クリンネスタイム
大和はニヤけながら席を立つと、ナイトの肩をぽんぽん叩いた。
「さあ。今日からぼーやも俺ちゃんの同僚だ。まずは色々案内してあげなくちゃね。付いて来な」
「はい!」
「……と、その前に。これ、渡しておくね」
「これは……名札?」
大和はポケットから『入店許可証』と書かれた名札をナイトに差し出した。
「そ。あとあと必要になるだろうし。あとあと、ね」
「はあ?」
ナイトはとりあえず、大和から名札を受け取ってそれを胸にくっ付けた。
大和はそれを確認すると、休憩室から出ていき、ナイトも慌てて席を立って、その後姿を追う。
まず最初に案内されたのが、更衣室だ。更衣室は休憩室のすぐ隣にあって、大和が親指で差し、男子更衣室と女子更衣室のそれぞれをナイトに説明する。
「ま、着替えは基本ここでね。店内でやってもらっても構わないけど、はっきり言って誰得だから、やらなくてもいいよ。女の子ならバンバンやってくれてもいいんだけど」
「やりませんよ」
そんな羞恥プレイはごめんである。
「あと、こっちが女子更衣室ね。のぞくなよ?」
「や、やりませんよ」
「じゃあまず、そのドアノブに掛けた手を離そうか」
大和の指摘が飛ぶ前に、ナイトの手は女子更衣室のドアノブに掛けられていた。
「いや、これは! 立て付けが悪いとウチで働く女性達が困るじゃないですか。閉じ込められたりしたら、かわいそうでしょ! だから、もし壊れていたら直しておこうと思って!」
ナイトは見苦しい言い訳をした。当然、このドアの向こうに広がる、未知の楽園に興味がないわけではない。
「うーん。とにかくやめたほうがいいよ。この前、バイトの男の子が電球取り替えようとして、中を確認せずに入ったら輝鈴がいてさ、腕へし折られて泣いてやめちゃったんだよね。それでもいいなら、どうぞどうぞ」
「ドアに異常はありません! 次行きましょう、店長!」
ナイトは大和に向き直ると、背筋を伸ばし、びしっと敬礼した。
「敬礼、サマになってるね~、いやあ、さすがさすが地球連邦軍大佐殿。そんじゃ行こうか」
その後、トイレとか各部門の作業場を案内され、ナイトは社員一人一人に紹介されていった。
そして、ナイトと大和は休憩室の前まで戻ってくると、大和は少し考える素振りを見せ、ナイトの目を見た。
「んー。あらかた回ったから、あとはレジだね。レジは今日のシフトだと、輝鈴にいちご、雫だったかな?」
「おー、ナイトくぅん。こっちだよお」
「あ、いちごちゃん」
ナイト達がレジ前に移動すると、二番レジからいちごが笑顔で手を振っているのが見えた。その笑顔にナイトは救われる。そして、ユメヒコの制服姿の彼女は眩しかった。学校の制服姿もイイが、やはりこちらもイイ。思わず見とれてしまう。
「貴様……何故ここに……」
「へ?」
さらに奥の三番レジには輝鈴がいて、鋭い視線を投げかけられていた。昨日同様、ユメヒコの制服を着ている姿はナイトをときめかせる。
いちごちゃんもイイけど、犬神さんもイイ。あの凛とした涼しげな眼差しがステキ。またもナイトは見とれてしまった。
「やあ、犬神さん! オレ、ここで働くことになったんだー。今日からよろしくね!」
「何……? おい、柴雁! どういうことだ。何でこんな奴を雇った!?」
輝鈴はレジを抜け出し、大和に詰め寄ると、胸倉をつかんで問いただす。
しかし、大和はそれに動じずニヤけながら答えた。
「まあまあ。落ち着きなって。昨日の狩りであのぼーやにこてんぱんにやられたの、輝鈴でしょ? 俺ちゃんは有能だと思った人材は、積極的に採用するのよ。あのぼーやは期待できるぜ。なんたって、部分憑依……お前ちゃんの『鬼の目』と同じことができるんだからよ」
「あいつが……自分と同じだけの力を持っているとでも言うのか!? ふざけるな!」
「ふざけてなんかないよー。俺ちゃん、真面目だぜ? それにそれに、そんなに体密着させてくると、俺ちゃんの下半身も真面目になっちゃうよー」
輝鈴はその言葉の意味がわからないようだったが、すぐに大和を開放してナイトに詰め寄った。
ナイトは自分も大和同様、胸倉をつかまれて体を密着させてくるのかと期待したが、唐突に店内に和やかなBGMが流れ、輝鈴は足を止めた。
「クリンネスタイムか……命拾いしたな、桃山。その命、預けるぞ」
輝鈴は身を翻し、バックルーム目指し一直線に駆けて行った。同じく、いちごも駆け足でバックルームへと向う。
「へ? ちょっと待ってよ! 胸倉は? オレも真面目になりたいんですけど!」
「ぼーや。それは無理みたいね。初日いきなりで悪いんだけど、クリンネスタイムだわ」
「クリンネスタイム?」
「まあ、簡単に言えば清掃……お掃除ね。他のスーパーでも使われている用語だけど、ウチじゃちょっと意味が違うの。ちょうどいい、ぼーやにも手伝ってもらおうかな」
「掃除っすか? オレ、あんま得意じゃないんだよなー」
「残念ながら違うんだよね。俺ちゃんらが手に取るのはホウキやモップじゃない。武器だ。掃除するのはごみじゃなくて、鬼。鬼がこの近くに出たのさ」
ナイトの質問に答えた大和の顔は、すでに真剣なモノに変わっている。そして、ポケットから携帯を取り出し、それをナイトの鼻先に突き出した。
大和が出した携帯は、先ほど彼が休憩室でいじくっていた物とは違う。最新機種のスマートフォンだ。そのスマートフォンの画面には尾二河高校が表示され、複数の丸印が点滅していた。
「何すか、これ?」
「鬼探知アプリ『鬼さんこちら』。ちなみに自社開発。プログラムしたのは何を隠そう、この俺ちゃん。いやあ~イケメンな上に、プログラムもこなす俺ちゃんって、ほんとすごい。この才能、ぼーやにも分けてあげたいわ。天才でサーセン。ヒャハハハハ!」
ナイトは、レジの近くに置いてあった買い物カゴで、大和の頭をブン殴ってやろうかと思った。というか、殴った。殴ったが、大和が移動してしまい、かわされた。かわされたので、仕方なく元の位置にカゴを戻した。
「このアプリがあれば、鬼がこの街のどこに現れようと、すぐにお知らせしてくれるのよ。この店の屋上に設置されたレーダーが鬼の存在を察知すると、位置や数とかの情報を端末に送信して、同時に店内にクリンネスタイムが来たことを示すBGMが鳴るようにしてあるわけ。う~ん、便利な時代だよね。ぼーやも後でインストールしといてね」
「店長! 何やってンだよ。早くしないと先に行くぞ!」
背後から声がして、ナイトが振り向くと、雫がお菓子売り場からせっせと走ってきたところだった。
「木地さん!」
雫が大和の目の前までやってくると、輝鈴同様胸倉をつかんだ。
この店のバイトは皆店長に用がある時は、胸倉をつかむのだろうか。ナイトは、ちょっと大和を気の毒に思った。
「ちょいちょい。雫。痛いって! すぐに行くからとりあえず、離してくんない?」
雫はすぐに大和を開放して、一歩後退した。
「場所は尾二河高校のグラウンドだ。こっちの準備はできてるぞ」
「あ~、わかってるよわかってるよ。にしても、学校ってのもまた負の感情が貯まりやすいもんだね。さてさて、それじゃ行くか。雫。輝鈴といちごを連れて先行しろ。現地に到着しだい、結界を展開。鬼を閉じ込めておけ。俺ちゃんはぼーやを連れて後から行く」
「わかった」
雫は大きく頷くと、輝鈴たちと同様バックルームに消えて行った。
「えっと? オレは何をすればいいんすか?」
「ま、とりあえず後ろで見てるといいよ。俺ちゃんらの狩りをさ。いっとくけど、女の子のスカートばっか見てちゃダメよ?」
大和はそれだけ言って駆け出した。ナイトも離されまいと必死に追いかける。
従業員専用スペースに戻り、休憩室の前を通って、ユメヒコの搬入口から外に出る。外に出ると、すでに暗闇が空を覆いつつあった。
「黄昏時か。早々にケリを付けないとね。あとあと厄介だ。デートに遅れちゃう」
大和がそう言い終ると、駅前へと向う。そして、そのままナイトの自宅、吉備田荘へとやってきた。
吉備田荘の前、尾二河高校の校門で輝鈴らと再会する。
「結界は?」
「結界札の設置完了。展開済みだ」
大和の質問に雫が答えた。
「中の様子はどうなっている?」
「子鬼クラスが十数体。グラウンドを使用していた野球部と陸上部の男子生徒から生まれたかな? 前からグラウンドの使用権かなんかでもめてたみたいっす」
今度はいちごが大和の問いに答えた。
「ケンカがヒートアップしちゃった? お熱いこと。思春期ってのは怖いねぇ。そんじゃ、前回よろしく輝鈴と俺ちゃんが前衛、いちごと雫は後衛。よろしくて?」
「ああ、問題ない」
輝鈴が頷くと、いちごと雫も同様に頷いた。
「あの、オレは?」
ナイトは完全に置いてけぼりだった。
「んあ? あーそうね。そのへんで座って見てたら?」
「桃山、貴様はそこで自分の戦う姿をじっくりと見ていろ。足運び、呼吸、間合いの取り方。貴様なんぞ取るに足らない存在であることを、このクリンネスタイムで証明してやる」
ナイトは、輝鈴のスカートの下、呼吸をしている胸、首筋を凝視した。
「君の戦う姿、じっくりばっちり見ちゃうぜ! 早く狩り始まらないかなー。えへへへ」
「貴様……!」
輝鈴はナイトにまたナメられたと誤解したのだろう。それに気付いたいちごが二人の間に入って、輝鈴をなだめた。
「まーまーまー! きりりん、少し冷静に! でないと、昨日みたく失敗しちゃうよ?」
「……そうだな。冷静さを欠いては、事を仕損じる」
輝鈴が落ち着きを取り戻したのを確認すると、大和は切り出した。
「青春タイム終わり? オッケーオッケー。んじゃあ、クリンネスタイム。始めますか」