第11話「狂気の始まりは揺り篭の中で」
「ば、罰ゲームはいいんだけどさ……その、そんなに下手だった私?」
「下手とかいう次元の前に、惨いですわ!」
「歌の表現じゃないよ!?」
「いやー、けど確かにあれはもう惨いとかえげつないとか、そういう評価が適切ですよ」
「うう……会心の出来だったのに」
『痛恨の一撃だったよ!!』
2年B組一同の心がまたひとつとなり、宮子への抗議の声が唱和する
宮子は皆から歌声を酷評されて落ち込んでいるが、なぐさめる者はいなかった。
ちなみにその惨い歌声に対する罰ゲームと称して、パーティグッズ用の鼻眼鏡(ひげ付き、ぐるぐる瓶底レンズ)を装着されて首から「私は音痴です」と書かれたプラカードを首から下げられている。
さらにその姿を携帯やスマホで写真に取られて、「ツイッターに投稿してやったわ!」などと言われていた。
「だいたい、音楽の授業ではどうしてましたの? 合唱なども行いましたわよね?」
「ええっと、先生とか周りの人の歌声を真似てましたです、こんな感じで……」
そう言って宮子は、先程由美が歌った曲のサビを『由美に似てる声』で歌った。
音程は外れているし下手であることに変わりはないが、先程の悪夢の歌声と比べたら雲泥の差であった。
「そんな器用な真似ができて何故あんな有様ですの!?」
「そ、そう言われても自分一人で歌う機会があんまりなくて自覚が……そんなに、駄目だった? ちょっとは良かったところとか」
『ない!!』
ある意味結束力が上がったクラスメイト達からの断言に、がっくりと宮子は項垂れる。
「とりあえずさ、次誰が歌う?」
「あ、俺下手だけど歌うわ。あれよりはマシだし……ハードル下がってる今のうちに」
「下がったどころか折れて地面に転がってるよね」
わいわいと賑わう皆を余所に、宮子は自信をぽっきりと折られて心の中で泣いていた。
再開してからは順調にカラオケは盛り上がり、皆で交代で思い思いに好きな曲を歌っていった。
「つ、次は私ですね。自信ありませんが、精一杯がんばります」
「優菜ちゃん、ファイトー!」
マイクを受け取った優菜が、緊張気味に深呼吸しているうちに前奏が終わり、曲が始まる。
そしてその小さな口から響き渡る歌声は――奇跡のように美しかった。
心に染み入る清水の如き透き通る声質に、抜群の表現力。聴く者の中には涙を流す者までいた。
至福の時間はあっという間に過ぎ去り、曲が終了すると共に大歓声が鳴り響く。
「優菜ちゃん、すっごい上手い!」
「アンコール! アンコール!」
「自信がないなんて謙遜されて、お人が悪いですこと、うふふ」
「ふぇ、そんな、私本当に自信なくて……その、ありがとうございます!」
皆に絶賛されて恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべる優菜。
何故そんなに上手いのに自信がなかったのか、と聞かれて。
「……ずーっと友達がいなかったので、他の人に聞いていただいたことが一度もなかったんです」
ちょっと涙目でそんな答えを返していた。
一方蚊帳の外の宮子は、一人寂しくピーヒャラ笛(縁日などで見かける玩具の笛)を吹いていた。
〇
色々とあったカラオケ大会も終わり、明日から月曜日ということもあり解散となった。
最初の一件以来歌えなかったとはいえ、皆が楽しそうだったことと、歌の代わりに声帯模写芸やボイスパーカッションで場を沸かせて自分なりに参加できたため、宮子も楽しめた。
『だからなんでそんな器用な真似ができるのに普通に歌えないの!?』と皆から突っ込まれたが。
家に帰り一息つくと、勇人大好きグループの面々からのメールを確認して返信していく。
どうやらこの土日で遊びに出掛けて、皆で楽しんできたようだ。
その遊びの間も良くないと感じたことはしっかり注意して、今までとは違った接し方を心掛けてくれたらしい。
メールの返信が終われば、あとはもう明日のために眠る時間帯だ。
ベットに入り枕に頭を沈ませながら、宮子は物思いに耽る。
(新学期も中々好調に始められたかな。友達も大勢できたし)
色々とあったが、交友関係はますます広がり、繋がりはどんどん増えていく。
このまま去年のような騒動もなく平穏に過ごせればいいのだけど、と思っているうちに眠気がやってきた。
〇
「なんで? なんでなんでなんでなんで? なんで上手くいかないの?」
栗原綾は自室のベットで毛布に包まりながら、ぶつぶつと独り言を呟いていた。
連絡を待ち侘びて握り締めたスマホには着信履歴はまったくない。
それどころか叔父の連絡先などの必要最低限のものしかアドレス帳には記録されていなかった。
だが、休日の間に異性からの連絡があるはずだと、彼女は信じて疑っていなかった。
時刻はもうすぐ、日曜の0時。休日は、もう間もなく終わりを告げる。
「私イベントこなしたよね? ばっちりだったよね? 連絡先も全員に名刺で渡したよね? なのに何で誰も連絡くれないの? ゲームなら最初の土日で好感度の高い攻略キャラとの休日イベントがあるのに、おかしいなおかしいな?」
虚ろな瞳でスマホを操作しながら、独り言は衰える様子もなく呟かれ続ける。
「サポートキャラもいないしさ、クラスメイトのモブ共も初日以降話しかけてこないしさ。というかなんで攻略キャラが同じクラスじゃないのよ、ゲームなら同学年キャラは全員同じクラスだったのに、なーんーでー?」
孤独な議論は延々と続く。
やがて彼女は答えを得たり、とばかりに目を爛々とさせて「そうか!」と叫んでいた。
「きっと私の美貌に嫉妬して邪魔してる奴がいるのよ! そうよそうに違いないわ! でないと主人公である私が、こんな美少女に生まれ変わった私が! こんなに放置されるはずがないもの!」
無茶苦茶な考えではあったが、綾の中ではそれが『真実』であり、邪魔をする敵は実在することになっていた。確たる証拠など、何一つないというのに。
彼女はイベント――攻略キャラ達に好感を得られるきっかけとなる出会いを果たしたと感じていたが、それは彼女だけの思いこみだった。
声を掛けられた男達にとっては『見知らぬ女にいきなり何か叫ばれて、一方的に連絡先の書いたメモを渡されただけ』という認識がほとんどだ。
何かしら考えるきっかけになった者もいたが、その者達にとっても中身の感じられない上っ面だけの言葉からは得られる教訓がなく、悩みだけが心に残る形だった。
綾がもし彼らに掛ける言葉を、自分でしっかりと考えて、自分自身の言葉で伝えていたのなら、結果は違っていたかもしれない。
だが綾はゲームでの台詞や行動を、ただなぞっただけだ。
そんな飾り物の言葉と振る舞いに、重みなど宿るはずがない
それでも数人とはいえ、彼らが自分自身へ向ける疑心を抱くという、謂わば心の隙間を作ることには成功していた。その隙に付け入り、関心を向けさせることは可能だったかもしれない。
しかしその可能性も、綾にとって存在を知る必要のない杉野宮子という『モブキャラ』によって彼らの疑念を解消するという形で潰されており、もう綾の付け入る隙はない。
例えば望月高志の場合、綾の記憶では休日に『先日の嘘くさい笑顔という言葉に対して、色々とお聞きしたいことがありまして』なんて言われて呼び出されて、それがきっかけとなり交流が始まる流れがあった。
だがその流れは既に断ち切られており、綾に繋がることはない。
そもそもここはゲームの世界ではなく『ゲームに似た部分があるだけの現実世界』だ。
その証拠に彼女が些細なことと投げ捨てた差異は、実際には決定的な違いが多数ある。
一例を挙げるなら、式森凍夜。
彼の妹はゲーム本編では、幼少期のひき逃げ事件により『死亡している』。
凍夜が新聞部に所属して様々な事件を追うのは、ひき逃げ犯に対する犯罪者への憎悪から、悪事を行った人物を血反吐を吐くまで追い込み、いたぶるためということがストーリー後半で語られる。
鬼畜と謂われる彼にも悲しい過去があり、ヒロインは両親を交通事故で失ったという面から辛い悲しみを背負う者同士として絆を深めていくことになる。
だが現実には彼の妹が元気にしており、九条勇人という『ゲームにはいなかった魅力的な異性と、恋の騒動を引き起こしている』。
綾の知らない、もしくは知ってはいても見てみぬ振りをしているこういった差異は多数存在しており、この世界が『ゲームと同一の世界ではない』ことは明らかだ。
しかし綾はそれを頑なに認めようとはしない。
自分こそは世界の中心であり、数多くの愛を一身に受けるべきだと信じて疑わなかった。
この世界のありのまま受け入れるということを、拒んだのだ。
「待っててね、待っててねみんな! 私が邪魔者なんて蹴散らして本当の物語を始めて見せるから! 本当の愛を教えてあげるから! うふふ、あは、あはははは!」
綾にあてがわれた部屋は防音が行き届いており、部屋の外に声が漏れることはない。
監視カメラなども存在しておらず、この部屋の中でどのような妄言が叫ばれていようと、聞き届ける者はいない。
それこそが、彼女にとっての悲劇の始まりであった。
最も、誰かが聞いていたとして、その狂った思想を否定されたとして、彼女がそれを聞き入れたのかは分からないが。
「あはは、あはははははは!」
こうして彼女の悲劇は、他ならぬ己の内から芽生えた願望を起源として始まった。
『自分勝手な妄想』という居心地の良い最高級の揺り篭の中で育まれた狂気が、産声を上げる。
その狂気が、本当の愛に辿り着くはずもない。
彼女自身が、この世界を、周囲の人々を……本当の意味で、愛していないのだから。
――相手のことを真剣に考えることこそが優しさであり、愛だと思いますよ。
宮子が彼女の言葉を聞いていたのなら、そう答えていただろう。
そうやって答えてくれる相手がいないことが、綾にとって最大の不幸であった。
はじまり はじまり。




