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第六話 【改稿版】

お金持ちの変態おじさんに拉致された女子高生がお城で監禁生活をするお話、第六話です。完結にあたって見直してみたらシリーズ前半部分をテコいれする必要を感じ、このたび大幅に加筆修正しました。この第六話はほとんど変更はありません。



 ――翌日。野鳥のさえずる朝のバルコニーにて悶え苦しむ義父の姿があった。

「――むおおおおおおおお(以下略)」

「ご心配をおかけしていることは重々承知ですわ、お父様」

「――ふぬぐううううう(以下略)」

「ええ、わかっておりますとも。私の身が危険に晒されるのをお案じになるからこそ反対されておられる。その娘を想うお優しさ、深く痛み入ります。ありがとう、お父様」

「――はるぱああああ(以下略)」

「はい、でも私どうしても気持ちを抑えることができませんの。お父様とご一緒に川遊びがしたい! 父娘で肩寄せ合って鮎釣りがしたい! 手をお繋ぎしてハイキングに行きたい!」

「――みょおうんん(以下略)」

「私、我儘な上に世間知らずでしょうか。執事の方々が警護についておられれば、お父様が同じテントで守ってくだされば、それほど危険がないと信じておりますの」

「――ぐぬほふう(以下略)」

「ですから、どうか近隣の山でのキャンプの実施についてご一考してはくださいませんか。早くしないと……水着が着れなくなってしまいます」

「――ばばえふ(以下略)」

「あの……いかが……でしょうか?」

「うむ……考えてみよう」

「ありがとう存じます、お父様!」

「だが早くとも宴が終わってからだぞ。それまでは君も準備に忙しかろう」

「もちろんですわ。私もそれまでに山の危険についてしっかりと学んでおきたく存じますので、アウトドア関係の入門書を少し多めにご用意していただけませんこと?」

「わかった。すぐに入手させよう」

「ご好意に感謝いたします。お父様……大好き」

「ふぐお(以下ry)」

 こうしてロープの作り方、結び方を知る術を手に入れた私だった。

「それと……ですね、差し出がましいのですが、余暇に楽しめるようなご本もついでに――」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 うはは、ちょろいちょろい。

 駄目押しの濡れ目で上目遣い、鏡の前で練習した甲斐あったよ。

 こちらが出方を誤れば興奮して我を忘れることもある美濃部だったが、こちらが出方を誤らなければ鎮静化させることもできるのだ。男の扱い方がわかってくるとはこのことだろうか。

 なんにしても、これでロープの具体的な扱い方の問題については目途がついた。あとは寝室にいながらいかにして中庭の扉をこじ開けるか。私がこれまでに集めた情報を整理しつつ、一晩考えた末に思い至ったのは、以下の四つのポイントだった。

 ひとつ。中庭と寝室は近いようで遠いこと。尖塔のらせん階段から二階廊下、二階大階段、一階廊下、中庭と正規ルートを経由すると屋敷を南側にぐるっと迂回する経路をとるため、大人の速度でも徒歩五分はかかってしまう。

 二つ。中庭の扉は建てつけが悪く開閉しづらいこと。かなりの年代物らしく、最初に訪れたときにも紺子さんは開け閉めに苦労していた。

 三つ。中庭周辺には従業員用の寝室が並んでいること。紺子さんの寝室もここに含まれ、一階廊下から彼女の寝室に向かう途上に中庭はある。

 四つ。寝室の内線は美濃部ならびに紺子さんの携帯電話につながっていること。

 以上のことを踏まえるなら。

 私は隣を歩く紺子さんの押している荷台にちらりと目配せする。

 荷物は本の山。それも数十冊の少女小説と数冊の花の画集という妙な取り合わせ。

 私は先ほど本を手に取ったときの印象を思い出す。

 本は注文から間をおかずに用意されたものだから美濃部の蔵書の一部である可能性が高い。画集はともかく、少女小説が本人ものとは考えにくいから、私との生活を見越してあらかじめ入手させたものかもしれない。しかしそれにしては表紙のスレや小口のヤケなどから古本であることは明らかで、少女小説にいたっては一昔前に流行した作品中心のいささか古いセレクトなのが気にかかる。過去に美濃部の家族が使用していたものだろうか。

「ねえ紺子さん、お父様ってご家族はいないんですか?」

「えっ……!? いえ……私にはなんとも……」

 あれっ? なにやら歯切れの悪い反応。なんともって何さ。

「紺子さんってお父様とは長いんでしょ。ここに来る前はご実家に仕えていたんじゃないんですか?」

「ええ……まあ」

「それじゃあ……」

「――あっ! そういえば!」

 むんず、とつままれる私の唇。

「宴に展示する絵がまだでしたよね。駄目ですよ夏姫様、こんなところでおしゃべりに興じていては」

 人差し指を立てて、めっとたしなめる紺子さんはとても可愛かった。

 いやいやいや、騙されるな。直接私の口を塞いで、なおかつ話を逸らそうだなんてあからさまな誤魔化しじゃないか!

 ひょっとして立ち入ってはいけない話題だったのだろうか。

 

 けれど、紺子さんの不審な態度はこれだけでは終わらなかったのだ。

 


 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 

 翌日の美術の時間。

 私はパーティに向けてせっせとキャンバスに筆を入れている最中だった。この私の歓迎会も兼ねた催しでは私が日ごろ励んでいるお嬢様の嗜み――ペア・ダンスにはじまり、ピアノや生け花など――を披露することが決められており、その一環として油絵も出展する予定になっていたのだ。課題は花。花瓶に活けられた向日葵を写生する私に、紺子さんはいつものように筆使いや色使いについて懇切丁寧な指導を行っていたのだが。

 ブルブルブル ブルブルブル

 携帯電話のバイブ音だ。今美術室には私と紺子さんしかいない。私はいまだ携帯端末を返してもらえていないから、これは彼女のものだろう。

 果たして、彼女は懐から携帯を取り出すと、

「はい……はい……」

 最近紺子さんの声のトーンから電話越しの相手が従業員なのか美濃部なのかがわかるようになってきた自分が怖い。このピリッとした感じは後者だ。

「はあ……ええ……それで夏姫様への……そうですね個人的には」

 紺子さんが通話口に手を当ててチラチラとこちらを覗っている。私に聞かれては具合の悪い話なのか。どんな内容なのか興味がないわけではないけれど、私は彼女が席を外す前に自分から席を立った。長時間同じ姿勢で筆を握っていたため肩が凝ってしょうがない。私は小休止も兼ねて美術室に隣接する小部屋をぶらつくことにした。

 化学と自然の匂いの入り混じった独特の空気が鼻を突く。ここは壁際の棚に各種画材が収納された準備室だ。毎回ここで必要画材の出し入れを行うことになっていた。筆や絵具、彫刻刀、イーゼル、石膏像など学校でもお馴染みの画材の他に、私の知らない小型機械や特殊素材も並んでいる。奥のスペースにはこれまでに私の描いた作品も収められていた。

(うへぇ……紺子さんは擁護してくれたけど、こういう素人丸出しの絵を展示するのは気が引けるなぁ)

 隣にある指導の片手間に描かれた彼女の絵と比べると技術の差は明白だった。もちろん当日までに上手くなれるように頑張るけれど、残り期間を考えると飛躍的な上達は望みにくそうだ。

 キャンバスを棚に戻しその場を立ち去ろうとする私だったが、

(あれっ? 他の絵もあるんだ。紺子さんが描いたものかな)

 隣の棚に収められているキャンバスの束を何気なく取り出してみる。

「わぁ……」

 それは花の絵だった。 

 バラに朝顔、ひなげしにペチュニア、カンナにハイビスカス。そしてこの白い花はよく知っている。ゲッカビジンだ。

 鮮やかな色彩で描かれた花たちに我知らず声が漏れる。技術的には紺子さんの絵の方が上かもしれないけれど、とても魅惑的な作品の数々だった。花にも表情があると思わせるほど、彼らは全身で生を謳歌しているように見えた。

 しかしなんだろう……この既視感は。つい最近も似たような色彩や構図を見たような。まあいいか。どこか引っかかるものを感じつつも、私はキャンバスの束をめくり続ける。

 やがて絵はある線を境にがらりと様変わりした。油彩から水彩に。キャンバスから画用紙に。草花を描いたものから人物を描いたものに。

 タッチも色使いも明らかに違うから先ほどの花の絵とはまた別の人物が描いたものかもしれない。

 さらに画用紙をめくる私の指。

 ――ふと。

 妙な違和感がよぎる。さっきの既視感とは別物の。一旦指を止め、何度か進んだり戻ったりを繰り返しているうちにその正体に気がついた。人物画には規則性があったのだ。すべての絵がひとりの少女の成長過程を描いている。

 最初の中学生くらいの姿を描いた絵から、枚数を重ねるほどに過去のものに遡っていくようだ。あたかも時間を逆行するように、成長を巻き戻すように、少女はその身を幼い容姿へと変えていく。制作時期が古い順に積み上げていけばそうなるだけのことなのに、ビー玉越しの逆さの風景のなかにいるような奇妙な感覚が首筋を伝う。

 ほどなく最後の一枚が姿を現した。描かれたものを見て私は目を疑う。彼女はひとりではなかったのだ。

 最初は一枚の紙に同じ少女を二人分描いたのかと思った。そのくらい、彼女たちは似ていた。よく見れば顔立ちはだいぶ違うのだが、花壇の前で仲睦まじげに微笑んでいる二人は、まるで姉妹のように面影がそっくりだった。しかし私が驚いたのはそこではない。新たに登場した少女――私は彼女に見覚えがあったからだ。私は画用紙をきつく握りしめていることも忘れて、紙の上の女の子を凝視する。

 接点なんてまったくないと思っていたのに、一体全体、なぜここに――!

「貴様、そこで何をやっている?」

「をぎゃびんっ!?」

 ぬらりとした手で背後から両脇を掴まれ、青白い女性の顔が肩の上にのしかかってきた――と思ったら紺子さんだった。

「発情期の猫ですか貴女は」

「いいいきなり登場しないでください! びっくりするじゃないですか!」

「びっくりするのは貴女の悲鳴の方です。席を立ったまま戻ってこないと思ったら」

 紺子さんは後ろから私を抱きとめるような格好で画用紙を覗きこんでくる。頬に触れるふわふわのくせっ毛からはほのかに花の匂いがした。

「おやおや、これはこれは」

「あの……この絵の女の子って――あっ!?」

 私は見覚えのある右側の少女を指さして尋ねようとするものの、さっと画用紙を奪い取られてしまう。

「他人の空似でしょう。さあ、絵の制作に戻ってください」

「でも」

「でももだってもありません。当日まで時間がありませんゆえ、ご自分の技術に自信がないのなら急ぐべきです」

「はい……」

 それを持ち出されると素直に従うほかない。

 それにしても、いつも丁寧に私の質問に答えてくれる紺子さんらしくない対応だった。

 思い違いかもしれないけれど、私には紺子さんが件の絵の話題を避けようとしているように見える。この花の絵と少女の絵は誰が描いたものなのか? 二人の少女は何者なのか? 本当に他人の空似なのか? 聞きたいこと尋ねたいことはいくつもあったけれど、無理に問いただすのは気が引けた。私はもやもやした気持ちと一緒に問いかけを飲み込んだ。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 寝室に戻ってから美濃部からもらった花の画集を何気なくめくっていると、準備室で花の絵を見たときに感じた既視感の正体に気がついた。

 あの絵はこの画集を模写したものだったのだ。

 色の使い方、筆の置き方、構図のとり方まで見事にトレースされている。

 ということは、やはり花の絵の方は美濃部か美濃部の家族が描いたものなのだろう。

 あの少女の絵との関連が気になるところだが、紺子さんの反応を見るかぎりでは家族の話題はタブーのようだ。別居か離婚かさもなくば……。けれど今優先すべき懸案はこれじゃない。

 私はベッドから起き上がり、ワンピースを撚り結ぶ練習に戻る。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 時間は早足に過ぎていく。


 朝から夕方まで習い事をこなして美濃部と食事をして従業員と話をして敷地内を歩いてロープの扱い方を学んで。

 変態ストーカーに拉致されたとき、なし崩し的に娘にされたときは異常な環境に放り込まれたと思ったものだけれど、慣れてしまえばどれもこれもが日常になってしまう。少し前までの女子高校生としての毎日、それが当たり前だと思っていた現実が、もう私の頭のなかのお伽噺と変わらない曖昧で不確かなものになりつつあった。私の気持ちをつなぎとめているのは以前の暮らしへのノスタルジアなんていう綺麗なものからはほど遠い、意識の底に沈殿するどろどろした後悔や悲しさや怒りだ。私はただもう一度、現実のお母さんに会いたかった。

 

 泣いても笑っても明日は決戦の日。パーティの当日だ。

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