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鬼との遭遇

 白い長袖のTシャツとジーンズに身を包み、閉店間際のスーパーから、一人の少年が出てきた。ナイトである。


 桃山ナイトは平凡な十五歳の少年である。非凡なのは、ナイトという名前くらいだろうか。やたらとかっこいいこの名前だが、本人はヘタレで逃げ足が速い。


 そのため、中学時代に付いたアダ名はチキンナイトという、なんとも不名誉な称号であった。彼女もいないし、友達もいない。髪もクセ毛があってぼさぼさである。だが、それなりに素材はいいと、中学時代女子に言われたこともある。女子といっても、掃除のおばちゃんと、給食のおばちゃんだが。


 ナイトは、まだ慣れない道を歩いて、新しい我が家へ向かった。


 季節は春。四月七日。明日から高校一年生になる。


 つい先月、両親が離婚した。父親と母親、そのどちらと暮らすか。しかしナイトも今年で十六歳。自分の考えをしっかりと言える年齢だ。


 両親はどちらについてくるか、その選択をナイトに委ねた。


 ナイトが下した決断は、どちらとも一緒に暮らさないことだった。母方の祖母の家に厄介になる、というのが正式な答えになる。両親以外の肉親が祖母ただ一人だったというだけで、ナイトはおばあちゃん子なワケではない。むしろ、苦手である。


 祖母の家に越してきて一週間……そのため、祖母の実家近くの高校に入学することになった。なにもかもが初めてというわけでもないが、一年に一度来るか来ないかの土地に、ナイトはまだ慣れていない。


 祖母によくお菓子をねだった地元の古いスーパーへの道のりも、幼い頃の記憶を手繰り寄せながら、ようやくたどり着いたのだ。


 バイトもしなければならない。いくら祖母の家で厄介になるといっても、最低限自分の小遣いと多少の生活費は稼がねばならない。それが、自分から両親と離れて暮らす決断をした責任であるとも思っている。


 それに、祖母の家はあまりに貧乏だ。小遣いをねだろうものなら、殴られる。ママチャリを時速八十キロで飛ばす祖母は、『ママチャリデュラハン』とか呼ばれて、近所の皆さんに恐れられている。運転中に激しく頭を動かすので、顔が見えなくなるらしい。


 さらに、地元のヤクザ数人を病院送りにした伝説もあるとか、ないとか。逆らわないほうが、身のためであった。


「可愛いかったなあ……レジの女の子……」


 アルバイト求人の広告を両手で広げ、スーパーの袋を左手に持ち、ナイトは回想する。『レジ担当募集! あなたの笑顔を待っています。スーパーユメヒコ』そうでっかく広告されている。ナイトが左手に下げているスーパーの袋にも、スーパーユメヒコと印刷されていた。


 現場の視察と、履歴書の購入と、晩飯の買出しと、散歩。一石四鳥であった。いや、レジの美少女をこの目に焼き付けられた……それも含めると一石五鳥であろうか。


「あんな子と一緒にバイトできたら楽しいだろうなあ……でも、時給七百円って……安すぎ」


 一番の懸念事項は時給の安さだろう。まあ、こんな片田舎のスーパーなのだ。これで妥当なのかもしれない。


「とにかく、あそこで決定だな。今日中に履歴書書いて、明日面接の電話入れてみるか」


 そう呟いて前を見たとき、ナイトの目の前をピンク色の何かが横切って行った。


 街灯が薄暗い住宅街をわずかに照らす中、白い生足が鮮やかな残像となり、ナイトの網膜に焼き付く。


「二番レジの子だ……」


 それはナイトの記憶が確かなら、二番レジにいた『犬神輝鈴』という少女だ。バイト帰りなのか、服装は先ほど見た制服のまま……あの姿で帰るのは、ある意味サービスだ。素直に嬉しい。ついでに、優しい春風が下からビュンビュン吹いてくれたらもっと嬉しい。この位置取りなら見える……かもしれない。ナイトはそう思った。


 しかし、風が吹くこともなければ、ナイトに気が付くこともない。輝鈴は悠然とその場を去っていく。ナイトもその場を去ろうとしたとき、ふとそれが目に映った。


「なんだありゃ……?」


 二メートルはあろうかという、白い布に包まれた棒状の物体。小柄な少女の体躯にはとてもアンバランスすぎるアイテムだ。


 それを軽々と左手に持ち、輝鈴はすでに暗闇が支配する児童公園へ入っていった。スーパーの制服のままで。


 好奇心がナイトを駆り立てる。一体あれは何なのか。コスプレの撮影会でもあるのだろうか。カメラはどこだ、見切れてやれ。


 ナイトの足は自然と公園へ向っていた。そして、公園の中に入ったとき、その光景に絶句した。


 ジャングルジムやら、ブランコ。シーソーや砂場がある、いたって普通の公園で、輝鈴が四人の若い男に囲まれていた。友達同士といった空気ではない。明らかに不穏な空気だ。


 ジャングルジムを背に、男達は今にも輝鈴に襲い掛からんとしている。彼女がこれから受けるであろう恥辱を、ナイトは容易に想像することができた。


 ――このままじゃ、あの子が危ない。


 今こそ、オレの桃山流暗殺拳最終奥義『ファイナルフラッシュ』が火を吹くときか!? と、ナイトは拳に血をたぎらせ、ズボンのベルトに手を掛けた。


 しかし、ファイナルフラッシュは捨て身の技である。脱いだズボンを身代わりにし、敵があっけに取られている間に逃走するというもので、これを実行すれば、ナイトは何か大切なものを失う。


 故に最終奥義なのだ。


 ナイトは意を決すると、最終安全装置という名のベルトのピンを外して、気を高めるポーズを取った。端から見れば、この空間で一番怪しいのはこの少年だろう。


 だが、その直後。異変が起こった。


 空気が変わった。とでも言うべきなのか、突然急激な違和感がナイトを包み込んだ。そして、何かがどさりと崩れ落ちる音がして、視線を再び輝鈴達に戻す。


 男達が倒れている。そして、先ほどまで男達が立っていた場所には、三つの人影があった。


 その人影を見たとき、ナイトの時間が止まる。言葉が出ない。思考がぐちゃぐちゃとかき乱れ、うまくまとまらない。


 その三つの人影を一言で表現するなら、そう。


 化け物。


 形こそ人であるが、人ではない。灰色の皮膚。顔にはぎょろぎょろした目が一つだけあって、鼻も口も耳あるが頭髪はない。そのつるっぱげた頭部から生え出た一本角が、一番特徴的だった。


 ナイトは目の前に現れた異形の怪物を目の前に、ごくりと唾を飲み込んだ。


 なにより、ファイナルフラッシュが通用する相手ではない。


「子鬼か……自分一人で充分だ。我が犬神流剣術の腕前、見せよう」


 化け物相手に臆することもなく、輝鈴は静かに言葉を発した。そして、白い布を投げ捨てると、二メートルほどのバカ長い刀がその姿を現す。


 不意に三体の化け物の内、一体が輝鈴目掛けて飛び出した。


「我が刃の……錆になれ」


 斬撃。輝鈴が振り抜いた刀は、公園の照明を受け、鈍く光を放つ。その刹那に異形の化け物は真っ二つになって、体は黒い霧となり、春の夜空に吸い込まれていった。


 それをきっかけに、他の二体の化け物が輝鈴を目指し、駆け寄る。


 輝鈴が振り向く。その顔からは、およそ恐怖という感情は読み取れない。右手に握られた刃と同じくらい鋭い視線を化け物に向けると、彼女もまた駆けた。


 交差する輝鈴と二体の化け物。


 輝鈴が右手の刀を鞘に戻すと同時、二体の化け物は真っ二つになって、黒い霧と化した。


 ナイトはそれを公園の入り口でただただ見守っていた。というより、何もできなかった。


 魅入られていた。輝鈴に。その美しさと強さに。


 そこで、不意に輝鈴と目が合った。


 先ほどと寸分変わらぬ刃が如き視線。まるで刺されたような気がして、ナイトは一歩後退した。


「見たのか……」


 輝鈴は無表情のまま、ナイトに一歩一歩近寄る。表情のないキレイな顔。それは人形そのもののようだ。


 輝鈴は、すっと刀をナイトに向けた。そして、ナイトを視線で射抜く。


「そこを動くな……!」


「え?」


 鋭い刃の切っ先が、ナイトの喉元に向けられていた。


 ナイトは一瞬、殺されるかと思った。視界を閉じ、激痛に耐えようと身構える。

しかし、いつまで経ってもその時は来ない。


 おそるおそる目を開けると、目の前に背中を向けた輝鈴がいる。


 ナイトは自分の体を確認した。斬られた痕も、血しぶきもない。そして、そこに来てようやく気が付く。隣に転がっていた化け物に。


 彼女が斬ったのはナイトではなく、四体目の化け物だったのだ。


「えっ……と? その刀本物だよね? 何でこんなことしてるの? コスプレの撮影会じゃないの? カメラはどこ?」


 ナイトは首をフル回転させて、カメラを探した。しかし、カメラ小僧の姿はどこにもない。


「お前には関係のないことだ」


 振り返らず、輝鈴はぼそりと呟く。


「しかし、まさか一般人に見られているとは……木地を待つべきだったか」


 と、輝鈴がそう呟いている間に、ナイトの横で先ほど斬られた化け物が起き上がった。


「え? あれ、生きてるよ?」


 化け物は起き上がると、一つ目を紫に変色させ、口からよだれを垂らした。体全体から黒い蒸気がもやもやと噴出しており、それが頭から足のつま先まで包み込んでいる。


 ハアハアと荒い息を吐いて、化け物は輝鈴を求めて歩み出た。


「油断したか……ならば、もう一撃見舞うのみ」


 輝鈴は化け物に振り返ると、刀の柄に右手を添え、抜刀の体勢に移った。だがしかしそれよりも、化け物が距離を詰める方が早い。


 輝鈴の強気だった顔が一瞬、歪む。


 危ないと思った刹那。爆竹が破裂するような音がして、化け物は膝から崩れ落ち、今度こそ黒い霧となり、消えていった。


「きりりん、油断しすぎぃ。いちごちゃんがアシ入れなかったら、精肉コーナー行きよ~?」


「……猿願寺か、余計なことを」


 少女の明るい声が、ナイトの頭上に降ってきた。その声のしたほうに視線を向けると、ジャングルジムの上に別の少女を見つける。


「今の、銃……? ていうか、あの制服……ユメヒコのバイト?」


 公園の外灯に照らされ、少女の顔がはっきりナイトにも見えた。


 茶色に染まったサイドテールの髪は、腰の位置まで伸びている。その髪を束ねているアクセサリは、ヒマワリのような黄色い花で、彼女のイメージにぴったりと一致していた。太陽のような愛くるしい笑顔。そして、なんといっても彼女の胸に実った大きな二つの果実である。制服のリボンを押し上げ、これでもか! といわんばかりの巨乳ちゃんであった。


 その豊かな双丘の上の名札には、『猿願寺えんがんじいちご』と書かれている。


 いちごは、ジャングルジムの上でライフルのような物を構え、備え付けられたスコープをのぞき込んでいた。


「いちごちゃんはサイキョーだからね。アシも完璧に入れちゃうよ……って、その男の子誰?」


「知らん。いつの間にか現場にいた。どうしたらいい? 消すか?」


 きりりんと呼ばれた輝鈴は、刀の柄に右手を添えて、ナイトに振り向く。


「きりりん、また結界張り忘れたの~? あ~めんどくちゃーい。しょうがないなあ……しーちゃんに頼んで記憶消してもらおー?」


 いちごは、ジャングルジムからジャンプした。かなりの跳躍力である。三メートル以上は飛んでいる。帽子をかぶったキノコが大好きなヒゲのおじさんでも、あんなに飛ばない。


 ナイトがマヌケな顔で夜空を見上げると、制服のスカートの下と一瞬目が合った。いや、目というより、苺の柄とだが。


「へえ、けっこう可愛いぃ~。でも、この辺の子じゃないよねぇ?」


 いちごはナイトの目の前で着地すると、ナイトに息がかかる距離まで顔を近づけ、のぞき込む。唇と唇が触れ合う――と思ったら、Tシャツの前首を両手でつかまれ、赤ん坊を高い高いするかのように、持ち上げられた。


「今見たこと……全部忘れてね」


 太陽のような笑顔で、いちごはナイトを脅す。一体、この少女の細腕のどこに、こんな力があるのか。視界は頭一つ分高くなっている。


 視線を下にやると、ナイトは胸の谷間と目が合った。ナイス偶然。

一瞬鼻の下を伸ばしたナイトだったが、冷徹ないちごの声がして、視線を逸らした。


「まあ、しゃべった所で誰も信じないしぃ。ムダなんだけどね~。それに君の記憶、もうすぐ消しちゃうしぃ」


 言葉が出てこない。頭の中が真っ白になった。それもそうだ。状況の変化にナイトの思考が追いついていない。


 高くなった視点で、再度自分の周りに目をやる。四人の若者が倒れていた。そして、二人の少女がナイトに詰め寄っている。


 彼女らが身に付けている物に視線を移す。


 鈍い光を放つ刀。黒光りした銃。あれらは武器だ。


 さっきまでの出来事を思い起こす。彼女らは、あれで斬ったり、撃ったりしている。


 先ほどまでは、それが化け物どもに向けられていたから、よかったものの、それらは今まさに、自分に向けられようとしていた。


 殺される。


 まだ、彼女もいないのに。


 まだ、観たいアニメもあるのに。


 まだ、昨日ネットで買ったロボットフィギュアも届いていないのに。


 ナイトの頭の中を色々な妄想や願望が駆け巡った。


 まだ死にたくない。 


 そう考えただけで、膝が震えた。喉が渇いた。汗が背中を濡らし、心臓の鼓動が早くなる。


 嫌だ。嫌だ! 嫌だ……!! ナイトの頭の中で警報が鳴り響き、恐怖で意識が遠のきそうになる。まだ死にたくはないと叫び狂う。


 そう考えたとき。


「――猿願時、下がれ!」


 輝鈴が叫んでいた。

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