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没落貴族と共に歩む異界の奴隷  作者: オリジン
それぞれの時間
24/25

王と国

 早速、今晩の夕食にあの木の実をすり潰し、別の商人から購入したキノコ類の(毒味済み)ものを煮込んだスープに混ぜてみた。

 スープの出汁は、干し肉とコンソメに近い味がする不思議な石(これも商人から購入)から取っている。煮立った時に一応味見はしてみたが、自分の舌の感覚では無難に飲める味だった。

 色々買った都合上、今晩はこのスープ一品のみ。流石に女性とはいえ、これだけでは足りないであろうからあの木の実をすり潰し、混ぜ込んだ。問題はアリシア様の口に合うかどうか。


 穴が塞ぎきれてない、虫食い状態の床の大食堂の中心部に位置する、傷んだ木材の10人は並ぶことのできるテーブルに、少し欠けた陶磁器の器に)そわれたスープを運ぶ。



「一品だけ?」

「申し訳ありません。必要なものが多く、今晩はこの一品だけでございます」


 遺産が底を尽きたわけではない。ただ、この先の予期せぬ出費といった事象が発生した場合、手元に金が無いのでは困る。幾分かは残しておかなければならない。それらを差し引いた上で今日の分で使える金ではこれだけになってしまったのだ。


「味は悪くないわね。それに数口飲んだだけで、腹が満たされる感じがする。通常の飲食物を通しての感覚とは少し違う気がする。初めての感じよ。何を入れた?」


 実そのものは無色無臭で、味もしないが、腹が満たされるあの感覚はどうやらアリシア様も初めて感じることのようだ。明らかに量に見合う膨れたかではないと。


「行商人から珍しい木の実を購入し、それを混ぜ込んでみました。限りある遺産、それを消費して購入する食料品に少しでも余裕を持たせようと便宜を図りました」

「何とも情けない事情ね。お父様、お母様の遺産が底を尽きるのも時間の問題か」


 遺された遺産は消耗品とは言え、アリシア様とご当主様を繋ぐ数少ない大切なモノに違いはない。一枚、一枚それらを消費するのは、繋がりが自分から離れていってしまうということを暗喩している。

 かといって、それらに有り難さ、尊さを思い与えてしまってはかえってご当主様達が遺されたモノを否定してしまうこと他ならない。

 今でも覚えてるご当主様達が亡くなる切っ掛けとなった出陣の前夜の言葉を。たった一言だけ、それも長きに渡り召使いを務めた老長ではなく、自分に向かって「頼んだぞ」とアリシア様を任されたことを。

 直接的にアリシア様を名指したわけでもなく、特に含みを持たせることなかったが、直感的に何を意味するのかは分かっていた。

 主従という関係でありながら、実の妹のように思えていた。当時からメタクソにされながらも、嫌味も愚痴を一つ漏らすことなく、その任に預かれたのは、この世界を受け入れ、処世術的な面だけが理由ではなかった。

「頼んだぞ」というたった一言のしかし、しっかりと一本の道筋を示されたことを無下にしたくもない。


 泥を被ろうが、罪を被ろうが彼女の為に俺は。


「情けないといえば、さっきの話に戻るけど、この国の体裁も中々に情けないわね」


 木製のスプーンをスープに浸しながら、国を憂う様は真剣味がなく年相応な性質を感じさせる、一過性の感情の露出に見える。年齢を考えればそれも自然な生理的な現象。


「といいますと?」

「一国の王たる者が、領地内の自治権の一種とは言え貨幣の創造とそれに纏わる規定の設定を認めるということよ。昔と違い小競り合いこそあれど、大きな争いがなく、所謂太平の世で革新的な試みを推進するのは構わないわ。ただそれにしたって貨幣の創造はありえない。国の分裂を呼び起こしかねないことよ」


 ここがこの方の素晴らしい点だ。この方は時折こうして物事の本質、見え隠れし、誰もが気にもしないことを突いてくることがある。まだ10代のこの少女にはある程度の物事の背景、経緯、隠されている真意を自分なりに導き出そうとしている。それは誰もが簡単にできることではない。


「国の分裂といいますと、貨幣の創造を認められた貴族達がさらなる権力の象徴を求め、叛意に走るということですか? 

 しかし、それは些か無謀で現実的ではないかと。貴族達が一定数纏まればそれも難しくはないのでしょうが、彼らが個々に群雄割拠に走ったところで結果が芳しくはないことは彼等も承知のはず。

 それを見誤るような方々はいないと私は見ていますが。先程も仰られていましたが、王は無限に等しい財力という一つの権力の象徴を大衆にも目にも触れれる行為をされている。それだけでも彼らに太刀打ちできるものは現時点では存在しないはず」

「それに関してはその通りよ。いくら高位の貴族とは言え、今の王のような振る舞いが簡単に成し遂げれるわけがない。ただ、それを上回るとは言わないが、勝にも劣らない名分があるとしたら?」


 この方はどこまで貴族絡み、国政に対してどれほど関心を持ち、その事情に精通しているのだろうか。まだ俺にはこの方を推し量れない。子供じみた言動が多いかと思えば、大人顔負けの知性の光を浴びせようとしてくる。

 どちらがこのお方の素なのか。

 普段の癇癪持ちで感情的で我儘な一面が本来のあるべき姿なのか。逆にそれはカモフラージュで、猜疑心と狡猾な姿が本性なのか。それとも、それらすらも全てを無くし、一から独りで立ち直らなければならないからこそ、生まれた不本意に作られたものなのか。


「私には皆目見当が尽きません」

「単純で特に貴族や高位の者達の根底にあるものよ」


 一拍も置くことなくアリシア様はさも当然のように、そのワケを語りだす。


「正統性の欠如よ」


 正統性の欠如、俺の感覚からすれば余りにも戯言のように聞こえ、それに重きを置くこと、または置かれていることが俺の中の常識という線に触れることがなかった。

 あるところまでこの世界で生きる為の心構え、また古代、近世的な生活面についてはおおよそ飲み込めたように感じていたが、このような精神面について把握はしていない。とはいいつつも、この奴隷という身分制度は嫌でも理解してしまったが。


「正統性といいますと、血筋のことでしょうか?」


 家系や家柄といったものを重視するということは、どの時代にも見られることかつ、歴史的にも周知の事実らしいが、そうしたことなのだろう。そうしたことから外れているのが現、王ならたしかに勝るとも劣らない名分ではあるのかもしれない。


「王の血筋は、たしかに先代の血は引いてはいるけど王位継承順位は限りなく低かった。妃は平民では無かったけど、辺境の地の名も無いに等しい出の貴族だった。ただ、能力は高かった。だから先代は正統性のある王子の補佐に充てるべくしてその貴族とも子をなした

 大抵の場合、王たる素質は高い血筋、血統が最も有力視されていた。先代の王も、先々代の王の娘と交わり、正統性を確保した。それが通例。

 だけど、その王子達は早くにこの世を去った。そして先代の王も後を追うべくして亡くなった。先代が亡くなった場合通常は、先代が亡くなると妃が一時的に王の後任を務め、機会を見計らって王子が戴冠することとなる。しかし、妃達も相次いで亡くなるか、その任を果たせる状態では無くなった。

 今の王がその地位についているのは異常なこと。そして、同時に今の王が、その出自と王子達に嫉妬し、王位を奪い取ったと当時は貴族社会では騒がれたものよ」


 まるで全て見てきたかのように、饒舌に成り行きを語るアリシア様。おそらく、幼少期ご当主様や専属の教育係から受けていた貴族としての在り方、考え方といった教育がそうさせているのだろう。その語りには淀みがない。


「正統性が欠如、低いということが今でも尾を引き、それだけでも退位に追い込む理由としては大きい。厄介なのが下がるはずの求心力が、王の手腕によって維持されるだけではなく、さらなる国の発展にも繋がった。貴族達の不満はそれによって抑えられていた。

 その能力の高さは認めるしかない。それ故に、それだけのこと成し遂げれる王があのようなことを施行するに至った背景が理解できないない」


 最後は独り言のように、自分に言い聞かせるように言葉を並べる。自分の中での計画上、避けれないことであるのだろう。王とその周囲の真意に気づき、溶け込み、売り込む為にはこの件に関する王振る舞いは悩みの種となっている。この方はどこまで先を見据えて動こうとしているのか。


 語られたことは俗説で、王が王位を奪ったという事実はないかもしれないが、あたかも事実であるという触れ込み、語り仕草はそれを事実と誤認させようとしてくる。

 王に纏わる暗い話、国というものの闇の部分の本の一部を垣間見た気がする。王と貴族、同国内で見えないところで策略が繰り広げられているであろうという箇所に触れてみると、アリシア様の夢は果てしなく遠いところに位置する。この困難なそもそもが不可能と思われるような、家の再興を果たす為にはどれほどの壁を超えなければならないのか。


「王がそうすることの真意はわからないが……そうよ。それはそれでアリなのかもしれない。引っ掻き回して混乱してくれる方が返って都合がいいかもしれない。理解する必要なんてないのよ。その激流に身を投じればそれで」


 既に俺は置いてけぼりになっている。自分の中で何か新たなプランニングを思いついたのかこのお方は。これまでもそのお考えを直接聞かせて貰ったことはない。それはこれからもなのだろう。


 自問自答を続ける主をよそに、俺は冷めたスープを見つめる。スープは熱しやすくその熱は旨味には欠かせない。一度冷めてしまえば同時に旨味も抜けてしまう。

 熱しやすく冷まされやすい。旨味も失われる。これをふと人間に、それも主に置き換えてみると……縁起でもない止めておこう。


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