第24話「導かれし運命」 『最終章プロローグ』
「なー、姉ちゃん。宮子姉ちゃんと勇人兄ちゃん、なんか変な雰囲気じゃね?」
宮子と勇人が連れ立って公園へと向かう最中。翔と晶子はこっそりと二人の後をつけていた。
晶子が、妹である宮子の告白が見られるかもしれないと、翔を連れ出したのだ。
覗き見が目的ではあるが、昨日倒れたばかりの宮子が外出することへの心配ももちろんある。
病院での精密検査でも異常は見られなかったとはいえ、万が一ということもある。
勇人が宮子に危害を加えるとは思えないし、そもそも外傷もなく特殊な薬品もなしに人を意図的に気絶させるような手段はかなり限られている。
そして影から見守っていたという愛達の言葉を信じるのなら、勇人が告白した瞬間苦しみだして倒れたというのだ。
告白されて気絶する程勇人を嫌っていたのか、というとそれも考えにくい。第一そんなことが原因で気絶するとも思えない。
病室で晶子が観察した感じでは、宮子は勇人に今まで見せたことがないような、照れた様子を見せていた。
顔は俯きがちに、頬を染めて、時折勇人に視線を向けては、目と目が合うとさっと目を逸らす。
なんとも初々しい恋心を、妹の所作の中に垣間見ていた晶子であった。
「あんたにもそのうち分かるわよ。たぶん」
「えー? なんだよそれー」
翔と小声で話しながらも尾行は続く。
ふと、宮子達が花屋に入ったことで翔と晶子は立ち止まり、物陰に隠れた。
店の入り口を隠れ見て、二人が出てくる時に姿を見られないように注意する。
――そんな時だった。翔と晶子の足元に、不思議な光が生まれたのは。
「……え、ええ!? なんだこれ!?」
「ま、魔法陣!? そんな、非科学的な――」
突然の事態にただ戸惑う翔と、足元の白い光が漫画などで見るような『架空の存在』である魔法陣のようだと気付く晶子。
しかし晶子がそれに気付いたところで、このような事態を想定しているはずもなく。
二人の姿はやがて、魔法陣の放った一際強い光に飲み込まれて、魔法陣もろとも消えていた。
それを目撃したものはおらず、二人の姿は静かに、世界から消失した。
〇
杉野宮子は、朦朧とする意識の中で声を聞いていた。
彼女の身体は、魔王城の最奥、玉座に鎮座する魔王ルシフェルの遥か頭上の壁に磔にされている。
宮子を縛るのは、魔力で造り出された黒紫の鎖と、周囲を檻の如く覆い尽くす膜であった。
微かに目覚めた宮子の意識も、現状を正確に把握するには至らない。
ただ、悪い夢の中にいるようなふわふわとした思考の中で、響き渡る声を聞いていた。
「あはは、ほーんといい様だわ! 早く八つ裂きにしてやりたいけど……そこをぐっと堪えないと、ショーが台無しよね!」
栗原綾の声。彼女の声は、心が狂気に染まり、常軌を逸した者の放つ声色だ。
何が栗原綾を駆り立てるのか、宮子にはまったく理解できなかった。
普段でさえ理解できないその思考回路は、今の霧に包まれたような思考では欠片も読み取れない。
「お前は実に、魔族に相応しい魂の持ち主であるな。ただの人間ではこうはいかん」
それに応える男の声を、宮子は知らない。
ただ、その声には深みがあった。どこまでも深い闇のような、恐怖を感じる程の深みが。
そんな男の声に、綾はご機嫌な様子で答えている。
「でっしょー? 私ってば特別だから! ただの人間とは格が違うんだからね!」
「うむ。同属たる人間に手を掛けることを躊躇わぬその性根。実に素晴らしい」
「あっはは、やだもールシフェル様ってば、そんな褒められたら照れちゃうよ!」
まるで仲睦まじい男女の会話を楽しむように笑う綾。
しかし宮子には、綾に対するルシフェルにそのような情があるとは思えなかった。
朦朧とした意識の中でも感じ取れる、ルシフェルと呼ばれた男の感情。
この男は、人間に対して親愛の情など感じてはいない。それは綾に対しても、おそらくはそうであろうと感じ取る。
ならばどんな感情を向けているのかは、分からなかったが。
「私の考えた、インターネット回線を利用して世界中に魔力吸収の術式を配置する作戦も大成功だし、もう綾ちゃん超有能よね!」
「ああ、そうだな。これで世界中の人間から魔力を延々と搾取し続けることができる。今やこの世界の住人全ては、我が家畜だ」
他ならぬルシフェルの言葉に、宮子は悟る。
この男は、人間のことなんて家畜にしか思っていないのだと。
ならば栗原綾がどれほど好意を示したところで、ルシフェルにとってそれは家畜が懐いただけのことでしかない。
仮に彼女のことを気に入ったところで、それは友人や恋人に向けるそれではなく。
愛玩動物に向けられる、飼い主としての愛情でしか、ないのだろう。
「ルシフェル様がこの世界の王様になって、私は女王様!
あっははは、やっぱり私は、この世界の中心なのよ! この世界の主役なのよ! きゃははは!」
栗原綾は、自身の幸福を信じて高らかに笑う。
――哀れだ。
宮子はその光景を眺めて、そう思った。
自身に向けられる相手の感情を考察しようとせず、盲目的に自分の中の真実に浸り、愉悦に嗤う。
その有様は、女王とも主役とも思えない。
ただの、道化である。
そんなことを考えながら、宮子は今の話の中から思考を広げる。
それは、幼少期から延々と繰り返して、魂にまで染み付いた宮子の人生観に基づく思考。
例え理解できない思考や行動でも、その中から生かせる意味を見出せないかを模索して、自分の成長の糧にしようとする試行錯誤。
(世界の中心って、なんだろう)
栗原綾の言動の中で、その言葉が気になった。
思えば、彼女が逮捕される前にも言っていたことだ。
自分は世界の中心であり、主役であると。
それを一笑に付すことは容易い。ただの妄言であると切り捨ててしまえば、それで終わる。
だけど、宮子の心に、何故だかその言葉はひっかかった。
そして疑問を感じたなら、それが理解できるように思考する。その疑問の先に、何かがあると信じて。
それが、杉野宮子がその人生において幾度となく繰り返してきた、習慣ともいえる模索であった。
(世界の中心って、どこだろう)
霞に包まれた意識の中、杉野宮子は模索する。
何か答えが見えそうで、しかしぼやけた頭脳では答えを掴むことはできない。
次第に、微かに浮上していた意識も闇に墜ち、眠るように目を閉じる。
(世界の、中心は――)
ただ、心に生まれた疑問の答えを、意識が途絶える寸前まで追い求めていた。
杉野宮子は、意識が完全に途絶える直前。
みんなに会いたいな、と。心の中で呟いて、暗い眠りに落ちた。
〇
斬、と。勇人の振るう『勇者の剣』が魔物を斬り伏せる。
しかし幾度斬り捨てて前に進んでも、次から次へと魔物達は虚空から這い出てきた。
それでもひたすらに空を駆け抜けて、勇人は魔王城の城門へとその剣を振り下ろした。
一際強く、剣が光を放つ。勇者の心から導き出された魔力が光の刃となり、行く手を阻む闇の扉を引き裂いた。
そのままためらうことなく、城内へと踏み込む。
待ち構えていたのは、城外よりさらに深く濃い瘴気の濃霧。そしてそこから生み出される無数の魔物達だ。
「邪魔だ、つってんだろうがあ!」
怒声と共に振るう剣が、魔物を蹴散らしていく。
まだ城内へと踏み込んだばかり。魔王が待つという玉座の間までは、まだまだ遠い。
しかし、既に疲労は限界に近づきつつあった。
以前魔王城を攻略し、魔王を討伐した際には、勇人には頼りになる仲間達がいた。
しかし前田加奈子はともかく、他の仲間達はみんな異世界の住人であり、こちらの世界にはいない。
激情のまま飛び込んだ死地の中、加奈子だけでも仲間に加わってもらうべきだったかと後悔するが、もう遅い。
既に退路にも魔物は待ち構えており、戦い続けるしかなかった。
「宮子を、宮子を返せ……! あいつは、俺の大切な……!」
言葉の通じぬ魔物に叫んだところで意味はないと知りながら、勇人は叫ばずには居られなかった。
瘴気の魔物は、生物の姿はしていても闇の魔力の塊だ。意思などはなく、ただ本能のように人を襲う。
だが意思がないからこそ、死を躊躇わずに捨て身で攻めてくる魔物の群れに、勇人は次第に防戦を強いられ始めていた。
前に進まなければいけないのに。助けにいきたい人がいるのに。
最早進むことも、退くことも困難な戦場の中で、勇人はふとした瞬間に失態を犯す。背後に潜んでいた魔物の奇襲に反応が遅れたのだ。
その奇襲を無理矢理に迎撃したことで、崩れた体勢を立て直す暇もなく魔物の集団に襲いかかられる。
「しまっ……!」
防御も回避も反撃も間に合わない――。訪れるだろう激痛に覚悟を決めた瞬間。
「――ほんと、もう! 無茶してんじゃないわよ馬鹿!」
勇人の周囲を覆い隠すように、銀幕の氷壁が現れる。
自ら魔力の障壁に全身を叩きつける形になった魔物達は、その多くが霧に還り、生き残った者も氷壁に込められた『衝撃を反射する』魔法の効力により、大きく弾き飛ばされる。
それは異世界で、何度も勇人を救った――前田加奈子の得意とした魔法のひとつであった。
「か、加奈子!? おまえ……」
勇人の傍に駆け寄った加奈子はその頭に拳骨を落として、一息でまくしたてる。
その目には、薄っすらと涙が滲んでいた。
「ほんと、馬鹿! ばかばかばか、ばーか! あんた一人で何でもできたわけじゃないでしょうが!
自分勝手に突っ走ってんじゃないわよ! こういう時は頼りなさい! ……私は、あんたの相棒なんだから!」
例え、恋に敗れようともそれだけは否定させないと叫ぶかのように。
加奈子は相棒という言葉に想いを込めて叫びながら、次に迫る魔物に氷弾を放っていく。
「まったくだよ。君一人で世界を救ったわけじゃないでしょ? ひよっこ勇者君」
背後から聞こえたその声に、勇人は再び驚愕する。
声のした方へ振り向けば、そこにはもう会えないと覚悟していた、大切な仲間達がいた。
「ユート様……お久しぶりです!」
優しく微笑みながら、肉体の疲労を和らげる回復魔法を勇人に施す少女。
彼女は、異世界に勇人を召喚した王国のお姫様――フィーナ王女。
「まったく、ユート殿は相変わらず無茶な御方でござるな」
回復魔法に専念するフィーナを庇うように小刀を振るうのは、フィーナ達王族を太古から護衛してきた忍びの一族が末裔、カオル。
彼女は素早い身のこなしで迫る敵襲を捌きながら、「まあそれでこそユート殿らしいでござるがな!」なんて軽く笑ってすら見せた。
「みんな、とりあえずこの階の敵を殲滅するよ! 話はそれから!」
そして、そんなパーティをまとめあげて勇人達を導き、自身もまた強大な力で世界平和に貢献した大魔道士。
勇者として力を得ていく勇人を最後まで『ひよっこ勇者』と呼び、しかし勇人を見下すのではなく、勇者として崇められることで間違いを犯さないようにと教え導いた勇人の師匠。
「――クラリス師匠!?」
大魔道士クラリス。
勇者パーティの要であった女性は、戦場の中心で。
「やあ、久しぶりだね! 二人とも、ちょっと背が伸びたかな?」
なんて、まるで街中で旧友と再会したかのような気軽さで返答していた。
そんな明るいやり取りをしながらも、クラリスの放つ魔法は的確に魔物達を捻じ伏せていく。
急所を打ち抜き、攻撃を行わせすらせず、蹂躙していく。
「あなたまで、なんでここに!? 異世界にいたはずじゃ……」
「運命に導かれて――なんていうと格好つけすぎかな、っと!」
勇人の問いに冗談めかして答えながらも、矢継ぎ早に魔法を放ち魔物を殲滅していくクラリス。
彼女に代わり問いに答えたのは、フィーナ王女だった。
「ユート様の兄君を名乗られる方から、ユート様の危機を救ってほしいと託されたのです。
こちらの世界への転移も、その方の御力で……」
「兄貴が……!? で、でも兄貴は死んだはずだ!」
「たぶんあれは、肉体がエーテル化した精霊……みたいな状態だったね。
死後の魂を何かしらの契約で維持して、力を行使しているんじゃないかな?
世界の壁を越えるような力、それこそ神様みたいな存在と契約しなきゃできないだろうけどさ」
勇人の新たな疑問にはクラリスが自分の見解を伝える。
そしてその見解の中に、勇人は凛の言葉を思い出した。
死後に神様と契約して、戦い続けているのだと。
「……確かに、そんな契約をしたって言ってたな」
「納得してくれたところでさ、そろそろいいかな? なんか際限なく出てくるし、いっそ派手に行こうと思うんだけど!」
クラリスのその言葉に頷いて、彼女の指示通りパーティ全員が密集する。
暴れまわったことで魔物の集団は大幅に減少したものの、やがて再び溢れ出してくるだろう。
しかし、そんなことは予想済みのクラリスは天井へと、その手に持った大きな杖先を向ける。
「一気にいくよ……『インペリアル・ブラスター』!」
杖先に極大の魔力光が収束して、クラリスの叫びと共に解き放たれる。
放たれた眩い閃光が、頭上の天井を貫き、さらにその先の天井を貫き――遥か頭上まで空間を抉るように、大きな風穴を開けた。
「さすがに最上階まで一気には無理か……みんな、ひとまず行けるところまで飛ぶよ!」
そう言ってクラリスが呪文を唱えると、彼女だけでなく仲間達全員が光に包まれる。
勇人やクラリスのように自力で飛行できないものにも飛翔が行えるようになる魔法だ。
異世界の旅の中で慣れ親しんだその魔法に懐かしさを感じるが、感傷に浸っている場合ではない。
「みんな、ありがとう……また力を貸してくれ!」
「ここで断るくらいなら最初から来ないわよ、ばーか!」
「ユート様は私達の世界を救ってくださいました。今度は私達が助けとなる番です!」
「いざ参ろうでござる!」
「今度こそ、魔王との決着をつける――行こう!」
世界の壁を越えて終結した勇者達が、今再び魔王へと挑む。
決戦の時は、近い。




