出鱈目な世界
この際俺の身に何が起きたのかの追求するのは後回しにして、より詳細な状況確認に努めたほうが良いだろう。ここが安全な場所なのかどうかも定かではない。安全が確認出来次第、今後の身の振り方、帰り方を詮索した方が得策で、遅くもないはず。
「予想通りなのは良いが、そのせいで余計絶望的になってしまった」
黄土色のチノパンの右ポケットからスマフォを取りだし画面を開いてみたが案の定圏外の表示がされていた。まぁ、月が二つもある時点でここが日本はおろか、地球でないことは確かだったから携帯など通じる筈もないが、「もしかしたら」と思い開いてみたが結局もしかしたらもなかったわけだ。
「どうしたものか......取り敢えず道らしき道に出て通行人を待つか」
このままこの平原で立ち往生していても何も得れないし、何も進展しないだろう。この世界がどういった世界なのか早めに理解するべきだし。
それにしてもどんだけ広い平原なんだよ。見渡す限り平原が広がっているだけで何もないぞ。ただひたすらに青臭い、よく分からない雑草が生い茂っているだけのこんな平原にいては人に出会うことすら出来ない。
「高低がなくて星明かりと月明かりで先まで見えるが、地平線まで平原になっているし......」
誰にも聞こえないただの独り言の愚痴。どうしようも無さすぎて口が開いてしまう。
「夢であればどれだけ楽で楽しめたことか」
半ばお決まりの自分の頬を思いっきりつねることで夢かどうか確かめてみたが、痛いだけで何も変わらなかった。そもそもそんな方法で夢かどうかを識別出来る筈もなかった。
「異世界......冒険家を目指す端くれとしては心踊るのも事実」
現代において前人未到の場所は限られてきている。それこそアマゾンの奥地みたいな所ぐらいだろう。過去の大航海時代のような新大陸発見のような大きな発見は無くなったが、未だに新種の生物の発見等は尽きない。過去のような発見や開拓こそ無くなっているかもしれないが、小さなことであれ発見は発見であることに変わりはない。
その更に上を行くのが深海と宇宙。深海や宇宙といった未知のフロンティアは人類の永遠の憧れでもあり夢でもある。
いつしか俺自身もその夢の世界に飛び込むつもりだ。だからこそ早く元の世界に戻って夢を叶えるために奮闘しなければならない。だけど。
「この世界は未知の塊......地球以上に神秘のベールに包まれている世界規模の秘境。だから迷わせるのか」
帰りたい筈なのに帰るのが勿体無く感じている。未知に惹かれるが故に。でも今の未熟なままの俺でこの世界で渡り歩いていける気もしない。無知と無謀な挑戦では自殺行為に過ぎないからだ。
「けど地球の常識がこの世界に通用、当てはまるかどうかも定かじゃない。現にこの花も触れた瞬間に枯れ果てたと思ったら瞬時に新しい芽を発芽させた」
自問自答を続けながら道中を歩いていたところを、一輪の蓮に似た白い花が目に入った。近寄り片膝を着き花に触れたところ俺の言った通りの事象が起きた。
俺の知る限り、触れた途端に枯れるどころか瞬時に新しい芽を発芽させる花なんて聞いたこともない。
なんてことのない花でこれだ。もし深くまで探求すればこの花の比にならない遭遇があるのかもしれない。
次第に俺の帰りたいという決心が早くも揺るぎ出していた。そもそも元の世界に帰れるという保証もない。ならばこの世界でなんとか生きていく術を身に付けるのが先なのかもしれない。その中でゆっくり帰り方を探すのも悪くはない。
花から離れ再び人通りのありそうな場所を求めていた俺の目に、遠くで揺れ動く明かりが見えた。うっすらと目を細めてようやく見える明かりであるためそれなりの距離があるだろう。
「段々と近づいてきている。つまりあれは人の持つ明かりである可能性が高い」
そこからの俺の行動は早かった。明かりの持ち主たちが通り過ぎるところから少し離れた場所でうつ伏せの姿勢になり、様子を伺うようにする。
直ぐに接触しても良かったが、接触する人間が安全であるかどうかもわからない。下手をすれば危険な輩かもしれない。だから先ずは様子を伺う。
息を潜め出来る限り向こうからこちらが見えないように露出する部分を頭少しに抑える。
幸いにも明かりを見つけた場所から今の場所は高低のある坂になっている。丁度その傾斜部分にへばり付く形になっている。
明かりが目にはっきり見える距離まで近づいてくると明かりの持ち主たちも見えるようになってきた。そしてその明かりの持ち主たちを見た俺は息を飲んで声を挙げてしまった。
「な、なんだよあれ!」
凶悪な類人猿のような姿をした人間なのか獣かどうかもわからない生物が、猪と熊が混ざったような生物の手綱を引いていたのだから。鉄で出来た檻のような荷車の中には小汚いローブにくるまれた人間や、目の前の生物のように人間とナニかが混ざったような生物が数えただけでも10人いる。
そしてそれの荷車を引く生物が身に付けているのは、堅牢そうな鎧のような防具。中世の鎧甲冑腰のような物を着込んでいることから文明レベルはおおよそ見当がついた。それでもあの生物には驚きを隠せない。しかも腰からは斧のような鋭利な武器の刃がちらつかされている。
想像上の空想の生物が目の前に現れたのは良かったが、凶悪で醜悪な見た目から害意ある生物にしか見えない。どう考えても危険な輩であることには間違いない。
このまま大人しく通り過ぎてくれるのを待つしかない。
口を塞ぎ、微かな音も出さないように微動だにしないように動きを止める。聞こえるのは荷車の移動する音と俺の息遣いのみ。頭は冷静であっても体は緊張で強張っているのがよくわかる。
生半可なな甘い考えを持っていた自分が憎い。
甘い考えを持っていた自分に一喝したい気持ちになっていた。あの荷車の中の人間達が何なのかはわからないが、少なくとも良い目にあっているとは言いにくい。寧ろその真逆だろう。
荷車は緊張と恐怖で固まる俺に気付かず素通りしてくれた。その瞬時に緊張の糸が解れ、全身の力が脱力されていく。そしてその場を振り返った。俺に更なる危険が迫ってきた。
振り返った俺の又の間に突き刺さった銀色の刃の一本の太い剣。鈍い音と共に地面に深く突き刺さった剣に俺の顔が反射している。
俺は上を見上げるとそこにはいつの間にか4人の人間がニタニタと笑っていた。先程の生物と違い今度の人間は正真正銘の人間。格好はさっきの生物と同じ防具に剣や斧。
いつからいたのか。気配が全くしなかったことなどの疑問はさておき。俺は手ぶら。4人な人間は完全武装。血の気が一気に引いていった。
「***********!」
男達が何かを叫び出したが、理解不能な言語を話しているため何を言っているのかはわからない。英語や他の言語と類を見ない言語。このことから意思疏通の会話は不可能。会話が出来たところで俺の状況が変わるとも思えない。
その場から逃げるため即座に立ち上がり一気に荷車が来た方向に駆け出す。
後ろから男達が追ってきているのが金属同士がぶつかる音でわかる。
俺はこの世界を冒険してみいと思っていたが、その考えを持って行動したことに全力で後悔していた。関わるべきではなかったのだ。
全力で走り出して5分。大分疲れてきた。頭から流れる汗が顔を伝い目に入り込む。汗の塩が目に染みる。息も絶え絶えになっているが、追ってくる連中を一向に引き離せない。あれだけ鈍重そうな装備の癖に俺にずっとついてきている。これでも1kmを3分前半で走れるだけの走力はある。5分も走っているのだから2km近くまで走ったことになる。
なのに連中を引き離せない。根本的に身体能力の違いからきているものなのか。それにしても鎧甲冑を身に付けてこの走力は納得がいかない。
「畜生!」
後ろを見てみると男たちは平然と走っていた。それも笑顔混じりで。連中にとってこの追いかけっこは遊びになっている。必死に逃げる俺を笑いながら追いかける。嬉しくもなんともない最悪な展開だ。重量のある装備なら逃げ切れると考えていたのに。
「やべっ!」
普段なら足が縺れて転ぶなんてことはないのに、こんな時に限って足が縺れて転んでしまった。
後退りする俺を囲むようにして4人が俺を見下してくる。完全に逃げ場を失った。
これからどうなってしまうのか考えたくもないが、リンチされるのは明らかだろう。問題はそのあとだ。下手したらこのまま死ぬかもしれない。
絶望が脳を駆ける俺を尻目に男たちはへらへらしながら近づいてくる。俺と男達の距離が2mぐらいに差し迫ったところで男たちは歩くのを止め、正面の男が右手を俺に向けて突き出した。そして信じられない光景を目の当たりにした。
「手から炎だと?!」
男の突き出された右手からサッカーボール並の大きさの火の玉が打ち出されたのだ。打ち出された火の玉は俺ではなく俺の足元の草に当たり、草を黒焦げにした。
男の右手が焦げた後もない。火を出すような仕掛けがあるわけでもない。だけどあの火の玉は本物だった。焦げた草がそれを証明している。それにどんな仕掛けをすれば生の皮膚からサッカーボール並の大きさの火の玉がだせるのか。説明がつかない。
つまりあれは迷信と人の空想が産み出した産物の『魔法』というものなのかもしれない。ここが地球なら非科学的で実在しないものだと言い切れるが、ここは異世界。俺の常識が通用しないのは明白になっている。
本物の魔法をこの目で見れたことは感動的だったが、状況が状況なだけにそれは一瞬のことだった。
直接俺を狙わなかったのは連中が遊んでいるからだろう。怯える俺を見ながら魔法と暴力でリンチ。どう足掻いても俺に希望はない。
周りの男たちも次々と火の玉を打ち出してきた。勿論全部俺に当たらないように。その代わり少しづつ火の玉の着弾点が俺に近づいていた。やがて俺の周囲全体が黒焦げになると男たちは一斉に俺の顔に向け火の玉を放ってきた。
全身が火に包まれる。冥土の土産話として魔法を見ることが出来たのだから、良かっただろと自分自身を毒づく。しかしいつまでもたっても死ねない。それどころか全く熱さを感じていない。
全てを諦めた俺は両目を瞑っていたが、両目を開けてみると俺の体は『どこも焦げてはいなかった』。髪も、服も、靴も、皮膚も。何一つ。
確かに俺の体全体は火に包まれた。それは嘘偽りもない事実。なのに俺にはなんのダメージもない。俺が驚くのは当然なのだが、周囲の男たちは俺以上に驚いていた。有り得ない。信じられない。まるでそう言いたそうな目を見開いた顔をしている。
「なんだかよくわからないけど、逃げるチャンスだ」
呆気に取られている男達の間を抜けて再び走りだした。一先ず危機から脱したことの安心感と気持ちの昂りから疲れを感じなくなっていた。今なら逃げ切れる。そう思い込んでいた。
「ぐっ......あっ......」
現実はそう甘くなかった。
男達は今度は追いかけることなく取り出した弓で俺を射抜いてきた。左足脹ら脛に走る鋭い痛みと、刺さっている矢がその証拠。矢は脹ら脛の深くまで突き刺さっている。容易に抜くことは叶わない。無理矢理抜いてしまえば傷口から血が溢れ出すかもしれない。もしかしたら動脈が切れているかもしれない。無闇に抜かない方がいい。
矢が刺さるという体験したことのない痛みに顔を歪め、脂汗が身体中から涌き出る。なんとか這いずろうと上半身を動かそうとするが体が動かない。全身が痺れるようにして硬直している。口も目も手足の自由も聞かない。どうやら矢に筋弛緩でも塗られていたのだろう。魔法は効かなかったが物理は変わらず効くようだ。
動かなくなった俺の体を男の一人が抱え込み歩きだした。そして硬い床の場所に投げ込まれた。動かない体、目に入る情報から察するに俺はあの鉄で出来た檻の荷車の中に入れられたようだ。俺を上から除き混む小汚い格好をした連中が見下ろしているのだから。
「ち......く......しょ......う」
蚊が鳴くような消え入りそうで弱々しい悲痛な声を挙げることしか出来ない。その声も誰にも届くことなく、空しく風の音にかきけされてしまった。
これから俺はどうなってしまうのか。今の俺に出来ることは神に祈ることだけであった。
世界観や設定等は一度には出さず徐々に出していきたいと思います。
指摘事項等は随時受け付けます。