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学園の中心で「邪魔しないでよ!」と叫ばれた少女 連載版  作者: 千条 悠里
第1章「学園の中心で『邪魔しないでよ!』と叫ばれた少女」
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第5話「初日の終わり」

「杉野宮子、という人はいるかしら?」


 一日の授業が終わり、放課後に移る時間帯。

 がらりと教室が開いたかと思うと、自分の名前を呼ぶ声が聞こえて宮子は扉の方を見た。

 二人の女子生徒が仁王立ちをして、睨みつけるような目で教室内を見渡していた。


「杉野宮子なら私ですが、何か御用でしょうか」

「あなたが……ですか。ふん、たかが庶民のくせに」


 返答して彼女達に近づくと、何やら不機嫌そうな様子で吐き捨てられた。

 何だか嫌な人達だなあ、と考えていると後ろから「まあ、なんて口汚い方ですこと」と真理冶の声がした。


「どなたかは存じませんが、いきなり名指しで呼び出した挙句そのような態度。品の無さが透けて見えましてよ?」


 手元の扇を閉じたまま、自分の掌にぺちぺちと当てる真理冶。不機嫌な時や、相手を威圧する時によく行う癖だ。


「新條様……私達はこちらの庶民に用があるだけですわ。貴女にご迷惑をお掛けするつもりはありません」

「彼女はわたくしの大切な友人ですわ。貴女方は友人を貶されるのを黙って見ていろと仰るのね?」


 丁寧な口調ではあるが、ばちばちと火花が散るような視線のぶつかり合いが他者にも分かるほど、両者の間で緊張が高まる。

 このままでは他の生徒にも迷惑だろう、と宮子は声をかけることにした。


「真理冶、落ち着いて。守ってくれるのは嬉しいけどこのままじゃ話が進まないよ。

 それと貴女方は望月ファンクラブの方ですよね? ご用件は何でしょうか」


 相手の所属するファンクラブのことを言い当てると、さすがに相手も宮子の方へ視線を戻した。


「あら、名乗らずとも察するだなんて、少しは自分の立場が分かってらっしゃるのかしらね?」

「胸ポケットから隠し撮り写真がはみ出してますよ」

「なっ……!?」

「嘘です。本当は、腕の腕章に見覚えがありましたので」


 軽く牽制をかけたつもりだが、相手が予想以上に動揺したので、すぐに本当の理由を伝える。

 隠し撮り写真は適当にかまをかけただけなのだが、動揺しているところを見ると本当に持っているらしい。


「ファンクラブ会長の不動霞さんとは懇意にさせていただいておりますので、腕章を見る機会は多かったのですよ。

 それで、そろそろご用件をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか? もし用がないなら帰らせていただきますが」

「……会長がお呼びですわ」

「まったく、その一言を言うのにこれほど手間取るなんて。随分と未熟な伝令ですこと」


 真理冶の挑発に再び睨み合いが始まるが、これだと本当にきりが無い。


「私も不動さんにお伝えしたいことがありましたので、ちょうどよい機会です。今すぐ向かえばよろしいでしょうか?」

「私達がご案内しますわ。逃げ出したりしないように、ね」

「……宮子、わたくしも付き添いますわ。この無礼者共の長に一言言わなければ気がすみません」

「新條様、私共が用があるのは――」

「貴女方の意見など聞いておりませんわ、この有象無象が。もう貴女方と語る舌など持ちません。黙って案内しなさいな」


 睨みあう両者を置いて、ひとまず荷物を纏める為に席へ戻る。

 すると心配そうに見守っていた由美が声を掛けてきた。


「いやー、久々にお嬢様モード全開だね、真理冶様」

「昔は彼女が私達を庶民だの何だの言ってたのにね」

「人は変われば変わるものですなあ」


 一年の頃は真理冶自身が、周囲を庶民だの格下だの見下して反感を買っていた。

 それなのに今は、庶民の友人を庇うために尽力しているのだから、世の中どうなるか分からないものだ。


「ところで、わたしらに手伝えることあるかな? 着いていくのは真理冶様モード全開なまりにゃんだけで十分そうだけど」

「ん……じゃあ、ちょっとお耳を拝借」


 距離があるとはいえファンクラブの伝令組に伝えたくないので、由美の耳元でこっそりとお願いを伝える。

 内容を聞き終えた由美は「OK、任せといて」と快く請け負ってくれた。


「ごめんね、手間かけさせて」

「友達のためさー、遠慮しないでよ」

「ありがとう。今度お礼になにかおごるよ」

「じゃあまりにゃんも誘ってさ、最近オープンした話題の喫茶店でも行こうよ」

「いいね。真理冶にもお礼しないといけないし、それでいこう」


 荷物を纏め終えたので、そろそろ行くことにする。

 由美にお礼をいって、宮子は伝令組のところへ戻った。



 〇



「ご足労いただき、ありがとうございますわ」


 案内された空き教室に入ると、中には望月ファンクラブ会長、不動霞を中心としたファンクラブの面々が待ち受けていた。

 不動霞は窓際の席で、ちょうど逆光を背負う形で着席している。

 室内は照明が調整されて薄暗く、逆光の光が眩しく感じた。そうなるように意識した配置、なのだろう。

 他の面々はその周囲に整列するようにしていたり、別の席に着席していたり、人それぞれだ。


「あら、新條様もご一緒に来られたのですね」

「ええ。あまりに見苦しい伝令の有様に、思わず友人の危機を感じましてね。

 ご足労願う側でありながら、庶民がどうだの立場がどうだの……躾がなっておりませんわね」

「……わたくし、丁寧にお願いするようにとお伝えしましたわよね?」


 霞は真理冶の言葉に、目を鋭くして伝令役の二人を睨み付けた。


「し、しかし相手はたかが庶民の……」

「わ、わたくしは礼儀正しくしようと言ったのですが……」

「庶民がどうだのというくだらないこだわりを捨てるように何度も言いました。

 そして相方の無礼を止められなかった時点で同罪です。お二人は降格処分とします」


 伝令役の言い訳をばっさりと切り捨てると、もう用はないとばかりに視界から外して、霞は立ち上がり頭を下げた。


「私共の教育が足りておりませんでした。ご不快な気分にさせてしまい、申し訳ございません」

「まあ、庶民であることは確かですし、私は構いません。ただ、私の友人に迷惑をかけるようなことがあれば容赦はしませんよ」


 宮子がそう答えるとざわりと喧騒が広がりそうになったが、霞が片手を挙げて制すると静かになった。


「私共に、敵対の意思はございません。貴女とは今後も良い仲でありたいと願っていますわ。

 ただ、本日の出来事で少し皆様がお話を聞きたいと仰ってまして、ご足労を願った次第です」

「本日の、というと望月高志氏との交流のことでしょうか」

「ええ。ただ通りすがりに少し話しただけ、とはお聞きしているのですが、皆様納得してくださらなくって。

 どういった会話をしたのかと、あと……何やら望月様がとても楽しそうにされていたそうなので、その理由など心当たりがあれば、と」


 昼休みの出来事を誰かが見ていて、ファンクラブの耳に届いたのだろう。

 不可侵条約がどうのと取り決められているファンクラブの面々としては、一人の女子生徒が深く交流しているのが気にいらなかったということか。

 周囲の敵意を感じる宮子ではあるが、後ろめたいことをしたわけではないので、正直に答えることにする。


「ひどく落ち込んだ様子でしたので体調を崩されているのかと思い、声を掛けさせていただきました。

 私と出会う前に何者かに『笑顔が嘘くさい』などの暴言を受けたらしく、ひどく悩んでいる様子でしたね。

 なのでしばらく相談に乗ったあと、私の変顔を見せたところ、何やらすごく笑われましたね」

「ああ……貴女のあの秘密兵器、ですか。たしかにあれは、くっ、初見では中々に効いたでしょうね」


 去年のとある機会で見せた時のことを思い出したのか、思い出し笑いを堪えるように顔に力を入れる不動。


「要するに貴女は、望月様を元気付けようと尽力してくださっただけで、他意はありませんのね?」

「他意、というのが何を差すのか分かりませんが」

「つまりは恋心からの行動ではないのですね?」


 改めて問われてみて、宮子は少し考える。

 最近、恋愛について少し意識し始めたとはいえ、別に今日の出来事に恋心を感じたりはしていないと思う。

 相手が有名な男子生徒というだけで、普段のように自分が最善と思える行動を選択していただけなのだから。


「素敵な殿方だとは思います。ですが特別な感情はありません。

 ファンクラブの方々の想いは聞き及んでおりますし、略奪愛は好みではありませんよ」

「わたくし共は勝手に片思いしているだけですから、略奪愛とはまた違うのですけどね。

 まあ宮子さんの考えは分かりました。証言をありがとうございます。

 ……それにしても望月様に暴言、ですか。犯人を探し出してきっちり『お話』しませんとね」


 『お話』と強調しているが、要するに呼び出して色々と問い質すのだろう。

 去年の過激な活動を行っていた前会長とは違い、多少穏便になっていると信じたいところだ。

 また去年のような対ファンクラブ戦線は、疲れるのでご遠慮したいと宮子は思った。


「私と出会った時に『先程出会ったある方』と話されていましたので、昼休み開始から〇×時までの間と推測されますが、詳細は不明です」

「補足ありがとうございますわ。犯人探しはこちらで行います。協力へのお礼は、また後日改めて」


 そこで話は終わりの様子だった。

 深々と頭を下げて不動は「それでは、またの機会に」と暗に退室を促す。これから犯人探しなど色々と用事があるのだろう。

 まだ色々と文句を言いたそうな真理冶を連れて、扉の方へ歩き出す宮子。


「ああ、そうそう」


 扉を開ける前に立ち止まり、宮子は。


「参考までに、望月様にお見せした変顔は……こんな顔ですので」


 くるりと振り返り、室内の方々に高志に見せたのと同じ変顔を披露する。

 薄暗い室内から『ぶはっ!?』と乙女にあるまじき噴出する声が幾人分か聞こえたので、しっかり見えたのだろうと安心して退出した。


  〇


 空き教室から出ると、由美と連れ立って新聞部の生徒が待っていた。

 先程お願いした件を、素早く対応して待っていてくれたらしい。


「おつかれー! どうだった?」

「ぼちぼちかな? 不動さんが仕切る以上、去年みたいなことにはならないと思うけど。

 まあ、詳しい会話内容は、これに」


 ポケットからICレコーダーを取り出す。

 先程のファンクラブとの会話は、全て記録済みだ。

 そしてそれを予定通り、新聞部の生徒に手渡す。


「わざわざ来てくれてありがとうございます。部長にも、どうぞよろしくお伝えください」

「こちらこそ! さっそく使わせてもらいますね」


 渡した音声データを元に、明日辺りの学校新聞のネタにでもされるだろう。

 おそらく不動は宮子がそのように行動する可能性も考慮した上で行動しているのだろうが、あの伝令組の二人などは予想していないだろうか。

 たぶん『お粗末伝令コンビ、ばっさり切り捨てられる!』なんて小さい見出しにでも書かれるのだろうと思うが、宮子には別にどうでもいい。


「真理冶も由美も、ありがとうね」

「わたくしは、自分の都合で動いただけですわ」

「素直じゃないなーまりにゃんは。友達は心配だったって正直にいえばいいのに」

「も、もう。からかわないでくださいまし」


 にこやかに歩きながら、帰路へとつく宮子達。

 今度の休日にでも話題の喫茶店に行こう、なんて話ながら。



   〇



真理冶は校門で迎えの車に乗り、由美は途中の分かれ道で別れて。

一人で家へと帰る途中、通りがかった空き地で騒がしい声が聞こえてきた。

どうやらタイマンで喧嘩しているところらしい。


「おらあ、ふっとべや!」


バキィ、と痛そうな音が響いて、殴られた相手が吹っ飛ぶ。

どうやらそれで勝負あったらしく、殴られた男子の戦意が折れたのが見てとれた。


「おうこら、まだやんのかボケェ!」

「……ち、くそがあ、覚えてろよ!」


負け惜しみの捨て台詞を吐いて、逃げ出す負け男。

勝ったほうの男も軽い怪我をしている様子だったので、宮子は歩み寄った。


「あ? んだてめえ、見せもんじゃねえぞ……」


 いきなり喧嘩腰で睨まれたが、喧嘩の直後で気が立っているのだろうと気にしないことにする。

 宮子はひとまず鞄から絆創膏の箱を取り出して投げ渡した。


「手のところ怪我してるでしょ。これ張っておいたほうがいいよ」


 喧嘩相手の方も手当てしたほうが良さそうだったが、素早い逃げ足で逃げていったためもう姿が見えない。

 まああれだけ元気なら放っておいていいだろう。


「こんなもん、放っとけば治る」

「まあいらないならいらないでいいけどさ。怪我が悪化して次の喧嘩で痛い目みるかもよ?」


 どうやら強がりではなく本当にたいした傷ではなさそうだった。

 顔などを怪我していたらさすがに放っておけないが、どうやら殴ってできた傷以外は無傷の様子だった。


「……普通の女は、喧嘩しちゃだめとか言いそうなもんだがな」

「リンチとか弱いものいじめなら咎めるけど、今のタイマンだったし。喧嘩の理由も知らないのに駄目も何もないでしょう」


 母親は学生時代に喧嘩をよくしていたそうだが、大抵の場合はいじめられている側を助けたり、筋の通らない輩を倒して回っていたらしい。

 母曰く「喧嘩の理由なんて人それぞれ。だからただ喧嘩を止めるんじゃなくて、できればお互いの理由を聞いてあげないとね」とのことだ。

 今回は聞き出そうにも相手が逃げ出してしまったし、無理に深入りする程の関係もないから別にいいだろう。


「はっ。変わった女だな、おまえ」

「女じゃなくて、杉野宮子よ」

「変わった、のとこは否定しないんだな」

「私が変わっているとあなたが感じても、私は私ってことに変わりはないしね」

「……2年の五十嵐いがらし裕也ゆうやだ。これ、使わせてもらうぜ」

「同じく2年よ。クラスは別だったよね」

「ああ。俺はA組だ」

「じゃあ隣だ。私はB組」


 お互い制服や校章で同じ学校だということは分かっていた様子だ。

 話しているうちに絆創膏を張り終えたらしい裕也が絆創膏の箱を返してくるが、「あげる」と答えて宮子も立ち上がった。


「私も喧嘩した時のために余分に持ってるから、それはあげるよ」

「……おめえが喧嘩?」

「けっこう強いつもりだよ。まあ護身以外ではめったにやらないけど」

「へえ……強い、ねえ」


 ちり、と空気が変わるのを宮子は肌で感じる。

 それが裕也の放つものだとすぐに気付くが、指摘する前にすぐに空気は戻った。


「……やめだ。女とやる趣味はねえ」

「私も無闇に喧嘩するつもりはないよ」


 おそらく裕也は強さを追い求めて喧嘩するタイプなのだろうと思う。

 だが本人が戦う気がなくても喧嘩を売られて、先程みたいに軽くあしらえる相手との喧嘩も余儀なくされるのだろう。

 聖クリスティナに来たのも強い相手を求めてのことかもしれないが、そこまで深く聞き込む必要もないかと宮子は思考を取りやめた。


「じゃあ、そろそろ帰るね」

「おう。じゃあな……ああ、ちっと待て」


 そう言って裕也は立ち上がると、近くの自販機でジュースを買って、缶を投げ渡してきた。


「絆創膏の礼だ。ちと足りねえかもしれねえが」

「いや、十分だよ。ありがとう」


 素直に受け取って、持ち帰ることにする。

 その後はあっさりとしたもので、軽く手を振り合うだけでお互い別れた。



  〇



 その日の夜。

 入浴を終えて、明日の予習を行いながら今日の出来事を思う。

 新学期の授業初日だというのに、随分と色々な出会いがあった。

 穂乃香、響、真琴、高志、洋介、優菜、椿、裕也。

 交友関係を広げたいと考えていた初日としては、中々の成果だ。

 とはいえ由美が昼間に言っていたように、関係は深めなければあっという間に脆くなる。

 何時までも強く固く繋がるような絆へと変えていけるかは、これからの自分次第だと気を引き締めるよう心がける。

 けどファンクラブのこともあるし、高志にあまり深入りすると色々と問題があるかもしれない。

 しかしだからといって、自分の身可愛さに相手を遠ざけるというのもいかがなものか。

 まあ心配したところで、高志は生徒達の期待を一身に浴びる生徒会長。自分はしがない一般生徒である。今後も繋がりを保てるかは疑問だ。

 結局のところ、なるようにしかならないだろうと気持ちを切り替えて、問題集へと集中することにした。


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