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没落貴族と共に歩む異界の奴隷  作者: オリジン
それぞれの時間
23/25

垣間見る世界観

 

 一度着いた好奇心の火は直ぐには消えない。材木の購入を後回しにし、それを確かめずにはいられなくなった。

 そこからの行動は早かった。目の前でやり取りを続ける両者の間に割って入るように口を挟む。商人から物を買った男は白い袈裟のような服を着る、見た目が40代ほどの髭がもみ上げと繋がっており、彫りは深いが目が少し細く、塩顔みたいな容姿の男。髪は癖毛で眉までの長さしかない。肌は黄色人種に近い色合いの肌色。白くはない。


「なぁ、その言葉とそれは何だ?聞き慣れない言葉だが、あんたは意味がわかるのか?」

「ん? 彼か? 彼はネールから来た商人だ。彼らの言葉は始めてか?」

「ネール? どこだそれは?」


 聞き慣れない単語だ。どこかの地方、国を指しているのか?


 自分の中での勝手な世界地図を引き、そこに自分の住んでいる街と、その単語の地方を遥か北に位置させる。北に位置させたのも、商人の服装が冬国を思わせるような、毛皮のコートのような服を着てるからだ。今は夏よりの春のような季節。この近辺の民族、人種ならまずしない格好。寒さを防ぐ目的であると思わせる、分厚い動物の皮と、その毛か、ちらっと見える衿元や長い袖の内側に縫い付けられてるのが見られる。どう見ても寒さを凌ぐ為の服装にしか見えない。

 そうした妄想を繰り広げてる俺自身も、かなり好奇な目を向けられている。見慣れない黒髪に、他とは違うやや平面的な顔立ち。こうした異質な見た目のお陰で、相手にしてもらえているのだろう。普通に考えれば図々しい変なヤツでしかない。


「この国の遥か西の地域に住む人間さ。言語は俺達もはっきりとはわからないが、かなり昔からこの地方にやってくることがあって、今では当たり前のように出入りし、その過程で何となく言わんとしてることが理解できてるだけさ。本当の意味で言葉を理解できているのは賢者達だけだろう」


 西、北ではないのか。北=寒いってのは安易過ぎたか。しかし、また知らない言葉が出てきたな。文字通りの賢者なら、学者や研究者といった集団を指すことなのだろう。それなら他地方の言語に精通していてもおかしくはない。この国の交流や貿易といった流通の範囲と相手がどれ程のものなのか、それも気になる。

 これだけの行商人が往来するのだから、かなり広範囲かつ、大規模なのだろう。以前立ち並んでいた出店がなく、行商人がこれだけ集まるということは、今日は偶然にもそうした人達が一挙に集まる日なのかもしれない。


「その顔は別の国からの人間だと思ってるだろ。実は彼らもれっきとしたこの国の人間さ。言語は違うが」

「同じ国の人間?」


 この事実には少し困惑するが、かの中国も同じ国でありながら、言葉が少し違うこともあるからそのようなものとして理解するしかない。しかし、同じ国の人間でありながら、これほどまでに言語に差があると、文化も風習も政治すらも違ってくるだろう。

 それとも、新規にこの国に取り込まれた民族なのか? だとすれば言語の違いも納得だ。かつての世界史でも、ギリシア語が話されたり、ヘブライ語やサンスクリット語が入り交じっていたらしいし。


「始めて彼らに触れる人は皆、言語の違いや生活様式や政治的(意訳)な部分で疑問に思うこともあるが、すぐに馴れるさ。賢者達は共通の言語化を図っているが、浸透するのは何年も後だろう」


 たしかに、言語がバラバラだとはっきりとした意思疏通が出来ず色々問題も起きるだろう。何より、ここでの商売のやり取りも信用に足りるかどうかもわかったものではない。その辺のことはどうなっているのだ。


「今何かを買っていたが、そのやり取りも言葉が通じないと不便かつ、対等ではないだろう」

「それはこれのお陰で解決してるのさ」


 そうして腰に巻き付けてる布袋から、男が取り出したのは先ほどの売買で使われた貨幣であった。


「赤と青と緑の貨幣、この街で流通しているのは金と銀と銅だけじゃないのか?」

「これはこの国の、俺達が話している言語とは別の地方で流通している通貨さ。彼らとの取引はこれで行う」


 外国通貨のようなものとして理解すればいいのか。金銀銅を円とてして、赤青緑はドルやユーロ、ポンドと見ればいいか。

 自国内で通貨、貨幣が違うと為替レートといった差をどう埋めているのか。自国内だから常に金銀銅と一定としたとしても、何故別にしているのか。


「困惑するだろうが、決まりなんだ。王が定めるところの。勿論理由はある。正確な広さはわからないが、この国は広い。広い国を王の力だけで統治することはできない。

  だから自治領を納める辺境の貴族いる。王の求心力は彼のような辺境の地に住む人々には到底届かない。

  考えてもみろ、同じ国に属していても遠く離れた王都とお目にかかれない王の威厳なんて理解できるわけがない。その地を納めてる貴族ぐらいだ。

  その貴族もまともに謁見したことがないのがほとんど。けど、しきたり上威厳は活きている。そして、そんな貴族達も野心がないわけではない。王にとって変わろうとする者も出てくるだろう。

 そこで、王はその地方を納める貴族達の権力の象徴ともなり得る通貨、貨幣の発行を認めているんだ。原材料の違いから金銀銅とレート(意訳)が変わってくるが、その均衡と変換は各地の賢者達が取りまとめ厳正に取り扱っている」


 通貨の差異は把握した。自治領における権力の承認も兼ねて通貨の発行を認め、そのレート交換には知識人の賢者といった集団が関わっているのだと。そうした規程なのだからそれ以上どうこういったって、疑問に感じたとしてもそういうものだと納得するしかないな。

 ただ、これはその賢者達がまともであることが前提で、一歩間違えばこの国の経済は滅茶苦茶になるはずだ。王の意も反映してるのだろうが、賢者集団が独断で価値の上げ下ろしもできることになる。この世界の租税制度はよく知らないが、時と場合によっと年ごとの税収も変わってくるだろう。


「貴族達はそれで納得しているのか。いくら通貨を発行できるのが権力の1つの象徴だとして、それだけで野心が消えるわけでもないだろ。権力が膨れ上がって更なる権力の要求、王に造反しないとも限らない」

「それも見据えて王は権力の象徴である富の分与もしているんだ」

「富の分与?」

「あぁ、どこからそんなのが出てくるのか知らないが、財宝を辺境での自治と警備という奉公に対して与えているんだ。富の分与という自治領の貴族と言えど、簡単には実現できないものを毎年行うことで、底無しの財力の見せつけをすることで力の差を見せしめているんだ」


 それだけの財を毎年与えるほどの余裕があるということか。背後に金の鉱脈があるのか。だとしてもいつかは底を尽きる。

 かといって、重税を敷いているとはこの街の有り様からすれば考えられない。表向きは人々が活気に溢れ、他地方からの出入りや、流通する物の数からしてそうだとすれば、ここまでの活気は見られない。

 仮にここ以外の地方がそうであったとして、辺境の地方だけで賄えるわけがない。領土を納める貴族も、結局王の意向で重税を課せられて、土地が枯れては忠誠もくそもない。

 とすれば、自ら生み出しているということになりそうだ。何らかの方法でそれだけの財宝を生み出しているに違いない。


「それらの富は諸外国に向けて使われているということか?」

「その通りだ。王から与えられた富は、他国、蛮族といったこの国以外の者達向けに使われているのが殆どだ。お陰で他地方の彼のような商人が大手を奮って珍しい物を運んでくれる。」


 蛮族、人間以外の種族か人族の多民族のことを指しているのか。どちらにせよ、それらの価値を認めている種族なのだろう。


「更に王は正当な血族でもあり、その正当性は辺境を除いた各地方の貴族、庶民を問わずとして求心力を発揮し続けている。王に欠かせない求心力の支柱となる正当な血族とそうした財力と、それに集まる民と兵力。それこそが王が王でいられる所以かつ、野心を持つ貴族達の反逆を許していない」


 王として認められるにはその高いハードルを越えなければならず、逆に越えてしまえば王は絶対的でいられるということか。

 詳しくは知らないがこの国の宗教は統一的な宗教で、かつてこの国を建国した、神々の力を授かりし、英雄達と神をを称えたものらしい。その正当なる血族をもつ王はそれだけで宗教的には、神と同列とは言わなくとも、崇拝される対象になるみたいだ。

 今のところ異教徒や他宗教が存在しないこの国では、求心力が衰えることはないだろうが、現王が偉大であれば偉大であるこそ、後の後継者、王は苦難を極めるだろう。偉大な王の後釜が、血族に値する能力が無ければたちまち求心力は低下し、統一宗教も疑われ、辺境の貴族達が野心を爆発させる要因となる。宗教観の欠如や、食い違いは国の瓦解を招くおそれがある。


「ところで、その黒髪とその顔つきは生まれながらか? 俺にはそっちの方が不思議なんだが」


 聞くか聞かないか迷っていた男は、俺と同じように好奇心には駆られ、見た目について質問してくる。この男はかなり物事に精通してるようだが、俺のような人間は見たことがないのだろう。


「俺もそれについてはよくわからん。生まれつきとしか言えない。両親も知らない。物心ついた時には1人だったし、育った街もよく知らない。ある家で使用人をしていたが解雇され、行商人に駄賃を払いここまで運んで貰った。今は丘の上に住み込んだ人間の使用人をしてる」


 この世界では俺は別の意味で異邦人だし、使用人も奴隷としてあながち間違ってもいない。解雇も買い主が一度没落したこともあって、解雇されるようなことになっているのも嘘ではない。流れるようにこの街に根付くことになったのも、経歴からもそう言えること。

 これを素直に奴隷と言おうものならば、腫れ物を扱うように厄介者として、人間的な扱いをされないだろう。この街でも奴隷の扱いは良いとは言えないものだ。

 行商人の荷下ろしや荷造りに勤しむ、小汚ない格好をした男女関係なしの人々。地方の食いっぱぐれや蛮族を略奪した時の戦利品といったところか。

 環境が違えば、俺こうなっていただろう。奴隷としての地位に差などないが、彼らからしてみれば、俺を同じ奴隷として見ることはできないだろう。それなりの服を着て、ある程度の自由行動が許されている。彼らも最低限の命の担保はされているだろうが、俺のようなことが許されている筈はない。


「時折、奴隷商が蛮族の奴隷を売りに出しているが、そこでも見たことがないし、この街にずっと住んでいるがこんな顔の民族の話は聞いたことがない。芸でも何かすれば一躍人気になれそうだ」


 見世物小屋にでもいって、体質を見せれば大金が降ってきそうだが、賢者とかいう集団に死ぬまで研究されることになりそうだ。

 今の生活は正直厳しい。遺された遺産で今後の遣り繰りをしなければならず、金儲けに一役買いたいぐらいだ。

 武具を売る店での労働収入だけでは満足に暮らすことはできない。弟子入りする形でしか労働にありつけなかったが大きな声では言えないが、対価は微々たるものでしかない。


「そうだ、あんたが買ったその袋の中身は何だ?」


 世間話に花を咲かせていたが、商人は言葉が通じないから言っている内容が理解できず、少々顔が強張って苛立ちを露にしていた。これから仲良くできるかもしれない相手に不快感を与えるのはよろしくない。この商人も参加できる共通の話題で場を持とうではないか。


「これか? これは一粒で腹が膨れる木の実さ。食糧難の時の、非常食として保存も長期に渡って可能な優れものさ」


 試しにどうだと言われ、買ったばかりの赤い布製の袋から一粒を差し出してきた。偉く親切な男だ。話しかけたのはこっちとはいえ、今日出会ったばかりの人間にここまで外交的なのは世界観や、この時代的に見ても珍しいことだ。別の人間ならこうもいくまい。

 差し出された一粒を右手、掌で受けとる。ヒマワリの種ぐらいの大きさのその実は、磨ぐ前の米粒のような色合いをしている。匂いはなく、質量も見た目通り。


 この一粒で腹が膨れるとはにわかに信じがたい。ものは試しよう。一粒を口に運び噛み砕く。食間は見た目の割には歯応えがあり、スナック菓子を食べているような感覚を持つ。しかし、味は感じられない。無味無臭。歯応えが無ければ物を食べているという実感はないだろう。

 それなりに噛み締め、飲み込むが、腹が膨れる感覚は訪れない。

 ここで、不意に不用意に不審な物を受け取り口にしたことを後悔することになった。

 自分の体質に合わない、危険な食物ということを好奇心に負け、疑わなかった危機管理の意識の薄さを悔やむ。考えてみれば一粒で腹が膨れるなんて、かなり危険な代物かもしれないのは簡単にわかる。腹が膨れるのではなく、そうした感覚に陥るだけの、薬物作用かもしれないのに。


 魔法が通じないとはいえ、物理現象、もしかしたらの中毒作用や薬物作用は起こり得る。そうなれば魔法による治療が受けられない自分は一瞬でお陀仏だ。


 だが、恐れていた形とは別に奇妙な変化が体に起こる。小腹が空いていたはずなのに、それが徐々に満たされ、徐々に満腹感へと様変わりしていく。

 あの一粒にそれだけの栄養素、満腹指数を刺激するナニカでもあったのか? 今日までそれなりに異世界品を口にしてきたが、ここまであからさまなものはなかった。これが流通すれば、わざわざ食材を調理することも、そうした習慣も必要なくなる。それがないということは取れる時期も、流通そのものに制限があるのだな。


「どうだ?」

「味はしないが、たしかに膨れてきた。不思議な実だ」


 これさえあれば、当面の間のこちらの食料問題は解決することになる。アリシア様が納得すればだが。


「いくらなんだ?」

「金1枚、銀2枚の12000千ギルカで買ってやるよ」


 確かコイツが買った時は赤が1枚、青が1枚だったはず。割り増ししたな。しかし、この地方人との仲介や、その他多くのことを話してもらったのだからその手間賃と考えれば少ない方かもしれない。

 少々手痛い出費だが、あまり流通していないものらしく、長期保存(だいたい半年らしい)が可能なようだから(本当かどうかは不明だが)前向きに考えよう。少し擂り潰して、他の食材に混ぜて誤魔化すというやり口で食費を減らせるかもしれない。


 そんなこんなで、立ち話世間話と、未知な食材に触れることができた俺は充実感を胸にボロ屋へと戻っていった。肝心の材木のことは帰ってから、忘れていたことを思い出すという。

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