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学園の中心で「邪魔しないでよ!」と叫ばれた少女 連載版  作者: 千条 悠里
第1章「学園の中心で『邪魔しないでよ!』と叫ばれた少女」
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第8話「俺様君、全力疾走」


「……む、お前は」


 新聞部から退出して廊下を歩いていると、職員室前で鋼と出くわした。

 どうやら今は書類を提出しにきたところのようだ。脇に書類の束を抱えている。


「こんにちは。お仕事ご苦労様です」

「ああ。……この間の件だが」

「学園新聞に張り出されていたように、当事者で解決しました。あの時は失礼な態度を取ってしまい、申し訳ございません」


 あの時の宮子は事情があるとはいえ、服装を乱していたのは事実であり、それを指摘した鋼の行いに非はない。

 多少言葉を選ぶべきかもしれないが、副会長として学園の風紀を正そうとしての忠告だったのだろう。

 それをいらついていたとはいえ威圧的な態度で返してしまったことを、宮子は少し気にしていた。

 なのでせっかくの機会だと思い謝罪したのだが。


「……俺こそ、すまなかった」


 鋼もまた謝罪で返してきた。

 なんだかその様子がどうにも気落ちしているようで、宮子は気になって尋ねてみた。


「どこか具合が悪いのですか? いつもの覇気が感じられませんが」

「体調管理に怠りはない。……少し、気になることがあってな」


書類の提出はいいのだろうか、と宮子は思ったが、鋼は特に慌てた様子はなく何か言葉を探すように目を閉じている。

やがて言いたいことがまとまったのか、宮子に質問してきた。


「俺は人の上に立ち、導く者としての教育を受けてきた。それは正しいと今でも信じている。

 だが現実には選挙で高志に敗北し、より多くの生徒達に慕われているのも奴だ。

 先日まではそれが、周囲の人間が俺の価値を分かっていないだけだと思っていたのだが……。

 つい最近、『人に優しくしろ。周りの人間はお前の手下じゃない』と面と向かって叫ばれてな。

 思えば高志の奴は、周囲に優しく接している。以前は周囲に媚びているだけと思っていたがな。

 奴が慕われる理由はその優しさにあるのだろうとようやく分かった。

 だが……優しくしろと言われたところで、どうすればいいのかなど分からん。

 高志の奴に聞くのも癪だ。だが自分で考えたところで答えがでなくてな……」


 随分と思い悩んでいる様子だった。

 体調に問題はないと言いながらも、目の下にはうっすらとくまが見える。思い悩んで睡眠不足にでもなっているのかもしれない。


「お前には、分かるか? 優しさというのが何なのか」

「……人にも寄ると思いますが、私は『相手のことを真剣に考えること』と思っています」


 少し答えに迷ったが、宮子にとってはそれが優しさだった。

 相手に優しく諭すべきか。厳しく叱るべきか。相手に何が必要なのか。

 それを真剣に考えて、相手のことを理解しようと考えること。

 笑顔や優しい言葉はそのための手段のひとつであり、優しさそのものではない。

 同じ文面の優しい言葉でも、それを駆使して詐欺を行う人物もいるのだから。


「望月さんはただ微笑んでいるだけで人気を得ているわけではありませんから。

 周囲の人のため何をするべきかを真剣に考えて、自分を邪険に扱う人も説き伏せて。必要とあれば処罰を下す。

 真剣に皆のことを考えて活動しているからこそ、あれだけ慕われているのだと思います」


 高志は笑顔や言葉に注目されがちだが、相手を思いやる心をしっかり持っていると宮子は思っている。

 でなければ生徒会に入る前から生徒間の問題に介入して、加害者側への説得まで行わないだろう。

 その手腕を評価されて、一年生の後期から生徒会長という大役に抜擢されたのだから。


「ひとまず周囲の人のことを真剣に考えてみてはいかがでしょうか。例えば、貴方を慕っている親衛隊の方々など」

「あいつらか? ……正直、付き纏われてうっとおしいのだが」


 親衛隊の面々に聞かれたら大事だなあと思いながら、宮子は自分の考えを伝える。


「そこで堪えて、親衛隊の方々のことを真剣に考えてみてください。

 彼女達は貴方のことが大好きで、少しでも貴方の傍にいたいのです。

 貴方は先程、望月さんがより多くの人に慕われていることを気にしていましたが、貴方だってたくさんの人に慕われているんですよ。

 きっと彼女達も『貴方を想う人がこんなにいるんですよ』と伝えたくて、仕方ないんだと思います。

 裏でも色々と、貴方のために活動しているそうですし」


 本当に嫌われている人物なら、顔がよかろうが家が立派だろうが、必要以上に傍に寄ろうとはしないだろう。

 家の金目当てというケースもあるかもしれないが、宮子から見た親衛隊の面々にそのような打算は感じられなかった。

 もちろん宮子の目に狂いがある可能性もあるが、たくさんの人を見てきた観察眼には多少自信があった。


「だから一度、彼女達に優しくしてみてはいかがでしょうか。

 慕ってくれることへの礼などされたら、喜ぶと思いますよ」

「……礼といっても、どうすればいい」

「ええっと……頭を撫でてありがとうと言う、とか」

「それだけでいいのか? 贈り物のひとつでもするものかと思ったが」

「それはもうご自由に、としか。ただ何も考えず贈り物さえすれば喜ぶだろう、なんて思っていたら失敗するでしょうけど」

「結局は『相手のことを真剣に考えろ』ということか……すまんな、参考になった」

「いえいえ。私もまだ未熟者ですので、この答えが正しいかは分かりませんが。

 ……ああ、それとお礼を伝えることを、私に相談した結果だなんて余計なこと言わない方がいいですよ。

 貴方が自分で考えた、ということが一番のプレゼントだと思いますから」

「……分かった。忠告に感謝する」


 ふと鋼が腕時計を確認して、少し表情を変える。

 どうやら少々長話をしすぎたらしい。


「長々と失礼しました。私もそろそろ失礼します」

「こちらこそ、手間をかけたな。気をつけて帰れよ」


 そう言い残して鋼は職員室の方へと向かっていった。

 宮子ももう学内に用事はないので、帰路につくことにする。

 明日からは新学期初めての休日だ。



   〇



 宮子の立ち去った後の校内。

 鋼が廊下を歩いていると、親衛隊の面々と遭遇した。


「ああ、天城様! お疲れ様でございます!」


 きゃあきゃあと黄色い声を響かせながら集まってくる親衛隊達。

 うっとおしい、うるさい。そんな気持ちが沸いてくるが、先程の宮子とのやり取りを思い出して、しばし考える。


(……もし仮に、彼女達にも慕われていなければ、俺は誰にも理解されないのだと自棄になっていたかもしれない)


 思えば生徒会選挙での敗北時、彼女達の存在があればこそ『俺は間違っていない。認める者が少ないだけだ』と思い込めたのかもしれない。

 彼女達の思惑がどうであろうと、自分を慕う存在がいることが心の支えになっていたのは確かだ。

 そのことを真剣に考えず、ただ当然のように思っていたせいで気付かなかっただけで。


「……天城様? ご気分が優れないのですか?」


 返事もないことに不安になったのか、先頭にいた少女が声を掛けてくる。

 そうして自分を案じてくれる者がいることの、何とありがたいことだろう。

 それを自覚すると、宮子に言われたからではなく、自然と手が伸びていた。

 声をかけてくれた少女の頭に手を載せて、痛くないように撫でる。


「ふぇ……?」

「いつもすまないな。ありがとう」


 己でも言葉が足りないとは思いながら、鋼は素直な思いを口にした。

 すると。


「――ふにゃあああ」

「い、伊織様ああああ!?」


 何やら少女が顔を真っ赤にして、膝から崩れ落ちてしまった。

 周囲にいた親衛隊の面々から、少女の名が叫ばれる。


「お、おいどうした! お前こそ体調が悪いのか!?」


 鋼は慌てて問いかけるが「は、はがねさまああ……」と虚ろな声が口から零れるように響くばかりで要領を得ない。


「くっ……保健室はすぐそこだったな、失礼する!」


 少女の急変に鋼は緊急事態と判断して、伊織と呼ばれた少女を抱きかかえる。

 所謂お姫様抱っこ、である。


「首に手を回せるか? しっかり捕まってろよ!」


 力強く少女を抱き上げると、鋼は保健室へ向けて駆け出す。

 人を抱きかかえているとは思えない速度で、親衛隊の面々を置き去りにして。


「わ、わたし……もうしんでもいいれふ……」

「馬鹿を言うな! 絶対助けてやる、俺を信じろ!」


 最早顔だけでなく首から下まで真っ赤になった少女の感極まった呟きに、鋼は大真面目に答える。

 どのような急病かまったく分からないが、とにかく教師の元へ連れて行くしかない。

 場合によっては天城家の力を使ってでも緊急搬送を――なんて選択肢まで鋼の頭には浮かんでいた。




 必死の思いで辿り着いた保健室では「至って健康そのものです。しいていうなら、恋の病?」と教師に呆れられて。

 伊織からは熱を帯びた瞳で見つめられて。

 事の一部始終を知った生徒会の面々からしばらくの間ネタにされ続けるのだが。

 この時の鋼は今までになく真剣に、相手の少女のことを考えていた。


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