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没落貴族と共に歩む異界の奴隷  作者: オリジン
それぞれの時間
13/25

冒険者は辛い

「新入り武器の研磨頼むぞ!」


 粘りに粘り続けた結果、何とかお情けをかけてもらい念願だった職につけることになった。

 懲りずに何度も何度も店から店へと梯子をすること数日。努力が実った喜びを堪能する暇もなく俺は働くことになっり、早速仕事を任されていた。


「は、はい!」


 店主である男性から騎士や冒険者達から預かっている武器の棚に保管されている中から数本の剣を持ち出し、店の裏側で砥石を手に大木の切り株で出来た作業場でひたすらに研磨を始める。

 はこぼれや魔物の血と脂で切れ味が悪くなった物を新品同様に研磨していく作業場は多大な時間と集中力を要する。一本の剣にかけていられる時間はそんなにない。

 こうしている間にも店には多くの武器が預けられる。勿論預けられる武器だけではなく、店に陳列されている商品も買い手がつくように整備は欠かせない。


 丁寧に根気よく刃物は研磨するものだが、冒険者や騎士達は直ぐにでも得物が必要になる。この街に長居する者達なら物腰を据えるのだが、大半の冒険者達は直ぐに街から街へと渡り歩く。


 より早く、より正確に。


 この店で俺が武器を手入れするときに求められていることだ。


 武器など生まれてこの方一度も触れたことがなかったのだが、そんな泣き言を言えるわけもない。折角苦労して手に入れた職だ。金銭を稼ぐためにも技術は現場で磨かなければならない。

 職人達の間で言われている伝統芸とも言える『技術は目で見て盗め』が此処にもある。此処にもというよりは全ての技術職に共通していえることだ。

 だからここの武器は全て均一で造られていない。製造元の鍛冶屋の親父の腕に左右され、何人かの弟子が造るものは鍛冶屋の親父の物とは違う。

 親父自身も直接的に弟子達に自分の業を伝授することはない。全て弟子達の技量と努力だけでどこまで追い付けるかによる。

 それ故に鍛冶屋の親父が造った物は鍛冶屋の親父にしか造れない。逆に鍛冶屋の親父に弟子達の作品は造れない。


 『やってみせ、言って聞かせ、させてみせ、誉めてやらねば人は動かない』という有名な東郷平八郎の言葉がある。

 

 昔気質の中に現代を予期した良い言葉だ。


 目で見て盗めを否定するわけではないが、全てがそれで上手くいくかと言えば上手くいかないのが現実だろう。


 技術職に触れることで俺自身が只の知識としてではく、現場の本物の知識としてどうあるべきか、どうしていくべきかを実感した。


 店の在り方を変える訳ではない。鍛冶屋の親父達に正面からぶつかるつもりもないけど。


「ハルト、鍛冶屋の親父のとこにいって納品予定の武器を受け取ってこい」


「わかりました」


 中途半端のまま切り上げるわけにはいかず、流れるように迅速に研磨を終え、受領の準備を始める。当然手抜き作業ではない。


 この店と提携している鍛冶屋は街の中ではなく、切り立った険しい人の寄り付かない山の中に鍛冶屋を構えている。

 材質の良い鉱石と武器の元となる魔物の素材が簡単に手に入るという理由で危険な山中に職場を構える鍛冶屋の親父は少し頭がおかしいのかもしれない。

 しかし、腕は確かなため弟子入りを希望する者も少なくない。ただし、環境が環境のため技術だけではなく腕っぷしにも自身があるものにしかついていけない。


 そんな鍛冶屋とここの店主がどのようにして知り合い、提携を結ぶまでに至ったのかは聞いていない。店主自身も話そうとしないため些細なことなのかもしれない。


 そんなこんなで、そんな危険な場所にいく為の準備は用意周到に+αした準備が必要となる。


 最低3日分の食料に、解毒薬に猛火を起こす火石。護身用の剣に体を守る鎧。寒さを凌ぐための毛布に遭難時に救援を呼ぶための信号炎石と店の伝書魔鳥。


 普通に山を越えて他国へ渡る並の装備をしなければならない程の場所。そもそもそれぐらいの装備をしなければ入山すら認められない。少しばかり腕に覚えがある冒険者達でも全滅するといった話をよく聞く。


 尚更そんなところにいる鍛冶屋の親父が還暦を迎えるのが信じられない。俺自身話でしか聞いたことがないため、俺の中での鍛冶屋の親父は筋肉隆々のゴリラ並の霊長類の姿。


「無事に帰ってこいよ」


 これで納品が今日になっているのが鬼畜。今現在昼前。帰りは夕刻ぐらいになりそうだ。


 店の奥から鎧に身を包み剣を携え荷車を引いてくる。途中の空いている部屋の鏡で自分の姿を見てみたが、我ながら鎧が似合っていなかった。


     ◆ ◆ ◆


 街道を抜け、目的地である山の麓に荷車を引いてきた俺は山の入山管理をしている衛兵に入山許可書を提示。

 許可書と俺を一瞥し、衛兵は道を譲り山道の道が開けた。


 入山許可書ってのは街の行政区の市役所みたいなところで死んでも自己責任の誓約書を書き、一定料金を払ったところで発行されるその日限りの通過書みたいなもの。


 この山にしか生息していない魔物の素材を求めて冒険者達が後を立たないのだが、この国でも上位に位置する危険度もあるため、死者も絶えない。

 そんなこと考えている間に早速冒険者と思われる遺骨が転がっている。


 我ながら大変な仕事を請け負ったものだ。元々店主自らが受領に行っていたのだが、それを俺が店主に頼みこんで行かせて貰えるようになったのだが、もう早速俺に死相が見えてきた。


 山道に入って深い林道に繋がったのだが、途端に視界が5メートルにも満たない霧が立ち込め、日中にもかかわらずまるで深夜の密林の中に迷い混んだような景色になっていた。


 怪鳥の不気味な不気味な鳴き声が至るところから出所が分からず聞こえてくる。


 俺は無意識に携えている剣に手を伸ばし、緊張の糸を張り積めながら道を進んでいく。


 この世界にきてあることを境にあり得ない身体能力を持つことになった俺だが、元は普通の人間。ちょっと身体能力が優れることになっても恐怖や緊張といった感情は変わらない。

 むしろ半端な力を得たせいで余計に強くなっているかもしれない。


 身体能力が上がったところで致命傷を受ければ死ぬときは死ぬ。自分は決して無敵ではない。況してや魔物とまともに戦ったことはない。戦うとしても息を潜め油断しきっている魔物を影から狩るときだけ。


 全周を警戒しながら注意力が散漫になりすぎないように気を配る。剣など使ったことがないのだが、無いよりはましだ。


 すると直ぐ近くで、ガサガサッと何かが草木を分ける音がする。近い。


 足を止め音がした方向を警戒する。勿論剣は抜いている。


「ふぅ......ふぅ......」


 息が乱れる。何かが自分を狙っている。


 暫く経っても何も起きないことに僅かな隙を生んだ俺にそれは飛び掛かってきた。


「うぉっ......!」


 警戒している方向から真逆の位置から飛び掛かってきた黒い影。完全に不意を突かれる形で俺は瞬く間に黒い影に覆い被されてしまった。その弾みで握っていた剣を手放してしまい、無防備になる。


 殺られる!


 そう思った俺は即座に黒い影を押し退けようと、力一杯黒い影の胸部辺りを両手で押す。


 ムニョムニョ。と、何やら布越しに柔らかい物を掴んだ感覚が両手に。


「に、人間?」


 飛び掛かってきた黒い影......もとい人間の少女は俺を見るなり何故か大喜びしている。


「や、やったぁー! 生きている人間だ!」


 少女の格好は下半身はホットパンツのようなものに、上半身は魔物の革で出来たレザーアーマー。手にはバックラーと鉈より少し長めの短剣を持っている。格好から冒険者なのは間違いない。


 少女の容姿としてはあどけなさが目立つ男とも女ともとれる中性的な顔立ち。頭髪は茶色の短髪。体型は太くも細くもなく、程よい肉付き。少し胸が貧相だが、両手で包み込めるサイズは軽く揉むと張りのある弾力で成長途中を思わせる。


「って、いつまで胸を揉むんだ!」


 思いっきり頭鼻先を突きされ、少女を押し退けその場で痛みに悶える。ツーと右鼻の穴から垂れる鼻血を抑えながら再び俺は少女を見る。


「生きている人間にようやく会えたと思ったらこっちもこっちで魔物だった......」


 勝手に飛び掛かってきて不可抗力なのに変態扱いされるのは頂けない。


「君、一人でこんなところで何をしているんだ?」


 どう考えてもこんな少女が一人でこんなところに来る筈がない。分かっている。分かっているが本人の口から聞けるならそれに越したことはない。状況説明も兼ねて。


「......ここの魔物の素材は強い武器になるって聞いたから仲間と来ていたんだけど」


 来ていたんだけど......か。仲間は死んだか。駆け出しってわけでもなさそうだ。少し腕に自信がついて強い装備を求めてやって来たはいいが、想像以上に強い魔物に遭遇して全滅といったところか。


「仲間は何人いるんだい?」


「四人で来ていたけどもういない」


 付近で悲鳴は戦闘の音などしなかったから襲われてから大分経っているのかもしれない。その間この子は一人で逃げ続けていたのか。この霧の中を。


「どんな魔物だったんだ?」


「クマリスの凄い大きいヤツ」


 クマリス......リスってついているけどあのリスじゃない。どっちかと言えばヒグマみたいなヤツだ。大きさもヒグマと同じぐらい。なんだけど、この爪痕......それよりも一回りぐらいにデカイな。

 左下腹部から右下腹部にかけて一直線に残る爪痕がそれを物語っている。

 大きさも厄介だが、一番の悩みの種はクマリスは非常に知能が高く人間の心理状態や行動を理解していることだ。


「君を襲ったやつはまだ近くに?」


「分からない、必死になって逃げていたから」


 何はともあれここで会ったのも何かの縁だ。この子は逃げたいかもしれないが、俺は鍛冶屋の親父のところまで行かないといけない。この子を街まで送ってから親父の元にいくか。


「あ、あの、これから何処に行くんですか?」


「ここに鍛冶屋を構えているの親父のところに」


「も、もし良かったら僕も同行して良いですか?」


 これは予想外だ。てっきり早く下山したいものだと。しかし、何で同行したいんだ? その心境は?


「実は僕達もその鍛冶屋さんのところに武器を頼みに行こうと......ここで狩った魔物をその場で武器にしようと」


 その口か。俺としてもここまで来て後戻りしたくもない。

 鍛冶屋の親父の元までは店主から借りている地図でなんとか辿り着ける。この地図は道を間違えることがないようにどんな時にも鍛冶屋の元まで正しい道を示してくれる不思議な地図。帰り道も心配はない。

 目的地が一緒ならば仕事を終えて共に帰路についた方がいいだろう。そうすればこの子も武器が手に入る。その為に仲間は失ったが。ここで戻れば武器も手に入らず、仲間だけ失ったことになる。


「目的を果たすまでは一時的な仲間のようなものだ。宜しくな」


 俺は冒険者ではないが、一時的な仲間ということもあり少女と握手を交わし、山の更に深部まで進んでいく。


     ◆ ◆ ◆


「この辺りで少し休憩するか」


 霧も晴れ、視界も開けてきたところで俺達は清んだ小川の流れるちょっとした広場で休憩することにした。喉も渇き小腹も空いていたし丁度良いだろう。


「僕もお腹が空きましたからちょっと小腹を満たしたいです」


 食料を3日分持ってきているから底が尽きることはないだろう。


「ミーシャは嫌いな物とかあるのか?」


 ミーシャってのは少女の名前だ。道中を進む中、俺とミーシャはそれなりに打ち解けお互いに名前で呼べる程度にはなっていた。


「そうですね。僕は肉が好きなのですが骨ばった固い肉が嫌いですね」


 ボーイッシュな見た目通り肉が好きなのか。おっと、見た目で判断するのは悪いな。


「丁度柔らかい肉があるからそれを「そうそう、ハルトさんのような美味しそうな肉が好みです」......えっ?」


 振り替えると同時に眼前に鋭利な獣の爪が迫っていた。


 その場から飛び退くことでギリギリでかわせたが、鎧を抉られ左肩を少し切り裂かれてしまった。当初何が起きたのか理解できない。突然切り裂かれた。それもミーシャから。


「あれ? なかなか反応がいいね」


 クスクスと笑うミーシャの右手は人間のものとは思えない毛皮に覆われた、鋭利な爪が目を引く獣の手になっていた。


 バカな俺でもここまでくれば何となく察しがつく。現実は残酷だ。


「まんまと騙されたよ。襲われる直前まで気付かなかった」


「それなりに自信はあったからね」


 もう先ほどまでの可憐な少女ミーシャはいない。いや、そもそもが俺と会った時からミーシャという少女はいなかったのだ。


 クマリスは知能が高い。まさかこんな形で知能の高さを拝見できるとは思っても見なかった。出来ればもっと違う形での知能の高さがよかったよ。


「このミーシャって子の肉は固くてあんまり美味しくなかったけど、ハルトさん、貴方は一目見たときから凄い美味そうな臭いがしましたよ」


 いつまでもミーシャの可愛らしい声で喋るなよ。


「なんだ、まだ仕留めて無かったのか」


 俺の背後からドスの効いた低い男の声が聞こえてくる。振り替えれば体長5メートル程のクマリスが涎を垂らしながら立っている。


「お父さん、ハルトさんは私の獲物よ。お父さんはもう三人食べたでしょ」


 このクマリス達親子か。質が悪いってレベルじゃないな。親クマリスが三人を食い殺し、子クマリスが逃げるミーシャを追い詰め、餌食にし、その皮を被って俺に近づいたのか。


「人間てバカだよね。こうして近づいても全く気付かないし」


「俺達を狩りに来るバカな人間達を逆に狩って今まで何人も食ってやった」


 ミーシャとはこれから仲良くなれそうだったのに残念だ。


「俺もその一人だと?」


 剣を抜き、俺の周りをぐるぐる回る2匹のクマリスを見据える。ミーシャの皮を被っていた子クマリスも皮を内側から破り本当の姿を見せる。親に似た獣臭いクマリスそのものだ。


「頭から潰そう。そした沢山血が出るんだよ。ビクビクと痙攣しながら血を吹きたましながら死ぬんだよ」


「それもいいが、ギリギリまで追い詰めて最後に生きたまま喰うのが一番だ。あの時の悲鳴が極上のスパイスになる」


「流石食通のお父さん。それでいこう」


 こんな獣達の晩飯になるなんて願い下げだ。さて、どうやって切り抜けるか。一匹ならまだしも、2匹同時となると......


 対抗手段を考える暇もなく2頭の親子クマリスはその牙と鋭い爪を光らせ俺に飛び掛かってくる。

 

 こんな現実ばかり突き詰められる冒険者ってのはつ辛いな。

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