プロローグ
レジの女の子が可愛い。志望理由としてはこれ以上ないだろう。だが、時給が安い。県の最低賃金だ。ふざけている。
しかし、客の入りは少ないからきっとヒマだろう。そこまで考えをまとめると、桃山ナイトはアルバイトに応募しようと決心した。
午後七時のスーパー。そこはスーパーではなく、もはや戦場だ。半額セールで殺気だった主婦達が、鬼のような形相でレジ前にあふれ返っている。
高濃度圧縮されたおばちゃんパワーが、蒸気となって鼻から噴出す主婦達に気圧されながらも、ナイトはレジ前でひたすらおばちゃんの波に耐えた。そして、そこに隙を見つけると、おばちゃんをかき分け一気に前へ突き進む。
レジは、一番から五番まであり、その内二番のレジが、ちょうど清算を終えて空いたところだった。まさにナイスタイミングである。
その二番レジには、高校生のアルバイトらしき女の子が、直立不動で立っていた。可愛い。それも、かなり。
肩甲骨あたりまで伸びた、キレイで艶のある黒髪。そして、前髪の下は日本人形を連想させる色白の美しい顔。凛とした空気がこちらにまで伝わってきそうな、涼しげな眼差し。
彼女を包む、ピンク色の胸元にリボンの付いた可愛らしい制服は、ネットで大きなお友達に売り付ければ、高値で取引されること間違いなしであろう。
そして、その制服の胸元には『犬神輝鈴』と書かれた名札。近寄って見ると、制服の黒いプリーツスカートは丈が短い。四十センチくらいだ。そこから生え出た、健康的で瑞々しく白い太もも……思わずかぶりつきたくなるナイトであった。
「よし、あのレジにしよっと」
意を決し、一歩前に出る。目指すは二番レジ。足に力を込めて駆け出す。そのときだった。
「あんた、邪魔よ」
肥えたブルドッグのような、中年の女性が横から追い抜いて、ナイトをそのボリューミーなお尻で弾き飛ばした。それをきっかけに、他の主婦達がナイトをカートで突き飛ばしたり、買い物カゴで殴ったり、健康サンダルで蹴ったりした。
そして、気が付けば二番レジは塞がっていて、代わりに一番レジが空いたところだった。仕方なく一番レジに並ぶとナイトは後悔する。RPGのように、『逃げ出す』コマンドがあれば、即座に選択しただろう。
「いらっしゃいませえ、おきゃくたま」
特徴的な顔の女性店員だった。彼女からは強大な気を感じる。レジのバイトよりも、外人部隊の傭兵とか、伝説の殺し屋とか、悪の秘密結社の怪人をやったほうが、適材適所ではないか。
見開いた目がホラー映画のワンシーンだ。半開きの口は、太陽系外からやって来たんじゃないかと、ナイトを警戒させる。筋肉だか授乳器官だかわからない巨大な胸部は、ミサイルとなって発射されそうだ。
しかも、バーコードを読み取る手がものすごく遅い。ようやく全てを通し終わり、代金を支払うと、お釣りをむんずとつかんで、血走った瞳でナイトの手を生暖かく包み込んだ。そして、にたあと笑って「ありがとうございまちた」と言った。ノコギリみたいな歯をのぞかせて。
いっそ、ヒャハハハ! ブっ殺してやるぜクソガキぃ! とか言った方がしっくりくる顔だ。ていうか、絶対こいつ人殺してる。ナイトはそう思った。
レジを抜け出し、買い物カゴを窓側の台の上に置くと、ナイトは背後で殺気にも似た気配をびんびん感じながら、ビニール袋に買ったばかりの商品を入れていく。
「はあ。オレの高校生活……いきなり幸先悪いな……あれはねーよ……どこの星から来たんだ」
レジに振り向くと、閉店が近いのだろう。ナイトが清算している間に、客の姿はほとんどなくなっており、気が付けば客はナイトただ一人であった。
不意に誰かの視線を感じた。しかし、それは一瞬のことで、閉店処理に従業員達は皆いそいそ取り組んでいる。ナイトはなんだか気まずくなって、そそくさと逃げるようにスーパーを後にした。