"悪しきモノ達"
ーー加護を盾に、誇りを剣に、
ーー凍てついた心に希望の炎を、
ーー道なき道、使命を光明とせよ、
ーー畏れるな、"魔"を、
ーー迷うべからず、外れるべからず、
ーー"死"は友人、"魔"は隣人、
ーー今日も屍の山を越えん、
ーー終わりなき旅はまだ始まったばかり、
昔から伝わるお伽噺の中に登場する詩の一つ。
世が混迷を迎え、戦乱に明け暮れる。
幾つもの国が倒れた。幾つもの生命が終演を迎えた。天への供物としては多すぎた。それでも天は欲した。
大国は事態の収拾の為に"理"から外れたモノを、手にしてはならない、触れてはならないモノに触れてしまった。
人の欲望、信念なき使命、意思なき魂、希望は灰に。
"悪しきモノ"。
人々は"それ"をそう呼ぶ。
"穢れた聖女"、"主無き騎士団"、"死せる生者"、"国亡き王"、"喪われた都"。
どれもこれも架空の存在。何時、誰が、何のために作り出したのかは分からない。曖昧な伝承しか残っていない。
だけど、生まれてから一度たりともその"お伽噺話"を聞いたことのない人間は恐らくいない。
誰しもが言い聞かせられる物語。物語に題名はない。
幼児はベッドに身を潜め、枕元に座る母親から物語を聞かせられる。
私もその一人だった。
"国亡き王"......まだ人間だった王は、呼び覚ました"魔"と契約を結んだ。民を生け贄とし、"王"は"魔"から軍勢を貸し与えられた。
"魔の軍勢を"手にした"王"は圧倒的な"力"を持って、戦乱の世を一蹴していく。
次々と"魔"の手に落ち、魂の奴隷となる国と人々。"王"による独裁体制が敷かれるのも時間の問題だった。
魔の時代の幕開け。それを恐れた他国の王達は、敵同士であった者達同士、手を取り合い"国亡き王"への反抗を開始。
人類と"魔"の軍勢の全面戦争。この時既に"国亡き王"は"魔"の忠実な僕と化し、人間性は失われていた。
自らが攻め落としていった国の生命を使役し、新たな"魔"を生み出していった。
世界の半分は"魔"に飲み込まれていた。応戦する人類側だが、"魔の軍勢"の勢いはとどまることを知らない。
追い詰められる人類。そこで、人類は最後の抵抗、苦肉の策として、"国亡き王"の暗殺に乗り出すことになった。
選び抜かれた10人の精鋭。しかし、地上の大半は"魔"の支配下。"国亡き王"を暗殺するには、"魔"の支配下に置かれた地を潜り抜けなければならない。
決して楽な旅路ではなく、人類に残された時間も極僅か。
作戦は直ぐに敢行され、選び抜かれた10人は愛馬に股がり、"国亡き王"が居城する"神々に見放された地"へと急いだ。
10人が急ぐ中、残された人類軍は、"魔の軍勢"の注意を引くために、囮として最後の突撃を仕掛ける。
人知を越えた怪物に一人、また一人と戦士達は倒れていく。
変わり果てた故郷の大地を超え、残った3人の戦士達は遂に"国亡き王"の座る玉座までたどり着いた。
天まで続いたと言われる城の最上階に玉座を構え、この世界を見渡していたとされる"国亡き王"。
"国亡き王"との対決は一対一。最上階に外壁はなく、吹き抜けとなっている。嵐による暴風が身を引き裂き、矢のように突き刺さる雨。落雷が耳と視界を塞ぐ。足場は石造りの正方形の小さなタイルが合計で9枚ばかり。
一瞬で決まる勝負。
"国亡き王"を倒すには、地上の"王"と"魔"を繋ぐ赤い心臓を貫くしかない。
だが、"王"に通常の攻撃は効かない。"王"を仕留めることが出来るのは神の祝福を得たとされる"神剣アストラ"ただ一つ。
王の持つ"魔剣イングラム"が刺客の勇者の胸元に迫る。
全長2mと称される"魔剣イングラム"。両手で持つ重量剣とは思えない速度で繰り出される突き。
刺客の勇者は敢えて回避と防御を捨て、これに正面から突っ込んだ。狙いは王の攻撃に合わせた心臓へのカウンター。捨て身の特攻。
勇者の身に魔剣が突き刺さる。魂を貪る魔剣。突き刺さる剣の刃に自分の血反吐を吹き出す勇者。
勇者の体を容易に貫き致命傷を与えた"王"は歓喜の雄叫びを挙げる。
"魔の軍勢"を通して人類軍を完全に下し、他の王達も討ち取ったと報告が届いたからだ。
これにより世界は自分のモノになったのだと王は酔いしれていた。
後は残党を殲滅するのみ。それだけだったのだが、王は突如として自分の体に違和感を感じた。
それは自分の手で仕留めた勇者の握られている剣から伝わってくる。
視線を下に落とし胸の辺りを見る王。
勇者の剣が自分の心臓を貫いていた。普通であれば王にどのような攻撃も効きはしない。普通であれば......
遅れてやってくる王を襲う激痛。心臓からだけではなく、口や目、鼻といったところからも黒い血が滴り出す。
体が思うように動けなくなり、全身が燃えるように熱い。
手足が灰のように朽ちていく。膝を付き崩れる王。
世界中を覆う深い闇の空が割れ、神の威光の光が大地に降り注ぐ。
神の光に焼かれる"魔の軍勢"。王も例外ではなく、心臓を貫かれ、"魔"との繋がりが絶たれた王に成す術はない。
内側と外側から焼かれ灰となり影に消えていく王。王の死は地上に蔓延る"魔の軍勢"の死にもなる。
次々と消滅していく"魔の軍勢"と怪物達。
完全に消滅した王の後を追うようにして、城と神々に見放された大地が崩壊していく。
瓦礫の山と共に闇に落ちていく勇者。その顔には安らぎの笑顔があった。
崩壊を察知し、脱出していた勇者の仲間。崩れ落ちた大地から大口のように広がる地下の闇に飲み込まれる勇者。
闇が晴れ、光が戻った大地。爪痕は簡単に癒えるモノではなく、それから何百年という歳月を費やし、元に戻していく。
戦士達は死に、王達も不在となった世界。僅かに生き残った人類の中から魔を監視する立場の者が現れ、以降、魔の侵入は許していない。
◆ ◆ ◆
「懐かしいわね。こんな内容だったわねそう言えば」
学園の図書館で勉強をしに来ていたのだけど、本棚から本を取り出そうとしたら、この"お伽噺話"の本が棚から落ちてきた。
魔法薬学関連の本棚にあるはずのない本。誰かが適当に戻したようね。
「久々に読んでみたら昔を思い出したわ。夜になったら"魔"が来そうで常に怯えていたことを」
木製の長机の椅子に腰掛け、物語を一通り読み終えた私はそっと本を閉じた。
隣に座るのはレイチェル。私と同じく勉強の為に図書館に来ていた。その時私がこの本を広げているところを見て、流れで一緒に読むことになった。
私としても、亡きお母様との想い出に浸れる良い機会になったわ。
「この年でまた読むとは思わなかったわ。子供の時は少し怖かったけど、今読んでみると要所要所が虫食いみたく飛ばされていて、若干違和感があるわね」
この物語にタイトルはない。作者も不明で、出てくる登場人物の名前も明記されていない。
題材となった世界は私達の世界のようだけど、私達の世界とは似て非なるもの。所詮は架空の物語。現実性はほとんどない。
「うわっ、もうこんな時間じゃん」
気がつけば外は夕暮れ時。図書館に残っているのも私達二人だけのようね。
「んじゃ、私は帰るとするわね。アリシアは帰らないの?」
「このあともう少しだけ勉強していく」
元々勉強するために来たのにほとんど勉強出来ていない。
「頑張るのは良いけど根つめ過ぎて体壊しちゃ元も子もないわよ。まぁ、アリシアなら壊れることはないと思うけど」
最後に捨て台詞を吐くようにして図書館の木造の大扉が閉じられる。
一人きりになった
蝋燭に右手ををかざし、火をつける。燭台に刺さる蝋燭に三つの火の灯りが灯される。
学園の閉鎖までのギリギリまで勉強していこう。馬車もなくなるから帰りは少し遅くなるかもしれないわね。
◆ ◆ ◆
随分遅くまで粘ってしまったわね。多分あのまま見回りの先生に追い出されなかったら今も図書館に籠っていたと思う。
学べば学ぶほど薬学は奥が深い。調合の分量や材料を変えるだけで、良薬にも劇薬にもなる。
魔法は無限じゃない。魔力は自分の生命力のようなもの。使えば消費され、休めば元に戻る。
魔力が生命力と直結している理由は明かされてない。過去の事例として、魔法を使い続けた術者が突然死んだことからそう考えられるようになった。
魔力も命も限りあるモノ。取り戻しは効かない。失ったモノは戻ってこない。それを求めるのは禁忌とされる。
分かっている。分かっているけど何とかしたい。まだ命は失われていない。命以外なら取り戻せるかもしれない。
帰りの馬車がない私は自分の足で帰路についている。
何時もなら空を走るのだけど、たまには地上を走るのも悪くないわね。涼しさは空の方が上だけど。
本当なら通学も自分の足が良いわ。だけど、ハルトが周りと合わせろと五月蝿いから馬車にしてるだけ。
やっぱり自分の足で動いた方が気持ちいいわね。
直ぐだった。全力で走ったら学園の敷地から行政区の入口まで。
見張りの衛兵が、つむじ風と共に私が近づくのを警戒して道を塞いだから、入り口の屋根を飛び越えて行政区に入った。
後ろから衛兵の声がするけど気にしない気にしない。
流石に街中で全速力ではしるわけにもいかないから、ここからは徒歩ね。
行政区を抜け商業区に入る。
行政区とは違い、商業区は商売のためか、赤や青や黄色や緑、はたまたは紫といったカラフルなの炎のランプが使われている。幾つもの色違いのランプを使うことで、それら以外の色もある。
そして、夜の商業区の顔が出ている。普段の帰る時間では決して見ることの出来ない夜の街の景色。
酒場からの爆笑。裏路地での乱闘騒ぎ。妻と夫と愛人との修羅場。派手で露出の多い服装で男を誘惑する商売女。
こんな夜の街に学園の制服姿の私は浮くわね。
その証拠にすれ違う酔っぱらい連中がチラチラと私の方に視線を移してくる。
その手の女と思われないようにしないと。
「......お嬢さん......そこのお嬢さん」
すると人気の少ない、商業区の中でも一際暗いごみ捨て場のようなところから、枯れて少し聞き取りづらい口ごもった声が聞こえてくる。
足を止め、声の方角に目を向けると、ボロボロの黒いローブに身を包む老人の姿。
卑小な小汚い格好の老人の背骨は大きく曲がり、腰と上半身が直角になりそうな角度になっている。
ローブの裾から微かに見える細い手首。痩せ干せて、骨と皮しかない弱々しい手には木製の杖が握られている。
杖の先には掌サイズの紅玉が木に包まれるようにして修められている。
身なりは悪いが、一端の魔法使いなのだろう。
「私に何の用ですか? おじいさん」
医者じゃないけど何となくわかる。この老人はもう限界。先はないのだと。
「儂は諸国を旅する者......死に場所を求めながら」
「何か言い残すことがあるようですね」
「......わかるのかね。私が最期を迎えようとしているのが」
「何となくですが」
魔法を使い生命力を活性化させれば長寿出来ないこともない。けど、それは他人からは出来ない。自分の力でのみしか。だけどこの老人にはもうそんな力はない。
「......ならば話は早い。こんなジジイの臨終に付き合わさせて悪いが、少しだけジジイの頼みを聞いてはくれんか?」
「私の出来ることでしたら」
この世を旅立つ旅人に心配事は残させないようにしないと。私に出来ることならやってあげよう。見ず知らずの他人だろうが、これから消え行く命には敬意を持たないと。
へたりこむ老人の手をそっと持ち顔を見つめる。
しわだらけの顔。頬肉も弛みきり、瞼も開いているのか閉じているのか分からないほど薄くなっている。顔色も青白い。何よりも老人の手がとても冷たい。生きている人間の持つ体温とは到底思えない。
まるで死者に触れているようね。
「......なぁに、簡単なことさ。名前を護って貰いたい」
「名前?」
随分と変わった最期の言葉になりそうね。
「......神々に忘れ去られた土地"イルヴァーム"。"国亡き王"ファルコ"。"魔の軍勢エルスト"」
なにそれ? あのお伽噺話に出てくるものの名前? 何でこのおじいさんが? 誰も知らないのに?
「おじいさん、それは一体......」
「......儂は名前を護るもの。だが、儂にも終わりが来た。名前を護るものは強い者でなくてはならない。名前を護り、"悪しきモノ達"を蘇らせないために」
何を言っているのか理解できない。蘇る? "悪しきモノ"が? 架空の存在なのに。名前を護る?
「......これで心......おきなく......逝ける。お嬢さんのような......強い......娘なら安......心できる」
次第に掠れていく老人の声。注意深く耳を傾けなければ聞き取れなくなりそう。それなのに老人の声には力が籠っている。
声の大きさからは伝わらない、何かの使命と覚悟からくる力強さを。
だけどそんな自己完結で済まされても此方が納得いかない。
「ちょっと待ちなさい! きちんと説明しなさい! 一体何の話なの!?」
「......だが、気を......付けな......さい。"魔"は......今も......直ぐそ......ばで蠢......いて......おる。君の......そばにも.....」
ダメ、こっちの声が届いていない。何を言っても聞こえていない。
独り言をぶつぶつと言い続ける老人。
「......これ......を君に......この指......輪が......"魔"か......護って......く......れる」
そう言いながら老人は左手の人差し指の指輪を外し、手渡してくる。
老人からそれを受け取った私は指輪を観察する。
青い宝石のようや石と見たことのない文字が彫られている。これも意味不明。
そして力尽きた老人。力なく頭を垂れ、どれだけ体を揺さぶっても反応はなく、ぐったりとその場に倒れこむだけ。
老人の持っていた杖が粉々に砕け散る。
わけの分からないことを、わけの分からないまま勝手に押し付けられてしまった。
今更ですが、この作品ではアリシアとハルトの二人の視点で進んでいきます。
両方とも王道?にしつつダーク要素も意識していけたらいいと思っています。
作品のタイトルがコロコロ変えて申し訳ありません。私としてもしっくりくるのが中々ないので、恐らく連載しながら変えていくところが多々出てくるかと思いますがご了承を。