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暴走

 公園の四隅から四つの黒い霧が立ち上り、それらはナイトへ吸い寄せられるように向かってきた。


「やば! ちゃんと結界張っておくべきだったねえ。この子の負の感情に惹かれちゃったかぁ」


 四つの霧は一瞬にして、ナイトの右の掌に吸い込まれていく。そして、ナイトの体は急激に熱気を帯びていった。


「あ……ぁ……」


 目の前が真っ暗になる。右手が自分の物ではなくなるような、へんな感覚だ。例えるなら、骨折したときにギプスを巻いた右手。確かにここにあるはずなのに、感覚がない。


「キャア!?」


 女の子の悲鳴がした。ナイトは気力を振り絞って前を見る。すると、砂場の上で自分を締め上げていたいちごが、横たわっていた。


「バケモノめ……」


 輝鈴が長刀を構えていた。その切っ先はまぎれもなく、ナイトに向けられている。


 バケモノ? オレが? 朦朧とする意識の中で、ナイトは精一杯思考する。一体、何が起こっているのか、確かめなければならない。


「お前は犬神輝鈴がここで討つ」


 輝鈴が動いた。彼女の持つ、冷ややかな刃が春の夜風を切り裂き、ナイトに迫る。


「おい、待てよ! ちょっと待てって!!」


「問答無用!」


 ――この女は本気だ。


 ナイトは背筋が震え、恐怖で頭が一杯になり、思わず右腕を振り回した。ただ振り回しただけだ。それだけで、鉄がガラゴロと崩れ落ちるハデな音が、ナイトの耳をつんざいた。


 気が付くと、目の前にあったはずのジャングルジムは真っ二つになっており、子供が遊ぶには難儀な状態になってしまっている。


 ナイトの額を大粒の汗が流れ、それを右手で拭おうとしたとき、バケモノと呼ばれる理由に気付いた。


 銀色に輝く怪物の様な右腕。肘から先はまるで西洋甲冑のガントレットのような鈍い銀色を放っており、先端部分には鋭く凶悪な爪が備えられている。それがジャングルジムを遊具から、粗大ゴミへ変貌させたのだった。


「何だよ、これ……。オレの右手、どこいったんだよ!?」


「お前は自分の獲物だ、バケモノ」


 輝鈴は滑り台の上にいた。おそらく、ナイトが右腕を振り回したときに、移動したのだろう。


 雲間から顔を出した月が、輝鈴の横顔を照らし出す。その横顔は美しいというよりも、恐ろしい。恐ろしいまでの無表情。いや、美しい仮面……そう表現した方が正しいかもしれない。


 不意に、仮面の口元が僅かに歪んだ。ナイトがそれを見たのと同時、右から爆風が吹き荒れた。


 まるで空になった空き缶の様に、ナイトは面白いくらいぐるぐる転げ回る。口内の粘膜が破れ、そこに舌が触れるだけで痛みが走った。鉄の味を飲み込み、ナイトは立ち上がる。


 滑り台の上を見ると、すでにそこに輝鈴はおらず、ナイトがさっきまで立っていた場所で、左足を軸にして右足を上げていた。爆風と思ったのは、彼女の蹴りだったようだ。


「何すんだよ、オレはお前らに抵抗するつもりはない。落ち着いて話を聞いてくれよ! オレだって、何がなんだかわからないんだ」


 ナイトの説得が通じたのか、輝鈴の動きがピタリと止まる。


「オレは、桃山ナイト。つい先週この町に越してきたばかりなんだ。なあ、何が起こってるんだ? オレの体、どうなってるんだこれ!? 教えてくれよ!」


「……お前の右手は鬼と化している。救いを求めるならば道はただ一つ。黙ってこの刀の錆になれ。その姿になった以上、お前の存在は我々封印四家にとって障害でしかない」


 ナイトの説得も虚しく、輝鈴の刀が鈍い銀色を放ち、その切っ先がナイトの喉元に突きつけられる。


 次の瞬間、輝鈴の体がナイトの目の前で消えた。そのわずか数秒後に、ナイトは後頭部に衝撃を受け、地面と盛大にキスをする。


 土や砂利と戯れながら、ナイトは頭の中で考えた。 


 こんなワケのわからないまま、殺されてたまるか。相手が女だろうと関係ない……やってやる。


 小石や砂が汗で引っ付いた顔のまま、ナイトは立ち上がる。再び迫った輝鈴に向かって右腕を、ハンマーの様に思いきり叩きつけた。


 これは正当防衛なんだと自分に言い聞かせて。


 まるで地中で地雷が爆発したかのように、公園の地面に大きな穴が一つ空く。ジャングルジムを破壊したときもそうだったが、この右手は相当な破壊力を持っているらしい。普通の人間ならば今の攻撃で十分に戦意を削ぎ、恐怖を植えつけることができただろう。


 だが、輝鈴は違った。ナイトが右手を叩きつけた爆心地に、輝鈴の姿はない。背中に受けた衝撃を体全体で感じるのと同時、輝鈴が後ろに回りこんでいたことに気付く。


 ナイトはシーソーの片側に突っ込み、死んだように動かなくなった。やがて輝鈴が静かに近づき、刀をナイトの首筋に向けた。


 そのときだった。


 輝鈴の左足がナイトの銀色の指につかまれ、空中に放り投げられた。輝鈴は瞬時に重力から開放される。


「油断しやがったな、この野郎!」


 ナイトは歓喜した。そして同時に勝利を確信する。


 しかし、輝鈴は空中で体を鮮やかに一回転し、見事な着地を決めてみせた。着地と同時、再び爆竹のような音がナイトの耳をつんざく。


「油断しちゃったねぇ、桃山ナイトくぅん? サイキョーないちごちゃんは、あの程度じゃくたばらないよ?」


 砂場でいちごが右ひざを地面に付き、ライフルのスコープをのぞき込みながら、そう言った。 


 ナイトは自分の腹を見る。確かに腹部に強烈な痛みを感じるが、出血はしていない。一体どういうカラクリなのか……だが、それをゆっくり考えている暇はなさそうだった。


「さってと、しーちゃん来る前にもっと弱らせとこっかぁ。きりりん、GO!」


「心得た」


 いちごの景気良い掛け声に輝鈴が頷き、一陣の風となってナイトと距離を詰める。それに対応しようと右手を動かそうとするナイトに、無慈悲な銃弾の嵐が襲い掛かった。二対一。数の上でも、技量的な面でもこちらが不利。


 しかし、死にたくはない。わずか十五年と八ヶ月。まだまだやりたいこともある。嫌だ。


 不意に右手が熱くなった。燃えるような熱さだ。気が付くと黒い霧のような物がナイトを包み込みつつあった。何故だかわからないが非常に気分がいい。


 目の前の少女達に視線を向ける。刀と銃。その二つがナイトの命を狙っている。怖い……というのは、さっきまでの感情だ。今は何故か楽しい。無性に楽しい。


 迸る破壊衝動。気が狂いそうになるほどの飢餓感。


 ねっとりしたような得体の知れないモノが、脳ミソの中に入り込んでくる。


 そして、ナイトの中で何かが弾けた。


 黒い霧が再びナイトの右手に集まっていく。集まった黒い霧は銀色の右手を黒く変色させる。黒く光る右手……先ほど以上に鋭く伸びた爪は、凶悪さを一層増していた。


 ナイトは笑った。紫に染まった瞳を輝かせ、全身にまとった黒い霧を引きつれ、欲望に従うがまま、少女達に襲い掛かる。先ほど目撃した化け物のように。


「こいつ……鬼の力を……引き出したのか?」


 輝鈴の無表情だった顔が、わずかではあるが焦りを見せた。


「だが引かぬ。我が流儀は不退転」


 だがそれはあくまで一瞬のこと。輝鈴は夜空を舞い、空中からナイトの右手へ斬撃を見舞う。


 しかし、輝鈴の刀は盛大に空を斬った。すでにそこにナイトの姿はない。すぐさま気配を追うと、滑り台の上にナイトが立っていた。


 立場の逆転。


 夜の月がナイトの背後に浮ぶ。月光を背に受け、ナイトの顔は影になった。全身が黒い霧に覆われているので、必然的にそこに映るのは、らんらんと輝く二つの紫炎……狂気を受け、鬼と化したナイトの瞳。


 ナイトは再び笑った。


 輝鈴がそれを見たのと同時、右から爆風が襲う。


 まるで中身をすべてぶちまけたペットボトルの様に、輝鈴はころころと転がった。可愛らしいピンクの制服やスカートは所々破れ、刺激的すぎる。だがそれに構うことなく、輝鈴は立ち上がった。


 滑り台の上を見ると、すでにナイトはいない。輝鈴がさっきまで立っていた場所で、左の人差し指を輝鈴の方に向けていた。爆風の正体は、彼の人差し指。


 ナイトの右手が再度輝鈴に迫った。黒い塊であるそれは、輝鈴の振りぬいた刀を簡単に受け止める。


 銀色の刃を右の掌で受け止め、ナイトは唇を歪ませた。そして、右手に軽く握力を加え、まるで棒アイスを割るように、刀をパリンと砕き割る。


「霊刀が……」


 無表情だった輝鈴が明らかにうろたえている。視線は申し訳程度に、柄にくっ付いた刃へ注がれており、放心状態であった。周囲の音すら耳に届いていない。いちごの叫び声も、ナイトの右手が空を切る音も。


 ナイトはまたも笑う。さっきまで、まるでテレポーテーションしたかのように速く動いていた輝鈴の動きが止まっている。いや、遅すぎるのだ。遅く見えた。


 ナイトの右手が輝鈴の腹部に迫る。その右手は輝鈴を貫く寸前、いちごの放った銃弾で弾かれ、軌道を大きく変更し、外灯をへし折った。


「きりりん、本日二度目の精肉コーナー行きよ? こいつは引き受けるから、さっさとしーちゃん呼んできて! ……通常の三倍の速さでね」


 ナイトの視線は目の前の輝鈴から、砂場のいちごへと変わる。いちごと目が合う。目が合ったとたん、いちごは一歩後退した。


「ちょ! いいカンジに鬼ってんじゃない。まずいですよ、これはぁ」


 いちごが息を飲み、再びスコープをのぞき込むと、そこに映ったのは紫の瞳だった。


 ナイトの右手がライフルを弾く。丸腰になったいちごは、離脱を試みようと視線をさまよわせた。


 そのときだ。ナイトの足元に六本のシャーペンが突き刺さった。それら六本のシャーペンには、形や大きさがばらばらのメモ用紙が、紐でくくり付けられている。


 六本のシャーペンは眩しく発光し、ナイトの足元に幾何学的な紋様を描く。途端に、ナイトの全身を激痛が走った。


 頭が割れるように痛い。膝を付き、頭を抱え、その場でうずくまった。痛みに喘ぎながら体をのたうつ。


 右手から黒い霧が立ち上り、それが春の夜空へと消えていった。すると、ナイトの右手は元に戻り、体中を覆っていた黒い霧も晴れ、元の姿に戻った。


 *****


「お前ら、こンなモブに何手こずってやがる。俺の手を煩わせンなっての、おちおちゲームもできねーだろが」


「しーちゃん、遅いぃ~」


 折れた外灯の側に、一人の少女がいた。少女もまた輝鈴やいちご同様、スーパーユメヒコの制服に身を包んでおり、名札には『木地雫きじしずく』と書かれている。


「すまん、木地……油断していた。まさか、一般人が近くにいるとは思わなかったのだ」


「ドアホが! 結界張り忘れた上に、霊刀ぶっ壊しやがって! その上、一般人に狩りを見られたあげく、鬼化……店長に報告すンの誰だと思ってンだ」


「すまん……かくなる上は、自分の首を差し出して――」


「いるか! そんなもン!」


「まーまー、しーちゃん、落ち着いてってば! きりりんだって、まだ初心者さんなんだしさ。大目に見てあげてよ! それより、この子……どうするの? 鬼化は止まったみたいだけど……」


 いちごがナイトをちらりと見て、雫に指示を仰ぐ。


「そうだな……これだけハデにやらかしてくれたンだ。後でたっぷり礼をしてやるとして……いや、待てよ。鬼化したとはいえ、力を制御出来ていた。使えンじゃね? こいつ」


「ええ!? ちょっと待って、この子、ウチで雇うの!?」


「ああ、それにホラ。見ろよこれ。本人も元々ヤル気だったみたいだぜ?」


 雫は、公園の入り口に落ちている、スーパーユメヒコの袋の中に入っていた、求人広告を取り出し、他の二人に見せた。


「雇ってやろうじゃないか、ウチで。これだけ楽しくて楽チンなバイトは、他にねーからなー」


 幼く可愛らしい顔を妖しく歪ませ、雫は求人広告を握りつぶした。

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