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鬼の目にも涙

 大和を先頭に輝鈴、いちご、雫、そしてその後ろをこそこそとナイトが引っ付いていく形で、校門からグラウンドに潜入した。


「そういや今日は入学式だったか……納得納得。緊張や不安、新しい恋を見つけた少年少女のガラスハートに、先生方のストレスやら、出席した保護者の見栄とかが、今日という日に爆発しちゃったワケね。いつもより負が濃いな……こりゃあ、ヘタこくと今日は戦鬼(せんき)クラスの鬼が生まれるぞー。あー、しんどいしんどい。残業だけはマジ勘弁」


「鬼を狩るのは我らの務めだろう、柴雁。我々の上司がそんなことでは困る」


 ぼやいた大和に、隣を歩いていた輝鈴が真面目に突っ込んだ。大和はあくびをかみ殺してそれに答える。


「お前ちゃんらはー、バイトだからちゃんと残業代出るのー。けれどけれど、俺ちゃんはしがない正社員。残業は月二十時間までって決まってんのよ。ぱぱっと終わらせにゃいと、サービス残業に突入なワケ。俺ちゃん、不真面目な企業戦士だから、そんなのごめんなのよね。それにそれに、今日は本社のマヤちゃとデートするし」


 ナイトは、本社のマヤちゃがどんな女性なのか気になったが、それと同時に大和のセリフの中に出てきた戦鬼という言葉に興味を持った。


「ねね、戦鬼って何、木地さん?」


 ナイトは、さっそく疑問を目の前の雫に尋ねてみた。


「あー。ンと、鬼の等級ってとこかな。一番弱いのが子鬼(しき)、次が戦鬼、その上が剛鬼(ごうき)、一番上が真鬼(しんき)。まあ、俺らが遭遇するのはたいてい子鬼だな。戦鬼クラスはそうそうお目にかかることはない。鬼は順繰りに子鬼からランクアップしてくけど、俺達が子鬼クラスで潰すからな。まれに時と場所、鬼を生み出した人間次第で、急成長した子鬼が戦鬼に化けることもあるし、さらにその上の剛鬼になっちまうことがある。店長ならまあ、戦鬼クラスは楽勝だな。剛鬼とかそンなの見た日には、この街は戦場だ。店長クラスがマジになってやっと……って感じか。真鬼は過去に一度……十五年前だったかに現れたきりらしいから、わかンね」


 雫は振り向かず、背中越しにナイトの質問に答えた。


「え、店長って強いの? ぜんぜんそんな風に見えないんだけど……どっからどう見ても、そのヘンのヤンキーリア充じゃん」


 雫はスカートを翻し振り向くと、白い歯を見せて悪ガキっぽく笑う。


「それはまあ、もうすぐわかるぜ。ほら、お客様だ」


 すると大和は立ち止まり、左手を横に出して、止まれのジェスチャーを示した。


「お客様は神様っつーけど、俺ちゃんらのお客様は鬼さんだ。狩り、始めるぞ。各員散開!」


 ナイトが前方に目をやると、暗くなったグラウンドには、昨日の夜ナイトが遭遇したのと同じ化け物が五匹いた。灰色の肌に、一つ目と一本角。まだこちらに気付いていない。


「ナイト、あの状態が子鬼だ。あと、もう少し下がったほうがいい。俺達の戦いに巻き込まれるぜ?」


「あ、うん」


 雫の指摘を受け、ナイトが一歩後ろに下がったのと同時に、子鬼が大和達に気付いて襲ってきた。


「ったくよ。これが女の子だったらなあ……俺ちゃんモテモテなのに……って、ぼやいてもしゃーないか」


 大和はニヤけながら左手をポケットに突っ込んだ。


 すると、子鬼達が一瞬でナイトの視界から消えた。消えたと思ったのは一瞬で、大和の周りに出現すると、方々から大和に攻撃を仕掛ける。


 大和は未だニヤけ顔のままで、彼らの拳をわずかに体をずらし、最低限の動きでかわしていく。


「そうがっつきなさんな。焦るのはよくないぜ? ちょっと刺激的な社会勉強。鬼ちゃんにさせてあげるかな」


 大和のニヤけ顔が、寒気を感じさせるほどの冷たい眼光を放ち、口元が不敵に歪む。


 舞い。一言で言い表すならば、舞いである。攻撃も回避も全てが舞踊の一部。雑に攻撃を仕掛ける鬼らとは対照的に、踊るようにかわし、舞うように拳を振るう。その様子は優雅そのもので、華麗だった。


 大和の一挙手一投足は洗練されていてかつ、攻撃に何の躊躇いもない。左手はあいかわらずポケットに突っ込んだままで、隙だらけに見えるが、子鬼達の攻撃は当たる様子を全く見せない。まるで、大和の体は流れる川のように攻撃を受け流す。それは、素人のナイトが見ても、柴雁大和がただのヤンキーリア充でないことを十分に理解させた。


 子鬼の一体が放った拳をかわし、大和の金髪ロンゲが動きに合わせて揺れる。即座に体を一回転し、攻撃を繰り出してきた相手に痛烈な回し蹴りを見舞った。それを受け、子鬼はナイトの横にあったサッカーゴールに頭から突っ込んで動かなくなる。ナイスゴールだった。


「柴雁の家は、神事を司る舞の家。次に俺ちゃんと踊るのはどいつだい? あ、できれば可愛い女の子がいいんだけどね」


 大和は相変らずのニヤけ顔だったが、それが発しているのは陽気ではなく殺気だ。その大和の強さにナイトの口から思わず言葉が出た。


「マジで店長って強いんだ……リア充のクセに……爆発すればいいのに」


「ナイト!! 危ねえ!」


「え!?」


 突然ナイトは雫に押し倒され、グラウンドを二人で転がった。雫の小さな体からぬくもりを感じ、ナイトは胸が高鳴る。


「え? ちょっと、木地さん?」


「バカ! ぼさっとしてンじゃねー! 別の子鬼がお前を狙ってたンだ。お前は必要以上に前に出るなよ? お前は俺が守るから」


 ナイトは、雫に馬乗りにされた状態で、そんなオトコマエなセリフを言われた。どぎまぎしていると、雫はさっさと立ち上がり敵に立ち向う。


「え、木地さんがオレを守ってくれるの?」


 立ち上がり前を見ると、子鬼が三体。雫にゆっくり向ってきた。


 対する雫は、武器らしき物を何も所有していない。一体どうするのか。


「今日はこいつでいくか……よっと」


 雫はメモ用紙を取り出すと、そこにボールペンで『力』と素早く書きなぐり、それをびりびりと破り捨てた。破り捨てられたメモ用紙は一瞬発光し、光は雫の右手に収束され消える。


「行くぜ」


 雫が小さな拳をグラウンドに叩きつけた。その拍子に大きな地震が発生し、子鬼達は転倒して地面に体を打ち付ける。ついでにナイトも地面に頭を打っていた。


「木地の家は、言霊の家。俺の家系は、言葉や文字に宿った力を引き出すことができる。ここら一体の空間を閉鎖した結界札も、俺のお手製だ。結界のおかげで、ここで起こった戦闘音は外に漏れ出ることはないし、ユメヒコの名札を付けた者と、鬼以外の一般人は活動できなくなる。これだけハデにやっても外から野次馬が来ないのも、校内の先生も気付かないのは、こいつのおかげってわけさ」


 雫はスカートのポケットから一枚の紙切れを出してナイトに見せた。


 そこにはたった一文字『封』と書かれていて、その周りには幾何学的な紋様が描かれている。


 なんだかスゴイ。ナイトはあの紙切れが欲しいと思った。あれがあれば、女子更衣室に入り放題ではないか。帰ったら自分も作って試してみようと思った。


「ナイト。今お前、自分も同じの作って、女子更衣室に使えば入り放題だと思ったろ? 残念だけど、こいつは俺の一族、木地家の人間にしか作れねーンだよ、こんなもンあったら犯罪し放題だろが」


 畜生が。ナイトは親を選べない不幸を呪った。


「ま、この結界札は誰でも使えるンだけどな。輝鈴もいちごも店長も持ってる。けど、入って日の浅いお前には渡さねーぜ? 悪用とかされたら、たまったもンじゃねー。さてと、さっさと決めるか。輝鈴、いちご。仕上げを頼む」


「あいよ!」


「了解だ」


 雫の指示で輝鈴が頷き、いちごが元気良く返事をした。


 輝鈴は先日と同様にバカ長い刀を携えていて、抜刀の体勢に入った。


 いちごも同じくライフルを構えると、狙撃の体勢に入る。


「いちごちゃんの家、猿願寺はね。破魔の家なの。昔は破魔矢で鬼を狩ってたんだけど、今では近代化してライフルになりましたとさ、めでたしめでたし♪」


 いちごのライフルが火を吹く。二発の弾丸がグラウンドを飛び交い、転倒していた二体の子鬼に命中する。


「我が犬神家は守護の家。あらゆる魔からこの国の民を守り、悪を討つ。犬神、柴雁、猿願寺、木地からなる、封印四家の頂点に立つ家だ」


 輝鈴は跳ぶ。黒一色となった春の夜空を。子鬼の頭上から一閃を放ち、着地すると子鬼は膝から崩れ落ち、黒い霧となって消えた。


「クリンネスタイム、了」


 輝鈴はまるで、血のりを払うが如く刀を水平に振ると、それを鞘に納めた。


 相当な鍛錬を積んでいたのであろう。その姿は、祖母が大好きな時代劇に出てくる侍の動きその物であり、かっこいい。ナイトは見惚れた。


「そっちも終わったかな? はー、よかったよかった。これで残業しなくて済みそう」


 大和が顔をニヤけながらこちらにやってきた。大和の後ろを見れば、子鬼が地面に伸びており、黒い霧となって消えていく。


「鬼ってのは、俺ちゃんら鬼狩者の霊的な攻撃で浄化されるのよ。輝鈴の霊刀。いちごの破魔の弾。雫の言霊。俺ちゃんの霊拳。あとは、鬼の力そのものによる攻撃ってとこか。浄化されるとホラ。あの黒い煙みたいなのになって、消えちゃうのよ」


 大和は親指を立て、それを後ろに向けた。


「雫。補足説明お願い」


 大和はナイトの隣にいた雫に視線を向けると、雫は頷いてナイトを見る。


 ナイトもまた、雫に向き直った。


「あいよ。だいたいの流れは今みたいに、結界の展開、鬼を撃破、ンで、事後処理。そンな感じ。事後処理は、イレギュラーがあった時の対処も含まれる。例えば、何も知らない一般人が目撃した場合。そいつには前後の記憶を失くしてもらう。俺の言霊でな」


 雫がメモ用紙に『忘』と書きなぐって、それを引きちぎるとナイトに見せた。


「ああ、あとな。ユメヒコの名札。これ、絶対忘れるなよ。こいつが結界内でも活動できる通行札になってンだ。失くしたらしばくぞ」


「そうなんだ。気を付けるよ」


「昨日ナイトくんの記憶を消したのも、しーちゃんの忘却の言霊なんだよー。すごいだろーまいったか!」


 雫の肩を抱き寄せたいちごが、大きな胸を張って反り返った。まるで我がことのように自慢している。ナイトには、二人がすごく仲の良い姉妹に見えた。


「昨日は結界張り忘れたおかげで、騒ぎになる一歩手前だったろうが。途中で俺が結界張ったからよかったけど」


 いちごに抱きつかれた雫が輝鈴を見て、口を尖らせた。それに気付いた輝鈴が、むっとした様子で反論する。


「誤解するな。騒ぎを想像以上に大きくしたのは桃山だ。こいつさえ現れなければ……自分が負けることも……くそ」


 輝鈴の瞳から放たれるイライラ光線が、雫からナイトへ照準を切り替える。ナイトはどきっとした。


 あの熱い眼差し……困った子猫ちゃんだな、犬神さんは。普段はオレのことをやっかんでいるけど、心の中の君はそうじゃないんだろう? このカワイイ不器用ちゃんめ。ナイトは、果てしなくアホであった。


 ナイトは、輝鈴が自分を見すぎるあまり、照れすぎて爆発してはいけないと思い、大和の背中に隠れることにした。そして、大和の背中で今しがた聞いたことを、自分の中で整理してみる。


 先日の記憶がすっぽりと抜け落ちていた理由は、雫の言霊によるものだったらしい。また、輝鈴の話によると昨日自分は、鬼の力で暴走していたということだった。


 にわかには信じられない話だ。しかし、雫の言霊を目の前で目撃した。雫の細腕に、大地を振動させるほどの腕力があるとは思えない。


 それに、輝鈴の刀。いちごのライフル。大和の体術。ナイトは確かにそれらをはっきりと見た。現実に目の前で起こった出来事だ。


 こうなるともう、なんだかわからないけど、とりあえず納得するしかなかった。


 今ナイトの目の前で起こっていることは、まぎれもない現実なのだから。


「普通の人間はね、鬼化してもその力に飲まれて、自我を失くしちゃうんだよ。そんでさそんでさ、子鬼の力なんて俺ちゃんら鬼狩者にとって、赤ちゃんみたいなもんなのよ。さっきの戦いでわかったろ? けれどけれど、ぼーやは昨日の狩りで輝鈴たちを圧倒した。その時俺ちゃんは現場にいなかったからわからねーけど、鬼狩者に土を付けた。それも部分憑依で右手に鬼を宿してね。ときたま、ぼーやみたいな封印四家以外に鬼狩者としての才能を持つ人間がいるんだよね。俺ちゃんらはそういう人間の発掘と育成もやってんのよ」


 大和が背中を向けたままそう言った。そして、ナイトに振り返り話を続ける。


「いくら俺ちゃんらが強くても、所詮人間なの。合コンあったり、デートの約束あったりさ。キレイなおねーさんナンパしなきゃいけない時とか、仕事できねーっしょ? だから人手が必要なワケ」


 それはアンタだけだろ! この腐れリア充が! ナイトは心の中で大和に噛み付いた。


「人手が足りないのは事実だ。だが、貴様のような人間に手を借りるほど我々は落ちぶれていない。去ね。その面を見れば見るほど、殺意が沸いてくる」


 輝鈴は、未だナイトのことが気に入らないらしい。自称、日本女児。同年代の男が大嫌いな輝鈴にとって、昨日の敗北は相当な屈辱だったようである。


 当のナイトにはその時の記憶がなかったので、輝鈴みたいな美少女とけしからんことをしたのだと勘違いしたままであるが、輝鈴が今朝口にした『初めて』、『血が止まらなかった』、『痛みが引かない』などなどのセリフは、鬼の力で暴走したナイトが、輝鈴を打ちのめしたからである。


「ま、そんなワケで説明終わり。はい本日の業務全部しゅーりょー。帰るぞ帰るぞ……と、言いたいとこだったんだけどね。本命がいやがったか」


「え?」


 大和の顔が、ニヤけ顔からじわじわと真剣な顔に変わっていくのを、ナイトは目撃した。


 恐る恐る後ろを振り向く。すると、異形の化け物が校舎の近くをさまよっていた。


 子鬼とは違う。鋭い牙と頭から生えた二本角……そして、禍々しさを感じさせる長い爪。紫に輝いた二つの瞳が、闇夜の中で異様な光を放っていた。


 幸いなことに、まだナイト達に気付いていない。


「ナイト、あれが戦鬼だ。店長の言うとおり、出ちまったみてーだな」


 雫が隣に立ち、一人呟くと輝鈴が大和の目の前にやってきた。


「柴雁。提案がある」


「んあ? なになに? あ! もしかしてもしかして、ついに輝鈴も俺ちゃんのブロマイドが欲しくなった?」


「いらん。燃えるゴミの日に全部捨てるぞ」


「え! いらないの!? ネットオークションでプレミア価格で取引されている、俺ちゃんのブロマイドが欲しくないなんて……」


「はいはーい! いちごちゃんは五十枚追加でお願いしまーす!」


「おー。いちごは可愛い奴だな。よしよし、じゃあこれを俺ちゃんの代わりだと思って、肌身離さず持ち歩けよ」


「わーい! やったぁ! 店長大好き!」


 大和が胸ポケットから取り出したブロマイドを受け取ると、いちごは無邪気に笑う。さらに、小さな声で、「ネットオークションで売りさばいちゃおうっと」と、呟いた。


「しかし、輝鈴は何故俺ちゃんのブロマイドがいらないんだ……そうか! さては輝鈴、実は男だったのか!? これはこれは。労働者名簿を訂正しなきゃならないよね。よし、まずは身体検査から……そのけしからん胸の膨らみには何が入ってるのかなあ? 脱ぎ脱ぎしましょーねー」


「店長! オレもお手伝いします!」


 ナイトは元気良く手を上げた。これだけ元気に手を上げたのは、授業参観で「1+1はいくつ?」と聞かれた時以来であった。


「首を切り落とされたいのか、貴様ら」


 輝鈴の抜いた刀が鈍い光を放つ。ナイトは手を上げたまま固まり、大和は一つ咳払いをして真面目な顔になると、そこに沈黙が訪れた。


「さて、冗談タイムは終わり。輝鈴の提案を聞こうじゃないの。ちょっと、ぼーや。そのめいっぱい振り上げた手は何?」


「お、オレも店長のブロマイドがほ、欲しい、です」


「んもう、なんだよー。それなら早く言ってよね! ほらほら、俺ちゃんの分身だぜえ?」


 ナイトは大和からごっそりブロマイドを受け取ると、それをアンケート用紙が詰め込まれたポケットに頑張って突っ込んだ。


 こんなもんいらねえ! トイレットペーパー代わりにしてやる。ナイトはエコ思考なので、紙の再利用を思いついた。


 連日自分の写真で尻を拭かれることに大和は気付かないだろう。本人にとっては、たまったものではないが。


「おい、いい加減にしろ貴様ら。鬼に感づかれるぞ」


 輝鈴が一喝すると、ナイトも大和も大人しくなった。


「柴雁。あの鬼は自分一人に任せてもらおう。桃山に自分の実力を見せ付けるいい機会だ」


「んあ? まーいーけど。お前ちゃん、ありゃ戦鬼だぜ? 実力的に言って、一人でやるのはちっと骨が折れるんじゃね?」


「『目』を使う。許可を出せ」


「ふーん、まあいいけど。くれぐれも気をつけるのよ。怖くなったら俺ちゃんに抱きついて『助けて大和お兄ちゃん! 輝鈴怖い!』って言ってきたら、喜んで助けちゃうぜ」


 輝鈴は大和を睨んで冷たく笑った。


「案ずるな、お前に頼るくらいならば、戦鬼に殺された方がマシだ」


 輝鈴は大和達に背を向けると、校舎に向って歩き始める。目指す先は戦鬼。


 じわじわと輝鈴と戦鬼の距離が縮まっていく。


「輝鈴は大きくなったねえ。昔は俺ちゃんに抱きついて泣いてたクセに……すっかり犬神家の当主サマらしくなっちゃってまあ」


「あの犬神さんにそんな可愛らしい時期が……」


「おっと、ぼーや。妄想はそこまでだ。始まるぜ」


 ナイトは前を見た。輝鈴が刀を抜き、地面を滑るように駆けて行く。


 速い。刀を抜いたと思ったら、もうすでに相手の懐へ飛び込んでおり、切っ先は戦鬼の首筋に触れようとしていた。


 あれで終わりだ。ナイトはそう思った。


 戦鬼に輝鈴の放った斬撃が命中する。


 ――はずだったが、輝鈴の切っ先は戦鬼の後ろにあった桜の木に命中し、木を真っ二つにしただけだ。


 気付けば戦鬼は木の真横におり、輝鈴を紫の瞳で見つめていた。


 再び輝鈴が動く。左からの薙ぎ払い。右上段からの袈裟切り。針の穴に糸を通すような、正確無比な突きの嵐。


 しかし、そのどれもがかすることもなく、無慈悲に時は流れる。


「戦鬼クラスに、あの程度の攻撃じゃ通用しねーよ。俺の言霊で援護して、いちごの援護射撃で隙を作らせ、そこに一撃叩き込むのがセオリーなンだけどな」


 雫が呆れて肩をすくませた。


「でも、きりりんは『目』を使うんでしょ? なら勝算あるんじゃない?」


「ま、お手並み拝見だな」


 雫といちごのやり取りに耳を傾けていたナイトだったが、再び視線を輝鈴に戻すと、輝鈴も戦鬼もそこにいなかった。


 どこだ? と、視線をさまよわせると目の前で砂埃が舞い上がり、輝鈴が戦鬼に押し倒され、刀で爪を押し止めていた。


「犬神さん!」


「近寄るな!」


 輝鈴がなんとか戦鬼を押し返し、立ち上がると右手で右目を覆った。


「やはり、こいつを使わねば勝機はないか」


 わずかに開いた輝鈴の口からこぼれた言葉。そして、輝鈴の右手で覆われた右目から一筋の赤い滴が流れた。それが一滴、また一滴と地面を濡らす。


 輝鈴が右手をそっと離すと、右目は紫色に染まっていた。そして、目からは赤い涙が流れており、それを服の袖で拭い去ると、紫の瞳と黒の瞳のオッドアイが闇に浮かぶ。


「『鬼の目にも涙』。瞳にのみ鬼の力を宿す自分だけの能力。……見せてやろう、桃山。犬神輝鈴の力を」

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