第10話「悪夢」
「チャンピオンさん、次は俺とバトルしてください!」
「そのオリジナル機体、よく見せていただけませんか!?」
「あ、あの、ファンになりました! 握手してください!」
翔と晶子のバトルが終わった直後、観客達が晶子を囲んでわあわあと騒ぎ始めた。
店員が制止しても止まる様子がなく、晶子もさすがに顔を引きつらせて戸惑っている。
宮子はこのままではまずい、と判断してわざと周囲に聞こえるように大声で叫んだ。
「姉さん! 例の約束の時間が迫っているよ! 遅れたら大変なことになる!」
晶子も意図に気付いたのか、宮子に同調するように叫び返す。
「な、なんだってー! それはたいへんだー! いそいでいかなきゃー!」
とてもすごく棒読みの大根役者だった。
だがそれをきっかけに晶子は翔を連れて、観客達の群れを掻き分けて、店の外へ駆け出す。
「ごめん皆、いっしょに逃げよう!」
「あ、あいあいさー!」
宮子も由美や真理冶達、もちろん愛も連れて店の外へと退避する。
なおもしつこく追ってくる者もいたが、なんとか駐車場に移動して皆で晶子の乗用車に乗り込む。
エンジンをかけて車が走り出せば、さすがにもう追ってくる者はいなかった。
「いやあ、すごい騒ぎになっちゃったねえ、あはは」
「色々と規格外でしたもの、騒がれるのも無理ないですわ」
晶子の呟きに真理冶が返答する。
ポケロボに詳しくない宮子でも、周囲があれだけ騒げば晶子のしたことがすごいことであることはさすがに理解できた。
具体的にどうすごいのかは分からないままだが。
「今までのポケロボの常識を覆す程の優れた飛行性能に、連射性能と射程双方に優れた主力武器である光の矢。さらに高出力のエネルギーサーベルで接近戦も可能な万能機体。
機体性能もさることながら、操縦技術も素晴らしいものがありましたわ」
「ありがとう。そんなに褒めてもらえると嬉しいよ。
けど戦乙女はまだまだ未完成なんだよね。
まずバッテリーの消費が激しすぎて、さっきの1戦でもうエネルギー切れ。バトル中、あと2分も耐えられたら行動不能になって負けてたよ」
「ええ!? じゃあもうちょい粘れば俺勝ってたの!?」
「そうだね。まあそうならないように一気に攻め込んだんだけどね」
先程の試合は、結局晶子の圧勝で終わった。
何度か翔の得意な接近戦になったが、真正面からの斬り合いも晶子は制しており、遠距離から延々と射撃していなくとも格闘戦だけで勝負は決していたかもしれない。
そもそも数回発生した接近戦も、晶子から仕掛けた回数の方が多いくらいだ。
「手動操作であれだけの操縦ができるなんて、現役の大会常連でも中々いませんわよ?」
「今は思考操作が主流らしいしね。まあ私も何度か思考操作を試したんだけど、どうにも使い勝手が悪くて。
思考制御の動作は初心者にもやりやすいようにするためか、ある程度決まったパターンの反応になることがあってさ。
例えばジャンプする動作だと、ジャンプしたいと思考すると真上に、走りながらやれば走行していた方向に斜め上にジャンプするよね。
けど手動操作なら走っている状態から後ろに向かってバックステップ気味にジャンプしたり、ヘッドスライディングしながらバーニア吹かせて滑ったりとか色々……」
晶子は運転しながらも、夢中でポケロボについての話題を語り続けている。
真理冶も思うところがあるのかふむふむと頷きながら話を聞いて、時には新たな質問を投げかける。
するとその質問に対して晶子がまた長話を始めて……と、無限ループに陥っていた。
「いやあ、晶子さんいろんな意味ですごいねえ」
「私にはもう何が何やらさっぱりだよ」
「も、もっと静かなイメージの人でしたけど、晶子さん、ポケロボのことになるとすごいお喋りなんですね」
宮子にとっても、晶子は真面目で勉強に専念しているお姉さんだったが、最近は印象が大きく変わった。
けど今の姉は楽しそうに過ごしていて、印象が変わろうと大好きな家族であることに変わりはなかった。
「……時に晶子さん? 我が社との契約なんて興味ございませんか?」
「天下の新條グループからお誘いですか? さすがに一介の大学生に大げさじゃ……」
「とんでもありませんわ、貴女のその能力は絶対に我が社に大きな利益を生み出しますもの」
「あはは、お世辞でも嬉しいな。……お世辞でなくて本気のお誘いなら、ぜひともお受けしたいです」
「もちろんですわ。よろしければ今度スケジュールを合わせて面接などいかがです?」
「お、おー? いいの? お姉さん本気にしちゃいますよ?」
「ええ。新條真理冶の誇りと矜持に誓って、嘘などついておりませんわ」
「……不束者ですが、よろしくお願いします」
「結婚おめでとう、まりにゃーん!」
「真面目な話をしてるんですから茶化さないでいただけます!?」
何やら話がどんどん進んで、晶子の就職活動は始まる前から終わった、らしい。
「おおー……企業のバックアップがあれば、あんなことこんなことできるかな? わくわくしてきた」
「ほほう、既に新たな構想をお持ちですか? どんなものか、お聞きしてもよろしくて?」
「んーと、新たなってわけでもないんだけど。思考操作をもっと、本当に自分の身体を動かすような感覚で行えるようなOSの開発とか。
兵装なら、小型兵器を射出してそれをポケロボとは別枠で操作して、敵を全方位から攻撃したりとか。
妄想はしてるんだけど中々実現できなくてねー。予算も時間も足りないんだこれが。
試作品はいくつかできたけど、どうにも実戦で通用するレベルじゃないんだよね。まだまだ改善点が多いよ」
「……ぜひとも我が社へ。お願いいたしますわ。お父様にはしっかり伝えておきますので」
真理冶の目が『逃がしてたまるものか』とぎらついていた。
「なんか逃げ場なくない、私?」
「まりにゃん、狙った獲物は逃がさないからねえ」
「真理冶。せめて姉さんの骨は拾わせてね」
「取って食うわけじゃありませんのよ!? 人聞きの悪い……」
「あ、あはは……お手柔らかにお願いします」
弟とポケロボで遊んでたら就職先が決まった件、と晶子はぼそりと呟いていた。
〇
お店には戻れそうにないし、ポケロボで遊ぶのはまた今度となった。
代わりに杉野家に皆を誘って、テレビゲームやボードゲームにトランプなど、自宅で出来ることで皆楽しく遊んだ。
そしてせっかくなら、と今日はこのままパジャマパーティに突入することになり、各自家に連絡したり寝巻きの用意などをすることに。
新條家の方は少し手間取っていたが、真理冶が「宝石の原石といえる人材の確保のために、お願いいたしますお父様」などと交渉した結果、何とかなったらしい。
さすがに男の子である翔は無理だが、他のメンバーは全員参加できることになった。
「えー、俺だけ除け者かよー。なんかよくわかんねえけどパーティなんだろ? 混ぜろよー」
「女の子だけのお楽しみだからねー。翔はママと寝ましょうねー」
「ちょ、やだよ自分の部屋で寝るって!」
「遠慮しなくてもいいのよー? ……ベットの下に隠してた0点の答案の山についてとか、ママたくさんお話したいなー♪」
「ぎ、ぎゃあああ!? 姉ちゃん達、助けてー!」
なんて一騒動もあったが、実に平和で楽しい休日を宮子達は過ごした。
少し大きめの部屋に布団を敷き詰めて、宮子達はお喋りをしながら夜の一時を過ごしていた。
愛は少し前に眠りについて、小声で明日の予定について話している。
「明日はクラスの親睦会でカラオケだねえ」
「うん、すごく楽しみ」
「わたくし、カラオケって初めてですわ」
「おー、初心者かね。ここはひとつ、点数勝負で何か賭ける?」
「あら、よろしいの? 言っておきますけどわたくし、歌唱力には自信がありましてよ」
「ふっふっふ、わたしの歌唱力数は、53万ですよ?」
「なんですのそのでたらめは数字は……そういえば、宮子さんはどうですの?」
「んー……練習はしてる、とだけ。皆でカラオケに行くのは初めてかな」
「そんなこと言ってー、宮子ちゃんなんでもできるからなー」
「うふふ、そうですわね。きっと良い歌声なのでしょうね」
きゃっきゃっ、と楽しげに明日のことを話し合う宮子達。
もしもこの時、愛が起きていたのなら。そして彼女達の話を……特に、宮子がカラオケに行くという話を聞いていたのなら、こう言いたくて仕方なかっただろう。
みんなにげて、ちょうにげてー! と。
〇
翌日。
待ち合わせ場所のカラオケ店前に宮子達が向かうと、クラスメイト達が集まってきていた。
事情がある者や参加を断った者以外は、ほぼ全員集まっている。
しばらく挨拶や談笑をしているうちに、残りのメンバーも全員集合した。
さっそく受付を済ませて、大部屋へ入室する。
「誰から歌うー?」
「はい! ここは歌唱力に自信有りという真理冶様からはいかがでしょうか!」
「ちょっと、不用意にハードル上げないでくださいます!?」
「真理冶様ー! 頑張ってくださーい!」
「ま、まったく、仕方ないですわね。ではまずは私から……」
おだてられて満更でもなさそうな真理冶が、曲の入力の仕方を周囲に聞きながら機械を操作する。
入力されたのは本格的なオペラ曲。あまりオペラに詳しくない人でも曲自体はCMなど何かしらの形で聞いたことがあるような有名なものだ。
え、これ歌えるの? という周囲の心配も余所に、マイクを手に真理冶は実に見事な歌声を披露した。
採点機能で表示された点数は83点、標準的な100点満点形式の採点なのでかなりの高得点である。
「いきなり難易度高ーい!? そして上手ーい!」
「ふふん、さあ次は由美の番ですわよ! 勝負、するのでしょう?」
「うむむ、まけるかー! みんなー、これ踊れる人はいっしょにどうぞ!」
そう言って由美はミニステージのようになっているスペースへ移動して、リズムに乗って踊りながら歌い始めた。
最近流行のアイドルユニットの曲だ。有名なため振り付けを覚えている人も多く、由美と合わせて思い思いに踊ったり、手拍子を
取って皆が盛り上がる。
すごく盛り上がったまま歌が終わり、表示された点数は……なんと真理冶と同じ83点だった。
「なんと、同点とな!」
「これは勝負は次へ持ち越しですわね」
「だねー、よし次は……宮子ちゃん、やっちゃって!」
「うん。ええっと、曲は……これにしよっと」
宮子も曲を入力して、マイクを手にする。
新学期初日から色々な特技を見せてきた宮子の出番に、皆が興味深そうに耳を傾けている。
そして、歌いだされたのは――最早歌では無かった。
五臓六腑に突き刺さり、鼓膜を力技で強引に掻き乱し、聴く者の心に衝撃を刻み込み去っていく、暴虐の嵐――。
歌いにくい曲でもない、一般的な曲。普通に人気の高いJ-POP曲をどうすればこんな音響兵器に変貌させられるというのか。
聴いている人々は阿鼻叫喚だというのに、歌っている本人は気分良さそうに上機嫌。
自分の壊滅的な歌唱力の酷さにまるで気付かない、まごうことなき音痴であった。
観客にとっては悪夢のような時間が過ぎ去り、採点に表示されたのは……8点。0点でも決しておかしくないのに、お情けで付けられたような点数だった。
だというのに宮子は嬉しそうに。
「やった、自己ベスト更新!」
『今ので!?』
宮子の嬉しそうな声に、クラスメイト達全員の心がひとつとなり、突っ込みの声が響き渡った。
――言うまでもないが、この後宮子は一度として歌わせてもらえなかった。




