第18話「光と闇の境目」
翌日、学園から帰ってきた後。
宮子は母の自室にて、魔力についての説明と共に、鍛錬の仕方を教わっていた。
「魔力は基本的に、酸素みたいに目に見えないだけで世界に漂っているの。
それを体内に取り込むことで、人の中にも魔力が吸収される。
そして人の心や魂に宿った魔力は、人の精神に影響を受けて増減するのよ。
だから自分の中にある魔力を使う時には、『魔力を使うぞー』て心に意識させないといけないの。
その辺りを異世界では呪文の詠唱とか儀式とかで心に伝達する方法を確立してるのよね。
だけど私達の世界には魔力なんて、所謂パワースポットとか神秘的な場所とか、そういうところにしかないわけ。
宮子は魔力がどうのこうの言われても、それが自分の周囲に漂ってるなんて知覚できないでしょ?
知らないから意識できない。意識できないから使えない。そんな感じで、こっちの世界の人はよっぽど才能がないと魔法なんて使えないのよ。
例え宮子が、向こうの呪文だけ真似したって、そんなの台本を読んでるだけと同じで心は『いや魔力とか分かんないよ』って混乱しちゃうだけで、魔法にはならないのよ」
向こうの世界に生まれていれば、世界に魔力が満ちているから吸収量も多くて、呪文の真似だけでも簡単な魔法なら使えちゃうんだけどね~」
母はノートに書き纏めた項目を見せながら、できるだけ噛み砕いて説明してくれる。
やはりゲームか何かの話にしか思えないが、母は真剣そのものであり嘘ではないのだろう。
「宮子は魔法使いを目指すわけではないし、第一私には武道家としての戦い方しか教えて上げられない。
だから、今宮子が習得している護身術に、魔力を意識してできることを増やしたり強化するのが一番だと思うわ。
例えば簡単な身体強化だけでも、普通より速く動けるようになると思うわ。
とはいえ、宮子の魔力は一般人と変わらないから、ちょっと走るのが楽になる、くらいで終わるかもしれないけど」
あまり劇的な効果は望めないらしい。
だがそれは承知の上だ。少しでもできることがあるなら、努力するまで。
不可能を可能にすることはできなくても、困難を可能にする努力なら、ずっとやってきたことなのだから。
「漫画みたいに瞑想してパワーアップ、とかはできないけど……」
ふと、母は宮子の背後に回りこむ。
どうしたのかと振り返ろうとしたが「じっとして」と言われて、そのままで待つことにした。
「今から魔力を身体に流すことで、あなたの心に存在を知覚させるわ。
私は魔力の譲渡なんて器用な真似ができないから、あくまで通り過ぎさせるだけだけど。
まったく知らないままよりマシになるはず……よっ!」
背中に両手を重ね当てていた母が、グッと力を入れて押し込む。
その途端、身体の中に力が漲るような感覚と高揚感が駆け巡った。
けどそれは一瞬の出来事で、あっという間に何事もなかったかのように元に戻ってしまった。
「今のが、魔力……」
「んー……やっぱり身体に定着はしないわね。そもそも異世界人とは身体の造りから違うんだし、こればっかりは仕方ないか」
母は何かを確かめるように宮子を見つめながら、考えを纏めたようだ。
「他人からの魔力の譲渡、なんて芸当ができる人物は私も知らないし、こればかりは地道にいくしかないわね。
さっき言ったように、魔力はこの世界にもちょっとだけだけど漂っているのよ。
酸素みたいにって言ったけど、実際呼吸することでも魔力は吸収できる。
ただ、『魔力なんてない、空想の産物だ』って、この世界では皆がそう考えちゃうから、心が魔力の定着を拒絶しちゃうのね。
常に魔力を注ぎ続けるようなことをすれば、他人の魔力で宮子を強くできるかもしれないけど、それこそ机上の空論ねそんな無茶苦茶。
だから宮子、貴女が覚えるべきなのは呼吸法による魔力の吸収を、一時的にでも出来るようになることね」
母は立ち上がって「それなら私も教えられるわ」と呟いて、宮子にも立ち上がるように促した。
「はい、じゃあ深呼吸ー」
そう言ってぐーっと背筋を伸ばして、ラジオ体操のように深呼吸をする母。
宮子もそれに倣って深呼吸する。
「……ええと、次は?」
「え? 今ので終わりよ~」
母はふざけている様子もなく、至極真面目な顔でそう言った。
さすがに怪訝そうな顔をする宮子だが、母は諭すように説明する。
「戦いの時はこうじゃないわよ? 基本的に戦う時は、空手の外気、内気呼吸法がいいかしらね。
けど今の宮子は『魔力を呼吸を通じて吸収する』ということに関しては完璧に初心者なわけ。
だから、一番簡単な深呼吸でまずは慣れていかないとね」
言われてみれば、納得できる内容だった。
自分は魔力の扱いに関してはまったく知らないのだから、やりやすい方法から徐々に慣れていくしかない。
未熟さを自覚した宮子は、気を引き締めて深呼吸を行った。
「うんうん、宮子のそういう素直に気持ちを切り替えられるところ、お母さん好きよ~。
じゃあ頑張っていきましょー。ポチっとな」
母が部屋に置いたラジカセのスイッチを押すと、ラジオ体操の深呼吸の部分だけが繰り返して鳴り出した。
どうやらこの練習のために編集したらしい。
「はい、深呼吸~」
「スー、ハー……」
母と宮子は、二人仲良く並んで深呼吸を繰り返していった。
「なあ晶子姉ちゃん、何で宮子姉ちゃんと母ちゃんのいる部屋から、あんな何度もラジオ体操の深呼吸の部分だけ流れてるの?」
「さあねー。それより、ポケロボ大会に向けての調整、ラストスパートかけるわよ」
「おう、そうだな! いよっしゃあ、目指すは優勝だー!」
母の自室から鳴り響く音楽を多少気にしつつも、晶子と翔は今日も仲良くポケロボを弄っていた。
ポケロボ世界大会地区予選まで、あと少しだった。
〇
魔力についての説明を受けた翌日からは、魔式呼吸法と母が名付けた呼吸法を意識しながら、普段のトレーニングをこなしていく。
急激に能力が上がったというわけではないが、若干体力の回復が早くなった、ような気がする。
目に見えるような成果が出ないことに少し焦るが、そんなのは慣れたことだった。
宮子は決して才能のある人間ではなかった。
数々の特技や身体能力の高さから勘違いされやすいが、それらは全て子供の頃から続けてきた努力が土台となったものである。
最初から何もかもできたわけではない。むしろできないことの方が多かった。
今でも何で『そんな子供の頃から努力を始めたのか』は思い出せないけど、とにかく前に進むしかないと気持ちを切り替えた。
いつか後悔しないために、今はただ努力あるのみである。
そうして新しい努力を始めた宮子だったが、日常でも今までの努力の成果を試される時が来る。
中間テスト開始である。
学生の本分である以上手は抜けない。
魔式呼吸法の練習のために勉強の時間は減ったものの、日々の積み重ねと友人達との勉強会のおかげで、回答に困る機会は少なかった。
あっという間に試験期間が過ぎていき、最終日――。
「――おわったあ!!」
試験終了の合図と共に、由美が歓喜の声を上げた。
他の生徒達も一週間続いたテスト期間の終わりに開放感を感じているらしく、答案の回収作業を終わらせたら皆でわいわいと話し始める。
「嬉しそうですわね、由美さん。……ところで、手応えの方はいかがかしら?」
「……おわったあ」
テストの結果について聞かれた途端、机に突っ伏して項垂れる由美であった。
どうにもやばい感じらしいことは、言葉はなくとも伝わってきた。
「そういうまりにゃんはどうなの?」
「まりにゃん言うにゃ! ……かみましたわ。え、ええと、まあ自信ありですわね」
「にゃ~口調のまりにゃんまじにゃんにゃん! ねえもっかい、もっかい言って?」
「ああもうしつこいですわね、このわんこ! 躾けますわよ!?」
「きゃー、まりにゃん大胆ー♪」
「こ、このっ……待ちなさい!」
ばたばたと教室の中で追いかけっこを始める真理冶と由美。
二人は今日も仲良しであった。
「この後はテスト終了のお疲れ様会でもする?」
「おー、いいねえ! それのった!」
「この、ちょこまかと……宮子さん、わたくしも参加しますわ!」
走り回りながらも返答してくる二人の声を聞いて、宮子は安心する。
遊んでいていいのか、と思うが母から『修行を意識しすぎて日常を疎かにしないこと。約束破ったらもう修行なし』と言いつけられている。
『魔物』は基本的に夜にしか出現しないらしいし、それらの討伐は、なんでも那岐さん主体で昔『アルカナ』チームとして活動していた面々が集い、対処しているらしい。
面倒事は大人に任せて、子供は青春を楽しみなさい! と那岐さんからの伝言を母から伝えられていた。
そもそも今の宮子の修行は普段の呼吸でも意識すればいつでもできる内容だ。
だから、皆と元々やろうと考えていたお疲れ様会は、予定通り行うことにした。
「みんなはどうする?」
「は、はい! 私も、よろしければ……」
「おれっちも行くっすよ!」
「行く行くー!」
「私もご一緒していいですか?」
宮子が他の友人も誘うと、優菜、響、穂乃香、真琴が参加してくれた。
「じゃあ勉強会グループ全員集合ってことで。あの喫茶店でおいしいものでも食べにいかない?」
新学期初日の休日に真理冶達と遊びにいった喫茶店だ。
あれから人気は続き繁盛しており、宮子達も皆でよく遊びにいっていたので、最早馴染みの店である。
宮子があそこに行こうと提案すると由美が元気な声で「さんせーい!」と答えながら駆け寄ってきた。
「ちょうどいま、新作発表されてるらしいしさ! 皆もそこでいい?」
「いいっすよー。あそこうまいっすしね」
他の皆も賛成のようで、皆で行くことになった。
「ぜえ、はあ……お、お待ちなさいな、わたくしも行き、ぜえ……」
「……大丈夫? 真理冶さん」
「え、ええ。へっちゃらでしてよ? 新條家ともあろうものがこの程度で、はぁ、へばるわけには……」
「とりあえず呼吸落ち着けよう。深呼吸ー」
「……すー、はー」
運動不足が祟ったのか、追いかけっこでかなり疲労した様子の真理冶の呼吸が落ち着いてから、出発する宮子達であった。
そうやって、日常と非日常の境目を行き来しながら、平穏な日々を過ごしている時だった。
――栗原綾の、拘置所脱走事件が発生したのは。




