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没落貴族と共に歩む異界の奴隷  作者: オリジン
それぞれの時間
17/25

秘密

ーー魔法。遥か太古の昔に確立された一種の技術。


 だが、元々この世界の人間は魔法を使えなかった。使い方を知らなかった。


 有史上初めて魔法が確認されたのは導師"ツァバリア"による"始まりの火"とされている。


 導師が手をかざせすと、何もない所に火が生まれた。


 小さくて熱量も少ない僅かな火だったが、人類にとっては大きな大火であった。


 導師が魔法を発現させたことにより、魔法は一躍注目されるモノとなった。


 それまでの歴史において、魔法は認識されているものの、まともに研究しようとするものは少なかった。

 摩訶不思議な現象がこの世界の至るところに発生している。

 突如として発生する大竜巻き。まるで生物のように襲い掛かる海流。不規則に起きる大地の隆起と地割れ。

 他にも多くの未知の現象が確認されていた。

 導師による魔法の発現により、人々はそれらの現象を真似た魔法の開発に乗り出した。

 人知を越えた自然現象をコントロールすることは不可能。しかし、それを参考にし、真似る、似せることは可能だった。


 "始まりの火"しか無かった魔法も何時しかその数、種類共に増やしていくことになった。


 何故魔法が発現したのか、何故今まで発現し無かったのかは謎のまま。


 もしかしたら使えたのかもしれない。ただ人が歩み寄ろうとしなかっただけなのかもしれない。


 導師は数少ない魔法の研究者であり、誰よりも魔法に憧れを抱いていた。


 魔法を手に入れた人類は飛躍的発展を遂げることになった。


 神々の天恵を仰ぎ、享受されたモノを伝える役目にあたる神官と聖女。そういった一部の人間が魔法使いとして先駆けることとなった。

 

 導師の他にも共に魔法を研究した者達はいた。導師と共にその者達は何時しか"賢者"と呼ばれるようになった。


 賢者達の手によって様々な魔法が確立されていくことになった。初めは限られた少数の人間しか扱えなかった魔法。しかし、次第に魔法を使える母数は日に日に増えていった。


 ある時、戦争が起きた。


 戦争そのものは何も新しくも珍しいものではなかった。


 ただ一つ、戦争のあり方が変わっていた。


ーー槍を構え敵に突撃。


ーー弓をつがえ、弧を描くようにして降り注ぐ。


ーー騎馬戦。馬上での剣と剣の攻めぎ合い。


ーー鉄球が盾を砕く。


ーー鎧の隙間から肉に深々と刺さる細剣。


ーー大鉈で細切れにされる。


ーー油の入った火入れ弾が鎧ごと人間を焼く。


 それが戦争の当たり前の姿だった。その時迄は。


 人類史上初となる魔法の戦争への導入。魔法を生み出し育んできた導師達の手によってそれは成された。

 

 圧倒的だった。


 一度腕を振るえば、炎の嵐が大地を飲み込んでいく。


 水辺で両手を広げれば激流が水の底に全てを沈めていく。


 天に手を掲げれば黒雲が空を覆い、空から雷の槍が降り注ぐ。


 地の声に耳を傾け、大地に手をつけば地盤が崩れ、生命を地中深くにまで閉じ込めていく。


 それまでの戦争のあり方を変えてしまう魔法。此に対し、相手国も魔法を使える人間を、人間兵器として投入。


 魔法による魔法での戦いは地形を歪め、生命が生きていける環境を、生態系を狂わせてしまった。


 魔法による戦争が世界へ与えた傷跡は大きすぎた。


 国中が兵器として魔法を求めた。


 此に導師達は世界の未来を憂い、魔法の封印を決定し行動を始めた。


 世界に散らばった全ての魔法を集め、導師達は再び誰の手にも渡らないように、自分達の体ごと、造り出した魔法を天へと持ち去った。


 魔法はこの世界から一度切り離されることになった。


 それから更に百年。人々の元に再び魔法が戻ってきた。


 密かに導師達によって伝えられた第二の魔法が、導師達の弟子によって世界に普及していく。


 魔法を封印する事を決める前に導師達は、別の魔法を造っていた。魔法を安定させ、人の手に余らないものとするために制御方法を確立させた。


 それが"魔法の分割化"及び"詠唱によるコントロール"。


 魔法の始祖。始まりの火は小さくてか弱いモノだった。


 導師達によって生み出されていった魔法は、始まりの火とは比べ物にならない力を秘めていた。

 それ故に導師達は人々に再び魔法を伝える上で、魔法を細分化し、簡単に扱えるようにコントロールする必要があった。


 導師達は知っていた。人の奥底に潜む深い闇を。


 信用していないわけではなかった。だけど畏れた。

 だが、直ぐには魔法は伝えられなかった。戦争の爪痕が癒えぬまま、人々が強力な兵器として魔法に囚われている間は。

 導師達は方法と理論は確立させたが、自分達の手で完成はさせなかった。

 世界中に手掛かりを残した。導師達は弟子達に試練としてそれらを集め、自分達が遺したモノを完成させるよう唱えた。


 それから弟子達は世界中に散り、遺された手掛かりを集めていった。弟子達で不可能であっても、その子供が、またその子供がと、次の代から次の代へと世代を移していきながら手掛かりを探した。

 そして、とうとう、今から500年前に遂に最後の手掛かりを手に入れた弟子達の子孫達。魔法を完成させ、世に普及させていく。


 魔法が再び生活の基盤として浸透していき、現代の原型となったが、導師達の生み出した原初の魔法は人々に伝えられることはなかった。


 失われた魔法。


 強大で強力な神の御業とも称せる魔法は、今も導師達の魂によって厳重に護られているとされている。


     ◆ ◆ ◆


「ーー以上が魔法の始まりとその歴史だ。何か質問はあるかな?」


 数百ページにも及ぶ分厚い本を閉じ、頬杖をつく目の前の子供二人に問いかける。


「導師達の造った魔法はコントロールが出来なかったの?」


「いい質問だ。だけどその質問には答えられない」


「どうして?」


「長い歴史の中で解明されていない謎の一つなんだ。何故新しく造り出した魔法がコントロール出来たのに、初期に自分達が使っていた魔法がコントロール出来なかったのか......と」


 今まで多くの学者が多くの見解と推測を唱えた。


 そんな技術が初めはなく、その後の長い研究により、完成。だが、その時自分達は死期が近く、とてもじゃないが、全ての魔法をコントロールすることは不可能で、厳選したものをコントロール出来るようにした......や。


 導師の正体が実はエルフで、弟子達は人間。人間にも扱えるようにするためのエルフ達の口実だったかもしれない......や。


 そもそも導師達は魔法を伝えるつもりがなく、彼等が死後に弟子達が造り出したのが現代に続く魔法だったのかもしれない......などがある。


 人によって考え方が違うのは当然だ。当時を生きていた者にしかわかり得ない事実。

 それらを考察するには大元の歴史を学ぶのが共通の道。そこから先はそれぞれの考え方によってくる。

 歴史は後世に伝えられているものが全て事実とは限らない。伝えられていない、残っていない事実や真実もあるかもしれない。

 この歴史も今でこそは正しいのかもしれないが、後々の研究で間違っていたと、正されるかもしれない。

 何が正解で何が間違いなのかを探究していくのが歴史。曲解や見当違いな解釈であっても、歴史という分野ではどうなるか解らないものだ。


「先生はどう思ってるの?」


 子供の内からこういった好奇心を持つのは非常に良いことだ。役に立つ立たないにしろ、好奇心というものは人を動かす原動力。それを今のうちに養っていれば後々為になる。


「俺は......導師達は真似事をしたのだと思っている」


「真似事?」


「神かそれに通ずる何かから与えられた魔法を、導師達が見よう見まねしたのだと。与えられた魔法は借り物。自分達が造り出したのが、現代の魔法の原型が本当の意味で造られた魔法ってな」


 魔法......字を分解して、魔の法術。人知を越えた力。本来人間が持たざるモノ。それを何らかの方法で手に入れ、アレンジしたものだと解釈している。

 だから与えられた力はコントロール出来なかった。自分達で見よう見まねして造ったモノしかコントロール出来なかった。


「と、まぁ、今日はこの辺りにしておこうか」


 夕暮れ時に始めた講義だったが、もう夜が更けてきた。おおよその時間にして19時ぐらいだろう。

 時計がないこの世界で、時間を測るのは面倒なものだ。日時計か体内時計。他にも方法があるのかもしれないが、生憎、それらの知識は持ち合わせていない。それに時計がないのだから、時間を測るという言葉の概念すらなくなる。

 この世界の住人達は、日の昇りと沈みで1日の生活のリズムを作っている。日が沈みかけたら作業の終わりなど、長い年月をかけて養われた感覚的要素に頼っている。


「また次の機会に続きをしよう。後は簡単な読み書きと計算も」


 はっきり言うと、この世界の住人のほとんどが、あっちでいう一般教養がない。読み書きが出来ず、計算も商人や富裕層を除いて儘ならない。

 富裕層というのは魔法が学べて、読み書きも計算も出来る者。貴族等は問わない。

 稀に独学で覚えていく者もいるが、それは別。尤も俺もその内の一人だったが。


 魔法を学ぶというのも、文字が読めてなんぼ。ほとんどが魔法書と呼ばれる書物に記されているからだ。これが読めなければどれだけ素養があっても魔法は学べない。

 

 発展途上の世界では当たり前のことなのかもしれない。況してや他国との睨み合いが続いているのだ。そんな余裕もないのだろう。


「悪いわね子守りについで勉強まで見てくれて」


「事の次いでですよ」


 広い敷地で農牧を営む農夫の家。比較的裕福ではあるが、まともな教育を受けさせれるほどの余裕はない。

 石膏の家の玄関から少しふくよかな婦人が礼を言ってくる。

 武器屋での仕事以外で見つけたアルバイトの一つ。農作物の収穫の手伝いだけで銀貨2枚の有難い仕事だ。

 午前は武器屋で、午後はここでの仕事。勿論毎日ではなく、たまたま見つかった仕事だ。

 武器屋だけで食べていくには難しい。

 子供達の教育は、作業の合間に子供達と少し戯れていく中で思い付いたもの。

 思いの外、婦人からの受けも良いみたいだ。


「それとこれを持っていきな。餞別だよ」


 婦人から一つの小さな袋を渡された。振ってみると、軽く、じゃらじゃらと中で複数の者が擦れる音がする。


「タコールの種だよ。どんな所でも育つから食料の足しになると思うよ」


 タコールと言うのは牛蒡みたいな農作物。牛蒡と違うのは特別な環境を必要としないこと。


「ありがとうございますマダム」


 袋を腰の布袋に入れ一礼し、街に向かって歩き始める。ここは少し街から離れた高台で街を見下ろせる。距離も5kmあるかないか。家に帰るまで然程時間は掛からないだろう。


    ◆ ◆ ◆


 家の正面玄関を通ると、中の蝋燭が既に灯されていた。アリシア様のほうが先に帰ってきたようだ。


「遅かったわねハルト」


 正面階段から降りてくるアリシア様。甲冑脱いでおり、部屋着でもある白のレースの服に着替えていた。


「少し仕事が長引いてしまいました。すぐに夕食の準備を始めます」


 帰りに幾つか食材も買った。今晩はシチューでも作るか。


「......夕食はいいわ。今日はもう休む」


「どうかされたのですか?」


 珍しい。アリシア様が食欲がないとは。普段なら性別や体型に似合わない食べっぷりを見せるのに。


「お体の具合が悪いのでした医者を呼びますが?」


「平気よ。............ハルト、あんた何か私に隠し事してない?」


「隠し事ですか......身に覚えはありません」


 隠し事......強いて言うなれば、あの日のことぐらいだろう。だけどそれはアリシア様に言うには及ばないこと。いや、言ってはならないことかもしれない。


「そう、それなら......うぐっ!」


 突然呻き声を上げ胸を押さえ、歯を食い縛りながら苦痛の表情を浮かべ、その場に屈むアリシア様。明らかに様子がおかしい。


「どうしました!? アリ......っ!?」


 右目が熱い、あの時よりも熱い。立っていられない。


 階段で屈みこむアリシア様に寄り添おうとしたのだが、俺の方も体に異変が起きてそれが不可能となった。

 原因は分からない。今までこんなことはなかった。


「はぁ、はぁ......! もう大丈夫よ......私は部屋に戻るから。お前も今日はもう休め」


 明らかに無理している。憔悴しきったアリシア様の顔など始めてみた。どれだけ尋常ではない事態のかを判断材料にするには十分。


「左様ですか......私もお言葉に甘えさせて貰います」


 激痛に耐えながら何とかして立ち上がる。


 何時までも主人の前で弱々しい姿を見せるわけにはいかない。何よりもアリシア様が堪えていらっしゃるのに俺がへたれるわけにいかない。


 アリシア様は重い足取りで自室へと向かわれた。それを確認し、アリシア様が見えなくなったところで俺も一階の自室へと向かう。

 部屋に入る前に邸内に灯されている蝋燭の火を全て消して。


 アリシア様のお身体は大丈夫なのだろうか。そして、指のあの光は一体......。


 ベッドに横になりながら、アリシア様の容態と青白く発光した指輪のことを考えていた。

 あの光が見えなくなった途端に目の痛みも引いた。


    ◆ ◆ ◆


 これは一体......ハルトの顔を見て暫くしたら突然胸が熱くなった。体の内側から焼かれるような熱を感じた。

 そして何故か、あの老人から貰った指輪も青白く光っていた。それをハルトが見たのかは分からない。位置関係上恐らくハルトにも見えていたはず。

 その指輪の光も今は消えている。光っている間、指が締め付けられるようだった。


 そして私の見間違いでなければ、ハルトの右目の傷跡が広がっていた。眼帯では隠しきれない程全方向に広がる火傷のような傷が。

 

 ハルトも右目を押さえていた。


 ............まさかね。

 

  

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