第23話「引き裂かれる世界」 『第2章エピローグ』
宮子が目を覚ますと、勇人が顔を覗き込んでいた。
「――宮子!」
意識を取り戻した宮子の様子に、勇人は思わず叫ぶ。
その頭を「病院では静かに!」と愛が小突く。
宮子は周囲の様子を確認して、自分が病院のベットに寝かされていたことを把握した。
公園で意識を失った後、ここに運ばれてきたらしい。
どうやら今は、愛と勇人が傍で見守ってくれていたようだ。
「お、俺先生呼んでくる!」
居ても立ってもいられない、という様子で駆け出す勇人。
その後姿に、思わず宮子は叫んでいた。
「ゆ、勇人!」
立ち止まり、振り返る勇人。
だけど、続く言葉が思いつかず、言いよどむ。
心の奥底で見た不思議な夢、なのかも分からない、凛との対話で気付いた自分の気持ち。
しかし今まで勇人に取ってきた態度や、渚達への感情。そしてこの場に愛がいることで、何も言えなくなってしまう。
そのため、ただ頬を赤くして「な、なんでもない」と、呟くしかなかった。
「あ、ああ……じゃあ、行ってくる」
「う、うん。ありがとう……」
今度こそ部屋を出ていく勇人。
そんな、いつもと違う二人の様子を、愛は首を傾げながら見ていた。
その後、宮子が目覚めたことを聞いた家族や友人達も集まり、無事を喜んでくれた。
先生からも、精密検査を行ったが異常は見られず、一日検査入院をして問題がなければ帰宅しても大丈夫、と診断された。
皆、面談時間終了ぎりぎりまで傍にいてくれたけど、付き添いも不要なくらい容態は安定しているということもあり、消灯時間には家族も含めて帰っていった。
暗くなった病院のベットの中、宮子は天井を見上げながら考える。
自分の想いのこと、渚達の想いのこと。そして――勇人の想いのことを。
自分は、今更ながらに気付いたが勇人のことが好きだ。渚達には散々、恋愛対象じゃないだの論外だのと言っておいて、それは許されるのだろうか。
しかし、他ならぬ勇人自身が『宮子が好きだ』と告白しており、ケジメとして他の女子達にその想いを打ち明けている。
暗い部屋の中で一人、悶々と考え続けていた宮子だが、結局のところ答えはもう決まっていた。
(……勇人に、私の想いを打ち明けよう)
退院したら、勇人の告白に返事をしよう。そう、決意する。
だけどその前に自分にも果たすべきケジメがある。
簡単にケジメがつけられることではないけど、それでも。
自分が前に進むために、それはどうしても必要なことだと思った。
〇
翌日。医者のお墨付きをもらい、退院した宮子は勇人を呼び出した。
だけどすぐに想いを打ち明けることはせず、「ついてきてほしい場所がある」とだけ伝える。
勇人と合流した宮子は、公園への道中にある花屋で花束を購入した。
――九条凛に供える花束だ。
世界から、存在した記憶も記録も消えてしまった凛には、墓も仏壇も存在していない。
だけど、せめて事故現場に花を供えたい。それが宮子なりのケジメだった。
こんなことくらいでケジメになるなんて思えないけど、何もしないまま先に進もうとは思えなかったのだ。
公園につき、道路傍の電柱に添えるように花束を置く宮子。
それを見ていた勇人が、深く目を閉じたまま呟く。
「……兄貴、さ。俺の夢にも来たよ」
ぴくり、と宮子の肩が震える。
消えたはずの凛の記憶。だけど宮子がそれを思い出したように、勇人も思い出したのだろうか。
家族である凛が、宮子を庇ったせいで死んだのだ。責められるだろう――そう身構えた宮子だったが、勇人は責めるようなことは言わなかった。
「俺だけじゃない。父さんと、母さんのところにも行ったらしい。愛はあの頃、生まれてなかったから話してないらしいけど……。
兄貴、宮子のことをよろしく頼むってさ。お前じゃ頼りないけどなんて言いながら、な」
「……責めないの? 私のせいで、凛さんは――」
「お前のせいじゃない。母さん達とも話したけどさ、宮子のこと責める気なんてないよ。
兄貴は、自分の命を懸けてまで人の命を救ったんだ。誇りに思う。今まで忘れてた俺に、言う資格ないかもしれないけど」
罪悪感に押しつぶされそうな宮子に、勇人は優しく話しかける。
思えば九条勇人という人間は、いつもそうだった。
自分が苦しくたって、誰かのために優しく振舞える。そんな少年だった。
抜けているところもあって、時々とんでもない失敗をしたり、無意識に誰かの心を傷つけてしまうこともあるけど。
昔からずっと、宮子のことを支えてくれていた。最近は疎遠になっていたけれど、今は傍にいてくれる。
そのことが申し訳なく、そして何より、嬉しかった。
(辛い時、俯いてしまった時。顔を上げればいつも、君はそこにいてくれた。
私はずっと、その有り難さを忘れてしまっていたけれど)
宮子はぎゅっと、目を閉じた。
周囲に人影はなく、二人きり。
想いを伝えよう――そう意識するだけで、胸の鼓動が高鳴っていく。
今まで眠っていた感情が、どくんと脈打つように、宮子の中を駆け巡っていく。
深呼吸。気持ちを落ち着けようとしても、意識するほど頬があつくなる。
それでも言おう、と覚悟を決めて。目を開く。
「あ、あのね。勇人。私……私ね」
口を開く。
自分でもうろたえていることが理解できるほど、その言葉は拙くて。
だけど勇人は宮子の様子から、何かを察したのか頬を染めながら宮子を見つめる。
「私……勇人にたくさん、ひどいこと言っちゃったけど。
だけど、やっと気付いたの。自分の気持ちに。ずっと、目を背けていた想いに。
私は、あなたのことが――」
躓きそうな心を奮い立たせて、言葉を紡いでいく。
なんとか、その先の言葉に想いを込めて伝えようとした。
その時、だった。
「――言わせないわよ、ばーか!!」
そんな、少女の罵倒の声と共に。
宮子の意識が、急速に闇の中へ沈んでいったのは。
(こ、の声……くりはら、あや……?)
意識が途絶える寸前。声の主の正体に心当たりがあることに気付くが。
その名前を口にすることはできず、宮子の意識は暗闇に飲まれていった。
〇
「……み、宮子!?」
突然の事態に動揺して、それでも崩れ落ちていく宮子の身体を支えようとする勇人。
しかし宮子の背後に突如現れた少女の放つ、禍々しい瘴気が暴風となって勇人を吹き飛ばしてしまう。
「あっはー! いい気味だわ勇者様! 大好きな女の子を守れない情けない勇者様ー! きゃははは!」
狂ったように笑う少女に、勇人は面識がない。
しかし連日報道されたニュースに出ていた顔写真から、その少女の正体に気付く。
「おまえ……栗原、綾!?」
「せいかーい! 正解者には……これでもあげるわ!」
依然吹き荒ぶ瘴気の嵐に踏ん張って耐えていた勇人へ、綾は魔力で作り上げた漆黒の魔弾を叩き込む。
咄嗟に『抜剣』することで剣と盾を手に、魔弾を防ぐ勇人。しかしその隙に綾は空へと浮かび上がった。
その傍らに、意識を失った宮子を無理矢理浮かび上がらせて。
魔力の檻とでも言うべき黒紫の膜に閉じ込められた宮子の身体は、ぴくりとも動かない。完全に気絶させられているようだった。
「ああ、そうそう。ルシフェル様から伝言よ――『我は貴様に敗れたあの頃を凌駕する程の力を手中に収めた。
この娘を取り戻したくば、我と雌雄を決せよ。我が城の玉座にて待つ』だってさ!」
「ま、魔王……だって!?」
異世界にて、勇人が仲間達と共に死力を尽くして討伐を果たしたはずの、魔王ルシフェルの名に勇人は驚愕する。
確かに、倒したはずだった。その身体が朽ちていく様を、見届けたはずだった。
そんな奴が、何故この世界に蘇ったというのか……まるで分からない。
だが、ひとつだけ。確かなことがある。
こいつは、栗原綾と魔王ルシフェルは、自分の敵であり。
大切な幼馴染、杉野宮子を害そうとしていると――!
「こ、の……宮子を、返せ!!」
「あっははは! なによーこんなモブに夢中になっちゃってさー、ばっかじゃないの!?」
勇人が必死に瘴気の嵐を掻き分けて前進してくるのを、綾はげらげらと笑い飛ばした。
「この女には散々な目に合わされたからさー、ただじゃ殺してあげない。
最高の舞台で、徹底的に痛めつけて、這い蹲らせて、命乞いさせながら嬲り殺してあげる!
あんた、さっさと助けにきなさいよ? でないと、最高のショーを見逃しちゃうんだから!」
「てん、めえええ!!」
激昂に共鳴するかのように、勇人の身体が眩い光を放つ。
勇者の魂に宿る破魔の力、だ。それは魔に連なるものにとって致命的な毒となり、刃となり、盾となる、正なる心の力。
黒紫の嵐を突き破り、宮子に手を伸ばす勇人を嘲笑いながら、綾は宮子を引き連れて虚空へと消えた。
転移魔法――確かにそれは、この世界に存在しないはずの高度魔法の、はずだった。
相対した少女は、犯罪を犯したとはいえただのこちら側の世界の少女だったはずだ。瘴気や魔法の力なんて、持っているはずがない。
それなのに、宮子を一瞬で昏倒させた魔法、勇者である勇人を阻んだ瘴気の嵐、漆黒の魔弾の威力、転移魔法……どれも、異世界であろうとも易々と扱えるものではない。
(あれは、魔王の力、そのもの……!? あの女、まさか魔王と契約して魔人化したのか!?)
魔人は、人間が魔王と契約を結ぶことで至る存在だ。
人の身では辿りつけない境地へと、魂を捧げることで容易く辿りつくことができる禁忌の術。
強大な力を得られることは確かだが、その代償もまた大きく、魔王の死と共に――。
様々な考えや疑問が頭を駆け巡っていくが、すぐにその思考は断ち切られる。
勇人の眼前。有り触れた市街地の路上に、黒い沼のような魔力が現れて、その中から多数の魔物が出現したからだ。
そして、その遥か先――街の上空に、空間を切り裂くようにして闇に包まれた空間が現れる。
禍々しい瘴気の漂う中、浮上するのは暗黒の城……魔王城。
その非現実的な、けど異世界の戦いで自分の記憶に深く刻み込まれたその光景に、迷っている暇なんてないことを悟る。
勇人は叫びながら、魔物達の群れへと斬り掛かった。
「絶対に! 助けにいくから――待っててくれ、宮子!!」
勇人の全身から、眩い光が放たれてその身を包み込む。
勇者に与えられる剣と盾。そして……衣服を上書きするように出現した青と白を基調とした勇者の鎧が、光の中から顕現した。
「邪魔だ――どけええええ!」
一騎当千。そんな夢想の言葉を具現したような存在と化した勇人が、咆哮と共に突撃する。
群がる魔物達をなぎ払いながら、勇人の身体は空へと舞い上がった。
勇者の鎧から現れた光の翼を背負い、その身体は魔王城へと目掛けて、空を駆け抜けていく。
その行く手を阻む魔物達を次々と切り伏せて、勇人は決戦の場へと進撃する。
全ては、大切な少女を取り戻すために。
引き裂かれた世界を、取り戻すために。
これにて第2章が終了です。
思えば随分と迷走いたしましたこの物語も、次の第3章で終了予定です。
そしてその後は……ファンタジー要素とか全部取っ払った、甘ったるいくらいの学園ラブコメ版みたいなのを、リメイクというか別展開版として連載できたらなーとか考えています。
けどまずはこの物語を、不器用ながらも最後まで完結させて。それからじっくりと取り組みたいと思います。
ここまで読んでくださっている方々のために、そして何より自分が満足するために、最後まで駆け抜けますので、どうか最後までよろしくお願いします!




