肉が硬直して思うように力が入らない。
部屋から遠ざかる俺は部屋の方を振り替えると、そこには『あの目』で俺を見つめる女の子の姿があった。やがて閉ざされていく扉。一人残された女の子。扉が完全にしまるその時まで女の子は俺を見つめていた。扉が完全に閉ざされ、その目を見ることはなくなったが、俺の脳裏にあの目が焼き付き、離れることはなかった。
◆ ◆ ◆
部屋の外から引きずられ連れてこられたのは、部屋での生活を嘲笑うかのような豪華な部屋だった。シャンデリアのようなものには宝石のような綺麗に輝く石が装飾されており、壁や書棚にも艶やかな彩りがされている。そんな装飾に使われている豪華そうな品も俺には何なのかは分からない
そんな空間に今の俺の姿は浮いている以外の何者でもない。何でこんなところに連れてこられたのか皆目見当がつかない。ここに来る途中にも俺のいた部屋と同じような所が幾つもった。何十人単位があそこにいた。それから俺は長い階段を上らされた。監守二人に支えられなければ階段を上ることさえ出来なくなった自分の体を見て悲しくなったが、あそこから出れたことの喜びの方が大きかった。
階段を上った先にはここみたいに小綺麗にされた空間を歩かされた。地下にいたことをこの時初めてった。
そして今に至る。部屋に入れられた俺は正面の長机の椅子に座らされ、監守の男たちは何処かへと行ってしまった。
椅子に座り初めて数分。何も変化がない。何故か知らないが俺には女の子達のような紫色のモノでの拘束がされていない生身のまま体の自由が効く。部屋から連れ出され体の自由が効くため、逃走も可能と考えたが行動には移さなかった。道も何も分からないのに逃走したところでどうなる。捕まりあそこへ逆戻りするかもしれない。自ら自由になるチャンスを潰す訳にはいかなかった。ここで大人しく待っていれば何か変わるかもしれないからな。
そんなこんな考えている内に正面の扉から一組の若々しいカップル若しくは夫婦みたいな男女が入ってきた。どちらも格好が中世ヨーロッパの貴族のような豪華絢爛なスーツとドレス。現代ではセンスを疑うようなそのファッションはこの世界では当たり前なのかもしれない。どちらにせよ俺とは天と地も離れている身分みたいだけどな。
「***********」
男の方容姿は顎髭と口髭を丁寧に整えられ、彫りの深いエメラルドの瞳と銀色の髪が特徴的だ。
女の方は男とは対照的な綺麗な金色の長髪を靡かせ、艶のある決め細かな白い肌と碧眼が特徴的。
誰の目にも明らかな美男美女の二人。そんな二人の内の男の方が何か言ってきたが、通じていない俺は首を傾げることしか出来ない。
「***********」
今度は女の方が男の方に向かって何か言っている。男もそうだが女も声質は透き通るような蕩けるような甘い声だ。
「************」
互いに何か語り合い始めた。俺は蚊帳の外。何が何だか状況の整理がつかない。
「***********」
男が深く頷き指パッチンをすると、俺の背後に何処からともなく現れた先程の監守とは違う二人組の男が俺を無理やり立たせた。男女二人は来た扉から部屋を出て、俺も二人の男に無理やり引っ張られ後を追わせられた。
赤い絨毯が敷き詰められている長い通路を歩かされている。改めて考えてみると相当な大きさのある場所だぞここは。地下にこれだけ間取りのある通路に、途中にあった扉の数が部屋の数を語っている。間もなくして俺は建物の中央ロビーのような一際広い場所に出た。そこには二階に続く中央階段があった。ここはいったい何処で何をするところだったんだ?
この建物の正体を突き止めることなく俺は中央ロビーにある両引き扉から建物の外に連れ出された。
扉の開口一番に目に入ってきたのは目映い太陽の光だった。永らく日の光を浴びてなかった俺は、それがとても懐かしくとても有り難く感じた。そして俺はまだ生きているのだと実感した。
感動の余韻を感じさせる暇もなく、俺は白く丁寧に舗装された石階段の下で待つ男女の乗る馬車の荷台に乗せられた。馬車を引く馬は地球の馬と何ら変わりがないことな何故か安心した。
馬車を引く運転席の後ろの客席のようなところで男は何か書類に目を通し、女は優雅に扇子で扇いでいた。荷台に乗せられた俺の両脇に座る男達。俺達が乗ったのを確認すると馬車の運転手が鞭を叩き馬車を走らせ何処かへと向かい出した。
あの状況は脱したが、根本的な状況把握は出来ていない。これから何処に向かってどうなるのかもわからずじまい。先ずはこの世界の言語を覚えよう。そう強く決心した。
そして一人残された女の子。もしかしたら俺のように外に出れるかもしれないし、ダメかもしれない。先に出た男の子も俺と同じ過程を経て外に出たのか。女の子のことも含めて俺が知るよしもなかった。他人のことよりも自分の身で精一杯。それが正直なところでもあった。
シリアスな話をもっと膨らませれば良いのですが、現状ではこれが限界です。もっともっと物を書いて向上を図ります。