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学園の中心で「邪魔しないでよ!」と叫ばれた少女 連載版  作者: 千条 悠里
第1章「学園の中心で『邪魔しないでよ!』と叫ばれた少女」
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第4話「絆は繋がっていく」

「というわけで、今朝友人になった3人です」

「どもどもー、ひびき=くんです。ちょりーす!」

「あんたは、もう……すみません、後で身体に言い聞かせておきますので、ご勘弁を」

「ご紹介に預かりました、前原真琴です。どうぞよろしくお願いします」


 昼食時、宮子は今朝打ち解けた3人を、由美と真理冶に紹介していた。

 今日は全員学食で、6人揃って同じテーブルで談笑しながら、ちょっとしたお食事会である。


「こちらこそ、今後ともよろしくお願いいたしますわ」

「みんなよろしくー! いやーみやちゃんやりますなあ、さっそくお友達3人とは、わたしも負けてやれませんね」

「由美ちゃんは何人友達できたの?」

「さっき話してた子で56人目ー。とはいえまだ浅いお付き合いですから油断できないですよ、はい」

「授業初日で56人とかまじっすか!? 人数的には1クラス制覇してねえっすか!? ぱねえ!」

「元々の友達との横の繋がりでがんがん増えたからねー。けど今後しっかり付き合わないと、あっという間に空気フレンドってなもんですよ。

 別々のクラスの子が多いから普段は接点少ないし、同じクラスの子とはこれから実際にお近づきになりませんとなー」

「まあ、友達は数を競うためのものでもないし、焦らなくてもわんこなら大丈夫だよ」


 由美は決して、友人を蔑ろにしないと知っているから、宮子ははっきりと大丈夫と確信している。

 仮に彼女が友人を疎遠にするときは、事情がある時か、相手があまりよろしくない人物だった時だ。

 その辺りの見極めや距離感の掴み方の上手さも、由美ならお手の物だろう。

 能天気ぽく見えて、空気の読み方や気配りは非常に計算高い彼女なら、人付き合いで心配することはないはずだ。


「そうですなあ。友達100人できるかな、とはいえ100人作らなければいけないわけでも、作れたら偉いわけでもないですしね。

 けどどうせなら仲の良いお友達はたくさんほしいお年頃なのですよ。

 目指すは、100人より大切な1人の友達を100人作ること!」

「無茶苦茶な目標に聞こえますが、貴女ならできると信じられますわね」


 去年は由美を目の敵にしていた真理冶も、今では仲良くなれたのだ。

 きっと彼女ならこの先も多くの友人を作って、その繋がりを大切にしていくだろう。


「んじゃおいらは恋人100人を」

「だまらっしゃい!」


 すぱーん、と。穂乃香はどこからか取り出したハリセンで響の頭をすばやくしばいていた。

 二人のコンビもまた、良い繋がりと言えるだろう。

 宮子も、こうして繋がった友人達との絆を大切にしながら、より多くの良縁を繋いでいきたいと思った。


  〇


 昼食後の昼休み、宮子は皆と別れて一人で中庭へ散歩に出ていた。

 友人との談笑も好きだが、腹ごなしを兼ねて一人でぼんやりと歩いてみたくなったのだ。

 聖クリスティナ学園は中庭といえど広大で、少し歩き回るだけでも様々な景色を堪能できる。

 ふと、一際大きな桜の木が視界に入り、傍にあるベンチに腰掛けてしばし眺めることにする。

 緩やかな風に桜が舞い散り、見応えのある風景に思わず感動のため息がこぼれた。

 そうしてしばらく過ごしていると、影のある落ち込んだ表情で俯きカがちに一人歩く男子生徒が目の前を通りがかった。

 知り合いではないし声をかけないでいるべきか迷ったが、名前と顔は知っている人物だったため、結局声をかけることにした。


「どうかしましたか、望月さん」


 声を掛けられて初めて他人の存在に気付いたらしい彼は、はっとした表情で宮子に視線を向けた。


「……ええっと、失礼ですがあなたは?」


「杉野宮子と申します。あなたと個人的な面識はありませんが、式の挨拶を拝見させていただいた際に顔を名前は知りましたので」


「なるほど、そうでしたか。この節はご清聴ありがとうございます」


 生徒会長になるくらいの真面目な人物に合わせて、宮子はできるだけ丁寧な口調を心がけて話す。


「声をかけるべきか迷いましたが、何やら深刻そうな様子でしたので。体調が悪い様なら、保健室まで付き添いましょうか?」


「いえ、大丈夫です。心配していただきありがとうございます」


 宮子の提案に、やんわりと断りながら微笑む望月高志。

 だが、彼はまたすぐに悩んだ表情になりながら、ふと呟いた。


「……僕のこういう笑顔って、そんなに嘘くさいのでしょうか?」


 独り言か質問か判断しかねる小さな声だったが、周りが静かだったためはっきりと宮子の耳に届いた。

 彼自身、声に出すつもりはなかったのか、ハッとした様子で慌てて「すみません。今のは忘れてください」と言ってきた。

 深く関わらずに、彼の言うように忘れるべきかしばし迷うが、宮子は思うままの言葉を伝えることにした。


「別に嘘くさい笑顔でもいいんじゃないですか? 人付き合いには作り笑いも大切ですし」


 高志は予想外なものを見るような目で、こちらを見ていた。


「会長の笑顔、別に見ていて不快になるようなとこないですし、問題ないと思いますよ」


「でもそれでは、相手に嘘をついているということになるのでは……」


 どうやらそれが高志の悩みらしい。忘れてくれといったわりに話にくいついてきた。

 その態度から伺えるのは、彼は抱え込んでいる悩みを誰かに相談することを望んでいても、他人に頼るのを遠慮していたのではないか。

 きっと望月高志という人間は、他人に優しく自分に厳しい。そんな性格をしているのだろうと宮子は推測する。

 あるいはもっと別の理由があるのかもしれないが、その予想を的中させる必要は別にない。

 要は、杉野宮子は目の前の人物に対してどう接するべきか。それを考えればいい。

 

 そして今の宮子は、彼にありのままの感想を伝えることこそ必要な接し方だと思った。

 現在の彼に必要なのは、優しいフォローでも取り繕った言葉でもなく、素直な言葉だろう。

 でないと高志は『気をつかわせてしまった』なんて、重く受け止めて余計な心労を重ねてしまうかもしれない。

 本心で話しても、気遣いからのフォローと思われるかもしれないが、相手が自分の言葉を信じてくれるのかまでは、信頼関係も証拠もない以上どうしようもない。

 宮子は自分にできる最善と思える行動を行うだけだ。後は野となれ山となれ、である。


「嘘も方便と言いますよ。第一、作り笑いくらい誰でもするでしょう。逆にできなければ社会に出てから苦労するそうですよ」


 宮子の父親がよく鏡の前で笑顔の練習をしているので、以前理由を尋ねたことがある。

 父親曰く「笑顔は苦手なんだが、作り笑いのひとつもできなきゃ社会人は勤まらんのだよ」とのことだった。

 宮子自身、作り笑いは苦手だが、時々相手の会話に合わせて微笑むだけでもクラスメートとの会話は大分スムーズになるものだ。


「……僕はずっと、微笑んでいるように心がけて生きてきました。ですがそのせいか、本当の笑顔というものが分からないのです」


 本当の笑顔が分からない、それが彼の悩みの大元らしい。


「先ほど、ある方にあなたの笑顔が嘘くさいと言われて、僕は反論できませんでした。

 本当の笑顔というものを意識しても、どんな顔をすればいいのか分からないのです」

「こんな顔?」


 宮子は今朝も真琴に披露した、弟を泣き止ませるために良くやる思いっきり変な顔を披露してみた。

 それを見た高志は一瞬の間のあと、むせ返るほど笑い出した。


「あっ、はっはっは! な、なんですかその顔!」

「女の子の顔を見て笑い転げるなんて失礼ですよー」


 そう言いながら宮子は、変な顔のままで彼ににじり寄ってみる。


「ちょ、こっち見ないで、近づかないでくださ、くっ、あっはっは!」


 よほどツボにはまったのか、彼の笑いはしばらく止まらなかった。

 しまいには腹を抱えて、ひいひい言いながら涙まで流して笑う始末。

 宮子は自分でやったこととはいえ、さすがにむかついたので高志の額に軽くデコピンをして不満の意を示す。


「ま、真面目な方だと思っていたのに、急にあのような顔をするとは……くっ、あはは」

「もう。せいぜい授業中に思い出し笑いして皆に披露してください、その子供みたいな笑顔」

「ふふ、それは遠慮したいですね。さすがに恥ずかしいですから」


 ようやく呼吸が落ち着いてきた様子で、高志は姿勢を正して宮子と向き合った。


「あなたに嘘くさいと言った方がどのような思いでそう仰ったのか分かりませんが、私個人の意見としては先程述べた通りです。

 第一、嘘のない感情を常に剥き出しで見せられても、困りますね。

 人間の感情には、あまり見ていて気持ちのよくないものもありますから」


「……あなたは、他人が嫌いなのですか?」


「まさか。嫌いなら通りがかりの他人に声なんてかけませんよ。友達だって多いです。

 ただ、敵意とか嫉妬とか、他にも色々……私自身、抱きたくもない感情がふっと沸いてくることはあります。

 自分でも嫌な感情を、他人に剥き出しでぶつけてしまうのは、自分も相手も不快になるだけですから。

 だから、例え嘘でも笑顔を作るべき時があると思うのです。後でお互いに本当に笑えるように」


 例えば、会社員が他社との取引の現場で感情を剥き出しにして、作り笑いのひとつも浮かべずに思うがままに本心をぶつけあったりしたら、誰も得しない結果しか生まれないだろう。

 相手の嫌味な言葉を言ったとしても、その言葉に「何だとこの野郎!」なんて食って掛かる社員なんて、良い評価がされるはずもない。

 本心を示すべき時だってあるだろうが、そうでない時も少なからずある。

 ならば高志が作り笑いを浮かべることを、どうして批難できるというのだろう。


「すみません、何だか説教くさくなってしまいましたね。私などまだまだ未熟者だというのに」

「そんなことはありません。とても、参考になる話をありがとうございました」

 

 ふと、随分長話をしていることに気付いて腕時計を見る。

 そろそろ教室に戻らないと、余裕がなくなる時間だった。


「名残惜しいですが、そろそろ授業の時間ですのでお暇させていただきます」

「ああ、もうこのような時間ですか。僕も用事を済ませたら教室へ戻ります」


 それではまた、と挨拶を交し合い、宮子と高志は別れてそれぞれ歩き出した。

 その二人のやり取りを影から見ている人物がいることも知らずに。


  〇


 教室に戻り、次の授業への準備を始める。

 まだ少し余裕があるとはいえ、ほとんどの生徒は教室に戻ってきていた。

 次の授業の予習を行う者、友人と談笑する者、持ち込んだ本を読みふける者。

 聖クリスティア学園は、雑誌やゲーム機の類も持ち込んでいいことになっているため、休み時間の生徒達の過ごし方は実に多種多様だ。

 宮子の隣の席の男子生徒も、何やら携帯ゲーム機で遊んでいる様子だった。

 あまりゲームはしない宮子だったが、彼の……青木洋介の遊ぶゲームの音楽に聞き覚えがあった。

 隣の席なのにあまり交流がなかったため、話題のきっかけとして使わせてもらうことにする。


「そのゲームってもしかして、ポケットロボットのゲーム版?」


 突然声を掛けられて驚いたのか、洋介はぎょっとした目で宮子を見た。

 普段は前髪で顔が隠れがちな上に俯いていることがほとんどのため表情が分からないのだが、隣に座っている距離で視線を向けられればさすがに顔は見える。


「あ……な……知って……?」


 声がすごく小さくて聞き取りづらいが、会話の流れから「なんで知ってるの?」と言っているらしいと推測した。


「弟が遊んでて、よく見せてくるの。大人でも熱中できるくらい奥が深いんだっけ?

 現実でのポケットロボットのシュミレーターとしても完成度高いって、お姉ちゃんも言ってたし」


 彼は声を出すのが苦手なのか、首を縦に振って肯定の意を伝えてきた。

 どうやら人見知りするタイプで、一人で遊んだりして過ごすのが好きな様子だ。


「……だめじゃ……な……?」

「駄目って、何が?」


 聞き取りづらいが注意深く聞きながら話を続けると、どうやら「高校生にもなってゲームや漫画などの空想に閉じこもるのは駄目ではないか」と尋ねたいらしい。


「さっき……もっと現実を見なさい、って人に……言われて……」


「んー、別に人それぞれじゃない? 社会人でもゲーム大好きな人とかいるし、そもそもゲームや物語を作る人達は大人になってからでも空想の世界が好きな人達だろうし。

 私のお姉ちゃんも、最近になって知ったんだけど、将来自分でポケロボ作りたくて子供の頃からずっと勉強してきたらしいよ。

 それに、親戚の姉さんは社会人だけど、今もゲーム大好きだって言ってたよ」


 社会人の親戚も、ゲームはよく遊んでいる。「大人がゲームなんて、って言う人もいるけどさ。そんなの気にしても仕方ないわよ。自分の好きなものくらい自分で決めればいいのよ」と前に話していた。

 婚期逃すよ? と言ってみたが、どうやらゲーム好きな男性と結婚を前提に付き合っているそうな。

 だから、ゲームや漫画が好きなのはだめ、なんてことはないのだろう。

 まあ閉じこもりすぎているのもどうかと思うが、他人が無理やりどうこうすることでもないだろう。


「あ、そういえばそのゲームなんだけど、弟に質問されてさ。伝説のパーツがとかなんとか……何か知らない?」


 ちなみに晶子は最近までポケロボやゲーム好きを隠していたので、弟のゲームに関する質問は全部宮子に回ってきて、詳しくない宮子は地味に苦労していたりする。

 昨日の晶子の暴露(両親は知ってたようだが)で、さっそく昨夜からは晶子の方に流れたようで、苦労がなくなりそうで嬉しいやら、弟を取られたようで寂しいやら、複雑な心境の宮子であった。


「それ……たぶ……こうすれば……」


 言葉で質問するのが難しかったのか、洋介君はメモに情報を書いてくれた。

 すごく子供に分かりやすい説明文で、このまま渡せば問題なさそうだった。


「ありがとう、助かるよ。また何かあったらお願いできるかな?」

「う……ん」


 話のちょうどよい区切りのところで、チャイムがなった。

 午後からの先生は時間ちょうどに入室してきたので、お互いに私語を謹んで授業の準備に移り、会話はそこで終わることになった。


  〇


 午後の授業では体育で、グラウンドでサッカーをやることになった。

 一年の頃は基礎体力作りでマラソンやランニングなどがメインだったが、2年からは球技などのスポーツや、短距離走による脚力の強化が主らしい。

 チーム分けは大雑把に前半男子、後半女子でだいたい半分ずつの人数に分かれての紅白戦だ。

 女子は後半までの間にパス練習などもやっておいた方がいい、とは先生のお言葉だ。

 男子と比べてサッカーに不慣れな人も多いため、確かにその方が良いだろう。


「ボール少ないし、6人くらいで組を作れー」


 先生の指示を合図に、グループが作られ始める。


「みやちゃん、いっしょにやろー!」

「わたくしもご一緒させていただきますわ」


 宮子が声を掛ける前に、由美と真理冶が駆け寄ってくる。


「うん、こちらこそよろしく。あと3人だね」


 そう言って周りを見渡すと、ちょうど近くに知り合いを見かけたのでこちらから声を掛ける。

 去年はこういう時に、声を掛けていいか迷ってる内に機会を逃していたが、由美の積極的なコミュニケーションを参考にして、気軽に声を掛けてみることにした。


「穂乃香さん、真琴さん。いっしょにどう?」

「いいよー。よろしくね」

「は、はい。皆様よろしくお願いします」


 残る一人は、どうやらグループから余ってしまったらしい子を入れることにした。


「早苗さん、よければご一緒にどうですか?」

「は、はい!? わわ、私ですか?」


 声を掛けられると思ってなかったのか、ひどくびっくりした様子で少女が振り返った。

 早苗さなえ優菜ゆうな。宮子も名前と顔以外はあまり知らない、大人しい印象の子だ。

 グループ作りでも最後までおどおどして、声を掛けることも掛けられることもなかったらしい。

 こういう場面が苦手な引っ込み思案な人は良くいるし、珍しいことでもないだろう。


「あ、あの、私運動とか苦手で、ご迷惑を……」

「気にしなさんなー! ところであだ名はさっちゃんでいいかな?」

「ふえ!? ええっと、あの……」

「由美さん、あまりがっついては早苗さんが驚いてしまいますわよ?」

「あ、あの、私は別に……」


 宮子の推測では、優菜は引っ込み思案で人付き合いは苦手だが、友達がほしいタイプだと思えた。

 由美がその辺りの見極めのために大きく踏み込んだコミュニケーションを取っていることも推測できる。

 現に優菜は、不安そうにしながらも宮子達の輪に入ってきた。深く踏み込まれるのがどうしても嫌なら、この辺りで逃げているだろう。

 誘いを断ることで嫌われると考えて嫌々グループに入る可能性もあったが、優菜の表情からは嬉しそうであり、輪に入れることを喜んでいるように見える。


「じゃあよろしくね、さっちゃん。パース」


 ならば宮子もまた踏み込んでみよう、とあだ名を呼びながら、さっそくボールをパスしてみる。


「ふえ!? わ、わ……えい!」


 慌てた様子の優菜がボールを蹴り返すと、ぽーんと浮かび上がって明後日の方向へ飛んだ。


「わ、ご、ごめんなさい!」

「どんまーい! わたしにまっかせなさーい!」


 素早く駆け寄った由美が軽々とジャンプしてボールをヘディング。

 ヘディングで真上に打ち上げたボールが落ちてきたところを、宮子へとボレーパスしてきた。


「みやちゃんのー、ちょっといいとこ見てみたいー!」

「じゃあちょっと張り切っちゃう、よっと!」


 けっこうな勢いで飛んできたボールを、宮子はくるりと身体を回転させながら、踵で蹴り上げる。

 ヒールキックの要領で頭上に浮かび上がったボールが落ちてきたら、今度はそのままリフティング。

 あまり長時間独占してはグループ練習の意味がないので、数回のみに留めてボレーパス。

 由美とは違いだいぶ弱く、相手に受け止めやすい勢いで真琴へと渡す。


「ふ、二人ともすごいですね。穂乃香さん、行きます」

「私達は普通にやりましょ。はい、真理冶さん」

「テニスならわたくしも得意なのですけどね。はい、優奈さん」


 真琴からは流れが変わり、声を掛けてからのゆっくりとしたパスでボールを回していく。

 その後は宮子達も普通にパス回しを行い、試合までのんびりと身体を慣らした。

 しばらくして、ピーとホイッスルの音がなって、前半の男子の試合が終わった。

 ちょうど2対2で同点のようだ。


「ねえねえ、向こうのチームやばくない?」

「女子サッカー部の副部長じゃん、あれ」


 同じチームの女子生徒の噂話が耳に入る。

 彼女達の視線の先には、センターサークルで念入りなストレッチを行いながら、チームメイトと談笑する女子の姿があった。

 名前は大園おおぞの椿つばき。噂でしか知らないが、女子サッカー部の中でも実力派で、一年の頃からスタメンらしい。

 やばい、というのは実力のことだろうか。それとも宮子の知らない何か危険な噂でもあるのかと耳を澄ませてみた。


「マジイケメンだよね!」

「女なのが惜しいよね!」


 どうやらルックスの話だったらしい。

 確かに男勝りな顔立ちで、きりっとした目は可愛いより凛々しいという言葉が似合いそうだ。

 なんて思っているうちに笛がなり、試合がスタートした。

 味方のキックオフのボールを受け取った椿はそのまま攻め上がり、サッカーに不慣れなチームメイトをごぼう抜きにしていく。

 宮子も守備に回ろうとしたが、通常のサッカーより選手の人数が多いこともあり、混雑を抜けて近づく前にあっさりゴールを決められた。


「さっすが椿ちゃん! ナイスシュート!」

「ありがとう。今度は守備、頑張ろう」


 チームメイトに微笑んで声を掛ける椿。

 けどその笑顔には、何かが足りない。

 それはなんだろうか、と考えている間に、笛がなった。


「わ、わ……宮子さん、パス!」


 キックオフ直前に踏み込んできた椿の迫力に怯えた様子で、穂乃香さんからパスが回ってくる。

 そのまま宮子へと狙いを定めて攻めてきた椿の様子を見て、なんとなく先程の疑問の答えが見えた気がした。


(物足りない、のかな)


 普段からサッカー部で鍛錬に勤しむ椿には、初心者相手のサッカーでは物足りないのかもしれない。

 そんな不満を表に出して周囲を不快にするような性格でもなさそうだし、取り繕ってそれなりに動いてみせたところで、お遊びの延長なのだろう。

 チームメイトと楽しそうに話していた様子から、皆で楽しもうとする意思も伺える。

 皆で楽しみたい。けど、こんなに手ごたえがないと、自分が満足に楽しめない。

 椿の感情を推測するならそんなところだろうか、と宮子は考えた。


(だったら、椿さんにも楽しんでもらえるように)


 宮子は迫ってくる椿に対して、前に出た。

 味方へのパスも考えたが、パス回しをしているうちにカットされて先程と同じ展開になる可能性もある。

 なので思い切っての、ドリブル突破だ。


(私の全力で、迎え撃つ!)


 サッカー好きの友達から習った動きを頭に思い浮かべながら、ボールを足で操る。

 身体を相手に対して横に向け、インサイドでボールの位置を調整しながら動かして。

 相手の意識が足元のボールに集中した瞬間を狙って――。


(――今!)


 横に向けていた身体を正面に直しながら、ボールを自分の背後へ蹴り浮かせる。

 相手からは自分の身体が壁になり、ボールが見えないようになることを意識して。

 そして浮かび上がったボールを踵で蹴り上げて、相手の頭上を越えさせる――。


「なっ――ボールが、消えっ……!」


 椿は一瞬呆然としたが、すぐに答えに気付いたのだろう。

 ヒールリフトによるドリブル突破は、その難易度や確実性の有無から頻繁には使われない。

 だがプロの試合でも使われることもある、立派な技術のひとつだ。

 意表はつけたものの、ヒールリフトの可能性に気付いた椿がボールの行方を追って振り返る。

 しかしそのときには既に宮子がボールをキープして、敵陣へと切り込んでいた。

 椿以外には不慣れなプレイヤーが多かったのだろう。そのままゴール前へと一気に攻めあがる。


「き、きゃあ……!」


 近づいてくる宮子に怯えて屈み込むキーパー役の女子。

 宮子は軽い威力のループシュートでその頭上を大きく越えさせて、ゴールネットを揺らした。


「みやちゃん、ナイスプレーイ!」


 駆け寄ってきた由美とハイタッチして、味方の陣へ戻る宮子。


「一人でやっちゃってごめんね」

「いやいや、すごいの見れてみんな盛り上がったよー!」


 わあ、と歓声に沸く味方チームに迎え入れられて、宮子はポジションにつく。

 チームメイト達からの提案で、今度はフォワード……前方の、攻めるための位置だ。

 そこはちょうど、センターサークルで準備をする椿さん達の真正面。


「椿さん。せっかくなんだし、みんなで楽しもうよ。もちろん、椿さんもいっしょに」


 そう言って宮子は声を掛ける。

 今の攻防で抜かれたのが余程驚愕だったのか、驚いた表情をしていた椿。

 だけど。


「……そう、ね。授業だからって、サッカーに変わりはないものね。

 思いっきり、楽しませてもらうわ……!」


 宮子の言葉でやる気が蘇ったのか、張り切った様子でキックオフのボールを受け取った。




 その後の試合展開は、両チームともチームメイト全員で楽しめるようにパスを回し、不慣れとかどうとか関係なく皆で盛り上がった。

 だけどサッカー部期待のエースの実力はやはり凄まじく、ストライカー役の椿にボールが回れば簡単にシュートを決められてしまう。

 宮子もしばらくは意表をつくプレイで応戦していたが、対策を練られてからは成す術もなく連敗してしまった。

 宮子は様々な分野を幅広く学ぼうとする分、専門的に取り組んでいる人にはどうしても負けてしまいがちだ。

 最後には大差をつけられて負けてしまったけれど。

 それでもお互いにたっぷりと楽しめたと思う、良い試合だった。


「あなた、やるじゃない……サッカー部に入らない?」

「あいにく帰宅部なもので。それに色々手広く学びたいですから、ごめんなさい」


 試合終了後、すっかり息切れしながら椿に返答する宮子。

 早朝ランニングで鍛えているとはいえ、全力で動き続ければさすがにきつかった。


「大園椿、よ。一年間よろしく」

「杉野宮子です。こちらこそ、よろしく」


 どちらからともなく握手を交わして、改めての挨拶を交し合った。

 周りを見れば他の生徒達も、試合の話題で盛り上がりながら交流を楽しんでいる様子だった。


(……これ、後でみんな筋肉痛だろうなあ)


 後で響いてくるだろう痛みを思うと、ちょっと身構えてしまう宮子だった。


乙女ゲームが主題のはずなのに女キャラばっか増えていく。不思議。

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