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魔物が大人しくなった訳。  作者: 時雨氷水
プロローグ
3/17

魔王見習い様の優雅な一日。 (1)

読むにあたって:


この話は、三人称視点と主人公の一人称視点を行き来しながら語られております。 一人称視点は【】で囲われておりますので分かり難くはないと思いますが、何か不明瞭な部分があればどうぞご一報ください。




*はらから=昔の日本の口語で、男女関係ない「きょうだい」の言い方、だそうです。

暗い、暗い洞窟の中。 一片の外の光も届かぬ地の底に、それはいつの間にか在った。 



淡く紅く光る水晶が壁一面に乱れ咲き、床には足の長い苔が敷き詰められたその部屋の、最も奥の壁。


そこには新鮮な血のような深紅をその身に湛えた、巨大な円形の水晶が埋め込まれていた。 それは完全に濁っており中は見えなかったが、時折その身に反射する光が揺れ、中心に在る微かな影が身動きする事からして、どちらかというと卵のように見えた。 また、もしその部屋にたどりつけた者がいれば一瞬呆けてしまうほど、それが鎮座している部屋は暖かかった。 特にこの万年雪が降り注ぐ地においては、その暖かさは思考を奪い去るほど心地の良い物だった。



ぴきり。


そうしてようやく、長い長い間、耳を潰す程の静寂が響き渡っていた部屋に一つ小さな声があがり、同時にその紅色の卵にヒビが入った。


ぴきり。 …ぴき、ぱし、ぴきぴきぴきびきびき。


一つヒビが入ると、まるで決壊したダムが如く崩壊は早急に進んでいった。


そして最後の一音が鳴り終わると瞬きの間の後に、それは千とも万ともつかぬ数の欠片になって砕け散った。 中からは同じ色の液体があふれ出してきたが、それは空気に触れる傍から洞窟をまぶしく照らし出す大きな焔に己の姿を変えていった。


その最中で、どさりと音がした。


柔らかい苔に受け止められ、卵が在った場所の前で気を失っているその青年。


漆黒の長い後ろ髪と顎まで届く前髪は絹糸のようにさらりと散らばり、今は伏せられている闇色の瞳は強い意志を目元に携えていた。 しかし、それらと同時に見える二本の立派な角、炎の光を反射している漆黒の獣のような太もも、両足と尻尾、そしてそれら全てを引き立たせるきめ細やかな白い肌は、その青年が人間ではない事を明確に語っていた。 


そうしてその部屋の中央からじわじわと湧き出している赤い液体に守られ、幸せそうに上下しているその胸には、閉じた瞳の形を模した文様が描かれていた。









【皆様はじめまして。 私、千尋と申します。 今生の目覚めの時は地中深くの洞窟にて、人間ではない男性の姿で真っ赤な温泉で溺れかけながら迎えました。 焦って息を吸い込もうとして咽たのは秘密です。


落ち着いた後、あまりの暖かさに幾度か二度寝三度寝とうつらうつらしてしまいましたが、いい加減空腹も覚えてきたので外に行こうとした際に、魔物だと名乗るちまい子達に発見された後しっぽを振られ彼らの主となりました。 


当時のメンバーはわんわんが三種類、にゃんにゃんが二種類、虫が三種類、他の獣系が五種類となぜかアルパカみたいなのが一匹でした。 現在はさらに増えた上、ようやく子供が増えてきてます。 皆の体もおっきくなってきています。 ただ、異種族でもお構いなしに(アルパカを除いて)やっちゃう場合もあるので、そろそろカオスタイムが始まりそうです。



彼らが言うには、この山は狩りに行っている最中に子を殺されたり、不在の合間に巣を乗っ取られていたり、さらには陥れられて逃亡し続けるしかないなど、もう行く宛も行ける場所も(さらには生きる意味も)ない魔物達の逃げ込み先だそうです。 どれほど強大な力を持つ者でも、この一年中雪が降りしきり地雷(という名のクレバス)原が手ぐすね引いて待ち受けている山に、土地勘もないまま入ってまで獲物を探すほどの度胸はないそうで、安心して暮らせると言っておりました。 こんな所で安心も何もないと思うんですが、敵が明確であるだけ楽なんでしょうね。 


そうそう、それとここは危険が少ない代わりに餌も少ないそうですが、皆無ではないので分けあってなんとか暮らしていっているようです。 簡素な備蓄庫にも極少量ではありますが、いくらかは蓄えがありました。



…ちなみに、なぜ私が主に倍プッシュされたかといいますと、単純に私がそこらで一番強く一番危険が少なさそうな魔物だからだったそうで。 そりゃ元人間ですからね、言葉が通じさえすればとりあえず話ぐらいはしますよ。 何はともあれ、とくになってやる理由もなかったのですが、空腹+土地勘もない場所で絶賛混乱中の身の上。 冷静さを取り戻す為にお仕事が欲しかったんです。 涙を湛えた目で見られ続けたってのも、あるんですけどね。



適当に自己紹介を交わした後に、皆に私専用の部屋を作って頂いたのですが、私は元人間。 もちろん好意は嬉しいですが、洞窟の中で震えながら一生を過ごす気はありません。 そして私の保護下に入ったからには、そんな一生を過ごさせる気もありません。 なのでよっくらせっと山を散策し、ついでに遭難者さん方の装備や服を供養しつつ拝借し、そして体感で二週間ぐらいたった時に、頂上で見つけた城と見紛わんばかりの洋館に単身突入したのですが、そこで何故か動いていた鎧の形をした化物に襲われました。 …ええ、魔物ではなく化物とあえて言いましょう。 だってその時は意思疎通すらできなかったんですもの。 怖いにも程がありましたよ。


ガシャガシャうるさかったので奇襲だけはされませんでしたが、いやー強い強い。 いくらなんでも戦い方を知らない私がそんなのに叶うはずがありません。 仕方がないので迷子なりに出口を求め奔走していたのですが、案外とボロボロじゃない部屋を見つけたんですよ。 しかも、化物どもは何故か近づこうともしません。 なのでちょっと休もうと思って、暖かい火が灯っている暖炉の前の床にふらふらと倒れこんだのですが、疲れきった体にそんな快適さは敵だったようで。 いつの間にか私は、目を閉じ眠りについてしまっていました。



世間ならば権利者に身ぐるみ剥がされてほっぽり出されるか、武器を付きつけられて追い出されている所ですが…結果的にはそれが良い方向に向かったんです。 ソファで毛布に包まりながら起きた時に、目の前にいらっしゃった美形の銀髪銀目の人形の魔物(耳がとんがってて角があったのでそう断定できました)がそう言いましたのでそうなんでしょう。 ちなみに、その方が私にドラゴンさんと呼ばれている方です。 元の姿は竜らしいのでそうなりました。



彼曰く、私をずっと探していたそうです。 強大な力で世界を嘲笑い、魔を統べ何もかもを己の思うがままにできる…そう、魔王と成りえる。 そして花開いても居ないのに、すでに陣地を持てている私の事を。 …それを聞いた時、どこの厨二病患者が作った物語かと笑ってしまった事は許してください。


(ちなみにこの世界には、でかい大陸が二つあり、それらは人間の大陸ガイアと魔物の大陸マテラと呼ばれています。 以前は戦争していたのですが、今は和平を結んでいるとの事。 また、私の縄張りは、ガイア側とは反対側に位置してます。 よく分からなかったので地図で説明してもらったのですが、マテラ大陸の一端を縁取るように、細く長く伸びていました。 主だった他の陣地から、海を切り離すように。


これ、普通なら侵略対象ですよね。 しかし人間と違い、こういう場合は『しかたがない』らしいので、通常は対象外だそう。 魔物で良かったです。) 



でもいくら探しても見つからず、いい加減諦めかけていた所にきて、ようやくいくつか張っていた罠(ここのような『中は安全で快適な部屋』)に引っかかったそうです。 私はあれですか、うさぎさんですか。 そこにきてようやく私を探していた理由を聞いたのですが、なにやらはぐらかされました。 でも、決して危害を加えたい訳ではなく、逆に私を守る為だけにここに居るのだと。 彼はそう言いました。 そんなセリフ、一度でいいから前世で聞きたかったです。


…男が魔法使いになるのなら、女は何になるんでしょうね。 いえ、そんな過去を嘆く事はやめましょう。 今の私はふたたび若い。 今度こそ恋人の一人や二人、作って見せます。 一人も別に悪くはなかったんですが、やっぱりそういう事って興味がそそられるじゃないですか。 ね。





◆◇◆◇◆





それからはまあ、なんやかやあって、そんで今、生まれた場所で一息ついてる訳です。 いきなりのジャンプですみません。 そしてものすごくあらすじっぽくてすいません。 めんどくさいから後々にしよーなんて考えちゃったら私の事です、絶対に説明なんてしませんもの。


それで現在、私はぼーっと夕飯何にしようかなぁと考えながら温泉に浸かっています。 あまり良いアイディアが出て来ませんが、とりあえずピーマンが残っていますので、それで何かしようと思います。 魔物なので、普通の犬猫のように一定の食物はダメーなんてことがないのが嬉しいです。 …たしか、玉ねぎ類やチョコレートを食わせると死ぬんですっけ。 犬や猫は。 で、生のイカを食わせると、腰が抜けると。


…そんな事を考えててちょっと眠りかけたんですが、そんな時になんか音が聞こえてきました。 複数の小さな足音っぽい音ですね、誰でしょう。】



深紅の湯の中に浸かっている彼は、閉じていたその漆黒の瞳をゆるりと開けた。 ちらりと目をやったのは、先程よりだんだんと大きくなってきている音の方向。 その方向にはこの最深部に至る、一本の長い長い下り階段があり、その壁に掛けられている松明が細々と転ばぬ程度の灯を齎していた。 


その奥、上の方から聞こえてくる、岩に爪が当たっているような硬い軽い音。 それは迷いなくこちらに歩を向けており、入り乱れ交じり合いながら彼の者に何者かの接近を教えていた。



【結果から言えば、一番最近生まれた四つ子達でした。 あ、その子達の事なんですが、最初から私に慣れてるせいか自由奔放に育っちゃったんですよね。 それがまた可愛いんですけどね! でも最近おねだりを覚えられてしまったので、ちょっと危険です。】



再び目を閉じ、警戒をとく。 そのまま少し待っていると、案の定。 幼い四つ子の子狼達が口々に彼を呼びながら、その空間に飛び込んできた。



【…若干一名ほど、なんでか私を父親だと誤認してますがね。 未熟児すぎて、ご両親が構ってやれなかったのが原因でしょうか。 しかし伴侶も居ないのに親になる日が来るとは思いませんでしたよ。 でもね、その子達。 警戒も何もせずに部屋に飛び込んできたんですよ。 知らない人や敵がいたらどうするんでしょうねホントに。


と、またこちらに向かって走っている、別の生き物の音が聞こえました。 微かにでも足音がする所からして、恐らくは長男くんでしょう。 親御さん方は気配すら押し殺せるので、足音なんてたてやしません。


…ほら、その通りです。 姿が見えました。】



四体の子狼達は未熟が故に爪の使い方も引っ込ませ方も知らず、だからこそ幼く未だ弱い彼の体に軽い傷をいくつか作っていた。 それでも彼の体によじ登ろうとしている子狼達を見て、必死に追いかけてきたそれらの兄は顔をひきつらせ今にも倒れそうな顔色で速度を落とした。



【苦労性のお兄さん。 私の裸体によじ登っている子供達を見て、叫びだしそうな表情を一瞬作りました。 でも彼はちゃんと自制できるすばらしい子です、洞窟の中で叫ばれたらうるさいって事をちゃんとわかってます。 でもなんでここまで躾の差が開いたんでしょう。 私が甘やかしたせいですねわかります。 ご両親に一度は謝罪しに行かなければダメですよねー。】



彼らの主はとても強く、全てを思いのままにできるお方。 主の気まぐれのお陰で彼らは守られ、子を安心して育むことが出来る。 だがしかし、一度飽きられ見捨てられれば、再びこの凄惨な地に住む弱き者達は、再びお互いを疑いながらも共に過ごさねばならない日々に神経をすり減らし。 ついさっきまで友であった者に見捨てられるかもしれない事に震えながら、惨めに死を待つしかないのだ。 …不興を買ってしまえば、皆殺しだけで済むかもしれないが。



【しかし、お兄さんはなにやらこう…萎縮しすぎなような気もします。 もっとお腹見せてくれてもいいんですけどね。 会った時からこうなんですから、もう性格と割り切るしかないんでしょうか。 大人たちもそうなんですが、もっと甘えてくれても良いと思うんですよね。】



そう幾度も幾度も言い聞かされて育ったその兄は、己のはらから達がなぜ毎日毎日今回のような暴挙をしでかすのかが信じられなかった。 はらから達も現在の状況は知っている。 隣で聞いていたし、自分でも幾度も言い聞かせていたからだ。 それでもはらから達は自重をしない。 むしろ逆に、自分にもそうある事を強要する。 そこに来て今回だ。 いざとなれば兄は己の命を捧げてでも、主の気を鎮めようと思っていた。 いかなるバカでも、家族は家族であるが故に。 だから彼は、決死の思いで謝罪を述べた。


「かまわない。 …それよりどうだ。 お前も入らないか?」


しかし目の前の彼の主は、いつもと同じ柔らかな笑みを湛えながら、子狼達の兄に手を差し伸べた。 まるで、傷など付けられていないかのように。 またはそんな事など気にもしていないかのように。



【で、ここでちょっとばかり疑問を解消しましょうか。 …そう、これを読んでいる方。 私の口調と本来の喋り方にものすごい齟齬がある事について違和感を感じていらっしゃいますでしょう。 その事なんですが、実は! 


…単に、ファンタジー小説と悪役が好きってだけです。 引っ張ってごめんなさい。 でも人間じゃない生き物+とても強い+崇められてる、んですよ? 楽しすぎてそれなりの言動をしていたら、いまさら変えれるような状況じゃなくなってしまったんですよねー。 まあ、自業自得と言われればそれまでですけどね。】



『い、いえ、そんな恐れ多い事…』



【しかし、一緒にお風呂はいろうぜ作戦をお兄さんに断られました。 誰かと入るのが恥ずかしいんですね、分かります。 しょうがないのでプランB…いわゆる一つのおねだり作戦、発動です!】



ああ、やってしまった。 そう兄は思った。 弱い身でお側に在る事そのものが罪ではあれど、主の願いを断るなど無礼の極みであるのに。 はらから達は幼く可愛らしいから許されるのかもしれないが、自分は普通に育ってしまった成人済みのただの魔物。 兄は今度こそ死を覚悟したが、彼の主は想像とは違い酷く傷ついた顔をし、残念だと。 共にこの幸せを感じて欲しかったのだがな、とぽつりと洩らした。



【いやしかし、恥じる子犬というのはなんと可愛らしい事か。 人間だと顔が真っ赤になってる状態でしょうか。 あんなふうにぷるっぷる震えられますと、思わずなでくり回したくなります。 四つ子達には毎日やってるんですけどね。 腹毛超もふもふ。


そんな事は置いといて、落ち込んだ表情を作ると長男くんがすんごく動揺しました。 いつもの事なので、いい加減演技だという事を気づいても良い頃だとは思うのですがね。 そんな純粋な所が大好きですよ、長男くん。】



「…一緒に入りたかったんだがな…」



【そう言って深いため息を一つつく。 子狼たち三匹も瞳をウルウルさせています。 ちなみに残りの一匹は私の頭の上で寝ています。 超かわいい。 なにはともあれ、らすとぷっしゅです。】



『わ…、わかり、ました。』



【耳を伏せて尻尾を垂らしました。 我らの勝利です。 彼らには後で干し肉をあげましょうかね。】



…そうしてその狼の兄は、なにやら必死なはらから達のおねだりも受け、戦々恐々としながらも温かい湯に浸かる事にしたのだった。






【全員十分に温まった所で、地表に出る事にしました。 基本的な生活は、この山の頂上にある、私が捕獲された洋館にて営んでおります。 言う必要もないかと思いますが、皆を収容できるほどには巨大です。 作りが良いのかほころびは無く、隙間風もありません。 ドラゴンさんいわく、元々は人間の物だったそうです。 生活に必要な道具もそのまま放置されていましたので、お掃除すればすんだのが嬉しいです。


鎧さん達は皆、本当はドラゴンさんの魔法で作られていたおもちゃだそうで、警備に回って下さっています。 追い込むのが目的だった為、「やむなく」やっていた攻撃には、殺意「は」なかったそうです。 その割にはものすごい勢いでかすった事が何回かあったんですけどね! 未だに夢に見ますよ!


おもちゃと言っても一度死んだ人の魂が入っていますので、人間と代わりがありません。 お話もできます。 ちなみに止め置けるのは、思想で本能を押さえ込める人間属だけらしいので、魔物などは無理らしいです。 どう頑張っても魂還場という、死者の国にある、死んだヒトが行く場所に行っちゃうんですって。 人間はその点、何らかの欲望か心残りさえあれば可能だそうです。 なんてお得。


でもそれって、普通は死霊術師とかの領域ですよね。 でも、ドラゴンさんってなんか死霊術師っぽくないんですよ。 なので聞いてみたら、知り合いに一人いるから少し習ったと言われました。 きちんと教育を受けたわけではないので、協力の意思がある相手しか留めておけないそうですけど。】



ざくり、ざくりと魔物達が快晴の元にて行進していくその回りには、常よりは勢いも量も少ない雪がひらひらとそよ風に吹かれて舞っていた。 先頭にて進む人型のそれは、薄い黒色のローブを一枚のみ纏っていた。 顔はフードに隠れ見えはしないが、人間ではすぐに凍えて死んでしまうその姿であっても、寒がる素振りも見せず動けている事から、ローブの主が人間ではない事は明白だった。 ローブの主の後ろには、じゃれあっている灰色狼の幼体が四匹と、さらに後ろに成人したばかりであろう灰色狼が従順に付き従い、彼らの主と共に上へ上へと突き進んでいた。



…その光景を隠れて見ていた『それ』は、憎々しげにその姿を睨みつけたが、『それ』自身ではどうする事も出来ない事を知っていた。 少なくとも、あのローブの主が死ぬまでは、『それ』自身はこの地に干渉が出来ない事を今更ながら思い知っていた。 『それ』は射殺しそうな程の悪意と殺意を持って、せめてとばかりに目の前の敵を睨みつけた。



…その光景を隠れて見ていた〈それ〉は、濁った瞳と歪んだ笑みで、ローブの主を見つめていた。 〈それ〉にとってその行動は日課であり、時間が許す限り〈それ〉は彼を見つめていた。 なぜなら〈それ〉は彼を愛しているが故に。 なので〈それ〉は、今日も今日とて彼と〈それ〉自身の大事なモノを害しようとする『それ』を、さらに邪魔できる事に笑いを零すのだった。



そんな二人に気づく素振りすら見せず、魔物達は己らが巣と定めた屋敷の前についた。 踊り場を途中に挟んだ横長の階段を登り、扉の前の広い空間まで登る。 彼らの眼前に佇む屋敷の、巨大なくすんだ銀色の扉や灰色石造りの壁と屋根には、華奢だが念密に考えられたのであろう、装飾の数々が彫り込まれていた。 彼らは見飽きているが為そちらに目をやろうともしないが、そこから少しでも後ろに振り返れば、どこまでも続く青い空と白い山肌、その麓を覆っている薄緑の森、そしてその後に続く緑溢れる大地が望める。 特に今日のような、澄み切った空気の晴れやかな日は、色がいっそう鮮やかに見えるのだった。


扉前の所々剥がれている石畳を突っ切って中に入れば、巨大な窓からの光で照らしだされた、吹き抜けのエントランスホールが眼前に広がる。 彼らはそこに誂えられている、外と同じレベルの装飾が施された左右対象の上部への階段を無視し、ホールの最奥にある観音開きの扉も開け、ついでに集ってきた他の小さな魔物達も加え、一直線に屋敷の奥へ、奥へと進んでいった。 そして中庭へ下りれる通路まで来ると左に折れ、少々歩いた後に木製の引き戸を開けた彼らは、温かい蒸気と湿気に迎えられた。



【ようやくお家に付きました。 かんっぜんに体が冷えています。 あの温泉は魔力増加の効能もあるので、幼体の私はちょくちょく行くべきなんですが…そろそろ冬に差し掛かりますし、何か本気で考える必要がありそうですね。 それかコートでもねだるか。 …あ、やばい、軽くくしゃみが出ました。



せかせか子狼達、及び寄ってきた他の子供達をお風呂に誘って温まります。 大浴場という名にふさわしくめちゃくちゃ広いので、皆が入ってもまだまだ余裕があります。 壁の一方に作られている、これまた大きな窓の数々は、何も灯さずともこの広い空間を明るくしてくれています。 さらにはそこから絶景を見る事が可能な上、水は近くの源泉からとっていますので、いわゆるプライベートな温泉と言ってもいいかもしれません。


いつもながらの阿鼻叫喚な体洗いの段階が終わり、なんとか人心地つきました。 大人の皆、狩に行って居るはずなのに、湯を貼っておく気遣いまでしてくれるなんて…何かお礼をしなければなりませんね。 ちなみに、基本的な食物は、私と子供達以外が交代で狩りに行っています。 子供達には無理だし、私はここを守る立場だから、と言われて。



お風呂から上がったら、お昼ごはんです。 ここを任されたからには、子供達の教育と食育もしなければなりませんからね。 最初はそんな事すらもしなくて良いと言われたのですが、『子供には美味いものを食べさせるべき』および『子供の頃から知識を叩き込んでおくべき』という私の信念を皆に語りつづけたら、最終的に呆れ顔のドラゴンさんから許可が出ました。


「言い出したら聞かないから、説得なんて意味が無い」なんて言葉は聞いてません。 聞いてなんかいません。 だって、ついこの間「子に気を配らなくても良いので、本気で狩が出来る」って感謝されたんですもの。 ついでに言いますと、他にも妊娠した方々が三組ほど出てきているので、ゆくゆくはその子供達の面倒も見る事になるでしょう。 そうなればさらに可愛いパラダイスです。 天国です。 今から待ち遠しいです。



ドラゴンさんは別方面の狩、つまり塩や油などを調達してきてくれています。 ついでに新品の服や生活用品なども。 街に行ったついでにに買ってきてるので、それほど負担ではないようです。 私も行きたいのですが、人型になれない内はダメと言われてます。 しかしお菓子やら本やらを買ってきてくださいますし、あまり困らせるような事は言わないようにする事に決めました。 今の所、お金はここに貯めこまれていた物からとってますのであまり問題はないんですけど。 …けど、満杯に近い宝物庫が五つもあるってどういう事でしょう。 ドラゴンさんですらひいてましたよ。 


そういえばドラゴンさんもたまに大人たちの狩についてってるらしいのですが、彼の基本的なお仕事は私の縄張りの統治です。 いわゆる宰相さんです。 「魔物なのに統治とか居るの?」と聞いたら、「やらなくても良いが荒れるぞ、自衛の手段を持たない村などは摂取されつくすだろうな」と返されました。 負けじと「でもこんなぽっと出の…」と言おうとしたら、「魔物であれば、己の住んでいる所の主が誰なのか即分かる。 人間属などには彼らが伝えるだろう。 少なくとも魔物たちは主様のみに従うから安心していいぞ」と潰されました。 何に安心しろと。 …国を統治せねばと言うことなら、税金とって、宝物庫の中のは有事などのために貯めておきますかね。



…というかこのヒト、なんでこんなに私の性格、熟知してるんでしょう。】





ちなみに〈それ〉さんは『それ』さんとは根本的に違うので、千尋の支配がとても濃い「千尋の巣」の中でも力を使う事が可能です。 つまり、よだれを垂らした寝顔とかもじっくり見てるって事ですね。 変態ですね。


※外階段の踊り場について

まず段々があって、ちょっと歩く部分を挟んでまた段々があるって事です。

その部分も踊り場と呼ぶのかは調べても分からなかったのですが、他に表現方法がなかったので踊り場としました。


※もしも誤字脱字、またはおかしな場所が目に付いた際は、お気軽にご一報ください。

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