魔王見習い様と遭難者くん。
現在の改定状況: 終了
1.とりあえず色々追加
2.(ΦωΦ)クワッ を追加
3.神無族の行をカット
4.夢の行が予想以上に酷くなった件について
5.最後のあたりの表現を少々修正 (5/16/12)
ざくり、ざくり。
吹きすさぶ雪に奪われる視界、命を繋ぐ体温を奪う寒さ。 震える息を吐きだして、凍りゆく肌と髪に絶望を見出した彼は、それでも前へ進んでいた。 厚手とはいえ山登り用に作られた訳でもない茶色の外套は、少しは保温の役割を果たしていたものの、あまり役にたっているとは言えなかった。 こちらを伺い、時折励ましの声をかけてくれる水と風の精霊達について歩き、彼は氷山の上へと雪を踏みしめ登っていった。
そこに何があるのかは知らないが、今まで一度も裏切りなどしなかった精霊達が誘うのだ。 何があっても大丈夫だろう。 彼はそう思い、体力が無い身ながらも必死についていった。 しかし、それも足が滑るまでの事。 散々に酷使されつづけた体は、一度ふらついてしまえば崩れ落ちる事しかできなかった。 膝をつき、冷たくも柔らかい純白の雪に体を預ける。
眠い。 その思考が彼の頭を染めていく。 疲れた。 その思いが立ち上がる気力を奪っていく。 どうせ助かる訳なんてないし。 その諦めは、他の全てを凌駕した。
徐々に暖かくなってきた雪は、今や綿菓子のようで。 ふわふわ、ふわふわ、優しい声で歌いながら彼を留まらせようとしている。 ふわふわ、ふわふわ、心地の良いそれは、幼い頃に母と共に寝ていた時を思い起こさせた。 そして彼はもう、頭上で叫んでいる精霊達の言葉も聞こうとせず、迫りくる眠りの予感に幸せすら感じながら瞼を閉じた。
もはや彼の耳には何も届いてはいなかったが、少々時がたった後その場所に響いてきたのは、別の何かが同じように雪を踏みしめてくる音だった。
【皆様こんにちは。 千尋です。
突然ですが、遭難してしまったと思われる方を発見してしまいました。 つんつんしても目を覚ましませんが、息はありますし体温もあるっちゃあります。 一応生きてる内に発見できたようです。 うちで遭難されちゃ迷惑なので、とりあえず持って帰る事にします。 てか、持って帰らないと、頭上でぶんぶん飛び回っている精霊さん方に何されるかわかりません。 かなり気が立っていらっしゃいますからね。
ところでなんでここに居るかといいますと、近くをお散歩してたら風の精霊さん達がわーっと集まってきて引っ張ってこられただけです。 しかし、その精霊さん達、いきなり現れたと思ったら顔に激突してきたんですがね。 そのせいで「うぉぶっ?!」などと女性にあるまじき悲鳴を上げてしまったのは、一生物の恨みと言えましょう。 まったく、誰も近くにいなかったから良かったようなものの。
しかし、雪に覆われたこの大地と今尚吹き荒れる雪。 この遭難者さん、このままほっておかれたら確実に死亡していたでしょうね。 そう考えると今日お散歩にでたのは、神々のお導きと言えなくもないかもです。 …なんでそんな天候なのに散歩しているのかって? ドラゴンさんがお出かけ中、かつ興味があったからです。 動物みたいなのになったせいか、お家の方角だけは見失わないので、こんな暴挙も許されるんですね。 皆さんはやっちゃダメですよ?
というかこの人、人間ですね。 耳が丸っこいし、背丈も幅も小さいので間違いはないでしょう。 さらに言うと、大人になりきっていない、少年っぽい青年です。 綺麗な短い金髪と、ぼろぼろの服と、荒れた肌。 傷だらけの体。 精霊達が懐いてるのと強い光の力を感じる事からして、「勇者」と呼ばれる固体である事は間違いなさそうではありますが、どうにも今まで大事にされてきたとは言い難い風貌をしていらっしゃいます。 普通「勇者」というのは、国ぐるみで守られながらぬくぬくと育つものなんですがねぇ。
そもそもこんな魔物や魔王が支配している大陸に「勇者」が一人っきりで行き倒れてる事自体がおかしいのですが、それは起きてから聞けばいいでしょう。 という訳で特に問題もなく、優しく抱き上げて屋敷まで運ぶ事にしました。 ちなみに私の属性は炎なので(もちろんファイアブレスも吐けますよ!)周りは常にあったかいのですが、寒いとこから移動できたので安心したのでしょう、体を摺り寄せてきました。 可愛い子です。
余所者を連れて帰ってきた事で、屋敷の中は一瞬で野次馬モードに切り替わりましたが…私の威嚇を耐えてまで近づこうとする子は居ないので、別段問題もなく湯浴みと休息を取らせる事ができました。 見た目より筋肉質な、いい体をしています。 傷だらけではありますが、膿んでもいないし致命傷もありません。 呪いは服従系のが一つだけかかっていたので、食っておきました。 不味かったです。
とりあえずまあ、命の危険も無いようですし、こんなんで癒しの術を使ったらおそらく怒られるでしょう。 術に頼りすぎると体が鈍って~云々をまたレクチャーされるのはごめんです。 なので治療は毒の有無を調べ、傷薬を塗って包帯を巻いただけにとどめてあります。 見てるだけでもとても痛そうで、私の心が痛いです。 全治…何日間でしょう。 衰弱の事も考えると、それ以上になっちゃいますかね。
そういえば、猫の喉を鳴らす行為には癒し効果があると聞いた事があります。 大人の子は怯えられそうだからダメなので、子猫の魔物の中でも一際ちっちゃい一匹におねだりしてみると、案外あっさり良いよと言ってくれました。 その代わり今日一緒に寝て欲しいそうです。 もちろん心の底から了承しました。 ついでに大型の魔物の一人に警備をお願いします。 近くで騒がれたら起きてしまいますしね。
で、その合間にお粥を作ります。 この大陸の食べ物は日本の物に似通っているので、お米らしきものがあったのです。 それはそれとして、大きな鍋にたっぷり出汁をとってから、あらかじめ洗って水を吸わせておいた米をたくさん入れます。 かるーく塩を入れて、後は蓋を被せてから弱火で放置です。 炊き上がったものからやるほうが簡単なんですが、すぐには起きなさそうなのでこっちにしました。 ちなみになんでこんなに多く作るのかというと、病人が食べたいだけ食べさせるのがマナーだからです。 本来ならば多すぎてもダメなのですが、この場合は飢えてそうなのであえて大目に作りました。】
温かい?
たおやかな白色の腕に抱かれて、もう目覚める事は無いと思っていたのに。 口々に名前を呼ばれ、ぼんやりと覚醒した頭で見る天井は、明るい色の石で出来ていた。 そこから覗く、今にも泣き出しそうな顔で笑う精霊達。 ああ、心配させてしまったなぁ。
大丈夫だよ、という意味を込めて笑い返す。 ぎこちないなと自分でも思ったが、精霊達にはそれで十分だったらしく涙腺が崩壊した者達までいた。 それを見た彼は、とても穏やかな気持ちで、雪よりもずっと暖かくて優しい寝具に身を預けた。 起きれるようになったら、助けてくれたであろうこの場所の主に、どう礼をしようかと考えながら。
しかしそのまま全員から心配したんだからと怒鳴られていた彼は、ふと視線を感じ右に顔を向けた。 そうして、とてもこちらに興味を持っている事がよく分かる、小さな小さなファングキャットと目が合った。
しましま模様に、飛び出た二本の大きな牙。 彼と目があったことで狭まった瞳孔、いつでも飛びかかれるように緊張し始めたそのしなやかな体。 ああ、おそらくは幼体であろうが。 これはまごうことなくファングキャットだ。 歯を見せずに彼は笑い、間髪入れずにできる限りの臨戦態勢をとった。
叫ぶな、目をそらすな、刺激するな。 本能と知識に従いじりじりと後ろに下がるも、同じ分だけじりじりと近づいてくる眼の前の猫型魔物。 彼が止まれば彼?もとまり、彼が動けば彼?も動く。 そんな攻防を続けていると、恐れていたことがとうとう起こってしまった。 そう、ベッドの縁に到達してしまったのである。
それでもこのままやられてたまるか、とゆっくりと足をおろし立ち上がる。 体は抗議の悲鳴をさんざん喚くが、そんなものにかまっていたら狩られてしまう。 そう己を叱咤し、ゆっくり、ゆっくりと後ろに歩を進める。 もちろん目は合わせたまま。 どうやらその魔物はベッドから下りられないらしく、縁に到達すると不満気にこちらを見て鳴き始めた。
武器も媒介もないので、精霊達に手助けを求める事は不可能だが、それでも道案内はさせられるだろう。 そう頼もうとした瞬間、扉が開いた。
その開いた扉の向こうには、表側に付けられている純白のエプロンが眩しい、魔物の王種が居た。
そして彼は今、その王種の隣で夕飯の後の洗い物をしている。 怪我が治ったと思ったら、金払う代わりに働けと言われたからである。 他の仕事は料理や掃除などの手伝い、および幼体達の遊び相手などがある。 実は最初、色々と聞かれた後に、街へ下りたいかと聞かれたのだが。 精霊達と話しあった結果何故か首を振られたので、ダメ元でここに居させて欲しいと言ったら許可が出たのだ。 その代わりに怪我が治ったら働け、という事である。
この王種は、話しただけではおそらく魔物と分かりはしないだろう。 彼は人間のように話し、笑い、動く。 見た目以外はまったくもって魔物らしくない魔物なのだ。 もしも人に化けれるようになれば、誰もが彼を人間と言うだろう。 それほどまでに、この魔物は人間らしすぎる。 ちらりと横、さくさくと洗い終わった皿を拭いている彼、に目をやり勇者は思った。
つまりそれは、魔術師だとでも言い張れば、人間族の上層部にもやすやすと入り込めるという事で。 …王族や貴族にとりいって、内側から崩壊させたり、逆に乗っ取ったりする事だって容易いという訳だ。 そんなもの、脅威以外のなんだというのだろうか。
現に以前、ある国に単身入り込んだ魔物が、その国を掌握し戦争を起こしかけた事があった。 その時よりは各国の警戒も強まっているが、目の前の彼は王種だ。 警戒の念を抱く事すら普通の人間、どころか魔物を含んだ生物には不可能だろう。 それほどまでに、一般と王種の力量はかけ離れている。
しかしこの王種は王種のくせに、らしすぎるせいかやたらと人間臭い。 普通に話ができるし、意見を言えば考えてすり合わせようとしてくる。 喜ぶ事をしてやれば笑顔で礼を言うし、からかえばムキになって反論してくる。 余裕を見せていても、ちょっと突っつけばすぐに拗ねたりもする。 助けを求められれば、できる限りの手助けをしようとする。 さらに言うと、大体の人間よりよほど純粋で真っ直ぐな性格をしている。 こんな性格では一国を乗っ取るどころか崩壊させる事すら難しいだろう。 これが演技だというのなら、むしろ騙される方が本望かもしれないが。
…というか、人間臭いというか子供っぽいの方が正しいのかもしれない。 驚かせられれば悲鳴をあげ、じゃれつかれれば遊んでやり、御付であろう銀竜の言う事に逆らっては怒られ、掃除用具で模擬戦を始め、勝手に街に下りては怒られ、こっそりと銀竜にいたずらを仕掛けては見つかって怒られ。 銀龍以外が平和な毎日が、ここでは淡々と流れている。
正直言って、そこらの子供の方がまだ大人しいと言っても過言ではない。 まだここに来て日が浅い勇者が、単に彼を抑える事が可能だというだけで、目付役として選ばれてしまった事からも彼の奔放さが伺えるだろう。 他の者達は逆らう事すら考えんからな、と銀龍が溢しているのを勇者は聞いた。 たしかに、感情が薄いそこらの魔物では、彼のお祭り騒ぎに同調してしまうだろうな。 勇者はそう思い、銀龍の提案に同意したのだった。
僅かに微笑みながら愚痴を溢す銀龍の為に、少しは苦労を減らしてやろう。 そう誓いながら。
その夜に、夢を見た。
ここに拾われるまでの、夢だ。
はじめは母の懐にて。 その後の10の時に勇者と選別され、それからの訓練と叱咤の日々。 彼らは子供に一体何を求めていたのだろうか。 そして15の時、攻めてきた魔物の軍勢に姫の代わりにと引き渡され、捕縛されている間に故郷すらなくなっていた日。 父は知らないのでどうでもいいが、母がすでに安らかに眠っていたのと、優しくしてくれていた姫がどうやってかそのまま正妃に収まっていたのだけが救いだった。
そしてそれからの、魔物の国での日々。 監視つきではあったが、姫の口添えによりある程度の自由も貰えていた。 正直言うのもあれではあるが、母国に居た時よりずっと楽しく明るい日々だった。 魔物の国らしく実力至上主義だったので、そこそこ強い自分はけっこう可愛がられていたと言っても過言ではないだろう。
しかし、それも他の魔王達が横恋慕するまでの合間だった。 ある一人がもう一人をそそのかし、姫のおねだりにより侵略行為をやめたその国に、突如戦争を仕掛けたのだ。 もちろん自衛しかしていなかったその国は、侵略をやすやすと許してしまい。 姫とその夫はなんとか逃げ出し、友好国家である霧火国の王に助けを求めに行けたのだが、彼らを逃がすために残った自分と兵士達は捉えられ炭鉱送りとなった。
そうして、氷山の屋敷に住む王種に拾われる五日前。 仲間の兵士達、およびそこにいた全員が、自分を逃してくれた。 自分ならできるから、助けを呼んできて欲しいと。 しかし笑っていた彼らの顔は、次第に歪み。 終いにはこちらを睨みつけ、こちらを糾弾し始めた。 自分はせいいっぱいやったと、そう主張しても彼らはひいてくれなかった。 じくじく、顔はくさりはじめ、腐しゅうはあたりをみたし、こえは次第にうめき声となっていってもいみはあたまの中にひびきつづけて、いいつづけた、もっとはやくすれば、
もっと早くすれば、皆助かっていたのに。
何故もっと早く助けを呼べなかった。
友の顔をしたそれはそう言った。
皆お前のせいで死んでしまったぞ。
ちがう、ぼくは
全部お前のせいだ。
ちが、
全部お前のせいだ。
ぼく、は
全部お前のせいだ。
なんでそんなこと、
お前のせいで皆死んだ。
なんで、
お前のせいで自分も死んだ。
そんな、
責任をとれ。
え、
とってお前も死ね。
え、
お前も死ね。
え、あ
お前も死ね。
あ、
死ね。
あ、
死ね。
やめ、
死ね。
あ、
死ね。
ごめ、なさ
死ね。
おねが、
死ね。
ゆるし、
死ね。
ねぇ、
死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。
おね、が、
死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。
ゆるし、
死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。
だれか、たすけ
死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。
、
死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死「にゃぁあうん」
夢に響いた呑気な声に彼の体が跳ね、とたんに大きく目が開く。 勇者の目の前にいたのは、初めて目が覚めた時に見たのと同じような、しかし少々ばかり体の大きいファングキャットだった。 すぐに彼は身を起こし、部屋の中を見渡した。
滝のように流れる汗が肌をつたい、非情に気持ちが悪かった。 彼は隣に居る魔物の子にも、今の夢はどういう事なのか知っているかと問いかけてはみたが、それは冷ややかに勇者を見つめ返しただけだった。 そしてそれはそのまま、そんな事はお構いなしとばかりに、勇者に近づき擦り寄った。
「なぁん」くるるるるるる。
喉を鳴らし目線で語り、撫でろと催促するその魔物。 それは勇者を落ち着かせようとしているが為のものか、それとも単なる猫故の傲慢さか。 彼には判断できなかったが、どちらにせよこのまま眠れるとは思わなかった。
なので彼は、薄暗いその部屋の中で、その柔らかい毛並みに手を伸ばしたのだった。 そうしてすでに助けが向かわされており、彼の主達は無事に逃げ延びたと教えられた事を思い出した事もあり、勇者は安心した気持ちで夜明けを迎えた。
悪夢の中で微かに聞こえていた、その幾人もの声が織り上げていた、魂すら握りつぶすような冷たい嘲笑が。 起きた後にも聞こえた気がした事は、欠片も考えないようにして。
姫は超スペックです。 チートです。 そしてSです。
ちなみに余談ですが、姫とその夫の夫婦仲は、永遠に新婚さんです。
「魔王の種」(現在の千尋の状態)は通常、「魔王」からは嫌われています。 自分の縄張りが脅かされてますからね。 見つかった場合は殺されるか、強制的に部下にされます。 普通は生まれながらに縄張りを持っているなんてありえないので、見つかる確立は低いっちゃ低いのですけど。
(「王種」は魔王になりえる魔物の総称であり、=「魔王の種」ではありません。 現に勇者君は、千尋はすでに花開いているものと思っています。 ややこしくてすいません。)
ついでに言いますと、魔族=上位の魔物、です。 魔物という定義の中に魔族の定義がある、みたいな。
基本的に上位の者には逆らえず、強い者の近くにいると、新陳代謝で溢れる魔力の余波を貰えるから強くなる、という裏設定があったりします。 だから一番強い「王種」の近くには魔族しかいないんですねー。