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学園の中心で「邪魔しないでよ!」と叫ばれた少女 連載版  作者: 千条 悠里
第2章「騒動の中心で『絶対に!』と叫ばれた少女」
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第15話「光の中心で誓いを叫んだ少女」 『第2章スタート』

 杉野宮子は、平穏な日々を生きていた。

 栗原綾の事件による騒動がしばらく、テレビ局などを騒がしてはいたが、気付けば収束していた。

 母が「那岐ちゃん、また裏で何かやったのかしら~」とテレビのニュースを見ながら呟いていたが、詳しいことは宮子も知らない。

 とにかく、強引で迷惑な取材を生徒達が受けたという話も聞かなくなり、穏やかな日々が戻ってきた。

 そんな平和な時間の中、昼休みに由美が机に突っ伏して項垂れていた。


「うがー、テストやだやだやだー」


 一部の生徒には穏やかでない日々が始まっていたのだ。

 6月の中間テストが近づいてきており、学園内でもテスト対策について話し合う声をよく聞くようになってきた。

 聖クリスティナのテスト範囲はかなり広いため、早めの対策が必要となるのだ。

 やれ山がこうだの、ノートを見せてだの、勉強会をしようなど。話題は尽きない。


「由美は勉強が苦手ですものね」

「国語はいいんだけど、英語とかもうねー、何の呪文? て感じだよー」

「外国の人からすると、日本語の方が難解らしいけどね」

「ええ、わたくしも14ヶ国語をマスターしておりますが、日本語は奥が深いですわよ」

「ふ、ふーんだ! わたしは日本で生きて死んでいくから、日本語さえできればそれでいいのだ!」

「はいはい。貴女の生き方はともかくテストに向けて努力しなさいな」


 宮子達も教室で談笑しながら、テストについて話していく。

 多国語まで習得していない宮子だが、テスト結果で上位を狙えるくらいには勉強はしている。

 勉強一筋の人達と比べれば劣ってしまうが、それでも上から数えた方が早いくらいだ。

 そもそも聖クリスティナ学園の生徒数はかなり多いため、下から数えた方が早いという状況はかなり追い込まれているのだが。


「私達も、勉強会とかしようか」

「おー、いいねえ! 息抜きにはお菓子とかゲームとか持ち寄って」

「貴女それで去年、勉強に集中できず赤点になったでしょう! 今度は許しませんわよ!」

「ひ、ひえー! お許しをー!」


 去年、由美の息抜きに巻き込まれて自身も成績を若干とはいえ落とした真理冶が由美を叱る。

 遊んでいる間は楽しそうであったが、羽目を外しすぎたせいで家族からお叱りを受けたそうで、落ち込みながらも誘惑してきた由美への恨みを呟いていたことを宮子は思い出す。


(……ちょうど、仲良くなった直後で友達らしい遣り取りに飢えていた時期の真理冶だったから、自分から飛びついていた気がするけどそれは言わないでおこう)


それはもうねこじゃらしに飛びつく猫のようであったと、宮子は思い出を振り返りながらそっと胸に仕舞い込んだ。


「あ、あの……私達も勉強会、いいですか?」


 ふと、優菜が声を掛けてきた。

 その傍らには真琴や穂乃香、響もおり、声をかけるタイミングを伺っていたようだ。


「私はもちろんいいよ。由美と真理冶は?」

「もちろんいいよー! みんなで楽しもーう!」

「べ・ん・きょ・う、するんでしょう! まったく……わたくしもよろしくてよ」


 合計6人。けっこうな人数となったが問題はないだろう。

 お互いの得意科目、逆に苦手科目などを相談したり、勉強会の日程を決めたりしているうちに、昼休みの時間はどんどん過ぎていった。



  〇


 その日の晩。

 夜間のランニングをしていたところ、友人の姿を見つけて宮子は駆け寄った。


「こんばんは、優菜さん」

「え、あ、宮子さん? こ、こんばんわ」


 急に声を掛けられて驚いたらしいが、相手が宮子と分かると安心したように微笑む優菜。

 優菜のペースに歩調を落として、宮子はタオルで汗を拭きながら話しかけた。


「ずいぶん遅い時間だけど、なにか用事だったの?」

「は、はい。ええと、学習塾に通ってるのですが、忘れ物して取りに戻っていたらこんな時間に」


 普段はもう少し早い時間に帰るようだが、今日はたまたま忘れ物のため帰宅時間が遅くなったようだ。

 街灯が夜道を照らしているとはいえ、女性の一人歩きは危ないのでは――そう言おうとして、人のことを言えないなと宮子は言葉を飲み込んだ。

 変質者に襲われても護身術で撃退できる自信はあるが、そういう油断が危機を招くのだと母にもよく忠告される。

 そもそも護身術の基本は、危ないことを避けることにある。格闘術などは緊急事態の時のためであり、最後の手段でしかない。

 一応、同じ曜日に走らないようにしたり、できるだけ人通りの多い時間を選ぶなど、気をつけてはいるのだが、それでも優菜に忠告できる立場ではないだろうと宮子は思った。

 朝と夜で、同じランニングにも身体への効果が違うこともあり、身体を鍛えるためには疎かにできないため、頻繁に夜間に出歩いている宮子の方が余程危険であるだろう。

 とはいえここで優菜と別れて、後で何かあっても目覚めが悪いので、宮子は彼女についていくことにした。


「優奈さんは学生寮だっけ。ついていっていいかな? 今日のランニングコースにちょうどいいしさ」

「え、ええと、わたしは全然いいですよ。ありがとうございます」


 ランニングから競歩のペースに変えて身体を動かしながら、優菜と学生寮までの道を進む。

 談笑しているうちに、宮子の鍛錬の話が話題になった。


「宮子さんは、いつもランニングしているんですか?」

「朝はほぼ毎日かな。夜は、勉強したり別のことしてたり、気分とかによるよ」

「あ、朝は毎日ですか。すっごく鍛えてるんですね」

「子供の頃からの日課だから、やらないと落ち着かなくて」

「ふぇ、子供の頃からですか……なんで宮子さんは、身体を鍛えようと思ったんですか?」


 ふと優菜が尋ねた疑問。

 それは何気ない質問であるはずだった。

 宮子も、それに普通に答えようとしたのだが。


「……あれ? なんで、だっけ」


 その答えとなる、自分の理由を思い出せなかった。

 子供の頃のことだから、単に忘れてしまったのかもしれないけれど。

 忘れてしまうような軽い理由ではなかったような、気もする。

 なんとか思い出せないかと記憶を掘り起こそうとして――。


 ザザザ、と。思考にノイズが掛かったように、眩暈がした。

 眩暈は一瞬。優菜にもその異変が伝わらないくらいの、一瞬のこと。

 ただ、宮子は自分自身に、すごく違和感を感じた。


(私は、何で頑張ってきたんだっけ?)



 思い出せない。


 思い出したい。


 思い出すべきだ。


 けど。




 それは絶対に、思い出してはいけない――。





「……宮子さん? どうかしましたか?」


 優菜の問いかけに、はっとして宮子は我に返る。

 ずっと返答がない宮子に、何か聞いてはいけないことを聞いたのかと不安そうな優菜が、宮子を申し訳なさそうな顔で見つめていた。


「ご、ごめんなさい。何か、答えづらいことを聞いてしまいましたか?」

「い、いや。そんなことないよ。ただ、何で鍛え始めたのか、どうしても思い出せなくて」


 優菜に「心配かけてごめん」と謝りながら宮子は気持ちを切り替える。

 思い出せないのなら、思い出そうとしたところで意味はない。だって忘れているのだから。

 そう思い込めば、違和感や思考のノイズは少しずつ薄れていき、やがて消えた。

 ……それでも、何か心に引っかかるものは感じたが、それもいずれ消えるだろうと思うことにした。


「そ、そうなんですか。子供の頃のことですし、ええと……アニメのヒーローに憧れた、とか?」

「あー、確かにそれはあるかも。男の子に混じってヒーローごっことかよくやってた記憶がある」

「あはは、けっこうやんちゃだったんですね、宮子さん」


 優菜と談笑しながら、夜道を歩いていく宮子。

 自身の心の中に、夜闇の如く暗い何かが潜んでいることに、焦燥を覚えながら。




   〇




 学生寮の入り口が見えてくる。

 聖クリスティナ学園の学生寮は、生徒の様々な生活スタイルに対応するため門限を設けておらず、夜間の出入りも制限はないらしい。

 ただし専用のカードキーが必要で、出入りの記録が残るため無断外泊などを行った場合、厳罰に処されるらしいが、宮子はずっと自宅通いのため、学生寮の詳しいことは知識としてしか知らない。

 

「あ、あの。宮子さんは帰り道、大丈夫ですか?」


 優菜は少し心配そうに宮子に尋ねた。

 学生寮は学園の近隣に併設されている。ここから宮子の自宅まで、登下校するのと同じくらいの時間が掛かるだろう。

 だがそれくらいは宮子にとって慣れた距離であり、特別困ることはなかった。


「大丈夫。距離的には慣れてるし、できるだけ人通りの多くて明るい帰り道を選ぶから」

「そ、そうですか。では、あの……送ってくれて、ありがとうございました」


 丁寧にお辞儀と別れの言葉を告げて、学生寮の門へと向かう優菜。

 ――異変が起こったのは、そんな時だった。

 視界に映る世界がぐにゃりと歪んだかと思うと、周囲の様子が一変していく。


「……ふぇ!? な、なんですかこれ!?」

「……!?」


 突然の事態に慌てふためく優菜の傍に駆け寄るが、宮子も動揺していた。

 二人の周囲は既に、普通では有り得ない光景へと染まっていた。

 夜空が広がっていたはずの頭上には、黒紫の濃霧のようなものが覆っている。

 その不可思議な濃霧は周囲にも広がり、霧の向こう側にあったはずの学生寮や建物は影すら見えない。

 そして――戸惑う二人の少女に、異形の影が迫る。

 最初にその姿を見つけたのは優菜だった。「み、宮子さん! 後ろ!」そう叫ぶ声に慌てて振り返る宮子の視界に、一匹の狼、のようなモノがいた。

 その姿は異様としか表現ができない有様だった。立ち込める濃霧のように黒紫に染まる体表は生物のそれとは到底思えぬ禍々しさを放ち、その身からは蒸気のように濃霧が零れ落ちている。

 まるで現実味がないというのに、その怪異は宮子達の眼前に確かな現実として存在していた。


「ば、化け物……!?」


 怯えて後ずさる優菜の声を聞きながら、宮子は必死に観察と推測、知識の引き出しを行う。

 狼の走力は最大で約時速70キロメートル。持続力を重視しても時速30キロメートルで獲物を一晩中追い掛け回すことも可能だという。

 目の前の怪異にそれが当てはまるかは分からないが、どちらにせよ生身の人間に対処できる存在ではない。

 逃走は困難。かといって護身術くらいで対抗できるような相手ではない。

 そもそも逃げるにしても周囲は濃霧で囲まれており、その黒紫の霧は触れていいものかどうかすら分からない。逃げ場は見つからなかった。

 相手が群れでなく単独であることだけが救い――そう考える宮子の前で、魔狼が遠吠えを上げる。

 その呼び声に応えるかのように、地面にインクをぶちまけたような黒い影がいくつも生まれて、その影の沼の中から小人のような姿をした異形が這い出てきた。

 魔狼ほどの脅威がある存在かは不明だが、得体のしれない敵がさらに増えたことに優菜は怯えて地面にぺたりと座り込み身体を震わせている。

 宮子もせめてと思い構えを取りながらも、嫌な汗が滲み出るのを感じた。

 考える暇があったのはそこまでだった。

 新たに現れた小人達が一斉に飛び掛ってくる。背丈は宮子の腰に届くほど、手元には何も武器を持っていないが、鋭い爪らしきものが垣間見えた。


「こ、この……!」


 宮子はまず先頭を切ってきた小人の顔面へ靴底を叩きつける。

 吹き飛んだ小人に構うことなく別の小人が飛び掛ってきた。その腹を蹴り上げ、足元に迫る別の小人の頭蓋に踵を振り下ろす。

 ぐちゃり、と。生物のモノとは思えぬ感触と共に小人の頭蓋が弾けて、霧散するように跡形もなく消えた。

 潰した瞬間感じたのは、まるで水風船を踏み潰したような感触だった。生物の頭蓋ならこうはならないし、内臓らしきものが飛び散る様子もない。

 魔狼の戦闘力が如何ほどか不明であるが、小人に関しては数が脅威なだけで、戦闘力は一般人に劣るらしい。


(本当になんなの、こいつら……! 夢でも見てるの!?)


 これは夢だ、と現実逃避する暇もなく次が来る。

 後ろから忍び寄ってきた小人に回し蹴り。回転の力をそのまま生かして身体を反転させて、別の小人の首に爪先を叩き込む。

 小人だけなら、なんとか――そう思っていたところに、魔狼が突撃してきた。

 攻撃のために体勢が崩れた直後で、回避は間に合わない。そう判断した宮子は――汗拭き用のタオルを両手に持ちピンと張り詰めさせて、迫る魔狼の口に挟み込む。

 猿轡の要領だ。口にかませることで少しでも動きを止めさせようとした――が、食いちぎられるどころか、魔狼が威嚇するように吼えると口に接している場所からタオルが炎に包まれて燃え落ちた。

 慌てて後ろに飛び退くが、それを許さぬとばかりに鋭爪が振るわれて、宮子の肌を切り裂いた。

 

 (っ! 大丈夫、かすりき、ず……?)

 

 掠っただけで出血はしているが致命傷ではない――そう判断した宮子だったが、傷の小ささに関わらず、身体から力が抜ける。

 麻酔でも打たれたような痺れる感触。身動きできない程ではないが、動きは確実に鈍っていた。

 なんとか距離を取ろうとするが、もう背後は濃霧の壁が立ちはだかり、壁際には優菜が恐怖に怯えた表情で「み、宮子さん……貴女だけでも、逃げて……」と震える声で呟いていた。

 宮子に、優菜を見捨てて逃げる気など毛頭ない。そもそも、逃げる手段がない。

 鍛えていようとも、杉野宮子はただの人間でしかない。自転車でもあれば別であろうが、生身でいくら走ったところで狼は振り切れない。

 かといって、戦うのも厳しい。狼の持つ戦闘力に、不可思議な現象を起こす異形の存在。宮子はそんな規格外なものに太刀打ちできるような武術の達人では、決してない。

 人との繋がりを大切にして、多くのことを学びながら日々を生きている、ただの学生に過ぎないのだから。


 魔狼が、逃げ道を塞ぐようにじりじりと距離を詰めて来る。その周囲には霧散せず残っていた小人達も集い、包囲網が築かれていく。

 眼前の恐怖を見据えて構えながらも、宮子には隙を探りながら後ずさることしかできなかった。


(わ、私……死ぬの? 宮子さんもいっしょに、こんな訳も分からないまま?)


 優菜は呆然と、目の前の現実味のない光景を見つめながら死の恐怖に怯えていた。

 自分が死ぬのが怖い。そんなのは誰でも思うこと。それを責める者などいないだろう。

 そしてそれと同じくらい優菜が怖いのは、宮子が死んでしまうことだった。

 怯えてばかりの自分を庇って戦ってくれた宮子。学園で一人ぼっちだった自分に声をかけて、友達になってくれた宮子。

 他にもたくさんの友達との繋がりをくれた、大切な友達が……自分を庇って、死ぬ。その末路を想像しただけで、心が悲鳴を上げた。


(だ、め……そんなの、だめ……!)


 どくん、と。心臓が熱を帯びる。

 恐怖に凍えた心に、怒りの炎が灯り、心を溶かしていく。

 こんな、訳の分からないまま、終われない。

 こんな、訳の分からないやつに、友達を奪われたくない――!


 魔狼が宮子に目掛けて飛び掛る。

 宮子が恐怖を隠せないまま、それでも立ち向かおうとする姿を瞳に焼き付けながら。


「そんなの、だめー!!」


 優菜の叫びが木霊する。

 その必死の絶叫に応えるように――光が生まれた。

 優菜の身体から放たれた眩い閃光が、瘴気を祓うように黒紫の濃霧を引き裂いていく。

 その光に包まれた小人達は断末魔を上げながら消滅していった。

 宮子に襲い掛かった魔狼の牙は、純白の光の壁に阻まれて、宮子まで届くことはなかった。

 光に弾かれる様に吹き飛び、地面に倒れ伏す魔狼。しかしまだ戦意を失う様子はなく、ぐるると唸り声を上げながら威嚇している。


 その魔狼をしっかりと睨みつけて、優菜は立ち上がった。

 彼女の身体からは依然衰えることなく閃光が溢れ出している。

 そしてその背後には、薄っすらと天使の羽のようなものが浮かび上がっていた。


「これ以上、私の友達を……傷つけさせたり、しません!」


 自身に起こる不可思議な現象に躊躇うことなく、早苗優菜は叫ぶ。

 その誓いを込めた叫びに共鳴するかのように、光はさらなる輝きを見せた。


「私の友達を、守って――アルカナ!」


 宮子を庇うように魔狼の前に進み出て、怯むことなく立ち向かう優菜。

 その姿を見ながら、宮子は意識を保とうと懸命に堪えていたが。

 常識外な戦闘での疲労と、先程受けた傷から侵食するように広がる痛みに耐え切れず、やがて意識を失い、倒れ伏した。


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