迷い人
退屈な人生、退屈な日常。そんなのが嫌で人とは違う道を歩みたかった。上司や得意先にペコペコと頭を下げるような商業マンになんてなりたくもなかった。
かといって、顔も知らない不特定多数の人間を護るために国に身を捧げるような根性も気概も無い。
大学に進み、遊び呆けて自堕落な生活をしたくもない。
偏見による理由から通常職は選ばなかった。かといって、何か人よりも光る特技を身に付けていた訳でもないから専門職も目指さなかった。
最初っから目指すようなものなど無いがために将来について悲観的にもならなかった。ただ、周りからは置いていかれるだけのこと。
高校3年生になる頃には周りの友人達も将来を見据えて行動し始めていた。俺のように何も考えていない奴もいたけど、そいつらはそいつらなりにバイトや大学進学等の道を歩むことにしていた。先のことはそこで考えると。俺はそれすらも選ばなかった。
そんな俺にも転機が訪れた。
体を動かすことが好きだった俺は、昔から運動を始めては続けていた。運動といっても普通の運動ではなく、ダイビングやクライミングといったレジャー系統の運動だ。これは親が元々趣味でやっていたこともあり、幼少期の小学生低学年から徐々に始めていたこともあり、高校生になる頃には谷登りや深深度潜水等々が当たり前になっていた。
俺に訪れた転機はレジャーのインストラクターの話ではなく、良く一緒にレジャーに参加していた顔見知りの年上の仲間の人から冒険家を目指さないかと誘われたことだ。
その人自身は冒険家ではないが、知り合いに冒険家の外国人がいて、たまたま日本で活動中ということもあり俺をその人に紹介してくれた。
始めは余り乗り気ではなかったが、いつまでも何もせず親に迷惑を掛けるわけにもいかなかったため、何となくその人と行動を共にすることにした。
親にその事を説明したら親も喜んでくれていた。両親共にレジャーを切っ掛けで出会ったため否定ではなかったからだ。 そんな両親達も俺が生まれる前は各地を渡り歩いていたらしい。俺が生まれてからはめっきり減ってしまい、仕事に専念することになっていた。そんな両親の職業は公務員。父は自衛官。母は教師。二人から二人の職業も薦められたが、俺には合わないと思い選ぶことはなかった。
親への説明が終わった俺は、翌日にその冒険家の外国人で出会い簡単な話と説明を聞いた。
『冒険家は職業ではない。企業がバックについてくれることもあるが、我々の目指すところは別にある』
冒険家の理念ではないが、冒険家に共通している志といったモノ。その時は何なのかは理解出来なかった。
いきなり何処かへと連れ回されるようなことはない。関わってくる危険についての理解や不測の事態に遭遇したときの落ち着いた対処などを教わる。レジャーでも命の危険に関わってくることもあるが、冒険家の彼らはその比ではない。
その外国人の日本での最後の活動に俺も行動を共に出来ることになった。連れていかれたのは人の所有物でもない辺鄙の山。何処にでもあるただの山だが、正規ルートの登山道ではなく自らが開拓した新たな道で登り始めた。当然開拓したばかりで舗装も何もされていない崖と尾根の険しい山道。一般人なら恐らく慣らした人でない限り登山は厳しいだろう。
勿論俺も例外ではない。レジャーで登山は経験したことがあるが玄人ではない。道中の険しい道のりを歩くことで、それまで自分の中では理解しているつもりでいたレジャーと本気の活動の違いを体で体感することにもなった。
頭では解っていても体では解っていなかった。どれだけ危険で困難な道を歩むのか。流されるままに同行した俺は自分を恥じ、反省した。レジャー感覚でやるべきことではないことを。
それが切っ掛けだったのだろう。俺の中で冒険に対するスイッチが入った。
レジャーとは違う。己の身で自然に飛び込み、かつてないほどの刺激と感動と夢を追い求めるものだと。普通に生きていたら先ず経験することが出来ないモノがそこにあると。
山頂に辿り着いた俺は決心した。これだと。そしてそれから早3年が経とうとしていた。
◆ ◆ ◆
桐山遥斗。21歳。『冒険家を目指して早3年』。
正直に言うとあの外国人との出会いから3年が経っていたが、俺はまだ冒険家にはなっていない。今は『早稲田大学』で大学生をやっている。
大学に進もうとしなかった俺が何故大学生をしているのかというと、それも全ては冒険家になるため。
3年前のあの時の同行では『ただの遊び』レベルの同行。だからこそ外国人に俺は同行することができた。
そして、無事に下山した後に外国人から冒険家になるために大切なことは好奇心、体力錬成もそうだが『知識を養うことだ』と伝えられた。
まだ見ぬ未知との遭遇に、死の危機に瀕した時の対処等々、自然を相手にするのだからそれまでの一般常識が通用しないこともある。その中で冷静に膨大な知識の中から最善の選択をしなければならない。その為には勉強が必要なのだ。
だから俺は自分に足りないモノを得るために必死に受験勉強をし、3浪を経て早稲田大学に入学した。
出だしが遅い俺が冒険家になるには恐らく何年もかかるだろう。簡単な道のりではないが、諦める選択肢はない。
東大に進むのが勉学的には一番だったが、学歴を求めている訳でもなく、早稲田大学でも十分な教養を受けることは出来る。その上で自分で努力をすればいいだけのこと。
「お疲れ様でした」
この日のファミレスでのバイトを終えた俺は、ロッカールームで私服に着替え、スタッフルームで休憩している店長に挨拶をする。
「お疲れ遥斗君。いつも助かるよ。若いのに頑張るね」
バイトしている暇があるなら勉強をしろよと思うかもしれないが、バイトもバイトで働くという社会勉強になる。それに参考書や家賃、鍛練のためのジムへの経費、道具など必要物品の為にはお金も必要だ。
バイトをするに当たって店長に俺の夢、目的を話したところ寛大で理解ある人だったために、平日は勿論のこと週末もなるべく午前にシフトを組んでくれている。
平日は週3。週末も午前に2日。後はほぼ全て勉強と鍛練に当てている。
「若いからこそ頑張らないといけないのですよ。それが自分の目指すモノのためにもなりますから」
自分が選んだことなのだから苦労することは目に見えていたことなのだから。泣き言は言ってられない。
「少しは体を休めなよ。目の下にクマも出来ているし」
「......体調には気をつけていたんですけどね」
体調管理が杜撰な人間が冒険家などになれるわけがない。家賃や必要経費の浮きで、食事は節約しながらも必要なミネラル、ビタミン、タンパク質と言った栄養素は摂っているし、睡眠もきちんと取るようにはしている。それでも勉強のために徹夜することもある。
「今月分も振り込んであるから、たまには良いものを食べなさい」
「あはは、出来る限り奮発してみますよ」
雑談を終えた俺はファミレスを後にし、下宿までの帰路を一人歩く。外は既に真っ暗で、大通りを通行する車のライトと街灯の明かりが眩しいぐらいに感じる。
今夜は熱帯夜な為に、涼しかった店内と外気温との差に戸惑う。
不意にポケットに入れていたスマフォがバイブレーションする。スマフォを取りだし内容を確認する。
着信音がせず、短いバイブレーションだったためメールかラインだろう。
スマフォを操作するとラインのメッセージが届いており、差出人は大学のサークル仲間からだった。
『たまにはサークルにも顔を出せよ。いつでも歓迎するからさ(*^^*)』
と顔文字を交えた分が記載されていた。俺が所属するサークルは『アウトドアサークル』というその名の通り、アウトドア系を中心とした活動をするサークルだ。メンバーは男女合わせて10人くらいの少ない人数だ。
アウトドア系は昔から好んでいたため、たまたま入学後のサークル勧誘で見つけたためサークルに入ったんだが、まぁ、あまり活動に加われていないのが現状だ。たまに週末のキャンプやBBQ等には参加しているから幽霊メンバーでないのは確か。俺としても極力参加したいが中々暇を作れていない。
サークルの活動も立派な人付き合い。人付き合いをないがしろにしては社会人として必要なことであり、冒険家では協力して活動することも少なくはない。協調性がなくては重大な問題になってしまう。そうならないためにもサークルに入った。
「『なんとか暇を作るよ』と」
返信をし再び歩きだす。歩きながらふと昔のことを思い出し、夜空を仰いだ。
ただ楽しいからレジャーを続けていた俺がレジャーの遥か上の冒険家を目指す。なんて夢にも思っていなかった。楽しみを求めるだけでそれ以上を求めようとしていなかったのに。人間いつどう変わるかのんて解らないものだな。
「明日も頑張るぞ」
俺は変わった。目指すモノが出来たのだからそれに向かって最善を尽くす。例えダメだったとしてもそれまで目指した努力した過程は残るのだから、俺は後悔しないと決めていた。
人生何が起きるか解らない。ふとした何気ないことが切っ掛けで転機になり、その後の人生が変わることもある。そう、本当に何気ないふとしたことで。
「......ん?」
いつもと変わらない交通量の少ない交差点。いつものように歩行していた。なのに違和感を感じていた。上手く表現出来ないが知っているようで知らない道を歩いているような気がした。
だけども周りの景色に違和感はない。住み始めて日は浅いが、自分の下宿の途中に何があってどんな道なのかは覚えている。というよりも誰でも覚え、解るはずだ。
しかし、違和感は続く。得体の知れない不可思議な感覚に若干の恐怖を抱くも疲れているせいだと思い込み、引き返すことなくそのまま進み続けた。
そしてようやく目にして解る違和感に気づいた。どれだけ歩いても通行人はおろか車とも遭遇していない。確かに日中に比べれば人通りも交通量も減る道だが『全く何もない』なんてことは有り得なかった。何故ならば交差点を越えた先にはコンビニがあり、そこでよく人や車とすれ違うからだ。どんな時間帯でもコンビニに人はいた。
だけど目の前のコンビニには『誰もいなかった』。駐車場にも店内にも誰もいない。
流石に気味が悪かった俺は店内に入るが、いるべきはずの店員の姿は何処にもない。電気は生きていて音楽も流されているが人がいない。
これはおかしいと、俺は来た道を引き返そうと道路に戻ったが『そこに道はなかった』。進むべき道も戻るべき道も建築物も何もない真っ暗な空間が広がっているだけだ。
コンビニの方を振り替えってみてもあったはずのコンビニすら消えていた。
余りにも非現実的な出来事な脳の処理が追い付かず呆然と立ち尽くしている。
「何なんだよこれは」
我に返った第一声が現実を認められない震えた声だった。
「そうだ、これは夢なんだ本当は下宿に帰って寝ているんだ。そうに違いない」
これが夢であると現実逃避をすることで少しは気が楽にはなっている。だけど頭ではこれは夢ではないと理解している。けれど現実だと認めたくもなかった。
何もない真っ暗な空間で立ち往生していても何も始まらない俺は手探りをしながら、この空間をさ迷うことにした。もしかしたら何処かに出れるかもしれないと淡い期待を胸に抱きながら。
けどどれだけ歩いても何処にも出ない。不思議なことに疲れを微塵にも感じてはいない。どれだけ時間が経ったのか確認するもスマフォの時計は1秒も進んでいなかった。
精神的に参ってしまいそうではあるが、そこは必死に堪えて出口を探し続ける。永遠にこのままではないかと一瞬頭に過ったが、これ以上に余計な不安を呼ばないように、正気を保つためにも無心になって歩き続ける。
そして体感時間で2時間程歩いてようやく100mぐらい先に出口と思わしき薄い光が目に写り込んだ。それまで無心でいたが、出口が見つかった途端に安心感を覚え、がむしゃらになって光に向かって駆け出す。
光が目前まで迫るとそのまま勢いよく光の中に飛び込む。それと同時に薄い光がいきなり目映い閃光を放った。突然の閃光に目が眩んだ俺は右腕で閃光を遮るようにした。
数秒した後に閃光を徐々に輝きを失っていき、腕で光を遮る必要もなくなった。暗いところから明るいところに出たことで目が中々順応していないが、それでも光が収まった後の自分の立っている場所には目を疑ってはいられなかった。
「何処だよここ......」
目の前には俺の知る風景、景色は広がっていなかった。住宅地もマンションもスーパーもコンビニなどの建築物も何もない、何処だか分からない平原のど真ん中に俺は立っている。
置かれている自分の状況を判断出来る材料は、今いる場所の時間帯が夜で、夏だった筈の季節が夏とは思えないほど快適で、過ごしやすい気温になっていることと、夜空に浮かぶ月が『二つで赤色』であることだけだ。
俺以外の誰であっても月が二つもあって色が赤色なんてことは有り得ないとことなのは知っている。
肌で感じる風と気温。目の前に広がる視覚情報。頬をつねる感触も痛みも何もかもを感じる。
それ故に俺は今のこの状況を受け入れずにいた。ここは何処で、一体俺の身に何が起きてしまったのか。
物を書くということを余りしたことがないため、文章がおかしかったりと、至らぬ点が多くて、稚拙な作品ですが精一杯頑張っていきます。