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没落貴族と共に歩む異界の奴隷  作者: オリジン
それぞれの時間
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聖人に夢なし

 

 その日の晚のことだった。配膳の片付け、主人の入浴支援一連の日課を終えて、床について数時間後の深夜帯。得体の知れない焦燥感に襲われ目を覚ました。体は動かす意識だけがはっきりとしている。俗に言う金縛りに近い現象を体感している。金縛りというヤツの嫌なところは、意識がはっきりし、それが金縛りということと、自分とは違うナニか、何らかの強力な自分の常識の範囲外の存在を、鮮明に認識してしまうことだ。

 今俺が寝ている藁等を積み上げ、その上にボロ切れを敷いた寝台、寝具とは言い難い粗末なベッドの側にそれは立っている。

 食事時に感じたアリシア様への僅かな違和感。それがこうして暗夜に、夜伽のようにしてへばりついてきた。

 ソイツは、俺の左隣に潜りこんで来た。違和感が実態を持ち自分の体にその裸体を絡ませてくる。雪のように白い細腕が胸の辺りを擦る。しかし、その細腕は触れれば雪解けしてしまうような危うさが見られる。ほどよい肉付きの下半身は細腕と違い弾力があり、心地よい肌触りがあるが、その絡め方は執拗で強引だ。俺の足を決して離さないという行き過ぎた意思が強い。胸を擦る腕とは対照的でアンバランス。

 ソイツは自分の胸を俺のひだり半身に押し付けてきた。常温以上の熱がこもっている。火傷するような熱さではないが、体の芯に響く。何かに苦しんでいる。苦しんで苦しんでそれを吐き出しきれず、熱となって体にこもっている。

 耳元で何かを囁いてきた。何を囁いたのか聞き取れなかった。やがてソイツは俺の上に馬乗りになる。そこで俺はようやくソイツの顔を見ることができた。見知った顔と表情が俺を更に恐怖させた。

 それが不気味に笑っているとか、怒りに満ちているとか悪意が表れているとかならまだ自然だった。


 無表情なんだ。一見恐ろしくも何ともないであろう無表情が一番恐ろしく感じた。

 か弱く優しい色の腕と力強く他の追従を認めない信念の足。そして情熱的だが、それ故の苦しみが宿された胸。体の節々に複雑な感情を持ち合わせている主人の顔が、それらがまやかしであるかのように何も持っていないのだ。その目が何かを訴えかけるわけでも、先程のように何かを囁くわけでもない閉ざされた口元。鼻も玩具をつけているように生命の存在を匂わせない形にしか見えない。全くの無。

 何も感じさせない、何も抱かせない、何も寄せ付けない、何も思わないその顔が恐ろしくて恐ろしくてたまらない。

 見ていたくない。目を瞑り幻想の主人から自らをシャットアウトし、ひたすら去ることを待った。


 ふと目を覚ますと、幻想の主人は姿を消し体は自由に動くようになっていた。

 恐ろしい気分は晴れないため、たまらず外に出て夜風に当たることにした。深夜帯ということもあるせいか、そよ風程度の風速だが肌身に染みる寒さをもたらす。

 少しでも気分が晴れればと思い外に出たが、そこで俺は再びソイツと顔を合わせることになった。

 ボロ屋敷を出てすぐ、盛り上がった草地に立っていたソイツは、見慣れた小綺麗だがくたびれた状態の白いワンピースのような衣服を身にまとっている。

 体が強張り、無意識に『右目』に力が込められる。不快なヤツ。自分に害を与えるヤツだ。消さなくては。ドス黒い負の感情が体を取り巻くが、それ自体に嫌悪感はなく、むしろ清々しいさまで覚える。


「あら? ハルト、どうしたのこんな夜中に」


 取巻かれたドス黒い感情が鳴りを潜める。こちらを振り返り淡い月明かりを背にする可憐な少女と、彼女の右手の中指に青白く光る指輪を見たからである。

 鳴りを潜めてからは、なぜあれ程まで邪な気持ちが昂ったのか、如何にアレが、不快感を与えるとは言え自分でも説明できない、負の感情を持つまでには至らないはずだ。


 この『右目』とあの『指輪』の関係、関連性はいずれ突き止める必要がある。


「少々うなされまして。アリシア様こそこんな夜分にいかがなされました? 明日も勉学に励まなければならないのですから、夜更しなどしてはなりません」

「何となく目が覚めて、気分転換に、ね」

「今夜は少し冷えます。少し多めに着重ねられてお休みになるほうがよろしいです」

「そうね。そうするわ。お休みハルト」


 特にこれと言って大した理由はなく、そうしたかったからと告げると、アリシア様は足早に屋敷へ寝室に戻られていった。アリシア様が屋敷に入られる頃には既に指輪から光は失われていた。


「明日は街の資料館で情報集めだな」


 アリシア様と他人と言葉を交わすことで、気分が解れた気がする。


 ◆  ◆  ◆


 夜も更け生物が寝静まり、活動を休止する時間帯に私は悪夢にうなされ目を覚ました。

 悪夢と言うほどの大層なものではないが、今の私にとっては他に比例しない、類を見ない程の悪夢だった。

 それは、私がよく見知ってる人だった。その人が遥か遠くにとても遠くに行ってしまうような夢。その人が死ぬわけでも、暇を貰って離れるといったわけでもなく、ただ単に私とその人の距離が離れていく。

 お互いに向き合っているのに、その人は薄暗い背景に溶け込むように徐々に私の側を離れていく。どんなに全力で走っても追いつかない。寧ろ追いかける速度に合わせて離れていく。

 夢の中で何時間走ったかわからない。気がついたときにはその人は闇と同化していた。私は暗い闇の中で独りで立ち尽くしていた。その人やお父様、お母様、お兄様といった知る限りの名を呼んでも返事は返ってこない。


「また独りになった」


 やけになって吐いた台詞が私の意識を現実に戻し、それが夢だったと認識させるまで少しの時間を要した。不意に左目から一滴の涙が流れた。

 心から安堵していた。あれは夢で私は独りではないと。


 嫌な夢を見たことで気分を害した私は、夜風に当たって気分を変えようと上体を起こすと、右手中指のあの指輪が光っていることに気づいた。

 指輪を見つめ、その指輪と手を胸に押し付け左手で包む。この指輪の光は不思議と私の心を照らす。暗礁に乗り上げときのような暗い絶望もこの指輪なら晴らしてくれる気がする。 

 指輪の効力によって既に気分は晴れ晴れとしていたが、外に出たくなった私は外に出てみることにした。

 そよ風が体を冷やすが、ほどよい肌寒さがかえって気分を高揚させる。ここは何もない闇の中ではない。体は寒くても指輪が芯を暖めてくれる。


 指輪に秘められた強い力に情念を得る私は背後に気配を感じた。振り返るとソコには見慣れた彼が変わらない姿で立っていた。

 不思議なことに、指輪に感謝していたはずが、見慣れた彼が変わらずにそこに立ってくれていること、どこにも行っていないことに感謝する気持ちに変わっていた。

 独りではないこと、側に寄り添ってくれるのは指輪だけじゃなく彼もそうであるはずなのに、なぜかその時だけは指輪にだけ感謝していた。

 こんな私を見捨てず、親身になって寄り添ってくれて、あの悪夢が現実ではないということを再認識させるのは、変わらない彼を見て初めて思うことであるのに、私は彼の代わりに指輪に意識が傾いていた。


 どっちの意識が私なの?

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