第25話「集いし運命の戦士達と、勇者の系譜」
天井や壁をクラリスの魔法で破砕することで進撃していく勇人達。
壁の向こう側を魔法で見通せて、さらに強固な防壁を貫けるクラリスがいるからこそ行える踏破方法だ。
魔物達は勇人達が階層を進むと、影の沼に沈みこんで消えていく。
どうやら影に沈んで消えた魔物は魔力に還元されて、再び魔王の采配で魔物として現れるらしい。
しかし全員がそろった勇者達の前には、並大抵の魔物なんて足止めにもならない。
疲労を癒し終えた勇人も戦線に加わることで、魔王城の最奥――玉座の間まで辿り付くのに、あまり時間はかからなかった。
階段を上り終えた勇人達は、玉座の間への扉を開け放つ。
瞬間、濃密な瘴気が扉の向こうから流れてきた。
攻撃ですらない――ただ、魔王から溢れ出した瘴気があまりにも濃いというだけのこと。
その瘴気は、以前異世界での最終決戦の時よりも、さらに禍々しいものとなっていた。
「――久しいな、勇者よ」
荘厳な声が響く。
玉座にて待ち受けるは、魔王――人類の仇敵、悪の権化、魔に連なる者の王。
この世界に、いや、どのような世界であろうと存在するべきではない悪しき存在、魔王ルシフェル。
かつて、確かに勇人が仲間達と共に倒したはずの相手だった。
「……なんでお前が生きてるんだ。確かに倒したはずだ!」
「魔王は滅びぬ。我が魂が健在である限り、幾度でもこの世に君臨してみせよう」
「ふっふーんだ! ルシフェル様は無敵なんだから!」
魔王の傍らに立つのは、魔人と化した少女、栗原綾。
その肉体からは人間にはあるまじき瘴気が溢れ出し、魔王に次ぐ威圧感を放っている。
そして、彼らが待ち構える玉座の後方。その壁の上部に磔にされているのは。
「……宮子!」
九条勇人が、ずっと求め続けた少女、杉野宮子。
彼女はぐったりとして、目を閉じたまま動かない。
完全に意識を失っているようだった。
「貴様達の存在は監視していた。あの女、貴様にとっては大事なのであろう?」
「人質のつもりかよ、てめえ……!」
「違うな。こいつは貴様達をこの場に集めるための――餌だ」
その物言いに激昂した勇人が剣を抜き放つ。
制止より援護を優先した加奈子達もまた遅れまいと臨戦態勢を取った。
「それに人質なら、もっと大勢いる」
魔王がその言葉と共に手を翳すと、空間に映像が浮かび上がる。
それは、勇人達の住む街の光景であった。
異世界においても猛威を振るった、魔王の魔力搾取魔法によって、住人達が皆虚ろな目でぐったりとしている。
道端で倒れ伏す者。壁に寄りかかりうわ言を呟く者。様々な人達が、苦しみもがいている。
魔力は、心に宿る力だ。だからこそ魔力を奪われることは、精神的にかなりの負荷がかかる。
今はまだ酷くとも気絶で済んでいるようだが、このまま搾取が続けば――よくて廃人、最悪は死に至る。
そんな光景を、勇人は異世界で何度も見てきた。何度も、見せられてきた。
「この世界の者が軟弱であるな。この程度で我を失うなど、家畜としても価値がない」
「ふざけるな……人はお前の家畜なんかじゃない!」
「ならばどうする勇者よ……今から街に降りて、家畜ではない人々とやらを救うか?」
「街の方へ行くならどうぞご自由に? その時は、この女をずたずたの挽肉にする映像を生放送で見せ付けてあげるわ、きゃははは!」
「……ぐっ、うおおお!」
怒号と共に突撃する勇人。
魔王ルシフェルはそれを迎え撃ち、両者は剣と剣をぶつかり合わせる鍔迫り合いへと移る。
ルシフェルを援護しようと魔法を唱える綾に、残りの勇者の仲間達がそうはさせまいと仕掛けた。
「この、邪魔よ! おばさん!」
「おいたがすぎるよ、小娘」
「なんですってえ!?」
妨害された苛立ちから挑発を行う綾に、逆にクラリスが仕返す。
敵意が自分に向いたことを確認したクラリスは魔法による高速軌道の飛翔術で撹乱して、綾に勇人への妨害を行わせまいとする。
他のメンバーもクラリスと勇人の両名を前衛として、各自の判断で援護と遊撃を始めた。
戦闘が進む中、魔王は勇人を弾き飛ばし距離を取ると、再び映像を投影して勇人に語りかける。
「勇者よ、貴様の選択の末路をその目に刻むがいい」
映像に映る街中に、魔物達が出現する。
朦朧とした意識で身動きが取れずにいる住人達へ、魔物が襲い掛かろうとした。
「や、やめろ!」
「さあ、絶望の宴を始めようではないか」
魔王が腕を振り下ろすと、それに応えるかのように魔物達が住人達へ牙を剥いた。
――瞬間、その牙ごと魔物の頭が爆ぜる。
「……なに?」
魔王が疑問の声を呟く中、映像には。
魔物の群れへと飛び込み暴れまわる、黒き鎧の変身ヒーロー、五十嵐裕也の姿があった。
〇
「おらあ、いっちょあがり!」
五十嵐裕也の全身が凶器の如く振るわれ、魔物達を蹴散らしていく。
突如として出現した魔物の群れに怯むことなく、彼は墜天使の織り成す黒鎧を身に纏い、街中を駆け抜けていた。
視界に入る魔物は容赦なく叩き潰して、住人達を魔物の被害から守り抜いていた。
「ってか、こいつら何ぐったりしてやがんだよ!」
『魔力搾取術式の展開を確認。おそらくはそれが原因となり正常な意識を保てないのでしょう』
街の住人達がまったく逃げずにいることに苛立った裕也の叫びに、墜天使が彼にだけ聞こえる声で語り掛ける。
「ああ? 俺は何ともねえぞ?」
『恐ろしい程広範囲に影響するよう組まれた術式です。そのため魔力を保護されている存在――私と契約した貴方のように何かしらの要因で、異能に抵抗力を持つ存在なら耐えられるのかと』
「あー? ……ようするに俺らは動けるから暴れたらいいんだな?」
『つまりはいつも通りですね』
「上等だぁ! いっちょやってやらあ!」
納得できた様子で、再び戦闘へと戻る裕也。
暴れるだけ――口ではそう言う彼だが、一番優先していることは街中の人々に被害を出さないことだ。
その行動原理は、墜天使と契約を行う前から変わってはいない。
――昔憧れたあの人のように、強くてかっこいい男になる。
子供の頃に五十嵐裕也は、街中で不良に絡まれている少女を見たことがある。
その時の裕也はまだ2桁にも満たない年齢の幼子。どうにかしたくても、どうにもできない。
共に歩いていた両親を頼ろうとしても、彼らはただ目を逸らすだけだった。
見てみぬ振りをするのは、周囲の人達も同じ。誰もが関わりたくないとばかりに早足に立ち去っていく。
幼い裕也は手に握った変身ヒーローの人形を持ちながら、思った。
――ヒーローなんていない。困った人を助けようとするヒーローなんて、本当はいないんだ。
そんな嫌な現実を見せ付けられて、泣きそうになっている時。
たまたま通りかかった様子の一人の男が、少女を庇い立った。
その男は不良達が拳を振るっても軽々と受け流し、足を払ったり関節を極めたりと鮮やかな手腕で、あっという間に不良を追い払ってしまった。
――あんな風になりたい。誰もが見捨てるような人がいても、俺が見捨てなくていいくらいに、強い男に。
その幼少期の体験こそが、今の五十嵐裕也を形作っている。
墜天しながらも使命を果たそうとする墜天使――エンジュと共に戦うことを決めたのも、きっかけこそ必要に迫られたためだが、彼女を助けたいと思ったからだ。
惚れたとかどうとかという話ではない。天に見捨てられても尚、己の信念を貫こうとするエンジュを、見捨てるような男になりたくなかったのだ。
エンジュが墜天したのは、彼女が独断で助けた人間が、悪行を行ったからだという。
人を助けたいという信念に従って救済を行った彼女を、その相手がその後過ちを犯したため、エンジュもまた罪があるというのだ。
確かにそれは結果として間違っていたかもしれない。だが人を助けることを誇る者にとって、見捨てろというのは酷な話であろう。
助けた時点で罪人であったならともかく、その時には相手は何の変哲もない一人の人間に過ぎなかったのだから。
『裕也。次が来ますよ』
「――ああ、分かってらあ!」
頭を過ぎった過去の自分と今の自分への感傷を振り切り、裕也は再び戦場へと飛び込んだ。
〇
五十嵐裕也がどれほど優れた戦士であろうと、ただ一人では街全ての住人を庇うことは不可能だ。
しかし、この街には不可思議な運命に導かれた者達が、まだ存在している。
「マジカル……シュート!」
少女の声と共に放たれた光弾が、魔物を吹き飛ばす。
五十嵐裕也とは別の場所で、魔法少女として九条愛は戦っていた。
彼女は偶然、魔法少女になれる存在を捜し求めていた者の目に留まり、非日常へと飛び込んだ。
もう、一年前のことになる。魔法の国からやってきたという妖精に見初められて魔法少女となり、戦いに挑むことになったのは。
魔法の国に関わる騒動は一年前に解決されて、共に戦った妖精や他の魔法少女達も家庭の事情で引っ越していった。
この一年間、魔法少女としての戦いからは無縁の平和な生活を送っていた愛だったが、今回の騒動のせいでたった一人での戦いを余儀なくされている。
他の魔法少女達のも連絡したいところだが、突然始まってしまった魔物の襲撃と街中の異変に、連絡を行う暇もなく魔物を掃討して回っていた。
「もう、きりがない……!」
魔法少女として異能の力を震えるとはいえ、愛はまだ小学生の少女に過ぎない。
仲間がいた一年前と違い、たった一人での孤独な戦いは彼女の予想以上にその体力と精神を削り取っていた。
そのため、隠れ潜んでいた魔物の奇襲に気付くのが遅れて、鋭爪による攻撃を受けてしまう。
「きゃああ!」
鋭い痛みに叫びながら、体勢を崩して地面に倒れる愛。
そんな彼女に魔物達が一斉に襲い掛かろうとして――。
「させへんでえ!」
彼女にとって、とても懐かしい友達の声が響いて。
そんな声と共に愛を守るように、緑色の光が盾となり顕現する。
「これ以上、私の友達に手出しはさせません!」
また別の友達の声が響き、周囲を囲んでいた魔物達を、水色の魔法の矢が無数に飛び交い、的確に魔物達を貫いていく。
「アイ、大丈夫ポコ!? いま怪我を治すポコ!」
愛を庇い立つ二人の友達と、傍に現れた妖精のポコ。
一年前に共に戦った、魔法少女の仲間達だ。
ポコの癒しの魔法で傷を癒してもらいながら、旧友達の救援に愛は顔を綻ばせた。
「菜緒ちゃん、有理守ちゃん……それにポコ!
みんなきてくれたんだね!」
「あったりまえや! ダチのピンチには駆けつけるでえ!」
「到着が遅くなりすみません。途中の魔物も倒していたら時間がかかりました!」
「ポコー! 魔法少女全員集合ポコ!」
「さあ、お互い積もる話もあるやろけど、後回しや! まずはこいつら片付けるでえ!」
疲れていた身体に力が灯る。
単に回復魔法を受けたから、ではない。
魔法の力は、心の力。それを源に戦う魔法少女にとって、心は武器でありエネルギーだ。
頼もしい仲間達に助けられて再び立ち上がった愛には、心のエネルギーが漲っていた。
だから、戦える。皆といっしょなら、大変な戦いだって頑張れるのだ。
「みんな、お願い! 力を貸して!」
「もちろんや! 仲間はずれは無しやで!」
「共に戦いましょう、皆の平和を守るために!」
「ポコー! ポコもがんばるポコー!」
幼い少女達は、それでも戦う。
明日も明後日もみんなが笑っていられる、そんな世界を守るために。
〇
「皆を守るため、力を貸して――アルカナ!」
優菜の叫びに応えて、眩い光が魔物達を包み、浄化する。
その隣では望月高志が、優菜を援護しながら周囲の敵への遊撃も行っていた。
「その調子です、優奈さん! 先輩達の足を引っ張らないためにも、このまま頑張りますよ!」
「は、はい!」
彼ら二人は、戦闘要員ではなく、あくまでアルカナ能力者としての護身のために訓練していたに過ぎない。
しかしこの緊急事態とあっては、戦えるのなら戦うことこそが最大の護身となる。
それでも彼らの指導者である那岐は、子供達を戦わせることに難色を示していたが、街の人々を救うために必要だと悟り、二人に比較的出現量の低い地帯を任せてより危険な地帯へと赴いていた。
那岐自身が以前から声を掛けていた先代のアルカナ能力者達と共に、優菜達とは別の場所で必死に人々を守っている。
まるで漫画みたいな光景。夕菜は目の前の現実にそんなことを思う。
人々が倒れて、戦えるのは自分達だけ。特別な存在として異能の力を振るう。
漫画やドラマを見て、自分もあんな風になれたらなんて夢想した、主人公みたいな立場だ。
――だけど、実際に立ってみたそんな場所は、とても嫌なものだった。
誰かを守れることは良かったと思う。そのための力があることを嬉しくも思う。
だけど、そもそもこんなことが起こらないことこそが、一番良いのだ。
ありふれて、平凡で、特別な事件なんて何も起こらない日々――それこそが望ましき平穏なのだと、実感する。
だから、早苗優菜は目の前の現実に立ち向かう。
また学園で、皆と大切な平穏を生きていくために。
優菜達から少し離れた場所で、那岐は自身の全力で持って人々を守っていた。
周囲には過去に絆を繋いだ仲間達もいて、もう若くはない身体で、それでも戦ってくれている。
しかし、魔物の出現は一向に減らない。
仲間のアルカナ能力者により、街中に現在消滅した生命反応がないことは確認できているとはいえ、このままではいつ戦線が崩れて犠牲者が出るか分からない。
原因となるであろう場所は、分かっている。街の上空に突如現れた、不気味な雰囲気を漂わせて浮遊する暗黒の城。
その城内に存在するであろう元凶を排除せねば、この事態が収束しないであろう。
しかし、街中に出現し続ける魔物達を無視して浮遊城を目指すわけにはいかない。
それに既に元凶を討つ為の戦力が、そちらに向かっている。
「……頼みましたよ」
一瞬だけ、空に浮かぶ城を仰ぎ見て、那岐は小さく呟く。
任せておきなさい、と。頼もしく応えてくれる彼女の声が聞こえた気がした。
〇
「……ふん。この世界にもマシな戦力がいたようだな」
魔王は映像の中で戦う人間達の姿を見て不愉快そうに顔を歪めながら、その映像を掻き消した。
「何よあれ、この世界にあんなのあるなんて知らないわよ!?」
栗原綾もまた映像で見た光景に驚きふためいていた。
彼女の知るこの『ゲームの世界』において、変身ヒーローや魔法少女、異能力者なんて存在していなかったからだ。
そもそも魔王や勇者の存在だってゲームには存在していなかったのだが、そのことは既に『隠しルート』や『自分だけの特別な追加設定』として無理矢理納得していた。
しかし、それ以外の存在――特に自分達を邪魔するような存在なんて、栗原綾にとって不快な存在でしかなく、有り得ない存在だった。
「んー? あれかしら、なんかちょっと陵辱ゲーム的な要素とか混じっちゃってる感じ?
あいつらも含めて魔王軍として叩き伏せて、調教したりしちゃえ的なノリなのかしら?」
そんなとんでもないことを言いながら、綾は映像が消えていった空間から、視線を移動させる。
――息も切れ切れに、今にも倒れ伏しそうな勇者達を。
「んで、手始めに勇者パーティを全滅させて面白おかしく弄っちゃえってことなのかしら?
つまりこれ、最終決戦じゃなくてチュートリアルだったのね! これから私とルシフェル様のための物語が始まるんだわ!」
「くっそ……ふざけ、やがって……!」
身体を奮い立たせる勇人。しかし、剣を支えにしてようやく立っていられるような有様だ。
死亡者こそいないものの、戦況はかなり悪い。勇人の仲間達もなんとか立っているものの、負傷も多く万全には程遠い。
以前魔王に打ち勝った時よりも相手の人数は少ないというのに、戦力は衰えるどころかさらに凶悪なものになっている。
ひとえにそれは、魔王と綾に宿る闇の魔力量が桁違いに増大しているせいだろう。
異世界よりも何倍も多い人口。様々な問題を抱えた社会により生まれた人の心の闇。
それらを全て搾取しているというのなら、吸収されている魔力の総量は想像もできない程膨大なものとなるだろう。
「……まっずいなあ、これ。前に戦った時は魔力搾取術式を破壊することでなんとかできたけど、解析した感じだと今回の術式の核、ありえない位遠距離にある上に、今この瞬間も動き続けてる」
戦闘中も打開策を求めて魔法の解析を行っていたクラリスが、困った様子で呟く。
その呟きを聞いた綾が、自慢するように胸を張って叫んだ。
「ふっふーん、綾様考案のインターネット術式よ! ……あ、言っちゃったけど大丈夫? 魔王様」
「構わん。今更理解したところで、こやつらには最早どうにもできん。
世界中に広がる電子の海に解き放った我が使い魔達をどうにかすることなぞ、できるはずがない」
「せ、世界中、ですって!? この街だけでなく、世界中の悪意を吸い上げているというのですか!?」
フィーナが悲鳴のような声を上げる。
異世界にて、大都市だけを集中して狙って集めた悪意の魔力ですら世界に壊滅的な大打撃を与えたのだ。
それが、この広大な世界中から集めたとなれば……最早、それは人の身でどうにかできることではない。
世界を相手に戦い、勝利できる人間なんて、存在しないのだから。
「そう――貴様らはこの世界の悪意に屈するのだ。
人の希望を背負いし勇者よ、己が世界の絶望にひれ伏すがよい」
「……負けて、たまるか! 俺には……守りたい女がいるんだ!!」
「ならばその希望に縋りついたまま、死の運命に飲み込まれるがいい!」
魔王が一際巨大な魔力を込めて、黒紫の閃光を放つ。
勇人を仲間達諸共滅ぼそうとする、暗黒の極光。
せめて仲間だけでも――そう思い、必死に盾を構えて仲間達の前に進み出る勇人。
「その運命、我が剣で斬り開く!!」
そんな勇人の前に、突如として人影が現れる。
その人影は、携えた巨大な光剣を上段から振り下ろす。
勇人の視界を埋め尽くしていた暗黒の閃光が――その一太刀で、斬り裂かれて跡形もなく霧散した。
「――貴様、何者だ」
乱入者のただならぬ気配に、魔王が名を問い質す。
突如現れたその青年は、鋭い眼光を魔王に向けながら。
「運命に抗う者――九条凛」
己が名前を、静かに告げた。
「あ……兄貴? 本当に兄貴なのか!?」
「うん。ただいま、勇人。大きくなったね」
魔王に向けた凄まじい威圧感など感じさせず、凛は勇人に優しい声で応える。
しかしそうしながらも、臨戦態勢は一切崩さない。依然、魔王に剣を向けたままだ。
凛の持つ剣の放つ輝きは『勇者の剣』のそれに似ていたが、輝きの質が違う。
『勇者の剣』に似て非なる聖剣の類であることを、勇人はなんとなくだが感じた。勇者として培った感覚が、そう感じさせたのだ。
よく観察すれば、凛自身の身体からも剣のそれに似た淡い光が零れ、純雪のように空間に溶けていくのが分かる。
その光を纏う姿に何か感じるものがあった勇人だが、その疑問はひとまず胸に収めて、凛に話しかけた。
「た、助けにきてくれたのか、兄貴……でも、死んだはずなのに何で」
「説明している時間はないんだ。それと……助けにきたのは僕だけじゃないよ」
その言葉を勇人が聞いたのとほぼ同時に、扉を開け放つ音が響く。
玉座の間へと続くドアを潜り抜けてきたのは――。
「勇人、無事か!」
勇人の父親であり、先代の勇者――九条信也。
「……凛!? あなた、生きて……!」
凛の姿を見て涙を堪えながらも、毅然と杖を構える魔法使い、九条園子。
「魔王ルシフェル……また貴様と戦うことになるとはな」
勇者に及ばずとも、その力強さで仲間達の盾となり剣となった屈強な戦士、杉野徹。
「……魔王。あんた、私の娘に手を出して、ただで済むと思ってないでしょうねえ!」
そして、自分の娘を攫われた怒りに激昂する武道家、杉野颯。
信也と、その息子である勇人。そして死して尚運命に抗う者、凛。
勇者の系譜と、彼らと共に歩んできた仲間達が、ここに揃った。
世界の運命を歪める者に、立ち向かうために。




