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学園の中心で「邪魔しないでよ!」と叫ばれた少女 連載版  作者: 千条 悠里
第2章「騒動の中心で『絶対に!』と叫ばれた少女」
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第21話「心の奥底で」


 杉野宮子は、いつもの夜のグループチャットで渚達からの話を聞いて、驚かされた。

 勇人が彼女達全員を振ったというのだ。

 何かあったのかと尋ねると、「好きな人がいるから、付き合えない」とはっきりと言われたとのことだ。


「……嘘をついている様子はありませんでしたか?」

「はい。前みたいに誤魔化すためじゃなくて、はっきりと『ずっと好きだった人がいるから』と」

「わしらも、薄々そのことは予感しておった。これ以上縋りつくつもりはないのじゃ」

「宮子には色々と相談に乗ってもらったというのに申し訳ないが、私達全員、納得している」

「私も……好きな人の幸せを、願いたいと思います」

「加奈子さんも、諦めると宣言」


 渚達は既に諦めている様子だった。

 本人達が納得しているというなら、もう宮子が踏み込む必要はないのかもしれない。

 ただひとつ、気になることはあった。


「勇人は、誰が好きなんでしょうね」

「それはたぶん、近いうちに分かると思いますよ」

「うぬー、このニブチンめー」

「自分のことには鈍感なのだな……いや、これ以上は言うまい」

「……鈍感系幼馴染?」


 宮子が尋ねてみても、はぐらかされて教えてもらえなかった。

 チャット文の内容から、どうにも渚達は知っているようなのだが、教えてくれる様子はない。


「そういえば宮子さんは、好きな人とかいないんですか?」

「渚氏、ここで渾身のストレート」

「……もしこれで好きな人いたら、もう何というか色々と、その、あれだな」

「き、きっと大丈夫なのじゃ……たぶん」


 好きな人、という質問について宮子は考えてみる。

 当然この好きは友人とか家族としてではなく、恋人としてだろう。

 それなら答えは決まっている。


「いませんよ。恋愛経験なんてありません」

「う、うむ。よかったというべきか否か」

「こ、これ以上は止めておくのじゃ。それより宮子、今後のことじゃが……これからも良き友人として、よろしく頼めるかの?」

「それはもちろん。私の方こそよろしくお願いします」


 結局、その後も勇人の好きな人の名前は、分からないままだった。



   〇



 翌日。登校中に勇人が真剣な表情で話し始めた。


「ケジメ、つけてきた」

「……そう」


 宮子は、勇人が多くを語らないので勝手に推測する。

 勇人が渚達全員を振ったのが、昨日のこと。

 なら勇人のいうケジメとは、渚達にきちんと『好きな人がいること』を伝えて、付き合えない旨を宣言したことだろうか。

 確かに、既に心に決めた人がいるならそうするしかないのかもしれないが、渚達を応援していた宮子としては釈然としないものがある。

 しかしだからといって、渚達に本当に好きな人のことを黙って好意だけ受け取るのが誠実といえるわけではない。

 結局は、勇人がしたようにするしかないのかもしれない。それで傷つけてしまう人がいたとしても。


「前に言ってたように、宮子に伝えたいことがある。今日の放課後、付き合ってくれないか?」

「……どこに?」

「子供の頃、よく遊んだ近所の公園。覚えてるか? あそこで、話したい」


 放課後に予定はないので、こくんと頷いて了承の意を伝える。

 それ以上のことは今は言うつもりがないらしく、そのまま雑談をしながら登校した。


   〇


 

「宮子、あの男に呼び出されたって……大丈夫ですの?」


 教室で放課後の予定を聞かれて、勇人に呼ばれていることを伝えると、真理冶が心配そうな声で尋ねてきた。

 今はもう放課後。校門で待ち合わせて一緒に向かうことになっているので、そろそろ行かないといけない。


「何か大切な話があるみたい。家のすぐ近くだし、心配することはないよ」

「まりにゃんー、心配しすぎだって。もう二人の間じゃあの時のことはケリついてるんだしさー」

「だ、だからといってですね……あんなことする男のこと、信用できませんわ!」


 真理冶がそう言うが、宮子は「話聞くだけだから大丈夫だよ」と言って別れの挨拶を済ませて、教室を出た。


「ぐ、ぐぬぬ……」

「まりにゃんー、そんなに心配だったらさー……」


 由美はどこか楽しそうに、鞄からサングラスと探偵帽子を2組取り出して、真理夜にも手渡した。


「こっそり追いかけちゃおうよ、探偵ごっこー」

「の、覗き見なんて悪趣味な……!」

「ノンノン。友達を影ながら見守り、いざとなったら助けに入るのさ!」

「……そ、それなら仕方ないですわね。友達のためですものね」


 そんな相談がされていることは、宮子には知る由もなかった。




 宮子が校門に辿り着くと、既に勇人が待っていた。

 勇人は宮子の姿を見つけると表情を和らげて、微笑んだ。


「お待たせ」

「いや、俺もきたところ」


 短く挨拶して、どちらともなく歩き出す。

 並んで歩く二人の後ろを、こそこそと由美と真理夜が追跡していく。

 しっかりと探偵帽子とサングラスをつけているが、逆に目立っていることを由美は自覚して、真理冶は気付いていない。

 そしてそんな真理冶達とは別に、渚達が加奈子も加えた5人組でこっそり追跡していた。

 2組のグループがお互いに気付き、しばらくの交渉の後共同で追跡作戦に取り組むようになるまでそんなに時間はかからなかった。

 つまりそれくらい、お互いのグループは姿を隠しきれていなかった。勇人と宮子は、まったく気付かなかったが。





 宮子達はしばらく無言で歩く。勇人の緊張が宮子にも伝わり、今朝のように雑談する雰囲気ではないと思ったのだ。

 歩きながら、宮子は考える。勇人がどんな話をしようとしているのか。

 色々な人の心の内を推測してきた宮子だが、今の勇人の心がまるで読めなかった。


 ――うそつき。ほんとは、きづいてるくせに。


 推測できる材料がない。確信がない。今考えても分からない。

 公園について、勇人の口から直接聞くまで待つしかないだろう。


 ――うそばっかり。もうこたえはわかってるのに。


 さっきからノイズがうるさい。

 最近は聞こえていなかった、耳鳴りのような不快感と思考に走るノイズ。

 何が嘘だというのか。自分が一体何を気付いていないというのか。


 ――ケジメ。なぎさちゃんたちのはなし。このふたつだけで、もうわかるのに。


 うるさい。うるさい。うるさい。

 自分は何も分からない。分かってはいけない。

 そのこたえになぜきづいてはいけないのか、わかってはいけない――。



「宮子? どうかしたか?」


 勇人の声にはっとする宮子。

 気付けばもう、目的の公園に着いていた。

 宮子はその入り口で立ち止まっていて、勇人は少し先へ進んでいた。


「……ううん、なんでもない」


 脳内の雑音を追い払うように首を横に振って、宮子も公園に入った。

 小さな公園。今は誰もいないような、寂れた公園。

 子供の頃はその小さな遊び場が世界の全てのように、夢中で駆け回って遊んでいた。

 そんな公園の中心。勇人はそこで立ち止まって、宮子を振り返る。


「……誰もいないな」

「うん。近所にもっと大きな公園が出来たしね」


 そんなことを話す二人のすぐ近くの茂みに、真理冶達の追跡グループが隠れていることに二人はまったく気付かなかった。


「それで、話って?」

「あ、ああ。ええと……」


 頭を掻きながら、言葉を探すように押し黙る勇人。

 しかしやがて、決心したように顔を上げて宮子をまっすぐに見つめる。


「ここで、二人でよく遊んでいた頃から、だと思う」


 ざああ、と風が吹いて木の葉を揺らす中。

 勇人は、長年ずっと胸に秘め続けた想いを。


「――ずっと、ずっと好きだった。俺と、恋人になってほしい」


 その短い言葉に全部、込めた。

 それを聞いた宮子はしばらく目をぱちくりとして。


「……一年近く交流なかったのに?」

「そ、それは、告白しようと思うと照れて……顔合わせづらくて」

「じゃあ、渚ちゃん達を振ったのって……」

「お、お前に、告白したかったからだよ」

「皆あんなに可愛いのに?」


 何度も質問で返してくる宮子に焦れたのか、勇人は思わず声に力を入れて叫んでいた。


「お、俺は! ずっとお前が好きだったんだ! お前一筋だったんだよ!

 いつからなんて分からねえけど、ずっと――宮子が、好きだったんだ」


 そこまで言われたら、さすがに宮子にも理解できる。

 九条勇人は、杉野宮子が好き。

 友人でも、幼馴染でもなく、恋愛対象として、好き。

 その言葉が、意識に染み込んで来ると――。



 ――おまえはだれかをあいしてはいけない。


 思考に、ノイズが、はしった。

 頭の中を引っ掻き回されるような痛みに、ふらふらと身体が揺らぐ。

「宮子!?」突然身体が崩れ落ちた宮子を抱き支えながら慌てふためく勇人の腕の中で、宮子は頭を抑え込む。

 頭が割れる。本当にそう思うくらいの激痛がずっと続く。


 ――おまえはだれかをあいしてはいけない。


 公園に来る前から、ずっと続く何かの声。

 それは、誰の者でもない、自分の声にしか思えなかった。


 ――おまえがあいしたひとは。


 声が響き渡り、激痛に翻弄される中、宮子に幼い頃の記憶が蘇る。

 この公園の砂場。幼い勇人と、自分。

 無邪気に笑いながら、記憶の中の勇人が言う。


『おれ、みやことけっこんする!』

『え~? けどわたし――さんがすき!』 

『ええ!? ええと、……け、けどみやこがおとなになるころ――いちゃん、もうおじさんだぜ!?』

『おじさんでもいいもん! わたし、――さんとけっこんする!』


 鮮明に思い出せる記憶。懐かしい、記憶。

 だけど、その中でどうしても思い出せない人の名前がある。

 他の会話も、周囲の景色も、あの夏の日の暑さも、全部鮮明に思い出せるのに。


 ――おまえが、あいしたひとは。


『あ! ――さん!』


 幼い頃の記憶の中で、宮子が公園の出口へと走り出す。

 公園前の道路には、横断歩道があって。その向こうに――がいた。

 それが誰なのか思い出せないけど、大切な、人だった気がする。

 記憶の中の宮子は、そんな大切な人に駆け寄ろうとして道路へ飛び出した。


 信号機は、確かに青だった。夢中で走っていた幼い宮子も、それを確認してから飛び出した。

 けど、そこに何故か、停まらなければならないはずなのに、トラックが走ってきて――。


『みやこ!』

『宮子ちゃん!』


 勇人の声。――の叫ぶ声。

 道路の向こう側から一目散に走ってきた――さんが、駆け寄っていた勇人の方へ、宮子を突き飛ばして。

 そして。


 ――おまえのせいで、しんだのだから。


 一面に広がる、赤。

 血しぶきが舞い、幼い宮子と勇人の身体に降りかかる。

 目の前は真っ赤なのに、頭の中は真っ白で。

 ただ呆然と、その光景を眺めていた。




 そこまで思い出して、宮子の意識は闇に飲み込まれて、途切れた。



  〇



「宮子!? おい、宮子!?」

「救急車……いえ、新條家直営の病院へ連絡します! あそこの方がここから近いし対応が早いですわ!」

「宮子さん、いったいどうしたんですか!?」

「持病持ちということはあるまいな!?」

「そ、それはない、はずだけど……」


 突然倒れて意識を失った宮子に、勇人だけでなく尾行していた真理冶達も飛び出していた。

 勇人も困惑しており、尾行していたのか、とか聞く余裕なんてまるでない。

 ただ、宮子の異変に心を掻き乱されていた。


「告白、しただけなのに……なんで、こんな」

「――勇人さん!」


 ぱちん、と。勇人の頬が叩かれる。

 叩いたのは、気弱で、人を叩くことになんてずっと無縁だった――小野渚だ。


「しっかりしてください! 動揺するのは分かりますけど、貴方がしっかりしないと!」

「……あ、ああ」


 力の弱い渚のビンタは、大して痛くはない。

 けど、何より心に響く痛みがあった。


「……そうだな。俺がしっかりしないと。

 そこの木陰に運ぼう、それと誰か悪いんだけど、冷たい飲み物を買ってきて!」


「む……しかし意識がなくては飲めないのではないか?」

「熱中症とかの類かもしれない。脇とかに冷たい容器を挟んで身体を冷やそう。それからできるだけ楽な姿勢に」

「私が行くよ! すぐ戻るから!」


 たたた、と自販機へ走る由美。

 周りの人と協力しながら、救急車の到着を待った。


「……宮子」


 勇人は、幼馴染の手をぎゅっと握る。

 後はもう、それくらいしかできることがなかった。



   〇



 深い闇の中、どこまでも沈んでいく。

 宮子は気付けば、そんな場所にいた。

 夢の中みたいな世界。だけど何もない世界。

 ただ、どこまでも深く、深く、沈んでいく。


 このまま、どこまでも落ちていけば、誰にも見つけてもらえなくなるのだろうか。

 そんなことをぼんやりと考えながら、それもいいかもなんて、宮子は思った。

 そうして消えてしまえば、思い出さなくてすむ。

 辛いこと、悲しいこと、何もかも忘れて、眠ってしまえばいい。


 何もかも投げ出して、消えてしまえ。――を死なせてしまった自分なんて。

 そんな風に何もかも捨て去って、目を閉じようとした時。


「――宮子ちゃん」


 光が、生まれた。

 闇の遥か向こうに、とても明るくてあたたかな光が。

 閉じかけた目を開いて、その光を見つめる宮子。

 光はやがて、宮子の傍まで近づいてきて、人の姿へと変わった。

 その姿は、幼い記憶の中で見た男の人と、瓜二つで。


『おれ、みやことけっこんする!』

『え~? けどわたし、りんさんがすき!』 

『ええ!? ええと、……け、けどみやこがおとなになるころ、りんにいちゃん、もうおじさんだぜ!?』

『おじさんでもいいもん! わたし、りんさんとけっこんする!』


 名前が頭に浮かぶ。その途端、弾ける様に蘇っていく記憶。

 その人は、勇人の兄で。幼い頃の宮子の憧れの、初恋の人で。

 そして――宮子を庇って、あの日、信号無視のトラックに引かれて死んでしまったはずの人。


りん、さん……?」


 宮子の呟くような呼び声に、その男性――九条凛は、頷いて。


「……久しぶり。宮子ちゃん」


 嬉しそうに、寂しそうに。困ったように。

 柔らかくて優しい微笑みを浮かべた。

心の奥底で、蘇る記憶

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