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学園の中心で「邪魔しないでよ!」と叫ばれた少女 連載版  作者: 千条 悠里
第1章「学園の中心で『邪魔しないでよ!』と叫ばれた少女」
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第12話「人の形をした悪意。そして」


「天城くーん、こんにちは!」


 休み明けの放課後。栗原綾は行動を開始した。

 まずは邪魔者が誰なのか、情報を集めようというのだ。

 そのためには『攻略キャラとの交流を行い、それを邪魔してきた者』を確認するのが最適と判断した。

 綾としてはこの行動は、ゲームにおける好感度上げのために元々行うことだったので、邪魔があろうがなかろうがどちらでも都合が良い。

 一石二鳥の作戦を思いつくなんて綾天才! と本人は思っていたが、初日からまったく行動の内容が変化していないことを自覚していない。

 他者から見れば、手当たり次第に男を漁っているか、難癖つけて騒いでいるだけである。


「おまえは……あの時の。確か栗原といったか?」

「うん、そうだよ。栗原綾! 待ち合わせたわけでもないのに出会えるなんて、奇遇だね!」


 もちろんこれは奇遇でも偶然でもない。だからといって必然でも運命でもない。

 単に栗原綾が、『攻略キャラ』なら誰でもいいから出会えるまで学園を動き回っていただけだ。

 そうして最初に出会ったのがたまたま天城鋼だった、というだけのことである。


「……いや、同じ学園の生徒なんだ。廊下ですれ違うくらい、普通ではないか?」

「もう、そんなつれないこと言っちゃってー!」


 天城から怪訝そうな目で見られていることにも気付かず、馴れ馴れしく接する綾。

 ゲームなら『他の生徒とは違う態度で接するヒロインに戸惑いつつも心惹かれる攻略キャラ』という図式が出来上がっていたかもしれない。

 だがこれは現実世界であり、ゲームのようにキャラと出会うだけで好感度が上がったりはしない。

 選択肢で好感度が上下する場合もあるだろうが、現実世界に選択肢コマンドなど出現することはない。


 何より、ゲームでも現実でも、他者に好かれる人物とは魅力的な人物だ。決して好感度や選択肢というシステム的なものではない。

 魅力とは単に容姿を指すのではない。立ち振る舞い、言葉遣い、身嗜み、他にも様々な要素が組み合わさり形作られるものだ。

 容姿は第一印象に多大な影響を与えるが、中身が伴わなければ『顔だけは良い人』でしかない。

 ゲームで描かれる主人公が異性に好意を抱かれるのは、形は千差万別であれど総じて魅力的であるからだ。

 容姿が優れているのは、その魅力の一因でしかない。


 例えば栗原綾の記憶にあるゲームにおける主人公の女の子は、両親との死別という辛い現実と向き合いながら、周囲の人々に優しく接していた。

 その上で相手の悩みを聞き、時には忠告を行うことで、数多くの異性に心惹かれる存在となっていったのだ。

 決して、ハイテンションで馴れ馴れしく、相手のことを軽視した自分勝手な言動など、行わない存在だった。

 多数の異性に好意を寄せられるに相応しい、人格も容姿も優れた魅力的な人物であった。

 

 翻って、現在の綾がどうだろうか。

 学園内を必死で動き回ったことで運動不足の綾は息を乱しており、汗もかいている。

 その汗をハンカチで拭ったり呼吸を落ち着かせる等、身嗜みを整えようともせずハイテンションで馴れ馴れしい態度で男に擦り寄る。

 相手が気心の通じた親しい相手ならともかく、まだ顔を合わせたのは2回目であり、最初の出会いは一方的に好き勝手叫んで連絡先のメモを渡しただけ。

 さらには休日の自問自答のため寝不足であり、朝も遅刻寸前のため化粧やスキンケアを行う時間などなく、肌も荒れている。

 容姿、身嗜み、言葉遣い、立ち振る舞い。あらゆる要素が行き届いていない。

 そんな人間が、果たして魅力的に思われるだろうか。


 例え栗原綾が魅力的な主人公の行動や言葉だけをなぞったところで、本人が本当の意味で魅力的でないのなら、好感など得られないのである。

 むしろ、自分自身を覆い隠して主人公という別人を演じている分、その差異は違和感となって現れる。

 言動と行動の不一致、現実との相違、支離滅裂な言動。

 そんな彼女に迫られる天城鋼の心境は『なんだこの女……うっとおしい』という悪感情でしかなかった。

 かろうじて、先日から『相手のことを真剣に考える』という思考を意識していたために、その悪感情を相手にそのままぶつけるような真似はしなかっただけのことだ。


「……それで、何か用だろうか」

「あ、ええっとね、私転入してきたばかりだから学園のこと分からなくって。天城君に案内してほしいなーって!」

「む……そういったことは教師に頼むのが筋ではないか?」

「先生達は忙しそうだし、それに同年代の人の方が同じ目線で注意点とか聞けて良いかなーって思うの!」


 俺も忙しいんだよ! と叫びたかったが天城は喉元まで出掛かった言葉を飲み込んで、考える。

 教師陣も新学期からの体制の変更等に伴う雑務は多いだろうし、忙しいというのは最もだ。

 同年代の方が親しみやすい、というのも納得はできる。

 だが天城自身は生徒会の仕事が立て込んでおり、時間を割くことは難しい。


「――あ、天城様!? こここ、こんなところで出会うなんて奇遇ですわね」


 天城がどう対応するべきか悩んでいるところに、偶然通りかかったのは、天城親衛隊会長の西園寺さいおんじ伊織いおりであった。

 先日の一件以来、鋼と顔を合わせると顔を真っ赤にして冷静さを失うようになってしまった少女は、今も鋼の顔を正面から見ることができず、お辞儀したまま頭を上げられずにいる。

 天城の顔を見た途端頭を下げたため、この時点では綾の存在に気付いてもいない。

 そのため、伊織の方へ振り返った鋼の背後で綾が表情を豹変させていることに、気付くことはなかった。


「西園寺か。今は一人か?」

「お、お恥ずかしながら少々忘れ物をしまして、教室へ取りに行ってまいりました」

「ふむ……ということは、今は空いているか?」

「は、はい! 本日は習い事もなく、用事はございません!」


 鋼はそれを聞いて、少し考えた後、彼女に綾のことを頼むことにした。

 女同士のでないと分からないこともあるだろうし、これをきっかけに二人の間で交流が生まれれば、双方にとって学園生活のためにプラスになるだろう、と考えたのだ。

 もちろん、伊織が断った場合は無理強いするつもりはなかったが。


「すまないが手を借りたい。彼女に学園を案内してもらいたいのだが、頼めるだろうか?」

「彼女、ですか……?」


 そこで初めて伊織は顔を上げて、鋼の背後にいる綾に気付いた。

 綾の表情は元に戻っていたが、敵意というものは表情が普通でも目や態度から滲み出るものだ。

 綾からの敵意を感じはした伊織だが、大企業の娘として生活する中で他者の敵意など慣れたものだ。

 不快には思いはしたものの、綾の敵意は軽く受け流して鋼に向き合う伊織であった。


「転入生で学園のことをよく知らないそうでな。案内を頼まれたのだが俺は用件が立て込んでいる。

 西園寺さえよければ、代わりを頼みたいのだが……よいだろうか?」

「……もちろんですわ。他ならぬ天城様の頼みですもの!」


 思うところはあったが、天城鋼が大好きで仕方のない伊織はその頼みを請け負った。

 少しでも鋼の役に立ちたかったのだ。


「そうか。すまないな、ありがとう」


 そう言って鋼は、伊織の頭を優しく撫でた。

 あわよくば感謝の言葉などいただけたら――なんて思っていた伊織はその想像を超えるご褒美に、喜びのあまり破顔して「はにゃあああ……」と至福の吐息を漏らす。

 先日のように膝から崩れ落ちることはなかったが、目はうっとりとして蕩けていた。


「……顔が赤いが、大丈夫か? 無理をすることはないぞ?」

「――はっ!? い、いえ体調は悪くないです! ご心配をおかけしました!」

「そ、そうか。ではすまないが、よろしく頼む」


 感謝の言葉を伝えて鋼は立ち去ることにした。

 呼び止めようとした綾には「すまないが案内は彼女に頼む。生徒会の仕事が残っているんだ」とだけ告げて。

 残された綾と伊織は、しばらく顔を見合わせて――睨み合いのような剣呑な雰囲気で――視線をぶつけ合わせた。


「……西園寺伊織ですわ」

「……栗原綾よ」


 短く簡潔な自己紹介だけをすませて、伊織は黙ってついてこいとばかりに歩き出した。

 鋼に頼まれた手前、案内はきちんとするつもりだが、『この女とは相容れない』と伊織は本能で感じていた。

 手短に最低限の説明だけを行い、学園内の地理を説明していく。


 そんな伊織は、背後をついてくる綾が「こいつかあ……こいつかあ」なんて呟きを発しているのを聞き逃していた。

 聞こえていたところで、それだけでは何のことか理解できなかっただろうが。


  〇


「あ、ちょっと待ってて」


 職員室の前を通りがかった時、綾はそう一方的に告げて職員室へと飛び込んだ。

 あまりに勝手な振る舞いに文句を言いたくなった伊織だが、そのために口を聞くのも嫌だと言葉を飲み込むことにした。

 案内しているというのに、綾からはまったく感謝の言葉もなく、説明しても気のない返事をするばかりで聞いているのかも分からない。

 さらには手持ち無沙汰と言うかのようにスマホを弄りだしており、その態度は失礼にも程があった。


 そんな綾は職員室に入ると、「失礼します」と頭を下げた後堂々とした態度で学園内の施設の鍵の保管しているキーボックスへ向かった。

 教師達は怪訝そうな目でそれを見ていたが、鍵を入れたキーボックスは、ダイアル式の鍵で施錠されており、一般生徒には告知されていない。

 その鍵の番号を知っているのは教師と生徒会メンバー、そしてそのいずれかに信頼されて鍵の取り扱いを任された一部生徒だけだ。

 ダイアルの解錠番号を知らなければ放置しても問題はなく、知っているのなら信頼された生徒で何か頼まれているのだろうから、これも問題ない。

 その時点で職員室にいた教師達はそのように判断して、自分の仕事に戻っていた。


(ゲームなら、この番号で開いたはず……よし、ばっちり開いたわ。ミニゲームでの答え覚えておいてよかったー)


 綾はゲームでの記憶を頼りにダイアルの番号を動かして、キーボックスの鍵を開けた。

 ゲーム内で生徒会役員視点でのミニゲームがあり、番号を入力して鍵を入手する場面があったのだ。

 たまたまではあるが、この鍵の番号についてはこの世界でも変更されていなかったらしい。

 そうして目当ての鍵を入手した綾は、悪びれる様子もなく職員室を出て行った。

 その堂々とした態度と、迷うことなく解錠した手際から『やはり誰かに鍵をとってくるよう頼まれたのだな』と教師達は判断して気にしていなかった。


「お待たせ」

「……行きますわよ」


 お待たせ、という言葉にも相手に対する謝罪の思いが感じられず、伊織はさらに腹を立てる。

 だがもう何を言っても聞く相手ではなく、聞かせてやるための手間ももったいないと判断して先を急いだ。



 いくつか主要な施設を回った後、綾は「体育倉庫の場所、知りたいんだけど」と初めて質問した。

 他にもっと聞くこと、言うべきことがあるだろうと思った伊織だったが、後はもうそれさえ終われば案内する場所もないと思えば、さっさと終わらせて別れを告げたかった。

 グラウンドから少し離れて、校舎の死角になる場所にある体育倉庫は、授業で体育用具を準備する際に場所を知っていないと迷いやすい場所である。

 そのため、綾の質問に必要性を感じて疑念を持たなかったというのもあり、伊織は早足で体育倉庫に向かった。


 体育倉庫に着くと、綾は無言で倉庫に近づいていった。


「鍵は閉まっていますから、近づいたところで中は見れませんわよ」


 伊織のその言葉に一切反応せず、綾は倉庫を何やらぺたぺた触っている。

 その様子に苛立つ伊織だが、もうさっさとこの女から離れて今後関わらないようにしよう、と思い背を向ける。


「これでもう案内はいいですわね? それではさようなら」

「……ねえ、鍵開けっ放しになってるんだけど、いいのこれ?」

「は? そんなはずは……」


 そんなわけがない、と振り返った伊織の視線の先で、確かに体育倉庫の扉が開いていた。

 授業で使用した場合も、使用後は必ず教師が確認した上で施錠する規則があり、開錠されたまま放置されることなどありえない。

 伊織の知る由もないが、真相は鍵の閉め忘れではない。

 先程職員室から無断で持ち出した鍵を用いて、開錠音が響かないようにゆっくりと鍵を回して、綾が開錠したのだ。


「ねえ、中に誰か潜んでいるんじゃない? 調べておいた方がいいわ」

「何を言ってますの? 鍵の施錠を担当した者が確認を怠っただけでは――」

「もしそれで何らかの事件を見逃したら、責任を問われるわよ」


 責任などあるはずはない。単に教師へ報告して施錠を行えばいいだけの話だ。

 だが有無を言わさぬ態度で倉庫の中を覗き込む綾に、伊織は「ああ、もう」と溜め息をつきながら倉庫の入り口に近づく。

 中は照明がついておらず、窓枠からの日差しと開いた扉からの光源しかないため、室内は薄暗かった。


「確認するなら電灯をつけませんと」

「スイッチの場所、知らない」

「……ああもう、つければいいのですわね」


 自分で探そうともしない綾の態度に憤慨しながらも、綾は照明のスイッチを押そうと倉庫内に踏み込んだ。

 その途端――素早く倉庫の外へ出た綾が扉を閉めて、外側から鍵を掛けた。

 内部に伊織を、置き去りにしたままで。


「なっ……ちょっと、悪ふざけはおよしなさい!」

「あんたが邪魔するからいけないのよ」


 扉を叩いて抗議の言葉を叫ぶ伊織に対して向けた綾の声は、背筋を凍らせる程に低く、重く響いた。

 ぞくり、と得体の知れぬ寒気に襲われて怯む伊織に対して、綾は扉越しに一方的に喋る。


「今回は閉じ込めるだけで勘弁してあげる。けど今後も邪魔したなら……容赦はしない。

 徹底的に追い詰めて、悪役として葬ってやるわ」

「い、いったい何なんですの貴女!? 邪魔って、何のことですの!?」

「うるさい!」


 ガアン! と用具倉庫の扉を殴りつける綾。その音と怒声に怯んで後ずさり、伊織は尻もちをついた。


「あんたが邪魔するから悪いのよ……端役のくせに悪役のくせに有象無象のくせに主役に楯突こうなんて許されないのよ。

 取り巻き引き連れて喜んでいられるのも今のうちよ、今度邪魔したら誰もが貴女を蔑み罵倒するようにしてあげるわ。

 肝に銘じてその暗闇の中でしばらく反省しなさい。うふふ、あははは……」


 言いたいだけ言い残して、綾はその場から逃走した。


「こ、こら! 出しなさい、こんなの犯罪よ!」


 ガンガン、と扉を叩いて叫んでも、綾の戻ってくる気配はない。

 そもそも戻ってくるくらいなら、このような悪行を最初から行うわけもない。

 しばらく感情のまま叫んでいた伊織だったが、やがて疲労がたまり、息を乱し始めた。

 

 そして怒りが疲労に塗りつぶされてくると、次に心に広がるのは恐怖だった。

 伊織は、人の悪意というものに慣れたつもりでいた。

 大企業の娘というだけで受ける嫉妬や、取り入ろうと媚を売って近づき、利用するだけ利用して捨てようとする相手。

 そういった他者の感情には飽きるほど慣れている、つもりだった。

 

 だが、綾から叩きつけられた悪意は、そんな温いものではなかった。

 殺意すら感じる敵意に、狂気を感じる言動。その上で自分を正当化して憚らない傲慢。

 人の形をした悪意、そう呼んでも過言ではない存在に、伊織の心は恐怖で震えた。

 気付けば、伊織の瞳からは涙が流れていた。

 先程、鋼と会った際には幸福で溢れていたはずの日常は、たった一人の悪意により踏みにじられてしまった。


「わ、わたくしが何をしたっていうんですの……天城様のお役に立とうと、たくさん我慢してがんばりましたのに……」


 伊織の全てが善であるとはいえない。鋼への想いが強すぎて、他人を傷つけたことはあったかもしれない。

 だが、謂れのない罪への罰を与えられるような、悪人では決してない。

 悪役などであるはずがない。彼女はただ、好きという気持ちの伝え方が不器用なだけの、恋する少女なのだ。

 未熟であるが故の過ちはあろうとも、蔑まれて罵倒されて然るべき存在では、決してないのだ。


「うっ、く……助けて、助けてくださいまし、天城様……」


 不安と恐怖に押しつぶされそうな心を、想い人の名前を呟くことで何とか支えようとする伊織。

 その時。


「――落ち着いて、私の話を聞いて。大丈夫だから」


 少女の声が響いた。

 悪意の塊である栗原綾のものでも、西園寺伊織本人のものでもない。

 この時の伊織は知らなかったが。

 その声は、杉野宮子という女子生徒のものだった。

そして、悪意に立ち向かう者。

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