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魔物が大人しくなった訳。  作者: 時雨氷水
プロローグ
14/17

魔王見習い様とお祭り騒ぎ。(1)

【皆様こんにちは、お手紙の身柄引受けついでにお茶会中の千尋です。 お茶うけに出してもらったのは手作りのチェックメイトクッキーです。 部屋の中は本人の穏やかな気質を反映してか、落ち着いた色柄でまとめられています。 仕事部屋らしく、大きな机と整理整頓された書類であろう紙の束、木綿生地のソファとアンティーク調のコーヒーテーブルがいい味を出しています。 そこに点在する、レースなどで飾り付けられたパステルカラーの物体達。 服や小物などタイプこそバリエーションに飛んでいますが、これらはすべて姪たちにあげる為に作ったものだそうです。 ちょっと見せてもらった所、箇所によっては私以上に上手でした。 ちょっと嫉妬。


手芸の事を除いても、本やお芝居の趣味などはかなりのレベルで合致してました。 特に私の周りにはレクスさんのようなヒトはいらっしゃいませんでしたし、かなり楽しかったです。 …アレイさんは娯楽小説なんて読みませんし、アーサーさんは本を読む気がありませんし、他の子達はそもそも読み書きを覚える気がないんですよねー。




とりあえず手紙はポケットに突っ込んだまま話し込んだ結果、いつのまにか夕闇が窓を彩っていました。 本当はもっと喋りたかったのですが、しょうがないので連絡先を交換しあい、そのままイソイソとミルドレッドさんのお家に戻りました。 クッキーの残りもちゃっかり貰っちゃいましたので、ミルドレッドさんにおすそわけしたら喜んでもらえました。 レクスさんはお菓子作りは上手いそうです。


そうしても、時は刻々と過ぎ行くもので。 宵が街に被さった頃、私はクィエルさんを伴ってローフィア塔の前に陣取るべく出発しました。 葵ちゃんはおねむとの事なので、ベッドに突っ込んだ後アーサーさんに預けました。 腐っても勇者の属性持ち、人間は彼の側にいるだけで安心してくれるらしく、寝付きがとても良かったです。 ついでに私達が居なくなってる合間、適当に説明の要らない観光所を連れ回してくれるそうなので、私も安心して祭りに参加できます。 まさにアーサーさん様様です。 …あれ、そういえば私、この島の観光ってした事ありません。 …いいなー。


まあとにもかくにも、葵ちゃんには言葉の壁の問題が未だありますが、一応船の中で必要なフレーズは大体カタカナで書きだしておいてあげてたので、読み上げながらお腹すいたーぐらいは訴える事が出来るようになってました。 閉鎖的な地域な訳でもありませんし、紙を見ながら舌っ足らずな発音をする子を迫害なんでしないでしょう。 だから多分、実質一日半ぐらい大丈夫でしょう。 もししたとしても、アーサーさんがかなり怒るでしょうし安心です。 なんたってジョークで彼を「お兄ちゃん」って呼ぶように教えたら割と本気で定着させようとしてましたもん。 変態さんですね。 あ、そういえば彼、ずっと可愛らしい妹が欲しかったらしいです。 その言葉だけだと可愛いですね。




しかしまあ、なんででしょうね。 私は塔が閉まる時間を見計らって並びに来たんですが、すでに二十人ほど並んでるんですがなんでしょうこれ。 なんか知らないヒトにドヤ顔されましたよ腹立たしい事に。 昨年はこの時間で一位だったというのにクソッ。 …いえ、彼らは不正をした訳ではありませんので、私に文句を言う権利はありません。 昨年は私がドヤ顔しましたし、まあ…ね。 うん。 でもムカツク。】







濃い暗闇が群青色に変わり、ゆっくりと青に変わりゆくその手前。 人によっては希望と称されるものだろう。 しかし、この朝ばかりは、人によっては絶望と混沌の夜への序曲ともなりうる、地獄の7日間への幕開けでもあった。


秋特有の涼やかな気温は、その朝ばかりは鳴りを潜めていた。 住宅街ならばそれほどでもなく、また早朝の静寂も今日も同じ日が来ると言わんばかりに優雅に闊歩していたが、ローフィア塔の辺りばかりはそのどちらも近づくことすらできなかった。


ひそひそと静かに、だが熱狂的にざわつく塔の前には、数えきれないほどの人々が集まっていた。 集まっていたといっても思い思いの場所に突っ立っていたり逆に詰めかけているわけではなく、むしろ彼らは扉から一定の距離を保ち、祭りとは思えぬほどに行儀よく列をなしていた。 そう、一般的な祭りならばこうは行かない。 そも、列など必要ない。 だが今という今だけは、こうしていなければ損するだけなのだ。 そしてその理由は、この祭りの特性を雄弁に物語るものであると彼らは全員知っていた。



ようやく空が白けはじめた。 世界の色彩は急激に鮮やかさを増していき、全体的な気温は上がらないものの全てを照らさんとする強い日差しは、並んでいる者達の雑多な風貌も光の中に浮かび上がらせた。 光が満ち溢れゆくと共に、静かな期待は淡々とだが確実に膨れ上がり、戦士や剣士ほどではないものの、ある意味それら以上に威圧感を醸し出している異様な一行は、今か今かと始まりの時間を待ちわびていた。 正確にはその前にある、もうそろそろであろう前座を、ではあるが。


がちゃり。


鍵が開けられる音がしたと同時に、無音の乱痴気騒ぎが始まった。 かすかな軋みを響かせながら少しだけ開いたその巨大な扉の隙間には、微かに穏やかな笑顔を浮かべた男が立っていた。 彼は深緑色を基調としたローブを纏いつつ、後ろに撫で付けた茶色の髪を同色のリボンで縛り、またその細い腕に木で編まれた大きな籠を掛けていた。 その籠の中には、これまた木でできた様な板の数々が、皆一様に同じ黒く奇妙な文様を抱きながら静かに鎮座していた。



「はーい皆様ご注目ー。」



男は後ろに控えていた黒色の制服の憲兵に台を置いてもらい、それに登り集まった者達にひと声かけた。 彼の口から放たれた意外にも滑舌の良い早口の言葉は、本来あるべきである朝を邪魔しないよう静かでありながらも後ろの方まできちりと響いた。



「皆様こんな時間からお集まりいただき真にありがとうございます。 我らが企画者様もこの度の盛況にとてもお喜びでございます。」


男はそこで一つ礼をし、そのまま続けた。


「ワタクシ今回の説明係を勤めさせていただきますホーラスと申します。 基本的には書庫の整理および案内係をさせて頂いてますのでお迷いの際にはお気軽にお呼びくださいませ。 とは言っても皆様にとっては別にワタシでなくとも良いとは思いますけどもー…案内業は歩合制故こういう所で宣伝でもしませんとなかなか収入が入らないんですよ悲しい事にね。」



スラスラと淀みなく紡がれる言葉の数々に、集まった人々から軽く笑いが漏れる。 ホーラスと名乗った壇上の男はそれを見て満足そうに笑い、メインである話に早速取り掛かった。



「では通例通りにルールを説明させて頂きますねー皆様良いですか? はい聞かなくてもわかってると思いこんでいらっしゃるそこの貴方! 一応聞いておいたほうがいいですよー毎年毎年細かな変更点がありますからねこのイベント。 というかこの図書館自体が年々変わって行ってるのですけどね。 どちらにせよ貴方魔術師でしょう? 検証検証再検証! でしたっけ? とにもかくにも細部はきちーんと把握しておかなくては。 ね?」



壇上の男は、列の尾あたりを指さし片目を瞑ってみせた。



「はいではまず一つ目! ワタシが持っているこのカゴの中の札ですね。 これ持ってないと入れない場所とか出来ない事が出てきますので気をつけてくださいねー。 ちなみに連絡や通達、食料が無くなった際などの通販もこれで行われますからねーちゃんと塔内部に入る前にワタシから受け取ってくださいね。 まあ皆様きちんと整列されてますから受取り漏れなどの心配は無さそうですけどね。


ああそういえば…一応言っておきますけど一般のお客様に被害が行った時点で永久追放ですからねーこれだけは厳守してくださいね。 ついでに言いますと殺しは完全にアウトですから憲兵さん方が飛んできますよ。 そうそう札の効果や通販の内容について詳しく聞きたい方は後でワタシに聞きに来てくださいね。 通販は現金でなくても大丈夫ですのでお気軽にご利用くださいねー。」



朗らかに笑いながら見渡していた彼は、参加者達が理解した事を見とどけてから言葉を続けた。



「さてでは二つ目ですねこれは大事ですからちゃんと聞いといてくださいねー。 えー今回戦闘が解禁されるのは第7区域でございます。 大まかな地理が知りたいと仰る方はどうぞ塔内の雑貨店にて該当箇所の地図をお求めください。 そうそう現在の通常開放区域は昨年と同じく第1区から第5区です。 ですので、第5区域までの簡易版であれば無料でご提供しておりますのでそちらの方ももし良ければお使いください。


続けましてえー初見ではない方々なら解って居られますでしょうがー…普段は保管所にて安置されてる本はすべて今回の解禁区域…つまりは第7区域の始めの階あたりから置かれます。 もちろんわかってるとは思いますが一応言いますと貴重であればあるほど下部に置いてあります。 そして例年通りに解禁区域の本には破損防止が掛かっておりますので存分に奪い合ってくださいね。」



潰し合い前提かよ、と後ろのほうで誰かが呟いたのを千尋は聞いた。 そんな台詞が出るという事は、おそらく初めての参加者だろう。 つまりは、おそらくではあるが、武器も何も持ってきてないのだろうな。 彼はそう思い、心のなかで密かに顔も知らないその誰かに手を合わせた。 


千尋はその気になればそこらに漂ってる魔素を取り込めばいいし、アレイジエルの人形達は全員死亡済みなので、基本的に物資は必要としない。 故に彼らは周りの者達と比べとても軽装だった。 もし何かを持つ必要があるとすれば、参加者達を必要以上に傷つけないための道具だろうか。 そしてその事を思い出した彼は、今回はどうするべきかと頭を悩ませ始めた。 


「では次の注意事項です ―…






◇◆◇


「結局どうするべきか…なぁ、クィエル。」



千尋の従者は答えない。



「血を見たくはないが、かと言って手加減するにしても、ヒトは脆い。 どうしても多少の怪我はするだろう。」



沈黙のみが彼の問いへの返答だった。



「そしてお前も知っての通り、私は鎮静術が大の苦手だ。」



辺りに広がるざわめきが、煩いほどに耳を打つ。



「だからこそ……何寝てんだテメェ」



それもそのはず、彼の銀髪銀目の従者は、夢の世界へとすでに旅立っていたのだ。 思わず千尋が声を荒げてしまうほどにぐっすりと。








「だって眠くて…」


「お前そもそも睡眠を必要としない体だろうが。 つーか死んでるだろがお前、いわゆるリーデッドだろ。」


「違いますー、ゾンビじゃなくて死霊ですー。」


「正式名称とか激しくどうでもいいわ!」



説明会が終わり、札を貰いながら入場した後、ローフィア塔の入口付近の雑貨店にて軽食と開放区域の地図を買った二人は、すぐさま館内に入り適当な休息所にて体を休めていた。 地図によると7区は、綺麗に円状に作られている通常区域1~5のうち2区のほんの一部分および3区と繋がっており、また他のそれと同じく通常区域とは違い、いびつな形に深く広く作られていた。 


今回二人は主だった7区の入り口から最も遠いうちの一つである【2-15】番の休息所を選んだ。 もちろん入り口に近ければ近いほど楽ではあるし、目当てを見つけに行くのも素早く出来るだろう。 しかし千尋の経験上中心に近いほど人が多く、徹夜組なので椅子にすら座れないというのは辛すぎるだろうと考え、彼らはそこに決めたのだった。 そして思惑通り、そこにはあまり人が居なかった。


1~5区の休息所は完全に同じように作られ管理されている、と地図には書いてあった。 現に千尋が見てきた休息所は、等しく二箇所の出入り口の上にそれぞれ番号と方角が書かれた金属の板が取り付けられ、内部には雑多な造詣と種類の椅子と机が置かれ、端の方には逆に飾り気のない、部屋と同じように白色のベッドが幾つか置かれていた。 ただ、ベッドの数自体は場所や使用頻度によって変わるらしく、二人が腰を落ち着けたその部屋はそれが三つしか置かれていなかった。 


普通ならば、少しでも休息を取ろうとベッドはすぐに満杯になるだろう。 しかし二人と同じようにそこに来た者達は、全員が全員一人で来ているらしく、基本的には荷物の確認や瞑想など思い思いに過ごしていたが、こぞってベッドは避けていた。 故に、実質ベッドは全て千尋とクィエルの独占状態となっていた。



「ったく、お前と話してると緊張が続かん…なんで全員、私だけになると途端にだらけるんだマジで。」


「実はわざとなんですよー。」


「それだけはないわ、お前のは明らかに天然だ。」


「えー、そんな事ないですよ。」


「むしろそれしかないわこのボケ。」


「ボケとかひどいですぅ。 あ、そのお菓子ください」


「その脳筋そのものの見た目でですぅとか言うな、鳥肌立ったわ! 食いたきゃ食え!」



ああもう、と溜息をつきつつ菓子の入った袋を千尋はクィエルに投げつけた。 もうこいつ嫌だと己のキャラを崩してまで嘆いても、放置できない今の現状に軽い絶望を覚えつつ、彼は再び目前まで差し迫った問題に思考を巡らせ始めた。 そのまま静かな時間が過ぎていき、どこか遠い場所から響いてくる鐘の音が、4つ重く鳴っていくらか経った後、唐突に千尋の背後から声がかかった。



「すいません。」


「…ん?」


「これ使ってます?」



見れば鳶色の髪を後ろで縛った男が、残ったベッドを指しながらなんとも抑揚のない声で聞いていた。 彼は珍しくも透明度の高い眼鏡を掛けており、また色とりどりの宝石が付いた銀色の装飾品や濃い色合いの服装を見るからに、明らかに金を持っている方だという事が千尋にも見て取れた。 男が持つ、長い焦茶色の木杖に隠れるようにして肩に乗っている濡れ鴉色の猫は、見事な艶の長い毛並みを誇らしげに煌めかせ、揺蕩う水底のような群青色の瞳で千尋を興味深げに見つめていた。


質の良い物を身につけ一人で出歩いても、怪我や綻び一つない…ということは強いのか。 装備からして見るに、魔術士か? しかし杖はそれほど使い込まれてるようには見えないが。 千尋はそう思いながらも、使ってはいない、好きにしろ。 と言った。



「ありがとうございます。 あ、私レヴェントンと申します。 この子はヨイ、書きは宵入りの宵です。 始めまして。」


「ん…ああ、私はセンだ。 あっちのはクィエルだ。」



レヴェントンと名乗った男はベッドに乗りながらそう千尋に話しかけ、意図を察した彼は気分転換にはなるだろうと柔らかな枕に頭を預けた。 男は見かけによらずふわりと足を崩して座り込み、口元のみに笑みを乗せた。 そして彼の猫はというと、他人事に興味が無いのかこれまた優雅にベッドに降り立った後、器用にくるりと丸まった。



「貴方がセンさんですか。 お話は伺っておりますよ。 お目にかかれて光栄です。」


「話?」


「ミルドレッドさんの部下です。 可愛らしい方だと仰られていました。」


「ああせんさん可愛いですよねー。」


「いいからお前は黙って食ってろ」


「ひどいー」


「煩い。 …すまん、見苦しい所を見せた。」


「お気になさらず。 そういえば、センさんはどのような物をお目当てとなさっていらっしゃるので?」


「んー、あまり居れる訳でもないからな。 魔技系のは決定事項なんだが、そうなると趣味のに割く時間がなぁ。」


「技、となると魔具生産や術制御などの系統ですか。 決定事項との事ですが、あまりお得意ではないので?」


「まあな。 普通に読めるものでは限界が来てしまってて、ちょうどいいから行ってこいと知り合いに叩きだされてきた。」


「そうなのですか。 見た所、育ちが良いようですが、護衛などはどちらに?」


「んー、別に要らんのだがな。 後ろの馬鹿ともう一人付いてきた。 私自身もそこそこ戦えるし、ここは比較的安全な方らしいから大丈夫だと言ったんだがな、まあそれはどうでもいい。 館内に入ってからなんか見られてる気はするが、別段敵意も感じないし。」


「そうなのですか。 しかし被らなくて良かったです、私は封呪系を目当てに来ておりますから。 貴方程お強い方とは取り合いできるほど長けておりませんし、幸運というべきでしょうね。」


「ん、封呪? 何か封じ込めたいのでも居るのか?」


「…いえ、どちらかというと開放して差し上げたいですね。」


「解呪か…私は力押しでやるからなー。 なにか見つけたら取っておいてやろうか?」


「宜しいのならば、ありがたいです。 ああ、お礼と言ってはなんですが、こちらをどうぞ。」



レヴェントンはそう言うと、小さな黒色の珠が埋め込まれた銀色のカフスをセンに手渡した。



「おや、良いのか? 結構高価そうなんだが。」


「それほどではありませんし、お気になさらず。 お近づきの手土産程度と感じてもらえれば。」


「そうか? なら貰っておこう。」


「…あっれーせんさん、なに貰ったんですー?」



クィエルが、千尋の背中にいきなり乗り上げた。 



「う、わ…こら、驚かすな。 貰ったのはこの耳飾り…ってお前、菓子はどうした?! 私の分は?!」


「ぜーんぜん話しかけてもお返事してくれませんしー、ぜんぶ食べちゃいました。」 


「クィエール?! そろそろ怒るぞ?!」


「てゆかこれ綺麗ですね、僕にください。」


「話を聞け、取るな返せ!」


「やーですー。」


「だからそんな言葉づかいをするなっつっとろーが!」



その後も少々押し問答をしていた二人だったが、取り返せないと思ったらしく、千尋は唐突にレヴェントンに向き直り勢いも良く謝罪した。



「…お、お気になさらず。 後ほど取り返してくれるとの事ですし。 そういえば先ほど、何かを悩んでらっしゃるように見えましたが、良ければお話をお伺いし」



その時、再び鐘の音が響いてきた。 ゴーン、ゴーンと三つ響かせそれは消えた。 その音が鳴り止んだ時、レヴェントンがいきなり騒々しくなったあたりを見渡し、センに問いかけた。



「すいません、なんでしょうか今の。 一応先ほどから幾度か鳴っていた記憶はあるのですが。」


「ん、説明を聞いていなかったのか? そろそろ始まるぞ、という意味の鐘だよ。 あれが一回になったらそれが合図だ。 ここは大体の通路から遠いからな、大体は今あたりから準備を初めて、真ん中辺りに行くか見つけた扉や階段の前に陣取る。 ちなみに大きい所やたどり着きやすい所はそれだけ人も来るし、妨害もされやすいから、勧めはしないぞ。 私達はそっちに行くが。」


「そうなのですか、説明会の時は半分寝てしまっていたのであまり聞こえなかったのですよ。 アドバイス、ありがとうございました。」


「どういたしまして。 あ、地図は買ったか?」


「いえ、迷いやすい方ではありませんので。」


「あー、やっぱりお前初心者か…地図には道の他に主だった注意事項などが書き込まれてるからな、次からは絶対買っとけ。 いくら致命傷を負わせるような罠なんぞは無いとはいえ、それ以外のエグいものなら沢山あるんだからな、慎重になりすぎるという事はないぞ。」


「そうなのですか。 例えばどんな物があるのでしょう?」


「例えば…ヒトとしてのプライドをズタズタに切り裂くような物を見たな。 一応言っておくが詳細は聞くな。」


「引っかかったんですか?」


「私は回避した。」


「あ、お疲れ様です…」



千尋はそんな彼を心配そうに見やり、おもむろに自分の地図を差し出した。



「くれてやる。 どうせ大体覚えたし、幾度か来てるから罠の傾向も大体わかるからな。」


「え、しかし…」


「良いから貰っとけ、先輩の言う事には従っておくもんだ。 返品は許さん。 じゃあな、気をつけろよ。」



そう言うと千尋はさっさと地図を彼に押し付け、ひらりと一度後ろ手を振ると、クィエルと一緒に纏め終えた荷物とゴミを持って近くの入り口へと歩いて行った。 









「私かっこ良くね? なんか漢って感じだったんじゃね?」

                                               ヤッパリアホノ子ダネェ>

「…今誰かに罵倒された気がするんだが」

「え、僕知りませんよ?」

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