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没落貴族と共に歩む異界の奴隷  作者: オリジン
それぞれの時間
18/25

記憶の中で

 

 何だここは?


 俺はベッドに横になって眠りについたはず。


 奇妙な空間の中に立っている。上も下も前後左右も真っ暗な謎の空間に。


 そうだ......あの時と同じだ。あの日あの時、10年前にこの世界に迷い混んだ時と。

 それはかつて俺がこの世界に迷い混む切っ掛けの空間だった。光も何もない辺り一面闇の世界。歩いても歩いても先が見えない、終わりなどないのではないのかと錯覚してしまう程だ。

 だけどあの時と違うのは、今の俺はあの日から10年の歳月が経ち、この世界での生き方、知識等がある。

 何も知らなかったあの時とは......

 もし、此が過去への巻き戻しであるのならば、今の俺は違った選択をし、違う道を歩むだろう。

 しかし、そんな都合が良いことが起こる訳がない。


 暗闇が眩い閃光と共に晴れていく。ほの暗い闇の底から抜け出した先の景色は、これまた見覚えのあるものだった。

 丁度8年前、"俺が右目を失った場所"だった。


 あの時、俺は幼いアリシア様に連れられ近くの森に入っていた。この時アリシアは8歳を迎えられたばかり。

 

『ハルト***来い』


 森の中で立ち尽くす俺の背後を通る人影。聞き覚えのある声に、見覚えのある姿形。

 目を見開き、声の持ち主の後を視線で追う。

 青のフリルのドレス、背中まで伸びた艶やかしい銀色の髪。俺の腰までの背丈。どっからどう見ても8年前のアリシア様その人だった。

 

 何故、あの日のアリシア様が?


 頭の中に多くの疑問符が浮かび上がってくる。


『お待ち下さいアリシア様』


 呆然としながらアリシア様を見つめる俺の背後を再び人影が通り過ぎていく。

 通りすぎ際に横目で見たものは、この世界に迷い混んで2年後の、アリシア様の奴隷となって1年目の俺だった。右目を失う前の。


 まだ言葉もあやふやで、会話も儘ならなかったのをよく覚えている。片言の言葉に、単語単語の意味がまだ分からない頃だ。


『遅いぞ、****ハルト』


 腰に手を当てながら威張るアリシア様。年相応のやんちゃで、我が儘が、多くて困っていたな当時は。


『そんなに慌てなくても』


 一言一句が正確だ。もしかすると、今俺が見ているものは過去の風景、夢として過去を回想しているのかもしれないな。


 もし、これが夢で、過去の記憶の中ならばこの後俺は......


 駆け足をするアリシア様を追う過去の俺。そんな二人の後をついていく。

 木々を掻き分けながら辿り着いたのは、ある大木が生えている場所。大木から伸びる無数の太い枝と大きな葉が他の木を包み、空と地上を分断させている。

 その他の特徴として、この場所だけ、地面が土ではなく、人工的に地面に埋められた石工の床だった。周囲には何かの石像らしき物の残骸も転がっている。

 過去にこの場所に何かの建築物があったのかもしれない。


 大木の太い枝には黄色い果実のような実が実っている。


『こっちよハルト』


 そんな大木の枝の上で座りながら果実をかじるアリシア様。

 木の幹も太く両手が回ることはない。おまけに木の表面はツルツルで、掴めるような突起物も枝も何もない。握力で木を掴んで登るには無理があった。

 枝が延びているのは、地面から3m程度離れた高さのところ。


『登れませんよ』


『***ないわね』


 座りながら右手の人差し指を伸ばすアリシア様。人差し指の先に風が渦巻くのが見える。

 それを俺に向かって指差さした。すると俺の足元に、アリシア様の人差し指のような風の渦が出来ていた。ただし、大きさは指先のものよりも大きい。


『うわっ!』


 足元に発生した風の渦の風切り音が大きくなっていく。風の宇津の上に乗っている過去の俺の体が、枝のある高さまで押し上げられていく。

 足元の下で渦を巻く風。何故かその上に立つ過去の俺の体は渦のように回ることはなく、そのままの直立不動の姿勢。

 ......直立不動といったが、語弊だったな。みっともなく足元をキョロキョロとしている。動揺が隠しきれないのが第三者から見れば良く伝わってくる。


 そんな一連の流れを木の真下から見上げている俺。木の上の二人は木の下の俺の存在に気付いていない。

 当然か。これは過去の回想、夢の中なのだから。


『あげるわ』


 枝の上まで過去の俺を運ぶと風の渦が消滅。そして歩み寄り、手に持つ木の実を渡すアリシア様。

 枝は人間が横に5人程並んだぐらいの太さであるため、枝の上の歩行は簡単に可能。ちっとやそっとでは折れたりしない。


 木の実を受けとるとアリシア様は過去の俺の足元に座り、二つ目の木の実を食べ出す。

 その隣に座り込む過去の俺。何の木の実か分からず、食べることには躊躇気味。

 真横で美味しそうに笑顔で木の実を頬張るアリシア様を見て、過去の俺も木の実を食べ出す。


『......!! 美味い......』


 予想以上の味にきょとんとしている。


 マンゴーに似た味だったな確か。


 二つ目を食べ終えたアリシア様は、更に上に生っている木の実を取りに行こうと木を登っていく。

 この時の登坂要領が、木の幹を蹴り上に飛び上がるという野生動物顔負けの方法だった。

 下から表情が見えないが、過去の俺の表情は恐らく大口を開けた情けない表情になっているあろう。


 木の実を取り、下に落としていくアリシア様。


 頭上から落ちてくる木の実が頭に当たる。当たったもの以外の木の実もバラバラと落ちてくる。

 幾つか木の実を落とすと、また元の位置まで戻ってくる。戻ってくるときも、元の場所に向かって落下。

 何事もないように両足で着地。落下の衝撃は何処にいったのか。


    ◆ ◆ ◆


 木の実を食べ終えた二人は木のてっぺんに立っている。

 全長何mあるのか分からない高さの木をすいすいと昇っていっていた。

 てっぺんの枝は空に向かって伸びている。更に枝は二股に別れてもいる。その上に別れて乗るアリシア様と過去の俺。

 そんな二人に遅れる形でてっぺんに昇る。

 大木のてっぺんから見える風景。それは森全体を見通せるだけではなく、離れたテスタメント邸、険しく連なる山脈の麓の雑木林、岩肌や草原が広がる平地の中を流れる川等、あらゆる自然の景色が堪能できるところだった。

 

 懐かしいな。こんな風景だったな。


 真横に自分がもう一人立っているのは奇妙な感覚だ。

 

 ......そんな感覚は置いといて、折角過去の記憶の中にいるのだから懐かしまないとな。これから起きる事件もあるのだから。


     ◆ ◆ ◆


 大木を降りる頃には、空は夕焼けに染まりつつあった。


『そろそろ帰りましょう』


 あまり遅いとリュート様達も心配してしまう。


 どれだけ待遇が良かろうとも、俺の立場が奴隷であることには変わりはなかった。

 万が一、アリシア様に何かあれば俺の身の安全は保証されない。

 奴隷となって2年目。どうすれば自分が傷付かずに済むのか。そんな要領ばかり考え、結果として傷付くことも少なくなったが、全くのゼロではない。

 時折行われる処罰。回復魔法が効かなく、自然治癒に頼らざる終えない俺は、他の奴隷達よりも処罰に敏感だった。

 この時もそればかりを恐れていた。


 そしてその時がやって来る。


 先に木から降りて、帰りの帰路に立つ過去の俺。後ろのアリシア様を確認するために振り返った過去の俺が見たのは、見たこともないない生物だった。


 大木の後ろから現れたそれは、禍々しい黒いオーラのようなモノに包まれている。体の表面には黒い鱗のようなものがあり堅牢そうである。長い尻尾にはどうすればが生えている。4本の足の爪は銀色に光っており、一本一本の爪がには大人の体体並みある。何よりもデカイ。インド像に負け劣らずの体格。

 大きな口の隙間からちらつかされる牙。まるで鋸のような牙。噛みつかれたらひとたまりもないだろう。

 そんな生物の出現にアリシア様は気付いていない。

 謎の生物がその大きな手を、右手を振り上げ、アリシア様に向かって降り下ろそうとしている。

 

 アリシア様はまだ気付いていない。


『危ない!』


 地面を力強く蹴りアリシア様に飛び付く。


 アリシア様に覆い被さる。距離が近かったのが不幸中の幸いだ。

 飛び付き、地面に押し倒すことで謎の生物の爪の攻撃をかわす。アリシア様の代わりに、俺の背中に深い爪痕が残るが。


『ハルト?!』


 苦悶の表情の過去の俺。床に押し倒されたアリシア様は隙間から顔を出し状況を確認する。


『何よコイツ』


 自分が襲われたことが不愉快なのか、敵意剥き出しの、冷ややかな目で謎の生物を睨んでいる。


 謎の生物が再び手を振り上げる。今度は左手だ。


 再度アリシア様を庇う。右斜め上から左斜め下に切り裂かれた傷の他にもうひとつ。その傷跡に交差するように新しい傷が増えた。

 傷も出血も深い。


 『エルティーン!』


 謎の生物に向かって右手を構え、魔法を唱えるアリシア様。

 右手の掌から飛び出したのは風の槍。実物の槍と変わらない大きさはの風の槍が謎の生物の顔面に向かって飛んでいく。

 ところが、命中寸前で魔法が消滅。謎の生物にダメージはない。


『ブラスト! フォルトゥーン! セルレーン!』


 火、水、土、それぞれ別の属性、別の系統の魔法を放つが、全て謎の生物に当たる前に消滅している。


『そんな!』


 魔法が消滅していくことに驚くアリシア様。そんなアリシア様を無視して謎の生物は攻撃を続ける。その攻撃を過去の俺はじっと耐える。

 生傷が増え、痛みも我慢しきれるものではなくなりつつある。

 連続しての爪による攻撃の隙を見て、アリシア様を抱えながら横に転がる。


 石工のブロックを抉る。謎の生物の爪痕が深々と残る。


『逃げてください......』


 どういうわけか、魔法が通用しない生物。魔法が通用しない相手では、アリシア様と言えど普通の子供。

 

 弱々しく呟く過去の俺。


 初めて遭遇する未知の脅威に、足がすんでしまうアリシア様。


 動けなくなったアリシア様に向かって謎の生物は口の中から舌を飛び出させる。

 真っ直ぐ伸びていく真っ赤で唾液まみれの舌。

 

『ぐっ!』


 舌がアリシア様を貫くよりも先に、過去の俺が立ち塞がった。

 舌は過去の俺の右目を貫いていた。貫くといっても頭まで貫通してはいない。右目だけを潰して、頭を貫通するかしないかのギリギリで止めていた。


 舌が右目から引き抜かれていく。それに合わせて右目の部分から夥しい量の血が流れ、激痛が襲ってきた。目を押さえる右手の隙間から絶えず血が流れる。


 痛いだけではなく、体を焼かれるような熱さも感じた。地面に転げ回りたいぐらい、よがり狂いそうだった。


 そして意識を手放す過去の俺。


 最後に覚えているのが謎の生物の遠吠えと、アリシア様が涙を浮かべながら寄り添ってきたことだった。


  過去の出来事を全て見終わると、過去の記憶の景色に徐々に闇が侵食していく。

 景色全体が闇に飲み込まれる。また元の闇の空間に後戻り。何故こんなモノを見たのか。全くもって謎だ。


 そんな闇の空間に突如震動が起こる。鈍い音と共に起こる地響。音が徐々に近づき揺れも大きくなる。

 やがて立っていらないほど大きくなった震動。尻餅をつき上を見上げる。


「............」


 見上げた先にいたのは、あの日俺とアリシア様が遭遇した謎の生物だった。


 じっと俺を見つめる謎の生物。


 逃げなければ!


 体が、脳がアラームを報せるが体が岩石のように固まり動かない。

 ゆっくりと一歩づつ近づく謎の生物。声も出せず、視線も変えられない。金縛りのようなものに捕らわれてしまったようだ。


 俺の目の前で立ち止まる謎の生物。目の前で立ち止まった謎の生物は一呼吸置いて俺に飛び掛かってきた。

 防御体制も、回避行動も取れない俺はじっと待っとくしかない。

 押し潰されるとばかり思っていた。なのに謎の生物は俺を押し潰すことはなかった


 目も閉じられない俺はそれをはっきり見た。


 潰れている右目に謎の生物が吸い込まれていくのを。飛び掛かってきた直後に謎の生物は黒い霧のようなものに姿を変え、水のように流れ込んでいったのだ。


「何だよ今の......」


 頭の整理がつかないまま、俺の体に異変が起きる。


 体全体に激痛。右目に感じていた痛みが体全体に。

 

 異変はそれだけではなかった。、


「何だよこれ!」


 右腕が、皮膚の中で何かが蠢いている。耳障りな音を発しながら腕全体に蠢く。その度に信じられない痛みが伴っている。

 意識が飛びそうなのに意識が飛ばない。

 蠢きが収まったかと思った矢先に、何かが右腕の皮膚を突き破った。

 骨のような白い棒状の何か。それだけではなく、右腕全体に黒い鱗みたいなものが出てくる。それは右腕だけではなく、俺の体全体に鱗が出てきていた。

 皮で出来た足甲を突き破り銀色の長い鋭利な爪が生えてくる。

 足だけではなく手にも同じ爪が生えてくる。

 尾骨の部分にも違和感を感じる。尾骨から何かが生えるような。

 ここまで来る頃には痛みが嘘のように無くなっていた。

 俺の体の変異は続いていく。

 

 頭からは角のようなものが生えた。

 

 背中には大きな黒い羽根。


 歯が抜け落ち、新しく牙が生える。


 一通りの変異が収まったところで改めて自分の姿を可能な範囲で確認する。首を動かし、自分の目で見えるところまで。

 確認の結果、ここにいるのは人間ではなかった。人間の形をした別の生物へとなってしまっていた。

 ショックや悲しみはない。寧ろ心地よささへ抱いている。


 

 "キエロ"


 頭の中に声が響いた。


 闇の空間が地響きと共に流動していく。


 嫌な予感がした。ここから離れなければ危険だと。


 そんな勘に身を任せ、何もない空間を何処へともなく駆け出す。

  出口のない迷路をさ迷うに走りつづける。走りながら気づいたことがある。

走る速度が異常なのだ。人間の出せる速度ではない。魔法による身体の強化ではない。純粋に身体能力が向上している。チーターや豹のスピードに近いものを体感している。


 そんな身体能力の向上に心が少し踊った。こんな異形な姿になったというのに。


 どれだけ走っても疲れない。何時間でも走れそうだ。


 しかしながら、それも呆気なく終わりを迎えてしまう。


 土のように固かった闇の空間の地面だったが、何の前触れもなく、沼のように柔らかく、ぬかるんでいく。

 一歩進むごとにぬかるみが酷くなっている。

 次第には足が闇の空間にはまりこんでしまった。

 足を大きく上げ抜け出しても、次の一歩を踏み出した途端に、それまでよりも深く足が沈んでいく。

 やがて足を抜くことが出来なくなった。それだけなら良かったのだが、体が底無し沼にはまったかのように沈んでいく。


 "キエロ......キエロ"


 ガンガン頭の中に、低く不気味な声が大きくなっていく。


 沈む速度が一気に早くなる。変にもがいてもいないのに、下に落下するかのような勢いで飲み込まれていく。


 "オマエ、イラナイ"


 完全に体が沈む前に聞こえた最後の言葉だった。


      ◆ ◆ ◆


 飛び上がるようにして目を覚ました。


「ハァ......ハァ......夢か?」


 何の夢を見たのか覚えていないが、ベッドに染みる程酷い寝汗をかいていたのだから相当な悪夢だったのだろう。


 枕に頭の形をした染みが出来ていた。ベッドも同様に上半身の型どりがされている。

 着ている皮のインナーも汗でベトベトだ。風呂にでも入ろう。


 ベッドから降りて着替えを用意する。その途中で鏡に映る自分の顔のある一点が気になった。


「......右目の傷跡こんなに広がっていたか?」


 気になったのは右目の傷跡。眼帯から大きくはみ出すように傷が広がっていたのだ。

 

 

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