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学園の中心で「邪魔しないでよ!」と叫ばれた少女 連載版  作者: 千条 悠里
最終章「世界の中心で愛を叫んだ少女」
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第29話「世界の中心で愛を叫んだ少女」


「ち、力が……消えちゃう、私の力が……」


 膝をつき苦悶の表情を浮かべながら呻くように呟く栗原綾。

 その肉体からは瘴気が漏れ出していき、彼女が身に纏っていた人外の存在感は薄れていく。

 魔王との契約が失われた今、栗原綾はただの無力な少女に過ぎなかった。

 そんな栗原綾の背後の空間に、突如として裂け目が生まれて、漆黒の闇が広がる空間が現れた。


「……な、何よあれ!? 身体が、引っ張られる……!?」


 その暗黒の穴に引きずり込まれるように、栗原綾の身体が吸い寄せられていく。

 今はまだ闇に飲み込まれることなく踏み耐えている栗原綾だが、超常の力を失った少女はやがて力尽きるだろう。


「魔王と契約して魔人となった者は、魔王の死後に魂を捧げることになる。

 捧げられた魂は魔王の魂に吸収され、次の復活のための糧となる……それが、力を得る代償なんだ」


「な、何よそれ!? そんな話、ルシフェル様は一言も……!」


「……あいつは、全ての人間を家畜と言い切っていた。そんな奴が、態々相手にデメリットを語るとは思えない」


 勇人の説明に、栗原綾の顔が青くなる。

 魔王と身体を重ね合わせて、心も重なっていると信じていた彼女にとって、それは愛の否定に他ならない。

 だが魔王にとって栗原綾は自分のものではない。家畜モノでしかなかったのだと、突きつけられるようで。


「そんなの、そんなの認めない……私は、私はっ、きゃあ!?」


 悲鳴じみた声で泣き叫ぶ栗原綾の身体を、闇の中から伸びた漆黒の魔手が掴む。

 吸引の力と共に身体を引っ張られて、綾の肉体は闇の中へと引きずり込まれていく。

 その底なしの暗闇の奥底から、声が響く。


『我のモノとなれ……我の、モノに……!!』

「ひぃっ……!?」


 その声の主は、かつて魔王ルシフェルと恐れられた者の残骸に過ぎない。

 魂の核を完膚無きまでに砕かれたそれは最早、僅かな残留思念に突き動かされて蠢く、亡者の成れの果てでしかない。

 しかし、そんな存在でもただの少女を喰い殺すには十二分の力を有している。

 生存本能に従い、少しでも糧を得ようとした魔王の残骸が、栗原綾を飲み込もうとしていた。


「いやっ……こんなところで死にたくない! た、助け……誰か助けてよお!」


 空間に飲み込まれまいと必死に足掻く栗原綾。しかし、力を失った彼女では抗うことすら困難であった。

 ――そんな少女が必死に伸ばした手を、杉野宮子は掴む。

 栗原綾を引きずり込もうとする力に巻き込まれて、踏ん張る宮子の身体も引きずられた。


「み、宮子!?」


 勇人が慌てて宮子の身体を支える。

 未だその身に宿る力のおかげもあり、二人掛かりでならその場に留まることができた。


「栗原綾! 私はあなたのことなんて大嫌い!」


必死に救いの手を差し伸べながらも、宮子ははっきりと告げる。


「自分勝手で、皆を傷つけて、迷惑かけても全然反省しなくて!

 身体がでかいだけのガキ以下よ、あんた! 同情する余地なんてない!

 ――だけど、私はもう私の目の前で誰も死なせたくない! だから、私のためにあんたを助ける!」


 杉野宮子の脳裏に浮かぶのは、九条凛のことだった。

 彼は、命懸けで杉野宮子を救い、死亡した。

 九条凛はそのことを受け入れて、後悔はないと言っていた。

 しかし、杉野宮子はその時の己の無力さをずっと嘆いて生きてきた。

 他ならぬ凛自身の願いで、彼に関する記憶が消滅して、ずっとその嘆きを忘却していたけれど。

 心の奥底に刻まれた無力への無念は、ずっと杉野宮子の心に存在していたのだ。


 今再び、彼女の目の前で失われようとしている命がある。

 相手は何一つ同情する余地のない犯罪者で、宮子自身大嫌いな相手だ。

 それでも、ここで彼女を見捨てることを杉野宮子は好しとしなかった。

 自分の満足のため、それが第一の理由。

 そして、第二の理由が、自分の外側に、ある。


「――それに、あんたの帰りをずっと待っている人がいる!

 私はその人と会ったことがあるわけじゃないけど、彼の想いを確かに聞いた!

 だから……その人のためにも、あんたの命を諦めない!」


「だ、だれよそれ……高志君も裕也君も洋介君も、鋼君も凍夜君も、見向きもしてくれなかったのに。

 一体だれが待っていてくれるっていうのよ! 気休めなんて止めてよ!」


「北条健二さん! あんたの、叔父さんよ!

 あんたのせいでマスコミから叩かれて、脱走の手引きをした犯人として疑われて!

 それでもあんたのことを待ってると、記者会見で話していた!」


 杉野宮子がある日見たテレビ放送の中で。

 周囲から疑いの目を向けられて、会社も風評被害によって大きな損害を被り、栗原綾が原因で凄まじいパッシングを受け続けて。

 それでも、はっきりと。

 記者会見を通して栗原綾に「この放送を見ていたら、どうか自首してほしい。罪を償い終える日を待っているから」と、はっきりと迷いのない声で言い切ったのだ。



 杉野宮子が握り締めた、栗原綾の手。

 その手を通じて、綾と宮子の魂が繋がる。

 早苗優菜が宮子の魂に届けた『絆の力』が、綾へと伝わる。

 その不可思議な力は純白の光となって、綾の目の前に一人の男性の姿を模る。


『綾ちゃん。私は、ずっと待っている。君が罪を償い終えて、再び人生をやり直すその日が来ることを。

 過ちを認めて、やり直す……私の家族はそれができなかったせいで、滅茶苦茶になってしまったから。

 だから私は、誰に何と言われようと君を待つよ。君とやり直せる日を、ずっと待つ……だから、帰っておいで』


 それはまぎれもない、北条健二の切なる想いそのものだった。

 栗原綾へと繋がる、細くても、確かな絆。

 その絆から伝わる力強い想いは、確かに栗原綾へと伝わって。


「……叔父、さん」


 栗原綾の瞳から、一筋の涙が零れる。


「ごめん、なさい……私、ずっと、真面目に生きても報われなくて、認められなくて。

 今度は好き勝手に生きるんだって、自棄になって……取り返しがつかないことを」


 栗原綾は前世で、至って普通の少女であった。

 内向的で友人もいなかったが、それでも普通の少女であったのだ。

 だが、その人生は凄惨なものであった。

 いくら努力しても愛をくれない両親。信じた先から裏切る周囲の人々。

 初めての恋も、無残に奪われ『身の程知らず』と詰られすらした。

 その報われなかった人生が、二度目の生を受けた彼女を狂気へと駆り立てた。


 今更後悔しても遅い、とばかりに彼女を喰らおうとする闇の力が増大する。

 闇の魔手に鷲づかみにされた栗原綾の肉体が軋みをあげて、彼女はその激痛から意識を失った。

 空間に切り開かれた闇の穴は拡大して、宮子達も纏めて飲み込もうというかのように広がりを見せていた。


「魔王! もう俺は……てめえに何も奪わせねえ!」


 勇人が残された力を振り絞り、『勇者の剣』を闇の奥底へ向けて構える。

 その切っ先には勇者の力の象徴である光り輝く魔力が収束していき、闇を照らすように聖なる光を灯す。

 しかし、ここまでの連戦にて消耗した肉体は限界を超えており、構えた切っ先が震えて狙いが定まらない。

 そんな勇人の手に、宮子は自分の手を重ねた。

 重ね合わせた掌から、宮子の身体から溢れる『絆の力』が勇人へと伝わっていく。

 流れ込んでくる力が勇人の手の震えを止める。今度こそその切っ先は闇に潜む魔王の残骸へと狙いを定めた。


「「――いっけええええ!!」」


 勇人と宮子の叫びが重なり、木霊する。

 勇者の剣から放たれた、輝かしい聖なる閃光は。

 亡者の国より這い出た魔王の残骸を、跡形もなく吹き飛ばした。



  〇



 闇が消え去るのと同時。

 宮子達の足場となっていた魔法陣もまた、消滅した。

 魔王が完膚なきまでに消滅したことで彼の力が元となり生まれた物が、全て消失したのだ。


 突如消失した足場。そして当然のごとく始まる落下に、宮子の手から栗原綾の手がすり抜ける。

 放り出された宮子の身体を、勇人は慌てて抱きしめていた。

 落下していく栗原綾の肉体――宮子を抱きかかえながら追いかける勇人の前で、高速で飛翔してきた人物が栗原綾の身体を受け止める。

 空を飛んできたのは、杉野晶子が駆る星屑スターダスト戦乙女ヴァルキュリアの姿であった。

 彼女は栗原綾をしっかりと抱きとめながら、宮子達を安心させるかのようにサムズアップをして地上へと舞い降りていく。



 魔王城も消滅して、空にはいつもの青空が広がっている。

 地上からも、魔物達の気配は消失していた。

 後で判明することだが、地上で戦っていた人々の尽力のおかげで人的被害はないまま事態は収まった。

 この世界は、平穏を取り戻したのだ。



 杉野晶子達が去り、大空をゆっくりと飛翔する宮子と勇人。

 事態が無事に収まったことを感じて、二人の心に安堵が満ちていく。

 平和になった街を上空から眺め終えて、今度は互いを見つめる。

 二人きりの世界がそこにあった。


「勇人……あの、あのね」

「……ああ。何だ?」


 穏やかな世界の中心で。

 杉野宮子は、ずっと言えなかった、その言葉を。


「私、勇人のこと――大好き!」


 ようやく、叫ぶことができたのだった。

 二人はどちらともなく、口付けを交わす。

 大空に浮かびながら、世界の中心でした初めてのキスは。

 二人にとって、生涯忘れられない大切な思い出となった。

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