魔王見習い様は揺られに揺られて (1)
【海の上から失礼します、こんにちは皆さん千尋です。 ゆーらりゆらり、まるで揺り籠のようです。 というか、領地のお外に出るということで、人間属の姿初披露です。 と言っても、下半身変えて角引っ込ませただけですけどね。
ダボダボの白のシャツに黒の上着、ぴっちりした茶色のズボンに同じ色のブーツを履いています。 ちょっとチャラ男っぽくアクセなんか付けちゃったりもしてます。 髪は革紐で三つ編みに纏めました。 でも、常時下半身丸出しに慣れてしまったせいか、「履いてる」となんか違和感があるんですよね。
人間族の姿だと、漏れ出る魔力を抑えないといけないというのが唯一の不満点ですが、注目を浴びずに歩き回れるのでこっちのほうが楽です。 それにいたずらしまくっていたせいで、隠密行動は得意です。 いっそシーフの訓練でも受けてみましょうか。 トラップ解除は地味に使えそうな気もしますし。
というわけで季節は秋、天候は雲ひとつない晴れ、そしてとりあえず船という事で、タイタニックごっこをやったのですが。 周りの子供達が真似するだろうと船員さんに怒られました。 やはり異世界ではやるべきではなかったのでしょうね。 反省はしました。 だが後悔などする気はない。
とりあえず以前の話にて分かった色々な事ですが、話しやすくするためにーと帰った後にドラゴ…いえ、もうアレイさんと呼ぶべきですね。 アレイさんに酒を飲ませてみても、肝心な部分とかは話してくれなかったのです。 「まだ早い」とか言ってました。
ですが、かろうじて、本名または近い物を教えあう意味、および私に名前を教えてくれなかった理由は聞き出せました。
いわく、名前という物は力を持ち、本名ともなると魔法使いまたは高位の魔術師ならば、それだけで相手を意のままに動かす事が可能になるそうです。 言霊の考え方と一緒ですね。 とは言っても、自分の意思で教えた時よりはまだマシらしいです。
また、本名を知った者には知られた者との強固な繋がりが作られます。 この繋がりを使って動かす訳です。 ただ、この繋がりは一方通行ではなく、知られた者の情報が知った方に流れ込むのです。 強制的に。 さらには、知られた者の方が強く、知った者の方が弱いケースですと、精神崩壊を引き起こす可能性すらあります。 近い物…つまり発音が違ったりなどの場合ならばそんな酷くはないらしいですが。
それで私の話につながります。 私はまだ影響を受け易い幼体であり、暴走しがちらしく(とは言っても精神的に落ち着いているため、通常よりは安定しているそうですが)、近い物でも私に教えるのは躊躇ったそうです。 で、躊躇っている内に、「ドラゴンさん」が定着してしまったと。 他の魔物達にも名前を付けていましたし、やる事もあったので後でいいだろうと思っていたら、めんどくさくなったそうです。 ひどい。
ちなみに、名前に込められた正しい意味を知っていてかつ、正しい発音で喋れなければ、真名とは認められないそうです。 特に意味は誰にも教えちゃダメだそう。
で、まあ。 さらに酒が進んだ後、ついでに私に構ってくれる理由を聞いて見たのですが。
気まぐれでわがままな所が、亡くなった娘ごさんに似ていると泣かれながら言われました。 聞かなければ良かったと後悔しております。 まさか年上をあやして寝付かせるハメになるとは思いませんでした。 しかし起きた時には、二日酔いの痛みと共に綺麗サッパリ忘れてくれていたので、柄にもなくリオスの皆様に感謝の祈りを捧げてみました。 こんな事で感謝されてもお困りになるだろうとは思いますが、祈りは祈りなので受け取ってはくれるでしょう。
遅ればせながら、今回船に乗っている理由をお話ししましょうか。 今年度もマテラ大陸の南の小島(地図で言いますと、上の方)にて開かれる『本の祭典』に行くからです。 今年もそこの主さんにいらっしゃーいと招かれましたので、二つ返事で行く事になりました。 そこの主さんは人間で、結構いいお年なのですが、趣味が似通ってるので話が合うのです。
同行者は同じく人間に変化している、短い銀髪と丸っこい銀目を持ったアレイさんのおもちゃの一人(名前はクィエルさん、性格はワンコ)と勇者さんです。 アレイさんはお仕事があるので来れませんでした。 そういえば、授業も一段落付いたという事で、最近お仕事のお手伝いを始めたんですよ。 最終的には私に権限を全部渡すそうです。 やはり前話での思考は読まれていたようです。 アレイさんおそるべし。
という訳で、出歩かずに面白い事が出来る方法を模索中です。 本格的にお仕事始めちゃったら、もう勝手に出歩けませんものね。 一応アイディアはありますので、考えが纏まったらアレイさんにお伺いを立てようと思います。 一応収入にもつながりますし、無下にはされないでしょう。 きちんとすれば、観光客も増やせるかもですし!
で、『本の祭典』というのは、二大大陸の合間の島にて開かれる『知識の祭典』とは違い、メインは本です。 今まで出版された古今東西の本が集まる、本来の意味でのオタクが集まる、オタクのための、静かで熱狂的なお祭りです。 開催される場所は、先程も言いましたように、マテラ大陸の南の小島…『テーナム島』という所です。
テーナム島は、周りに流れるギリア海流の恩施を受け、一年中湿気の少ない穏やかな気候の場所となっております。 特産品は知識や芸術作品です。 とくにテーナム島で開発される料理のレシピは、そこらで買えるものとは違い割高ですが、お値段が高いだけあってとても美味です。 基本的に白と青色の色調で統一されており、夏に来るとたまにバルスされてるのかと思います。
また、テーナム島はそれそのものが書庫となっており、別名『図書館島』とも呼ばれています。 建増しし続けていたら高くなりすぎたので、地下を掘って新たな書庫を作りつづけている、正真正銘のまるごと図書館です。 そして、その中には一握りのヒトしか知らない、幻の本だけを収めた特別な書庫があるのです。 その幻と呼ばれる本達も、通常はその特別な書庫に収められ一般では見る事すら叶わないのですが、この祭典の間だけだれでも見つけられるような場所に移し替えられるのです。
それらが私の、ひいては私の同類達のお目当てなんですねー。 もちろん読みたい本が被らない場合、つまり(私の場合は)相手が出版禁止になった『効果的に殺す方法一覧(種族別(ただし「世界」を除く))』や古に滅んだ国にて書かれた『メシマズ嫁の調教の仕方 ~マトモな料理を作らせる方法集~』などを求めている場合など、もありますが。 そんなラッキー、願うだけ無駄なので自力で頑張るのです。 私達は。 ちなみに、私は過去に二冊だけお目当てのを見つけた事があります。
そうそう、そこに住むある方は直樹さんの知り合いらしく、彼から私の事を聞いてぜひ会ってみたいと思っているそうなので、ついでにそのヒトにも会ってみようと思ってます。 直樹さんが言っていた手紙も預かっているそうなのでね。 …ほんと、贈り物が一週間以内に届く前の世界が、ちょっとだけではありますが恋しいです。
最後に、祭典の期間は一週間ですが、移動時間のお陰で私が居れるのは三日です。 その三日でどれだけ読めるかが鍵なので、どれだけ早く目当ての本を見つけられるか。 そして、どれだけ早く読めるかをこの二週間鍛えておりました。 結果、「私、速読のプロになる!」と言っても失笑されないほどには早くなりました。
ちなみに、以下が私の読まねばならない本一覧と解説です。 優先度の高い順に並べております。
『わたしとあなたの珍怪道(初版)』:ある二人の旅人の様子を書いた日記。 面白おかしく、たまにはエロく、最後には結婚してハッピーエンド。 この話を読む事が出来たなら、コメディアンとして大成すると言われている。 初版以降はエログロが全て削られている。
『七の神』: 絶版になっている本。 今の世界にはタイトルしか出回っていないが、別世界の物語らしい。
『みかん畑のチチル』:導入部分と題名からは決して予測が出来ない、救いのない話。 誘拐、処理人形、奴隷、情婦、鉄砲玉、拷問好きな男のおもちゃと来て最後には内蔵売買と続く、逆に感心するほど突き抜けた作品。 現在出回っている同名の絵本はもはや別物。 あまりにも詳細すぎるので、本当にあった事だと思われ作者が処刑されかけた逸話がある。
『勇者ヴェルサリスの冒険(初版)』:勇者、聖女、魔法使い、執事、商人、そしてマスコット兼荷物持ちのアルパカ一匹が、世界を滅ぼそうとした悪い魔法使いを倒しに行くお話。 ストレートな勧善懲悪モノで、今尚高い人気を誇る名作。 初版では主人公たちの濡れ場や、悪い魔法使いが聖女を慰み者にするが真実の愛に目覚めるシーン、そして実は主人公たちを送り出した偽の王が黒幕で姫を弄んでいたシーンなどが多々あったが、現在それらは全て省略されている。 ちなみに、アルパカの真の姿は、古に封じられた真なる神だった。 実は元ネタがあるらしい。
『ぼく、あるく。』:盲目ケダマウサギの成長記。 初版のみ細部まで拘った挿絵が付いている。
って所でしょうか。 どっちにしろ、見つけなければ読めないんですけどね。】
「あいつ、か?」
デッキに置かれた椅子に座り、同じ船の客の子供と遊んでいる千尋を眺めているそれは、つばの広い帽子を被りなおし囁いた。 それの近くには誰の影も見当たらなかったが、それの耳には確かにそれの主の返答が聞こえていた。
「…ああ。 しかし、趣味を変えでもしたのか?」
「…いや、些か毛色が違いすぎだと思っただけだ。」
「……ああ、なるほど。 そっちか。」
「…ああ、わかっているさ。 お任せ下さいゴシュジンサマ、とでも言えば満足か?」
挑発するがごとく、座っているそれは影に隠れている口元を歪ませたが、すぐにつまらなさそうにため息を吐いた。
「…リアクションぐらいしたらどうだ。」
「…本当にウザいな、お前……は? なんだって? …何が落ち」
それの後ろで、大きな水しぶきが上がった。
痛い。 頭が、痛い。 いや、体中が痛いのか。 まるで千匹の象が体の上と中でサンバを踊っているかのよう。 手足が動かない。 目が開けない。 痛い。
しかし、背中は柔らかい。 なんだろう。 ベッドか何かに寝かされているのだろうか。 という事は、病院か? 奇跡的に動いた鼻を蠢かせ、匂いを嗅ぐ。 …病院は薬の臭がするというけれど、別にそんな匂いはしない。 むしろ、潮? なにやら揺れているような気もするし。 …船? そんな訳はないか。 私が住んでいる所は盆地なのだし、何があったとしても海なんかの近くに居るはずなんて、ある訳ない。
何が、あったんだっけ。 なんでこんなに痛いんだっけ。 思い出せない。
「 、 。 。」
誰かの声が、聞こえた。 なんて言っているんだろう、とりあえず日本語じゃあないって事は分かる。 低くて落ち着いていて、まるでお爺ちゃんのよう。 聞いてて安心できる。
「 、 ?」
別の人。 もっと若い感じ。 すっきりした声…。
「 、 。 。」
そっと誰かが頭に手を置いて、撫でられた。 何故か安心できる。 知らない言葉だけど、とりあえず害意はないって事は分かる。 誰なのかな。 日本語わかるかな。 助けてくれて、ありがとうって言わなくちゃ。
痛む体に鞭打って、私は目を開けた。 目の前には、長い艶やかな黒色の髪と、優しい黒い目をした、男の人がいた。 その人は、横に居る、金髪金目のまさに王子っぽい人と話していた。
部屋は広く、三人がけのソファと机が一つと、三つの椅子、そして三つのベッドとサイドテーブルがあった。 私はその内の一つ、ドアから見て右の方の端っこに寝かされていた。 部屋は全体的に、明るい色の木でできていた。…あ、王子が私に気づいて目を丸くした。 そして気づいた黒色の人が、私の方に振り返った。
「 。 ?」
言ってる事がわからないから、困った顔をしてみた。 黒の人はそんな私を見て、首を傾げた。 でも、王子が何かを言ったら、合点が行ったような顔をして私に笑いかけた。 そして自分を指さして、「セン」と言った。
名前を言っているのかと思ったが、確証はなかったので、首を傾げてみた。 黒の人はもう一度自分を指さして「セン」と言い、王子を指さして「アーサー」と言った。 王子は自分を指さして「アーサー」と言い、黒の人を指さして「セン」と言った。 だから私は、笑いながら自分を指さして、「葵」と言った。
「アオイ?」
黒の人が聞いた。
「葵。」
頷きながら答えた。
「葵…」
黒の人が、私の頭から手を話して考え込んだ。 なんでかしらないけど、今の発音、すごく上手かったな。
『…おじょうちゃん、もしかして日本人なの?』
少々考えた末、彼は日本語を喋った。 …え? 日本語?
『んー、違うのかしらね…』
『い、いえ、そうです! 日本人で』
慌てて体を起こしたせいか、鋭い痛みが体中を走った。 そのまま私は、力なくベッドに倒れ込んだ。
『あらら、ダメじゃないのちゃんと寝てないと。 貴方の体、ボロボロなのよ?』
黒の人は掛け布団を直してくれて、苦笑と共にまた撫でてくれた。 なんとも仕草が女性的で、見た目は男の人なのにおばあちゃんみたい。 ううん、おばあちゃんだ。 この人。 …昔の事を想って、少しだけ、胸が詰まった。
『ごめ、なさい。 ありがとう。 ここ、どこですか?』
『ここは船の中よ。 テーナムって島に向かってるんだけど…知ってるかしら?』
『てーなむ…ギリシャの方ですか?』
ギリシャのあたりの名前っぽい。 確証はないけれど。
『んー…おじょうちゃん、いくつか質問していいかしら。 ちょっと確かめたい事があるのだけど。』
『え、あ、はい、どうぞ。』
『ん、いい子ね。 疲れたら言いなさいね?』
『はい。』
色々と質問をされた後、黒の人は力なく笑って目を片手で覆った。 王子はソファで本を読んでいた。 途中で部屋に入ってきた銀色の人は、一言二言黒の人と言葉を交わした後に、自分のであろうベッドで寝始めた。 だけど、銀色って珍しい。 なんだろ、あの人。
『はっはっは……あー、これはちょっと、笑うしか無いわねぇ…。』
『ど、どうしたんですか?』
『やー…うーん。 お嬢ちゃん、小説とか好きかしら?』
『け、結構好きですけど…』
『んー、じゃあちょっとは耐性あるかしら。 ラノベって知ってる?』
なんか、じわじわ探ってる、みたい? 言葉を選んでる感じがする。
『知ってますけど…』
知ってるどころか好きですけど…
『じゃーその…異世界とか、そっち方面の知識とか、ある?』
『え、まさかベタにトリップとかしたって事じゃありませんよね?』
まさかね。 …とは思ったものの、黒の人は目をそらし、引いた笑みを顔に貼り付けた。
『…まさか』
彼は答えず、目をそらしたまま笑い声の混じったため息をついた。
女の子きたー! 葵ちゃんは平均的な人間の女の子です。 血? 慣れてませんよ!
「世界」は種族の一単位となっております。 猫とか犬とかと同様です。
ケダマウサギの見た目は「アンゴラウサギ」をググってください。 可愛いです。
また、この話はまだプロローグです。 あれです、まだルイーダの酒場に居るみたいな。
とは言え、そろそろメインのストーリーラインが始まります。 このラインともう一つだけ書いたら、になりますが。
おそらくその時は、章を分ける事になるでしょう。 で、謎といえる程でもない謎とかは、追々解明されるって感じになります。
ただ、作者は現在就活の真っ只中です。 ご了承ください。