閑話「狂いし乙女と魔王様」
拘置所から脱走した栗原と、その手引きをした魔王は今、夜空を魔法で飛行していた。
魔王が隠れ家にしている場所まで、飛んでいくらしい。
今は魔王ルシフェルにお姫様抱っこされて、ご満悦の表情で運ばれる綾であった。
目立つのではと思ったが、魔法で気配を遮断しており人目につくことはないそうだ。
そんな説明を受けながら、栗原は気になっていたことを魔王に尋ねた。
「ねえ、魔王様? それでいつ人間の虐殺を始めるの? 明日? 明後日?」
「……虐殺なんぞせんよ」
「へ?」
栗原は魔王と名乗る男の返答に、綾はきょとんとした顔で男を見つめた。
「殺してしまっては魔力を搾取できん。魂はすぐに天使共に回収されてしまうからな。
それに今の戦力で目立つような真似をすれば、今の我など早晩、駆逐されてしまう」
「あ、あなた魔王なんでしょ? 弱っているとかいってたけど、人間なんかに負けないんじゃ……」
「今の我は少し頑丈なだけの人間と対して変わらん。勇者に討たれて砕かれた魂を修復するために、魔力を使い切ったからな」
勇者、という言葉に嘘はなく、実在するらしい。
魔王と同じく空想の産物に思われる存在だが、魔王がいた異世界――所謂、剣と魔法のファンタジーな世界――では、本当に勇者と魔王の戦いがあったそうだ。
その戦いは時代を、世代を超えて繰り返されている。
魔王は不死の存在であり、何度肉体を滅ぼされて魂を砕かれようとも、やがて人の悪感情より生み出される瘴気、それに準ずる負の魔力を糧に復活する。
勇者は死ねばそれまでだが、世代を超えて受け継がれる技術や知識、意思の力。そして仲間達との協力で、魔王の侵略を幾度となく阻んできた。
そして此度の勇者との決戦に敗れた際、魂まで砕かれた魔王は、気付けばこちらの世界――綾達のいる世界に流れ着いていたらしい。
魂だけの存在となっていた間に、次元の境目に空いた穴から世界を移動していたのだろう、と他人事のように魔王は語った。
世界を移動するつもりなどなく、偶然この世界に辿り着いたため、手下も何もいないそうだ。
「しかしこの世界は面白いな。魔力が極端に低いかと思えば、人の負の感情は我らの世界と比べ物にならぬ程に濃い。
魔力が低いのは痛手だが、負の感情については魔族にとって理想的な地であるといえる」
「あー……色々社会問題とかあるからね。屑野郎なんていくらでもいるし」
自分のことを棚にあげて、綾は目下に広がる夜の街を見下ろす。
立ち並ぶビルや街灯の灯りが明るく灯るこの空の下、どれほどの悪行が繰り広げられているだろう。
ニュース等で公表されたものだけでも相当数の、凄惨な事件が多数存在している。
明るみに出ていないものも含めれば、無限といえる悪行が溢れかえっているだろう。
それならば魔王の言うように、負の感情とやらがファンタジーな世界より溢れていても無理からぬ話だ、と綾は納得した。
自分がそもそも『極上の禍々しい魂の持ち主』と称されたことを、綾は都合よく解釈していた。
魔王なりのブラックジョークなどの類と思い込むことにしたのだ。
「にしても、そっかー。ゲームみたいに雑魚殺しまくってレベルアップってわけにはいかないのね。
じゃあさ、これからどうやって力を蓄えるの?」
「しばらくは影ながら魔力を搾取して回る。少し奪うくらいなら、体調を崩す程度で騒ぎにはなるまい。
しかしそれだけでは足りぬな……」
そこで魔王、ルシフェルは腕の中に抱いた綾を見つめた。
すぐ傍に美男子の顔が迫りどきまぎする綾であったが。
「我のものとなれ、アヤ」
その言葉にはさらに心臓が跳ね上がった。
告白イベントきたあああ! という喜びと、いきなり何言ってんの!? という戸惑いが綾の胸中に入り混じる。
「な、ななな、急に何を」
「性交及び体液の交換により、魔力は活性化され増加する。これを利用しない手はあるまい」
「せ!? そ、そんな出会ったばかりで、そんな大胆な!」
「……再度告げよう」
じっと、魔王は綾の顔を力強い視線で見つめる。
その瞳には、有無を言わせぬ迫力と共に、闇の中へ引きずり込まれそうな魅力があった。
ときめく胸の鼓動を隠すこともできず、綾は。
「我のものとなれ、アヤ」
「は……はい。喜んで」
魔王の誘いに、頷くのであった。




