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学園の中心で「邪魔しないでよ!」と叫ばれた少女 連載版  作者: 千条 悠里
第1章「学園の中心で『邪魔しないでよ!』と叫ばれた少女」
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第3話「早起きは友を呼ぶ」


 宮子は部活動に所属していない。

 悩みはしたが、色々なことを手広く学びたいため、放課後の時間を自由に使いたかったのだ。

 聖クリスティナ学園は部活動及び委員会への所属は生徒の任意のため、特に問題はない。

 人数の少ない部活に勧誘されることもあるが、やる気もないのに参加するのは真面目に活動している部員に申し訳がないのでお断りしている。

 そのため早い時間帯から登校するのは、単に慌てずにゆっくり学園に到着したいからだ。

 男子生徒のように汗だくになりながら遅刻ぎりぎりで教室に駆け込むのは、女子としては避けたいのである。


 教室に着くと、まだ少ないもののクラスメイトが何人かいた。

 今日の日直の仕事をしている男女二人と、委員長に任命された眼鏡をかけた女子が一人いた。


「おはようございます」

「宮子さん、ちょりーす!」

「あんたねえ、そんないい加減な挨拶なんて――」

「響君、ちょりーす」

「あらやだとってもフランク!?」


 響君のポーズを真似しながら返答すると、彼の隣にいた女子生徒がなんだか驚いていた。

 日直の仕事をしていた二人は、男子が中田なかだ ひびき。女子が鹿山かやま 穂乃香ほのか

 そして自分の席に着席して読書している委員長は、前原まえはら 真琴まことだ。


「鹿山さんと前原さんも、おはようございます」

「……おはようございます」

「ああ、うん。おはよう……宮子さんってクラスメイトの名前、みんな覚えているの?」


 読書に集中して反応は遅れたものの、礼儀正しく起立して挨拶する真琴。その後すぐ着席して読書を再開していた。

 そして挨拶の後に宮子へ質問してきたのが穂乃香。

 響と穂乃香の二人は黒板のところで、本日の通達事項を記入しているところのようだった。


「うん。隣のクラスまではまだだけど」

「いやー、初日でクラスメイト全員網羅だけでもマジぱねえっすよ。ちょりっす」

「あんたは……ああもう、ごめんね宮子さん。こいついつもこんないい加減な調子でさ」

「気にしてませんよ。それにほんとにいい加減な人なら、日直の仕事をさぼってるでしょうし。根は真面目なんじゃないですか?」

「お、宮子ちゃん分かっちゃう~? 俺ってやる時はやっちゃう系っすよ」

「調子にのらない!」


 ぺちん、と響の頭を軽く叩く穂乃香。

 痛いんですけどー、なんてぼやきつつも不快そうではない様子の響。

 どうやら二人は仲の良いコンビのようだ。


「朝から夫婦漫才ですか、仲がいいんですね」

「ふ、夫婦って! そんなんじゃないから!」

「そっすよー、こんなおっかない女が嫁さんなんてマジ勘弁っすよー」

「っ、なんですってー!」


 さっきより強めに叩く穂乃香。

 どうやら、穂乃香は響君に好意を寄せているが、響はそれに気付いていないか……気付いていてはぐらかしているのか。

 見た目は所謂チャラ男に見えるが、日直仕事の件といい、不真面目な人物ではなさそうだと宮子は判断した。

 ならば単純に自分へ向けられる好意に気付いていないか、つい照れ隠しではぐらかしているのではないだろうかと推測する。


「結婚式にはぜひ呼んでくださいね」

「だ、だからそんなんじゃ……わ、わたしたちって、そんなにカップルに見えちゃうかしら?」

「はい、とても。彼氏いない暦=年齢の私としては妬けてしまいますね」

「宮子ちゃんいまフリーなんっすか? なら俺とデートなんてどっすか!」


 響のナンパ発言に「ちょ、おまっ……」と動揺を見せた穂乃香の様子に、曖昧な答えは避けてはっきり断るべきだろうと判断。

 その上で話を明るい方向に持っていくために、少しボケてみることにする。


「嬉しいですが、馬に蹴られたくありませんのでお断りします。それに心に決めた人がいますので」

「片思いっすか! マジ青春系っすね甘酸っぱい! ちなみにお相手は?」

「3歳の男の子です」

「ちょ、ええ!?」


 さっきとは違う意味で戸惑う穂乃香と違い、響は少し考えるような様子を見せた。

 ドラマの探偵が推理する時のようなポーズをわざとらしく取った後、宮子をびしりと指した。


「……んー、ずばり猫ちゃん!」

「残念、犬です。人間の年齢に換算するとだいぶ年上ですね」

「ちょっち意外っすね、部屋で猫とまったり過ごしてるイメージだったっす」

「私けっこう運動が好きなので、休日はいっしょに散歩しながらランニングしたりするんですよ」

「裸の男の子に首輪つけて街中を引きずり回すなんて! なんて大胆!」

「彼ったら喜んで尻尾振ってくれるので、つい激しくしちゃうんです」

「ふ、ふたりの流れるようなボケにツッコミが追いつかない……!」


 穂乃香の狼狽した、けどどこか安堵の混じった声の後で、笑いを押し殺す声が聞こえた。

 ふと声のした方を見ると、真琴が本で顔を隠すようにしながら、背中を震わせているのが見えた。


「いま笑いました?」

「笑ってません」


 顔を隠したまま否定の声を返す真琴だけど、声が震えていた。

 響と穂乃香も「いや笑ってたね」「マジ笑ってた系っすね」と言うので宮子の勘違いではないらしい。


「笑いを堪えなくてもいいんですよ?」

「笑ってません、しつこいですよ!」


 何やら起こった様子で立ち上がり、強く否定する真琴。

 睨むようにこちらにきつい眼差しを向けてきたので、思わず。

 

「笑っちゃ負けよ、あっぷっぷ」


 弟に睨めっこで勝つために編み出したとっておきの変顔を不意打ちでやってみた。

 すると真琴は、ぶふっと吹き出して堪えきれないように爆笑し始めた。


「ちょ、委員長大爆笑してる! マジぱねえ!」

「い、いったいどんな変顔したっていうの!?」


 ちょうど私の背後にいた形になる二人には、宮子がどんな顔をしたのか見れなかったようだ。

 宮子は振り返り、今日一番の真面目な顔で二人に伝える。


「秘密兵器なのでいざという時以外お見せできません」

「「き、気になる……!」」


 ふと、真琴が読んでいたいらしい書物が床に落ちているのを見つけて、渡そうと拾い上げた。

 持ち上げた時に開いていたページが目について、そこに記載されていた人物の名前と顔写真に見覚えがあって思わず呟いていた。


「落語家、滝沢龍之介……へえ、あの人来月に新しい口演やるんだ」

「し……知ってるんですか?」


 ようやく落ち着いてきた様子の真琴が、宮子の呟きに反応してきた。


「母親の友人が龍之介さんと知り合いで、一度口演に誘われて家族で見に行かせてもらったんだ」

「おおー、落語とは渋いっすね! なんか大人な趣味な感じっす」

「この人は若者にも分かりやすく、面白くて笑える話をしてくれるから、あんまり詳しくない私でも楽しめたよ」

「は、はい。龍之介氏は喋り方、間の置き方、声の抑揚のバランスが絶妙で、牧瀬師匠の元で長年鍛え上げた話術と幅広い知識で――」


 余程好きなのか、夢中で語りだそうとした真琴は途中ではっとした様子で口を閉じて、両手の掌で顔を覆い隠した。

 しかし隠し切れない頬が真っ赤に染まっているのが明らかに見えていた。


「……や、やっぱり変ですか? 落語が好きな若者って」

「そんなことないと思うよ。素敵な趣味だと思う」


 率直な意見を宮子が答えると、顔を隠していた手をゆっくりと下ろして、真琴はおそるおそる顔を上げた。


「……中学の時、落語が好きなことを『年寄りくさい』とすごく馬鹿にされて、それから隠していたんです。

 ほ、本当に変ではないと思いますか?」

「他人の好きなことを否定する人に、自分の好きなことを語る資格はない。……人の受け売りだけど、好きな考え方のひとつでね。

 真琴さんを馬鹿にした人がどんな人かは知らないけど、私はその人の方が間違っていると思う」


 宮子は思ったままの感想をはっきりと答える。

 世の中には色々な人がいる。色々な娯楽があり、人それぞれの趣味がある。

 それを自分だけの価値観で馬鹿にすることの、なんて馬鹿げた事だろう。

 無論、他人に迷惑かけたり犯罪になるような趣味は否定されて当然だろうけど。

 というか日本の伝統芸能のひとつである落語を馬鹿にするなんて、全てのファンを敵に回すことになる。

 当時の真琴も、自分の大好きなことを一方的に否定されるなんて、とても嫌で、悲しかっただろう。


「俺っちはむしろ知的な感じで良い趣味と思うっすね!」

「というか、その否定してきた人って落語を否定したいんじゃなくて、他人を否定できれば理由は何でもいいんじゃない?

 会ってもない人をとやかく言うのもどうかと思うけど、そんな人とはお近づきになりたくないわー」


 3人のそれぞれの意見を聞いて、それらが肯定的だったからか、真琴はすごく安心したようだ。

 真琴の表情が和らいで、張り詰め過ぎた琴のような硬い雰囲気が柔らかくなるのを感じる。


「まああれっすね、これも縁のひとつということでお近づきの印にこれでもどうぞっす」


 そう言って響が鞄から取り出したのは、有名メーカーの作る人気のチョコお菓子の……タケノコ型。


「……そこは、キノコ型を出すべきでしょう?」

「おんやあ? 宮子氏はまさかキノコ派の手先っすか?」

「そういう響君は、残念ながらタケノコ派のようだね」

「ちょ、相手の好きを否定しないんじゃなかったの!?」

「ここはひとつ、どちらの意見が正しいか穂乃香さんに決めてもらおうか」

「ほのっち! わたしとこのおんな、どっちを選ぶのよう!」


 真剣な表情の演技を崩さない宮子と、すごい裏声で微妙に論点のずれた選択を迫る響。

 突然話を振られて「へ、あ、わたし!?」と戸惑う穂乃香が迷いながらも選んだ答えは。


「わ、わたし……スギノコ派」

「「……なにそれ?」」

「ち、知名度は低くてもおいしいんだからね!」


 聞いたことのない名前に思わず演技を忘れて素に戻り呟いた宮子と響に、穂乃香が憤慨する。

 そんな3人の様子に、真琴は思わず笑っていた。

 今度彼女が浮かべた笑顔は、笑いを堪えようと無理をして歪んだものでも、宮子の不意打ちによる激しいものでもなく。

 心の底から込み上げてくるような、柔らかくて素敵な笑顔だった。


短い朝の登校風景のはずが話が勝手に膨らみました。後悔はしていない。

……某お菓子のネタは書いても大丈夫なのでしょうかね? 色々な意味で。

ちなみにすぎ〇この存在は今日初めて知りました。

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