魔王見習い様のあずかり知らぬ所にて。
直樹さん関連はこれで一旦終わりです。
ちょっと段落の合間を広げてみました。 これで読みやすくなりましたかね。
「さーて、どうしましょうね。」
爽やかな部屋の中で暗い瞳をした男は、若干疲れた笑みを顔に貼り付けながらそう言った。
「正直言って、ちょっと眠りたいんですけどね……ほんとにもう限界と言いますか…」
「…直樹は一応人間だから、死に至ることはめったにないが、体を使われるのは母体の精神力を酷く消耗させる。 二人分の魂を受けいれている訳だからな。
…正直言って、補助の道具や事前の連絡も無しにやっていい事ではない。 今回コンタクトしてきた調停者は、素人か…他人の事などどうでもいいと思っているか。 どちらにしても、少々ばかり厄介な相手だな。 私達が知っているヒトはあんな風ではないのだが。」
【直樹さんはぐてーっとソファに沈み込んでいらっしゃいました。 なぜか喋り方がちょっと前までの間延びしたのではなく、普通の喋り方です。 おそらくこれが素なのでしょう。
直樹さんは喋るのも辛そうなので、ドラゴンさんが首を振りながら情報を付け足してくれました。 確かに少し立ち振る舞いが威圧的でしたね。 なんだかこう、お前は道具だぞって言われてる感じがビシバシ飛んできていました。 というか、最後のあの言葉で好感度は地に落ちましたけど。 むやみに出歩くなって言われてもぶっちゃけ無理ですから! せめて後500年は遊びますから!】
「千尋」
【ボソッとドラゴンさんにひっくーい声で囁かれました。 彼の目が<どっちにしても最後の言葉は従ってもらうからな?>とおっしゃっています。 やだな、思考読めるなんて聞いてませんよドラゴンさん。 …どうしましょうかマジで。
ちなみに直樹さんは調停者さんとやらがいなくなった瞬間に崩れ落ちたので、ダーティーブロンドの侍女さんに介抱してもらっています。 おっきな胸が柔らかそ…いえなんでもありませんよ?】
「特に今回はね、貸すのでなくて乗っ取りでしたからね。 急いてるのはわかりますけどね、さすがにこれはちょっとねぇ…?」
ふふふと軽く暗く笑った直樹は、つい癖で侍女の胸に顔を埋めすり付いた。 二人にとってはいつもの事であり、また直樹の事情…侍女達は魔力タンクを兼任しており、触れる面積が多ければ多いほど回復量も増す、という事を知っている者にとっても、別段目を瞠る事でもないのだが。 直樹の目の前の、センと呼ばれた彼の友の主は知らなかったらしく、おそらくは隠そうとしたのだろうが若干引いた瞳をした。
それに気づいた直樹は、あわてて己の事情を説明したが、言葉の端々から読み取れた不信感の残留に落胆した。 それはそうだろう。 いきなりこんな事を言われても、言い訳にしか聞こえないだろうしね…、と直樹は早々に諦めた。 後で友人から説明させようといつものごとく、即座に面倒事を押し付けながら。
【いえね、私もね? 別に個人の趣味に異を唱える気はありませんがね。 ちょっとばかり、そーいう事を人前でやるのには…ねぇ? おばあちゃんちょっとびっくりしちゃいましたよ。 今の街の子って皆こんなんなんでしょうか。 だとしたら少しショックです。】
「んー、まあそんな訳でして…言えなかった事に関しましては、後日手紙を、送ると言う事でよろしいですか? この状態で、ベッドに潜り込みますと、多分三日は動けなくなると思いますので…。」
「ああ、構わない。 …本当に大丈夫か? 顔色が酷く悪いぞ。」
【なんでこの人、そんなにレクチャーしたいんでしょうかと小一時間。 先生気質なのでしょうか。 見た所フェイクなしに体調が悪いのに、一体何に突き動かされているのでしょう。 心の底から不思議です。 つーか本当に即時ベッドに放り込みたいほど悪いんですよ。 顔色。】
「だいじょぶですよ…これより酷い状態になった事だってたたありますし。 …そろそろ日もくれますし、泊まっていったらいかがです?」
【発音までおかしくなって来ました。 いよいよ危なそうです。】
「いいのか? 迷惑では…」
「構いませんよ、へやは余ってますし。 ごゆるりと、おくつろぎください…」
「あ、ああ…」
センの済まなそうな顔に笑いかけ、彼に鳥肌が立ったのを確認してから直樹は立ち上がり、外に控えていた侍女達にも支えてもらいながら己の部屋に向かった。 口々に心配する彼女達に適当に返事を返しつつ辿り着いた彼の部屋は、この屋敷のどことも違う黒と僅かな金色の色彩で纏められており、まとわりついてくるような空気が停滞していた。 しかしそこに入った直樹は、部屋に蔓延する気だるさと重さとは裏腹に、まるで外のほうが息苦しかったかのように大きく深呼吸をして力を抜いた。
さらには廊下や応接間では普通だった侍女達の体の肌や肉は、直樹について一歩一歩部屋に踏み入るごとに、微かな煙を漂わせながら消えて行った。 それに伴ない気配や息遣いなどが消失して行き、誰がどう見てもそれらが人間だとはけっして言わない姿に、彼女達はゆっくりと変貌していった。 そうして直樹が中央付近にあるソファに寝っ転がる頃には、部屋には彼と服を着た骸骨達しかいなくなっていた。
ひとしきり彼女達に世話を焼かせた彼は、一眠りしたいとひょいひょいと手を振って全員を下がらせた。 誰もいなくなった後に一つのびをして横向きになった彼は、しかし眠ろうともせず、横の机の上にあった鏡を立たせ覗きこんだ。 三瞬きの合間、彼の顔とソファの背もたれのみが直樹を見返してきていたが、その次直樹が目を開いた時には、鏡はすでに別の場所を映し出していた。
〈ヤア。 調子ハドウカナ?〉
そこに居たのは、人の形をした何かだった。
それは深くかぶった暗色のローブの縁から白い肌と漆黒の髪を覗かせ、唯一覗いている口元でニタニタと笑っていた。 さらに、そこから発せられている男にしては高い方の声音は、直樹が演じる道化よりもずっと相対する者に不快感をもたらす物だった。
そう、確かにそれは基本的な見目こそは人である。 ではあるが、時折欠ける肌などの代わりに見える、闇の中の無数の目や嘲笑の形に歪んだ口々。 その上、同じく時折起こる音声の重複など、彼の眼の前に居るそれは、まともな生き物ではありえない要素を幾つも兼ね備えていた。 それがその事についての否定を一切しない、というのも直樹の確信を助長しているのだが。
「あまり、良くはないね。 君のお願い事も全部こなせなかったし。」
今日もその場違いに綺麗な白い歯が欲しいと思いながら、直樹はそう言った。 せめて作り方さえ教えてくれれば、自分の下僕達ももっとキレイな見た目になるだろうに。 ふかふかのクッションに体を預けても、節々の痛みどころか頭痛や吐き気さえも引いてはくれない。 完治にはどれくらいの時間が必要だろうか、と考えた所で直樹は思考をやめた。
〈ソノ事ハ気ニシナクテ良イヨ。 アイツノセイダシ大体ハ理解シテクレタダロウシネ。 ソレニオ手紙送ッテクレルンダロウ? デモコレデ落チ着イテクレレバ良インダケドネータブン無理ダロウネ。 ホントドウシテクレヨウカネーチ…センチャン。
…体ノ方ハドウナンダイ?〉
「まったくもって最悪だよ。」
〈ダロウネェ。 アノ調停者サマハ君達ノ事ナンテドウデモイイト思ッテイルシネェ。 君ノ知ッテイル調停者サマナラソンナ事モナカッタンダケドネェー。
カワイソウナ直樹クン。 痛イノダロウ苦シイノダロウ寝テイテモ楽ニハナラナイノダロウ。 哀レナ哀レナ直樹クン! 私ガ助ケテアゲヨウカ! イタイノイタイノトンデイケーッテネ!〉
そう歌うように言ってそれは、腹を抱えながら一斉に笑い声を上げた。 まるで、とても面白い演劇を見ているかのように。 その拍子に見えたそれの背後には、白と黒のタイルが交互に貼られた床と、重なり合っている暗い色のドレープの数々だけだった。
「…あー、はいはいありがとう。 そうそう、そのヒトについて聞きたいんだけど。 良いかな?」
〈エエ? …アアアアソウダネ。 アノ子ノ終わりハ突然デ理不尽ナ物ダッタカラネ。 君達ハソリャ知ラナイシ困惑シタダロウネー?〉
動きと笑顔をピタッと止めて驚きを表現したそれは、しかしすぐさま笑んで直樹も知らなかった事をさらりと言った。 情報に驚き顔を上げた直樹は、一旦は脱力感に負けて寝転がったものの、どういう事だとそれに詰め寄った。 直樹は彼女に対してのみ協力すると誓ったのであり、もしも彼女が死んでしまったというのならば、色々と考え直さなければならない事が出てくるからである。
〈ンンードウシヨウカナ…〉
それは少々ばかり迷っていたものの、やがて考えがまとまったらしく顔を上げた。
〈別ニ教エテアゲテモ良イケド、コッチダッテ慈善デヤッテル訳ジャナインダヨネー。〉
「…だからね、お礼がほしいなら、ストレートにそう言ってくれと何度言えば分かるんだい。 君だって時々僕のお願い聞いてくれるじゃないか。 協力ぐらいなら喜んでするって。」
〈ソレジャ趣ガナイジャナイカ。 面白クモナイシ。〉
ひょいとそれは肩をすくめ口をとがらせた。
「名状し難き何かな君が、趣とか気にする方が間違っていると思うんだ。」
〈ヒッドイナァ。 私達ハソンナSAN値直葬サセルヨウナノジャナイヨ。 アーア傷ツイチャッター。〉
「ニコニコ笑いながら何を言っているんだい。 本当に僕より真っ黒だね君は。 というかまた【私達】って言ってるよ。」
〈アララ気ヅカナカッタヨアリガトウ。 デモサ君ッテイッツモ私ヲ黒イトカ言ウケレドサ。 隠ソウトモシテナイ分ダケ君ヨリハマシダト思ウンダヨネ。〉
「それはない。 …で、今回は何がお望みなんだい? また何時間も悩まないでくれるとありがたいんだけど。」
〈大丈夫。 ソレハモウ決メテアルカラネ。〉
「おや、珍し…ってまさか、さっき迷ってたのって…?」
それは言葉でこそ答えなかったものの、それがたてた小さな笑い声は、しっかりと直樹の耳に届いていた。
「…うん、そういう事なら別にかまわないけれど…大丈夫なのかい? 僕の友達、あの子に何かあったらたとえ君が神であっても殺しに行くと思うんだけど。」
協力すると直樹が言った時に酷く喜んだそれは、ついでではあるが彼の受けたダメージを全回復してくれた。 数秒前まで臥せる事しかできなかった直樹は、今は完全にすっきりした気分で目の前のそれと会話できていた。
〈障害ニ尻込ミシテチャイツマデタッテモ手ニ入ラナイカラネ。 確カニ自由ニ遊ンデルノ見テル方ガ楽シイケドサァ…センチャン殺ソウトシテル奴ナンカニ取ラレルグライナライッソ自分ノニシチャッタ方ガマシダシー。
トイウカアイツモ持チ駒揃エテキテルシソロソロセンチャン一人ジャ危ナインダヨ。 特ニセンチャンッテ誰ニ何ヲ言ワレテモ全然自重シナイカラネー。 見テテ怖インダヨネェ。〉
「…せめて捉えておくぐらいにしてやってくれ。 あいつ、あの子の尻ひっ叩くようになってからようやく立ち直ってきたんだから。」
〈ンーマァドッチニシロ自分ノカケラニシチャウグライダネー何カスルニシテモ。 魂モソウダケド体モ使イ勝手ガ良サソウダカラサー。 トイウカソウイエバ【Arayziel】クンッテ娘チャン亡クシチャッタンダッケ。 カッワイソウニ。〉
ケタケタ笑って御悔みの言葉を口にしたそれの爆笑は、直樹が呆れて接続を切るまでずっと続いた。 その直後に、何故それが彼の友の真名を知っているのかという事に思い至り、もう一度それを呼び出すハメになるとはつゆも知らず。
女の子成分、いつ来てくれるんでしょう。
近い所までは来てるっぽいんですが。
千尋さんは…少なくとも女の子の思考回路じゃないので…。
あ、いまさらですが。
ヒト=種族制限なし
人=人間族のみ
です。