第19話「日常の裏で闇は深まる」
栗原綾の拘置所脱走により、世間は再び騒がしくなった。
前回の事件発生時には匿名で報道されていたが、殺人未遂犯の逃亡という緊急事態に実名報道の上で警察の必死の捜索が行われている。
保護者である北条家にも捜索の手は伸びたそうだが、確たる証拠は見つからなかったそうだ。
栗原の行方は依然不明のままである。
集団登校も考えられたが、富豪階級の生徒達は自家用車での送迎が多く、通常の学校のように地域ごとの集団登校が成り立たないという結果になった。
事故調査により集団登校には交通事故発生時に被害が拡大する恐れがあるというデメリットの存在も大きい。
そのため登校の仕方は自由となり、生徒とその家族の自己責任で決定することになった。
代わりいってはなんだが、街中には警察官が多く配置されており、登下校の道にもちらほらと警官が目を光らせていた。
宮子はといえば、勇人と登下校を共にすることとなった。
宮子の両親は仕事が忙しいらしい。母は専業主婦だが、今は非日常側での仕事で色々と動いているそうだ。
勇人の父は警察関係者であり杉野家よりさらに多忙、母は愛と翔を車で送迎している。
愛の通う小学校と聖クリスティナ学園の位置関係上、勇人と愛の二人とも送迎するのは時間的に厳しいらしい。
九条家の人々は勇人と宮子を共にすることに申し訳なさがあったそうだが、当人同士で交流を再開する約束をしていたこともあり、宮子は承諾した。
その分、翔をいっしょに連れて行ってもらうことになっている。元々同じ小学校だし請け負うつもりだったらしい。
そんなわけで、宮子は勇人と並んで学校に向かっている。
二人の間にはあまり会話がない。日によってはほぼ会話がないまま学園につく。
今日も黙々と足を動かして、登校路を歩いていた。
「……え、ええと。今日は良い天気だな!」
勇人が話題に困ったのか、突然そんなことを言い出す。
確かに今は晴れている。だが宮子はすぐに指摘する。
「午後から夕方にかけて雨だよ」
「え、まじで!? うわ、どうしよう……傘持ってきてねえよ」
困った様子の勇人に、宮子はさっと折り畳み傘を渡した。
こんなこともあろうかと、用意していたのである。
「え、これ……いいのか?」
「二つあるから。……天気予報は確認した方がいいよ」
「あ、ああ。ありがとう」
そこで再び会話が途切れた。
かつかつ、と靴音だけが響く時間がしばらく続く。
今度は宮子から質問することにした。
「前に言ってたケジメ、ついたの?」
「え、あ、それは、まだ。せめて中間テスト終わってからって思ってたから、そろそろ……」
「……そう」
ケジメの内容について深く尋ねるつもりがなかったので、また会話が途切れた。
勇人も今はそれ以上言うつもりがないのか、押し黙ってしまう。
宮子はせっかくの機会だし、と以前から気になっていたことを尋ねた。
「……あの時さ、何で私のこと『俺の彼女』なんて嘘ついたの?
あの場を切り抜けたいなら、もっとやりようがあったんじゃない?」
「え、ええと……あの時は動揺してたのと、その……」
頬を赤く染めて何か言いかけた勇人。
だが、気持ちを切り替えるようにいったん目を閉じて、再び開いた時には真面目な顔になっていた。
「……いや。今は俺に、その言葉を言う資格はない。
ケジメつけたら……その時に、ちゃんと理由も話す」
「……そう」
結局、勇人の言うケジメとやらが終わらなければ、詳しくは聞けないようだった。
話題も尽きてしまい、二人は再び沈黙のまま歩みを進めた。
〇
校門に着くと「それじゃ」と短く挨拶をして勇人と別れる。
何か言いたそうな勇人だったが、「……ああ、また」と言って彼も自分の教室に向かった。
しばらく歩けば勇人も、彼を慕う少女達と合流するのだろうと思いながら、宮子も教室に向かった。
校門で別れるのは、少女達と……正確には加奈子と衝突するのを防ぐためだ。
渚達とは良好な関係を続けているため、勇人と共にいる所を見られても、登下校を共にしている理由は伝えてあるし問題はない。
だが加奈子は、渚達がそれを伝えた瞬間、共に登校した初日に突っかかってきたのだ。
加奈子が何か喋る前に勇人が制止して連れて行き、その後説得したそうだが、なんとも喧嘩腰の様子であったことは宮子も感じていた。
お互い不快になることもないだろうと極力出会わないようにしているが、おそらく加奈子は勇人を待ち受けていて、教室に向かう間にも色々あるのだろうなと思った。
加奈子が腕を組んで歩こうと、身体をくっつけたり、なんて。
その光景を思うと何故か胸がちくりとしたが、宮子は「ストレスでも溜まってるのかな」と疑問に思うだけで、さっさと自分の教室に向かった。
教室に着くと、がやがやと騒がしかった。
話題は栗原綾に関することで持ちきりの様子で、どのように潜伏しているのか、何を狙っているのか、なんて話を皆が行っている。
野次馬のように楽しそうに持論を話す者もいれば、怯えた様子でこれから何も起こらないことを願う者もいる。
事件に対する受け取り方は、人それぞれの様子であった。
「あ、みやちゃんおはよー!」
「おはよう。今日も騒がしいね」
「最近はずっとこの調子ですわね。それにしても、謎が多いですこと」
元気に挨拶する由美に、周囲の様子を眺めながら溜め息をつく宮子。
そして真理冶はそれを話題に、何やら推理らしいことを話し始める。
「そもそも、拘置所の壁をどうやって内側から破壊したのでしょうね」
「ニュースでやってたねー。破片の残り方とかで、内側から破壊されたと推測されるって」
「破壊した方法も不明だよね。火薬を使った後はなかったそうだし」
「何者かが手引きした可能性が高いですが、共犯がいたとしてもどうやって壁を破壊したのかは結局、謎ですわ」
考えたところで、ただの学生でしかない宮子達にはニュースで得た情報以外は何も手がかりがないため、答えに辿り着けるわけもなく。
結局は専門職である警察や探偵に頼るしかない、というのが現状だった。
〇
「うふ、うふふふ……きたわ、私の時代がきたわ……」
薄暗い部屋の中、不気味な笑い声が響く。
栗原綾は、魔王の拠点である城内で、宛がわれた部屋で現状を振り返り、とても満足していた。
窓の外は暗黒に包まれており、ここが影の中に魔法で作られた空間で、自分達が隠れ潜んでいるという現実を突きつけられる。
だがそんなものは些細なことだ。むしろ秘密の場所というシチュエーションを楽しんですらいた。
黒を基調として、洋風の王宮のように誂えられた城内。綾の自室はまるでお姫様の部屋のように豪華で、綾の心を自尊心で満たす。
囚われの身から晴れて自由へ。食べ物や娯楽用品こそ足りていないものの、2ヶ月弱続いた拘置所生活と比べれば格別の待遇だ。
何より、毎晩どころか暇さえあれば『女の幸せ』を堪能できる。
相手はクールなイケメンであり、今は弱体化しているとはいえ魔王。つまり王様なのだ。
王様に毎日のように抱かれて、ふかふかのベットで眠れる日々。
さらにこの先魔王が力を取り戻していけば、さらなる贅沢もできそうである。
今はまだ隠蔽の魔法で姿を消して、時々街中へ下準備を兼ねてお出かけするのが限界。
しかしいずれは、人々を傅かせて往来を堂々と歩くことも夢ではない。
「それに今後の作戦も決まったし、準備さえ終われば……世界征服も時間の問題よね」
先日、魔力を効率よく搾取する手段について検討していた際。
綾の何気ない言葉を元に、魔王はこの世界ならではの魔力搾取の図式を構築したのだ。
下準備にこそ時間がかかるものの、終わりさえすれば今とは桁違いの大規模で魔力搾取が可能となる。
世界。
そう、まさに世界中から、魔力の源である人の悪感情を奪い集めることが可能となるのだ。
そうなればもう、魔王の力はかつての全盛期すら超えて、この世界の頂点に君臨するだろう。
当然、その時隣に王妃として傍にいるのは自分であると、栗原綾は確信していた。
「杉野宮子……あんたへの復讐は、その時にじっくりしてあげるわ……楽しみにしていなさい……くく、あはははは!」
狂いし乙女の凶笑が、暗黒の世界に響き渡る。
闇より尚深き欲望の権化は、漆黒のドレスを靡かせながらくるくると回っていた。
しばらくしてドレスの裾を踏んで転んだ。




