1 ―覚醒―
「かわいい寝顔」
研究員れみが呟いた。計測器を調べていた研究員まさおが、それを聞いて顔を赤らめる。
博士とれみは、ベッドの上で安らかな寝息を立てている被験者の顔を覗き込んでいた。
「だいぶ落ち着いてきたようだな」
博士が言った。
「数値も正常ですね」
まさおが報告する。
被験者の閉じた目蓋の上に、れみが静かに手を伸ばした。
彼の額にそっと触れる。短い髪の生え際に、傷跡があった。その傷をなぞるように、額から耳の方へと手を滑らせる。傷は右耳の後ろまで真っ直ぐに伸び、そこで終わっていた。
れみが彼の頬を撫でると、その寝息が止まった。
ゆっくりと、目蓋が上がる。
れみが顔の真上から微笑みかけるが、彼の焦点は定まらない。
博士がれみを押しのけ、彼に語りかけた。
「おはよう。気分はどうかね」
しばらくの間天井を見つめたり、瞬きを繰り返したりした後、彼は僅かに首を浮かせて博士の方を向いた。
顔をしかめながら、呻くように言葉を発した。
「だれ?」
「わたしは博士だ。君の、命の恩人だよ」
博士の声を聞きながら、れみに背中を支えられて上体を起こす。
「そうだ……俺は借金取りに追いかけられていて……脚を撃たれて……あれ?」
患者衣の裾をまくって、脚を見る。左膝の上に、微かに傷が残っていた。
「脚の方はもう充分癒えているはずだ。頭の調子はどうかね」
博士がそう言うと、彼は自分の頭に手をやった。額の傷跡に触れると、目を見開いた。
「痛みはないようだね。気分はどうだ?」
「ちょっと待て」
表情を変えないまま、傷跡を何度もなぞる。
「俺の頭、どうなってるんだ? ていうか、ここはどこなんだ!」
「ここはわたしの研究所。撃たれて捕まえられた君を、わたしが買い取って連れてきたのだよ」
「買い取って?」
「なかなか条件に合う若い被験者が見つからなくてね。もう少し待って駄目ならまさお君に犠牲になってもらおうと思っていたのだが、良かったよ」
「被験者?」
一瞬で青ざめたまさおに発言する間も与えず、彼は博士に聞き返した。
しかし、答えたのは博士ではなくれみだった。彼の背中を軽くさすりながら、耳元で囁く。
「君は、わたしたちの希望なの。いえ、人類の希望なのよ」
「……君は?」
「研究員のれみよ。よろしくね」
「れみ……」
その名を反芻するように繰り返し、彼は視線を宙に彷徨わせた。そして、瞳を閉じる。
少しの静寂の後、彼は小さく呻いた。
「うう……」
震えながら両手を上げ、頭を抱える。
「う、うあーっ!」
眉間に皺を寄せ、悶え始めた。顔が一気に紅潮する。
「心拍数が上がっています!」
「何が起きている!」
まさおが、博士が叫ぶ。
「ううっ! 何だ、何なんだこの……」
彼はベッドの上でのたうち回り、白目を剥いて、咆哮した―
「この、とめどなく湧き上がる妄想はあああっ!」
「「「妄想!?」」」
博士と二人の研究員は、顔を見合わせた。
猫の足裏がひんやりして何とも言えない心地良さを感じる今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
というわけでこぐまです。
なろう初の連載に取り組みますが、実は以前に書いたものなので、途中まではできています。しかし大幅修正を行なっておりますので、掲載ペースは期待薄です。
今回は短く切りすぎたかもしれません、まだもやもやした感じですね。しかし、あまり長いと飽きるので、毎回こんな感じで行くことでしょう。これに懲りずにまた読んでいただければ幸いです。