因縁に焦がれる少女
教育機関『ニーブルス学園』
舗装されていない凸凹道で上下に揺らされること10分。
中央街であるにもかかわらず、人里から少し離れた高台に位置する新居から私は迎えの馬車の中で空を眺めていた。
雲一つない快晴。太陽光を遮る物がないため、日光が容赦なく街全体を照らし、有り難くない太陽の恵みを受けている馬車内の室温は高い。おまけに外は無風。季節的に気温や室温が高くなるのは仕方がないことだが、これなら自分で空を駆ける方がましだ。
本来ならそうなっていたはず。けど、何を思ったのかハルトが入学の手続きの際に、私の通園に馬車を要請。既に手続きが済まされているため、否応なしに馬車での通園が決定。
馬車を無視することも可能だが、ソコは流石に常識的に考えれば、これから家を再興し、当主になろうとする人間のすることではない。
私にも私なりの『美学』というものが存在する。ようは、それをしてしまうことは私の美学に反しているのだ。
そんなこんなで思い伏せていると、馬車はいつの間にか居住区を抜け行政区に入っていた。
新居から居住区、居住区から行政区と舗装されていない道から一挙に、綺麗に、尖りと凹凸を削り平らにされた石で舗装されている道に早変わり。
揺れも、馬車が通過するとき耳障りな音も何もない静かなものとなっている。
石での舗装の唯一の欠点としては、熱をよく含みやすく、今日のような天気では地面からの熱気が酷く、人間や動物が通行するには厳しい。
それを克服するために増設されたのが、道路全てに『水の魔石』を散りばめること。道路の一部を取り除き、その中に魔石を入れるだけの作業。
この魔石の水の魔力ににより、道路全ての石の内部に冷水が浸透し、熱気を殺している。
そのお陰でこうして人や馬などの動物が通行しても支障がない。以前は靴の裏側が熱で溶けたりして火傷が絶えなかったが、この対策を講じてからそういった問題は一件も起きていない。
役所、換金所、病院、図書館。窓から伺えるそれらの姿が次第に遠退いていく。そろそろ到着するのだろう。学園と思わしき建物の塔の先端のようなものが視認できる。
舗装された道路から再び土の砂利道へと移り変わる。行政区でありながら人里から遠く離れた場所にニーブルス学園は姿を表した。
とても市街地のど真ん中にいるとは思えないほど、辺り一面は自然に囲まれていた。足首辺りまで伸びる草原の丘。幾つもの連なる山々。学園の傍らには小川が流れ、河川の中から小魚が水面を跳び跳ねている。
馬車はその自然の中の一角の草原の上で一度立ち止まっている。
乗り手が鞭を打つのに合わせて馬が鳴き声を上げると、再び目的地へと向かって馬車は進み出す。
近づけば近づくほど学園の規模に度肝を抜かれる。それは校舎だけでテスタメント家の敷地の何倍。一個人の家と、国中の技術と人材が注ぎ込まれている物と比べることそのものがずれているのだが、何かと比較してしまいたくなる。
比べてみたところで、自然と一体化した学園の雄大さを前にしてしまうと私の家など霞んで見えてしまう。
木で出来た巨大な門の前で馬車は止まる。ここから先は徒歩での移動。馬車から降りた私の前に聳え立つ巨人でも容易く通門することが出来る大きさ誇る。
「ここがこれから私が多くを学んでいく場所」
門を見上げる私の他にも続々と、馬車が門の前に到着しては学園の生徒を降ろしている。
服装は私と同じような甲冑姿もあれば、いかにも魔法使いと自分から公言しているような、杖を手にとんがり帽子を被ったローブ姿の者もいれば、自分はアタッカーだと豪語しなくても分かるようなアーマーと斧を携えた者もいる。それぞれがそれぞれの特徴を格好で表現している。
富裕層が主に集まるこの学園。家を継ぐ者。騎士を志す者。冒険者として富を得ようとする者。後者は富裕層ではなく、標準水準の家庭から学園に通う者の多くが目指している。騎士も同様だ。上手くいけば一気に富裕層への仲間入りを果たせるのだから。
各々が目指すべきものを見据え、自己を高める為にここに集まる。
私としても今以上に自分を高めるためにも、向上心に溢れた連中の輪の中で競い合えることのほうが望ましい。
何に置いても誰よりも貪欲に。力の向上は勿論、家を再興するためにも。
ギィッ、とある程度生徒が集まったところで巨大な門は内側から開かれていった。完全に門が開ききったところで次々に生徒達は校舎の中へと足を進めていく。周りに合わせて私も校舎へと足を踏み出す。
期待に胸を膨らませて。
◆ ◆ ◆
特にこれといった特筆する事態も起きず、淡々と学園内での所要の事項を済ます。
所要の事項と言っても、単に私の在籍するクラスの監督を務める人物の所に挨拶に向かっただけだ。
編入生の私が学園の間取り等分かるわけもないが、流石は国の教育期間と言うべきか、編入初日は所持してくるように指示を受けていた学園の案内書。その案内書が校舎に入った瞬間に、独りでで動き出し、紙人形に姿を変えると宙に浮きながら私を担当する人物の部屋まで案内してくれるようだ。
各クラスを担当する担当者にはそれぞれ一室、個人部屋が用意されているらしい。
門から石造りの校舎内に入って直ぐに私を圧巻させたのは、この中央フロア。床の空洞から階段が浮かび上がり、それぞれの階に続く通路まで上がって通路と繋がる。階段から人が降りれば自動的に階段は消滅している。自分の足で上らずとも階段が勝手に上げてくれている。しかも先に上がった人と接触しないように絶妙な間隔を維持し、接触しそうになれば階段が回転し避けてくれている。
原理や構造は不明だが、私の知らない魔法が早くもこの学園に対する私の期待度を上げてくれていた。
前の人が捌け、私も同じように目の前で停滞する階段に昇る。4段の階段の真ん中に立つと階段は床から浮かび上がり、天井まで遠く離れた高さまで続く吹き抜けの中を上昇していく。その際に紙人形は私の肩の上に乗っかっている。
今まで自分の足で宙に浮かぶことはあっても、人工物を介して浮かび上がることはなかった。足を地に着けながら浮かび上がるのは不思議な感覚を堪能していると、用がある3階で階段は止まった。
口で何も発していないのにこの階段は私の行き先へと導いた。3階に着くと同時に紙人形はまた私の1M前で私の案内を再開。妨げにならないように、下から人が上がってくる前に通路に渡り、人形の後をついていく。
やがて紙人形はある部屋の前にくると、その部屋の扉の正面に立ち、私が追い付くとまた私の肩の上に乗った。
ここが担当者の部屋なのだろう。案内を終えた紙人形を見てそう確信した私はノックしようと手をかざそうとしたまさにその時。
「ノックは不要なので、そのまま入ってきてくださいテスタメントさん」
あろうことか、私がノックをしようとした矢先に部屋の中から声が聞こえた。それも私が何をしようとしていたのか、誰が部屋の前にいるのかを名指したのだ。
部屋の前に誰か来たのかは足音や気配とかで察知することは出来なくもない。ただし、その人物の動作と個人の判別となってくると別の話になってくる。
「それでは失礼します」
室内に入ると部屋の中心のテーブルの横のソファーに女の人が一人座っていた。
テーブルには二つの皿とマグカップ。中身が紅茶だろう。カップ内から立ち込める湯気に混じった香りがそう告げている。
一つは女性の分なのはわかる。だがもう一つのカップは誰の分なのか。......まさか私の分なのか? 湯気の立ち具合から紅茶が注がれたのは今しがただと判断出来る。
目の前の女性は私がやってくるタイミングまでも把握した上で紅茶を用意したことになる。
「どうぞ座ってください」
ソファーに座る女性は私を女性の対面に来るように、反対側のソファーへ座るように手で促す。
それに従うように私はソファーに座りこむ。
「紅茶は飲めますか?」
「はい」
「パプラ(砂糖)は自分でお願いね」
パプラとソーニャが詰められている二つの容器を差し出す女性。差し出されたそれぞれの容器からパプラを一つカップに入れた後に、ソーニャを少々注ぎ、受け皿に備え付けられていたスプーンで混ぜていく。
目をつむり紅茶を啜る女性。私もカップを手に取り紅茶を少しづつ喉に流していく。
「さて、先ずは自己紹介ですね。ようこそニーブルス学園へ。私は貴女のクラスを受け持つ『テレサ・ホルクス』。一学年一年の期間で残り半年ですがよろしくお願いします」
「アリシア・テスタメントです。此方こそ急な編入で申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
緑髪の三つ編みに眼鏡を掛けた女性は柔らかい物腰で自己紹介をした。その落ち着いた物腰に反した幼さが残る顔付き。とても年上には見えない。
案内書には担当者の情報も記載されていた。そこに記されていたのは担当者の出身地と年齢、専行する教育内容といった簡単な情報。
書類を目に通した時は担当者のことなど正直そこまで興味を抱いてはいなかったが、実年齢30歳にはしては若すぎる容姿。ここまでのテレサ担当の対応を目の当たりにした私は、目の前の女性へ興味を抱き始めていた。
テレサ担当の専行教育は『魔法薬学』
魔石や薬草類の素材を調合して様々な効力を得ることが出来る。医師やヒーラー等の補助的機能を果たす。
主であるそれ以外にも日常的に活用される美容や栄養剤、調味料等、幅広い用途は効力同様に様々。
この魔法学で成功を納めた調合師や商人なども大勢いる。決して楽なことではないが、一番成功しやすいとして多くの人が日夜調合に明け暮れているのも事実。
「もう知っているかと思いますが、私の専行は魔法学。その事で聞きたいことがあればいつでもここに来てください。もう私の部屋は覚えたでしょうし」
「是非とも教鞭に預かりたいと思います」
これでも私は年上や敬意を払うべき相手にはそれなりの態度をする。不躾な態度は取らないようにするのはハルトからの言い付けでもあり、私自身当然のことだとも思っている。
「魔法薬学に興味があるのですか?」
「......試したいことが。やりたいことがあります」
そう、もしかすれば出来るかもしれない。魔法だけではどうしようもなかったけど、魔法学が役に立つかもしれない。
「詳しく聞いてみたいところですが、時間も時間なので、この話はまた後日聞きましょう。それでは教室までの案内はまた紙人形がしてくれますから紙人形に従って教室まで行ってください」
ただの挨拶のつもりがどうやら長話をし過ぎたようね。色々と教えて貰っている間に日が暮れてしまいそう。続きは授業や自由時間にでも。
カップ内の紅茶も程よく温くなった。残っている紅茶を一気に全て飲み干し、カップを受け皿の上に乗せ私はソファーから立ち上がり扉の前まで歩く。
「それではテスタメントさん。良い学園生活を」
扉の前に来たところで一旦テレサ先生の方を振り返り、無言で一礼して部屋の外へ出る。通路には他の生徒の姿はなく、全校生徒が自分達の教室で授業の開始を待っているようね。
紙人形の案内の元私は、赤絨毯が敷かれた無人の通路を進んでいく。
紙人形は3階の通路を真っ直ぐに進み続ける。教室は他の階ではなく同じ3階のようね。縦にも横にも幅のある校舎の通路を一人で歩いていると自分の物になったかのように感じるのは私だけかしら?
他愛のない優越感に浸っていると紙人形がある扉の前で止まった。止まった紙人形は、人形の形から元の一枚の紙切れへと姿を戻していった。元に戻った案内書は、私の右手の中に吸い込まれていき、それを私が自然に掴む形になった。元に戻った案内書には折り目や皺が何一つついておらず、まるで新品
の紙。
トクン。トクン。
胸に手を添えると鼓動が高まっていってる。柄にもなく緊張をしているのか。ハルト曰く『第一印象が重要』らしい。
昔、両親に手を引かれて貴族同士が催す社交界にはお兄様と一緒に参加したことはあったが、今ほど緊張するようなこともなかった。
緊張といった感情が芽生える前の出来事だったからなのかもしれない。兎に角私はここに遊びに来たわけではない。人付き合いは必要最低限で事足りる。それなのに、扉を前にして、室内に入ることに対して早くも萎縮してしまっている。
「変に緊張しないで、肩の力を抜いて私の後についてきてください」
そっと私の右肩に置かれた小さくて白い手。その後から囁かれる淀みの無い優しい言葉。
又もやいつの間にか私の背後に立っているテレサ担任。
肩に置かれた手と優しく囁かれる言葉に自然と肩の力が抜けていった。扉の前から一歩引きテレサ担任に道を譲る。扉の前で首を傾けながらテレサ担任は私の方に微笑んでいる。
「おはようございます皆さん。今日最初の教務を早速始めましょう」
ゆっくりと扉を開きテレサ担任は室内に入っていく。その後ろを一歩離れた距離で私も遅れないようについていく。
室内には一列4つの座席。それが全部で5列。座席間の間は人が一人余裕で通れる程のゆとり。窓際の列の一番後ろを除き、同室の者達は全員自分の席に座っている。どうやら空いている席が私の席のようだ。
席から分かるように、この部屋には私を含めると学生は20人。多いのか少ないのかは不明だが、全員が私の方に視線を向けている。
2つあるうちの前方の扉から、担任と共に入ってきた見ず知らずの人間に注意が傾くのは当然と言えばなのかもしれない。しかしそれもほんの一瞬だけ。
「それではテスタメントさん。貴女の席は空いている窓際の一番後ろです」
室内を見渡している私に担任は空いている席につくように促す。
ハルトから聞いていた話では、新入りは先ず第一に自己紹介をするのが通例だった。ところがそんな機会が与えられないまま私は言われた通りに席につくことになった。ハルトの言っていたことも宛にはならないわね。
「テスタメント? テスタメントってあれか、8年前に没落した」
「あぁ、あったなそんなの」
席に向かう私の両脇の席に座る学生がこんなことを呟いた。
残念なことにテスタメントの名前は既に過去のモノなっているようで、辛うじて記憶されている程度の認識。8年も経っていれば仕方がないのかもしれない。
けれど......なんたる屈辱。
私は席に向かいながら、拳を握り締め、唇を噛み締め、聞こえていないで気でいる学生の言葉を胸に深く刻む。危うく妙な事を期待して目的を薄めるところだった。そう、私が望むのは家の再興。その為に必要な知識、見聞を身に付けるためにここにいる。
再度私は自身の目的を再認識することとなった。
今に見ていろ。いずれこの国で大きく返り咲いてやる。
「教務に入っていくのですが、テスタメントさん。机の上に刻まれている魔方陣に手を振れてください」
木造の机の上には担任の言う通り、黒字で魔方陣が刻まれてる。刻まれている魔方陣の文字の形状から『召喚系統』の魔方陣であることは一目でわかった。
私が魔方陣に触れると、机の上にこれから教務で使うであろう本と紙ペン、道具が一式出現。
それらは私が編入前に商業区で調達した道具。編入前日までに学園の方に転送していたが、まさかそれが召喚陣から召喚されるとは思っていなかった。
召喚魔法は基本的に生物の使役に行使される魔法であって、それ以外の召喚で使用されることは余り無いだろうと言う私なりの認識があった。だがそれも呆気なく崩れ落ちる。
「テスタメントさんは他の人と違って、いきなりで飛んだ形での教務になってしまうので、分からないところだらけかもしれませんけど、頑張ってついてきてくださいね」
軽く分厚い本を流し読みしてみたが、本の分厚さもさることながら、内容そのものが全くの未知。独学で学んできた時も魔法薬学については触れてすらいなかったためほとんど理解できない。
「前回のお復習から入りますが、魔法薬学の基本構成は何だったでしょうか?」
「基本的に採取される魔草を主とし、同時に二種類以上を調合していくもので、調合に使用される魔草の素材によって多種に渡る効力を得られます。例えば根に自然治癒を高める『バグロ』と、魔素を多く分泌する『カルフル』を擦り下ろして水に加えれば、魔力補充が可能な『キャロット』が精製出来ます」
テレサ担任の問い掛けに真っ先に反応したのが、白ローブ姿の女子生徒。
成る程雑草としか見てなかった魔草にそんな使い道があったのね。
魔力が消耗しすぎると人体の活動が著しく低下してしまうから、非常時の魔力回復にはうってつけね。
人間は空気中の魔素を体内に取り入れ魔力に変換。全身にくまなく供給される魔力によって生命活動が維持される。言ってしまえば魔力は目に見えない血みたいなモノ。失った分の魔力は時間を置けばまた体内に取り込める。ただし、魔力が0の状態から元の状態に戻るまでに相当の時間を有する。
普通の人間ならば魔力が0になって体が持つのは1分。その間に全てを供給することは不可能。
だからこそ魔法を使うときは、自分の魔力の残量と自分の実力にあったモノを使用しなければならない。はかり間違って自分の実力以上のモノを使用すれば、発動しないだけではなく、魔力そのものを大幅に失う。
魔法は人間ならば誰でも使える。子供だろうが何だろうが実力が見会えば、知っていれば簡単に使える。
魔法の実力を上げるには魔法を使い続けて魔力の容量を底上げするしかない。当然危険なことになってくるため単独でするのはオススメ出来ない。
「その通りです。かつては見向きもされなかった魔草ですが、技術が進歩し、有効活用されるようになりました。今では多岐に渡ってそれが利用されています。例を上げれば魔法以外でも人体の治療が可能になっています」
「人体の治療......」
その言葉を危機逃さなかった私はテレサ担任に聞かずにいれれない衝動に駆られ、半ば声を荒げ質問をしていた。
「体の一部を治すことも可能ですか!」
勿論学生全員の注目の的となった。それでも私は気にせずテレサ担任の目を見続ける。
「体の一部ですか......出来ないことも無いかもしれませんが、何とも言えませんね。部位や傷の程度等によって変わってきますし。それに欠損した部位を再生させる魔法薬は今のところは......もし、それをしたいのでしたら魔法が最適なのではないでしょうか? 魔法薬学はあくまでも補助的な意味合いが強いものですから」
そんなことはわかっている。魔法を使えば傷の治療は当然ながら、時間が経っていなければ欠損部位の再生の目処も立つ。でも、それが出来ない相手。魔法薬学ならばと淡い希望を抱いてみたくなったのよ。
「事情はわかりませんが、希望が無いわけではないですよ。ただ単に見つかっていない方法や魔草を使えばなんとかなるかもしれません。今ある魔法薬も始めは全て0から始まったのですから」
そうよ。まだ希望はあるかもしれない。魔法は効かないだけで他は私達と何ら変わらない人間なのだから。
「テスタメントさんのように何か聞きたいことがあれば気軽に聞いてくださいね」
その後も教務は平凡に続いていく。私は魔法薬学の内容を、テレサ担任の言葉を洩らさず一言一句紙に書き記していく。
◆ ◆ ◆
魔法陣を使用しての魔法。魔石を使用した武具の精製。戦闘戦略等々一日の教務が全て終わりを迎えた。割かし時間の経過が早く感じる。教務が終わってまで学園に留まる理由もない。
テレサ担任のところに教えを乞いに行くのはもう少し本を読み漁ってからすることにした。
昼食の学食も校舎一階の大食堂で隅っこで一人で済ませた。
他の学生と馴染む気は元より無い。そんな雰囲気を醸し出しているお陰で、一日を通して私は一人。それは私だけではなく、他の学生も一人でいることの方が多かった。誰かと群れているのは昔からの顔馴染みか、友好関係を形成する必要がある人間同士に限られているのが一日を通して学生を観察した結果。
ほぼ全員が自分の目的の為に学園に通っていることになる。目的を達成する為に協力、仲良くすることはあっても、深い関係を築こうとはしていない。
私にとってもそっちの方が好都合。
しかし、そうさせてくれない昔馴染みがここにはいる。
教務が全て終わり帰路につこうと、門まで向かう私の前にレイチェルが私を待ち構えていた。
「待っていたわよアリシア」
「今からやるつもり? それもここで?」
ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべるレイチェル。
「大衆の前で醜態を晒させる......それも良いけど、これは私とアリシアの問題。一対一でケリを着けないと気がすまないのよ。そこに野次馬は邪魔でしかない。ついて来なさい」
私とレイチェルの会話に、通りすぎていく学生達は何の反応も示さない全くの無関心。
帰路に着こうと門まで向かう学生。寮に向かう学生。それらの学生の列を反対に進む私とレイチェル。向かっているのは中庭にある森。人目の着かない森。レイチェルのスタイル的に考えれば妥当。
「ここなら邪魔物も何も入ってこない。精々雑魚魔物程度」
森の奥に進めば進むほど、視界は悪くなる。周囲が木々やよくわからない植物で覆われているせいだろう。その上今は夕暮れ時。徐々に日は落ちていき、夜になるまでそう時間はかからない。
森の中枢、奥深くまで入り込んだところで、レイチェルは私に向かって短刀を構える。
「どういった風の吹き回し? あんたが正々堂々武器を構えて勝負しようとするなんて」
レイチェルの戦闘スタイルは、正面から真っ向勝負するようなものじゃない。どちからと言うとあの手この手で追い詰めていくタイプ。
「この時をどれほど待ち望んだことかしら。......やっと、やっとあんたをこの手で!」
......聞いていない。
勝手に意気高揚しているレイチェルの元まで強化した脚で地を蹴り、距離を一気に縮め、そのままの勢いでレイチェルの腹部を容赦なく蹴り飛ばす。
体を強化する暇も与えなく繰り出された私の蹴りで、不意を突かれたレイチェルの体は後方の木々を薙ぎ倒しながら吹き飛んでいく。
脚を通して伝わるレイチェルの腹部の嫌な手応え。無強化でモロに強化された蹴りを受けたことで、臓器が幾つか損傷したはず。
「終わりね」
10m近くまで吹き飛んだレイチェルの足元で私は終わりを告げる。確かな手応え。この一撃で勝負はついた。
「はっ......! あい......からず......容赦ないわ......ね!」
血ヘドを吐きながらレイチェルは私を見上げる。直ぐに回復すれば命の危険は無い。レイチェルならば回復魔法ぐらい簡単に使える。その確信があるからこそ私は容赦なくレイチェルを蹴り飛ばした。
勝者が敗者に施すことは敗者にとっては屈辱的で惨めであること以外何物でもない。昔馴染みということもあり、私は敢えてレイチェルに背を向け、元来た道から森の外を目指した。
「クスクス、確認もしないで相手に背を向けるなんて、油断しすぎよ」
ボロボロの瀕死の人間が吐くような声量でも声質でもない声に、私は勢いよくレイチェルの方を振り返った。
振り返った先にあったのは『レイチェルだったもの』。それはドロドロに溶け始め、胸部の辺りの泥の塊が姿を見せた。姿を見せた塊の表面には魔法陣が刻まれていた。
「『ディスプローション』」
レイチェルだった泥人形を中心に、高温の火の渦が発生。泥人形と周辺の木々を燃焼、消し炭に。皮膚が熱気に触れるだけで火傷してしまう。
「こうも簡単に引っ掛かるなんて、鈍ったんじゃなあアリシア」
何処からともなくレイチェルの声が森全体に響く。何処から喋っているのか、何処に潜んでいるのかは今のところは見当がつかない。
先手を打たれてしまったが、私としてはあっさり勝負が着くよりも、こんな風に少しは楽しめる状況の方が好ましい。
「『リューネ』『ユーリ』」
両腰に納めれている鞘から2本の剣を抜き取り、接近する火の渦を正面から、渦の真ん中を中心に両断。両断された火の渦は徐々に火勢が衰えていき消滅。
渦の影響で何本かの木や植物に燃え移る。森そのまのもを丸焼きにしないために、枝から枝へ移る前にそれも切り落としていく。
「あははは、そうでなくちゃ。それでこそアリシアよ」
両手を広げ腕と剣を伸ばす。久しくなかったまともな戦いに少し血がたぎってきたわ。お願いだから簡単に果てないでよレイチェル。
うっすらと細く開かれたアリシア・テスタメントの眼は清んだ碧眼ではなく、燃える業火のような真っ赤な瞳になっている。その事にレイチェルは気付いていない。
用語類は基本的にオリジナルの適当な造語です。現存する物と似て非なる物ということなので、そういことにしてあります。