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没落貴族と共に歩む異界の奴隷  作者: オリジン
それぞれの時間
10/25

前途多難

『商業区ファルバン』


 暇......ではないな。街中を闊歩しては役に立ちそうな手に入りそうな小道具を見つけては眺めて、所持金を確認しては店を静かに出る。食材にしてもそうだ。見たことのない食べ物なのかどうかも不明な物を見ては想像を膨らませ、そのまま去っていく。

 

 店主のオッサンや、がたいの良いマダムに冷たい目で見られることもしばしば。


 ......どう見ても暇を持て余した悲しい男の行動パターン。


 外に出たは良いけど、やることも見つからず結局金も無くて何も買えず眺めるだけ。

 もし俺がアリシア様の元にいなければただのニートのおっさんになっていたところだ。

 正確にはやることがないわけではないが、肝心のやることを見つけることが出来ない。


 アリシア様が学園に向かわれてからずっと働き口を探しているのだが、一つも見つかっていない。かれこれ2時間は探したのに。

 

 店を訊ねては『いらん』『足りてる』『そんな余裕はない』等々冷たくあしらわれ、見向きもされない。

 大型チェーン店のような全国規模の所などなく、そのほとんどが個人経営。組合や協定もない。競争率が非常に激しく、独占禁止法もないせいか、強い所だけが市場を独占したりも当たり前のようだ。

 商業競争に破れた店は潰れ、経営の為の借金は全額負担な上に国も助けてはくれない。

 栄華を誇った商家も簡単に潰れてしまう。そうなった商家の結末は身売り等に身を落としていくことになる。


 それがこの世界の傾向であるようだ。。一般人が奴隷や裏の仕事に足を踏み入れるのも身近にあること。それは地球の過去の時代にもあったこと。

 互いの世界は魔法と時代を除いて、そこまで大差はない。人が商い、農耕し、学び、国を治める。根本的な人間のメカニズムは何一つ変わらない。


 この世界も過渡期を迎える時がいつかは来る。


 地球でも中世から近代へと時代を移しては発展を続け、今日までに至った。時代を変えるような発明、研究、目まぐるしい努力があってこその結果。

 

 この世界においても、それはいつか訪れるだろう。


 魔法の更なる発展。開発が進み、より豊かに人の心も育まれ、道徳心を養う。人が人を敬い、歴史と文化を重宝する。発展途上国や社会的地位が低い人間に救いの手が伸びる。

 

 可能ならばそんな世界になってもらいたい。


「冷やかしなら出ていけ!」


 そうなればこの先苦労する人間も減っていく。


「冷たい人達ばかりで世知辛い......」


 一銭の特にもならない無一文の俺が、店でたむろすることは店側からすれば邪魔でしない。客でもない人間にでも、温かく接する日本の商店にしか経験のない俺にはこれは堪える。

 温情も同情も全くといっていい程無い店側の対応。考えてみれば、こんな風に扱われても仕方の無いことをしている俺。立場上から温情や同情を得ようとしてもそれは俺の都合に過ぎない。他人からすればどうでもいいこと。特に他者に無関心なこの世界の人間にすれば尚のこと。


「これで50件目か......」


 50件もヒット無しだと笑えてくるレベル。


 商業区の外れにある公園のような空き地の、雑草生い茂る叢の上で踞り、世間の風当たりに嘆いている。


 面接......なんてものがあるかどうか知らないが、まともに話すら聞いてくれず相手にすらされない。

 先ほどの50件目は力付くで追い出してくれただけで、比較的ましだった。大半は無視。俺が独り言を喋っているかのように、空気扱い。最終的には『まだ居たのか? とっとと失せろ』的なアイコンタクトを送ってきては、渋々出ていくしかなかった。


 ぐぅ~。


 頭を抱えたくなる状況で、精神的疲労感が半端無く、やる気は失せても食欲だけは失せない。

 朝食はアリシア様の一人分しかなく、俺の食料は無かった。アリシア様がお気に召さずに朝食を床にぶちまけてくれたお陰で、その残飯にありつけたが、30代の働き盛りの男には量が足りない。

 

 限りなく空腹だ。働く云々の前に何か食べなければ。


 そうしたいのは山々だったが、現在所持金は0。今までの商店の対応からすれば食べ物を無償で恵んでくれるわけもなければ、赤の他人に飯を奢るような人間がいるとも思えない。


 最悪どっかの店から出た残飯を漁るしかない。


「アリシア様は大丈夫だろうか? 何か問題を起こしてなければいいが」


 空を見上げながら学園でのアリシア様のことを考えてしまう。


 仲良くやれているか? 他の生徒や教師に迷惑を掛けていないか? 友達は出来そうか? と自分の心配よりも、どうしてもアリシア様のことを親身に心配してしまう。


 そんな時、死んだ魚のような目でぼぉーっとしているに違いない俺の目に、荷車を引く一人の少女の姿が映り込んだ。


 見てくれや体型からして、中学生くらいの10代前半の少女。華奢な体型に見合わないサイズの、チャルメロ吹かした屋台のラーメン屋ぐらいの大きさの荷車を引いていたのだが、力不足なのか少し進むのがやっとで、苦労している。

 荷車の荷物の上には日除けの為の毛布が掛けられている。毛布の隙間からは荷物であろう野菜らしき農作物が見える。

 農作物を売りに来たか、若しくは逆の買いに来たかのどちらか。どちらにせよ、あんな小さな子供がするには手に余りそうだ。


 しかも道のど真ん中。他の通行人の邪魔になっており、煩わしく思われているに違いない。通行人の少女を見る目が邪魔者を見る目になっているからだ。

 

 いつか倒れるんじゃないか?


 余りにも危なっかしく映る少女に、そんな心配をせずにはいられなかった。


「きゃっ!」


「あ~あ、やっぱりな」


 心配していたことが現実になってしまい、少女が通行人にぶつかり、大きく仰け反ると荷車も荷物の重さに耐えられなかったか、車輪の部分が傷んでいたのか、潰れ、バランスを崩した荷車は通路のど真ん中で転倒し、積まれていた荷物も通路に散乱する始末。

 散乱した荷物は通行人の間に転がるが、誰も拾おうとはせずに、せっせと荷物を拾い上げる少女にも見向きもしない。

 通路上に転がった野菜や果物の農作物の幾つかは、通行人に踏み潰される。

 農作物を踏み潰した通行人は、靴に付いた泥を払うように鬱陶しそうに不快感を露にしている。

 それでも少女はせっせと農作物を拾い上げては邪魔にならない通路の端に集積。


「邪魔だ邪魔だ」


 荷物を拾い続ける少女に態とらしくぶつかる通行人。


 ぶつかった衝撃で尻餅を付き、再び通路に転がる荷物。


 農作物の他にも荷物には鍋や洗濯板が含まれていることから、少女は買い出しにきたのだなと結論付ける。

 

 少女の格好だが、ピンク色の頭巾を頭に付け、上半身には白色の服とその上から着る赤色のベスト。下は、青色のロングスカートとクリーム色のエプロン。こう言っては何だが、少女は可愛らしい顔をしているのだが、幸薄そうであるせいで地味に見える。謂わば薄幸少女。

 格好からしてどっかの農家か、牧場とかの娘さんかもな。

 あの年代なら学校に通っていても何ら可笑しくはないが、ここでは学校に通えないのが当たり前。年端がいかなくても家の手伝いをさせられ、そのまま成長し、いつかは何処かの男の元に嫁ぐ。そんな一生をあの少女も送る。


 人並みに良心がある俺はそんな少女の一生や、少女以外にも過酷な労働と生活を強いられる子供達には同情している。


 だからと言って俺に何か出来るわけでもない。この先の少女の人生や、この世界の内情を変えるような力もなければ、するつもりもない。


「大丈夫かい?」


 俺に出来ることと言ったら、手伝って上げる程度のことしかない。


 俺の足元に転がっていたリンゴのような物を5つ拾い、少女に手渡す。

 

「あ、ありがとうございます」


 少女はリンゴを差し出されると、何故か目を見開き驚くような表情をし、俺の顔ををおどろおどろしく見つめては、消え入りそうな小さな声で礼を言ってきた。

 腫れ物を扱うかのような態度に少しショックを受けてしまう。小さな子供に嫌われる世間一般のオジサン連中の気持ちが少し分かったような気がする。


 いきなり見ず知らずの人間が、それもかなり年の離れた隻眼のオッサンが近づいてくれば変質者として疑いもするか。トホホ。


 少女の見えない抵抗にショックを受けながらも俺は少女の手伝いをする。手伝う中で少女が、常に俺と一定の距離を保っていることにも、ショックが倍増。

 自分では良いことをしているつもりなのに、この損をしているようなやるせない気持ちになるのは何なんだろうな。


   ◆ ◆ ◆


「これで全部か」


 空き地の中心には少女と俺と、壊れた荷車に積まれていた荷物が


 通路の端に集積していた荷物だが、次第に人通りが増えていったことから、通路ではなくこの空き地に集積し直すことにした。

 だいたい10分ぐらいで片付いた荷物拾いの作業。結局終始湯俺のことを警戒していた少女。

 笑顔を振り撒いても若干引き気味。自分の容姿がもう少し良ければと常々思う。

 少女をタブらかすつもりはないが、容姿が良ければもう少しは警戒心を緩めてくれるかもしれないからだ。

 痛みや辛いことの我慢する忍耐力と精神力はあるが、小さな子供に恐れられることに対するメンタルは鍛えていないため、痛いことや辛い事よりも堪えたりする。


「何処まで運ぶんだ? 良かったら手伝うけど?」


 少女の背丈に合わせてしゃがみこむ俺。自分が安全であることの証明にならないかもしれないが、怖がらせない為にも笑顔を崩さずにいる。


 これも何かの縁だ。ここらで顔と恩を売っておいて何か見返りを要求する。みたいな事も考えていない訳でもないが、それはあくまでもあわよくばであって、本心全てではない。


「もう結構ですから!」


 とことん俺の望む通りに、思惑通り都合よくいかない。少女は半ば迷惑そうに、強い口調で体裁よく俺のも申し出を断ってくる。

 潰れた荷車を放置し、毛布に荷物を全てくるむとそれを背負い、少女は足早に俺から逃げるようにして立ち去ろうとする。


「......どうぞ」


 立ち去る前に少女はこちらに振り向き、しゃがみこむ俺の前に幾つかの農作物を置いた。


 手伝ってくれたお礼のつもりなのか、リンゴに似た『エルゴ』、バナナのような『クシュナ』、レタスに近い『カマト』、『ケルト』と呼ばれている鶏の仲間みたいな生き物の卵を各々一つづつ置いて、ペコリと一礼した後に少女は人混みの中に消えていった。


「結果オーライか?」


 金は手に入らなかったが少量の食料と、放置された荷車をこのままにしておくのも勿体無いから、勝手にだが、荷車をバラして木材を手に入れることが出来た。


 結局のところ今日一日の収穫は此だけ。金も働き口も得れなかったが、なんとか夕食の食材だけは仕入れれた。

 荷車を木材にしても大した修繕は望めないが、行動出来るだけ良しとするか。


     ◆ ◆ ◆


「お帰りなさいませ」


 夜の1900時。アリシア様が学園からお戻りになられた。甲冑の至るところと顔に土等の汚れを着けて。


「ハルト......私は疲れたから先に入浴するわ」


 浴室は邸の一階の食堂の反対側の部屋。浴室の広さはビジネスホテルの倍ぐらい。人が三人なら同時に入れる広さ。旧テスタメント家と比べれば小さいが、そこまで高望みをしなければ十分過ぎる広さではある。アリシア様もギリギリこの広さで納得してくれている。


 真っ直ぐに浴室に向かって歩くアリシア様から剣を受け取り、脱衣場では甲冑と中のインナー、下着を脱がしていく。

 甲冑の下のインナーや下着にも土が付着している。学園でどうやったらこんなに汚れるのか。


「ハルト、今日の夕食の献立は?」


「サラダとエルゴのシャーベットに、クシュナのドリンクでございます」


 木でできたバスチェアに座るアリシア様の体に、お湯を掛けながら献立を伝えていく。


 シャンプーやリンス、ボディーソープといったものがあれば、きちんと洗えるのだが、そんな物はこの世界にはない。

 髪も体も素洗い。それでも体臭はしない。髪も艶のあるサラサラヘア。どうやって髪質を維持しているのか。


 髪が終わればそのまま体を洗っていく。その都度、あの小さかったアリシア様がここまで立派に成長しているのを目と肌で実感すると感慨深くなる。

 元々はメイドの仕事だったが、専属奴隷となってメイドの仕事もやるようになってから、ほぼ毎日アリシア様の体を俺が洗ってきた。その中に疚しい感情はほぼない。


「それだけ?」


「はい」


「全然足らないわ。それに今日の私は肉が食べたいのよ」


 胸、足、背中の体全体を洗い終えたところでアリシア様は献立に文句をつけてきた。ここまで黙っていたのは。体を洗う中で俺がアリシア様に肩や腕のマッサージをしていたから。

 体を洗う中で、疲れを癒すのを目的としたマッサージをするのも入浴時の習慣。その間アリシア様は気持ちいいのか静かにしてくれる。


「しかし、本日肉は用意できなかったものでして」


「そんなこと知らないわ。無いのなら魔物を討伐して用意してきなさい」


「今からですか?」


 荷車をバラして手にいれた木材で行った修繕は微々たるものだった。しかし、それに対してアリシア様から何の咎め立てもなかった。結果はどうであれ、命令を遂行したことについてはアリシア様は評価してくださる。何かと粗探しやいちゃもんをつけたりもするが。


「夜なのですが......」


 夜になると行動が活発になる夜行性の魔物が多い。


 魔物っていうのは地球で言う熊やワニとかの生き物ヤバいバージョン。近いうちにそれらの生き物についての考察もしていくかな。


「お前の実力なら何の問題もないはずよ」


 中央街バンベルグには魔物等の野生生物が生息する森がある。立ち入りの制限や見張りが交代で立っているため滅多に街に入ってくることはないらしいが、人間が住む土地の中に危険な森があるのはどうかと思う。


「......分かりました。一匹狩ってきます」


 浴室の窓を開けそこから邸の外に出る。夜空には二つの三日月。赤色の三日月の月明かりの妖しい光に妖艶さを連想させる。

 赤色の月は魔物を興奮状態にさせる傾向があるらしく、今の時間帯と月が三日月状であることから、魔物の獰猛さは侮れない。

 色だけでなく月の形状によって魔物の状態も変わってくる。単純に満月なら最大の2倍。半月なら半分の倍。三日月なら0.5倍となってくる。

 数字だけで考えれば然程なものでもなさそうだが、少しの油断と慢心が命を落とすことになりかねない。


 夏から秋に移り変わろうとしている節目の夜風が若干肌寒く感じる。


 あまり力を使うのは気乗りしないが、アリシア様の命令となれば致し方がない。


 その晩の夕食には魔物の肉の丸焼きが追加された。猪型の生き物の肉。美味しそうに肉をかぶりつくアリシア様。おこぼれとして久し振りに俺も肉にありつけることが出来た。 

食材の名前とかも実在するものに似ていますが別物なので適当につけてます。意味はありません。


ハルトの実力はその内明かしていきます。

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