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菓子パン探偵天宮透子の事件簿 恋と故意との相合傘事件

掲載日:2026/07/23

 雨を待っていた。


 コンビニに置いてある小説は、

 今話題のもの、なんだろうけれど、

 私はちっとも、興味が持てなかった。

 本を、棚に戻すと、

 同じタイトルの本が二冊並ぶ。

 あなたと、コンビに、なんてね。

 廉価版コミックに、面白そうなものは。

 なにか。ないかと探していると、

「ありがとうございました」

 とレジから店員さんの声。

 いえいえ、

 立ち読みは褒められたものじゃ、

 ございません。

 聞き馴染んだメロディー。

 自動扉が開いて、入ってくる。

 外の雨の音。

 入れ替わりに。

 店を出たばかりの、

 先輩の天宮さんが。

 傘立ての前で、首を傾げている。

 私も、コンビニを出る。

 また。あのメロディー。

 雨の音の世界の中で。

 先輩は。

 柄のところに、

 私の赤いストラップが結んである、

 ビニール傘を手にしていた。

「天宮さん、それ、」

「ち、違うの、これは。サユちゃん。

 わた、私の傘を探してて、

 でも、どこにも、なくて、」

「分かってますよ、そんなこと。

 別に疑ってないですよ。

 傘、見当たらないんです?」

「う、うん、

 入れておいたところにないし、

 誰かが間違えて、

 持っていっちゃったのかな?」

 盗んだ、という言葉を使わない、

 彼女の優しさ。

 けれど、雨はまだ降っている。

 私はため息を一つ吐く。

 ああ、良くないため息だ。

 相手に罪悪感を持たせる、

 そんな、ため息。

「天宮さんも、駅まででしたっけ、

 私も同じなんで、送りますよ」

「でも。そんな、悪いし。

 ちょっと、もったいないけど、

 ここで傘を買っていけば、」

 私はガラス越しに、

 店内のポップを指差す。

 七百円。

 高校生にとって、

 かなりの額である。

「……うん。じゃあ、うん」

 先輩から、そっと、傘を手に取る。

 持ち手のところに、彼女だった温もり。

 おにぎり温めますね。

 とは、

 くだらないので言わなかった。


 彼女を濡らさないよう、

 傘を少し、右に傾ける。

 歩幅は自然と小さく。

 雨も、ゆっくりと。

 降っている気がした。

「コンビニで何を買ったんです?」

「えっ、えっと、今週の新作」

 65cmの小さな傘の中で、

 先輩はカバンから、菓子パンを出す。

 パッケージを見せようとすると、

 彼女の頭が、私の顔に近づく。

 ふわふわ、

 ホイップ、

 軽そうな言葉が並んでいる。

 見た目はかなり重そうだが。

「ああ、よく。悩んでますよね」

「えっ、見られてた?」

「座り込んで、悩んでるのを、しばしば」

「すっ、座り込んでまでは、しないようっ」

「今日だって、私が立ち読みをしている間。

 ずっと、悩んでたんじゃないんですか?」

「ほんとに? そんなに?」

「そんなんだから、傘。

 持ってかれちゃうんですよ」

「うーん。今度から気をつける」

「あっ、それ、裏見せてくださいよ」

「裏? うん。何見てんの?」

「カロリーを」

「カロリー? んなっ。

 なっ、なんで私を見てるの?」

「これ、夜中に食べてるんです?」

 可愛らしく、二回、右肩を叩かれる。

 ストラップが揺れて、鈴が鳴る。

 傘から雨粒がいくつも、こぼれ落ちる。

「ご、ごめんなさい、濡れてない?」

「もう、すでに。濡れてますよ」

 別に傘を、傾けていたから。

 というわけではなく。

 ただ、私の横幅が、

 天宮さんより、

 ちょっぴりと、

 大きいのだ。

「ねえ、そのストラップ、」

「ああ、これですか?」


 駅に着くと、あいにく。

 前の電車は、遅れていて。

 相合傘は、終わってしまったけれど。

 待合室の一つ屋根の下。

 待っている間、先輩は、

 さっき買った菓子パンの。

 ふわふわ、な部分を一口。

 そして、私に。

 ホイップ、な部分を一口。

 お互い、口を。もごもごさせながら。

 どうってことのない会話が続く。

「えーっ。じゃあ、お姉さんが落とした。

 このストラップを、お義兄さんが拾って、

 それをきっかけに、付き合ったの?」

「と姉さんは、言うんですけれど。

 義兄に聞くと、そんな話は、知らないと」

「それは、きっと照れ隠しだよう。

 ええ、だって、素敵な話すぎるもの」

 そんな素敵な、話なんてない。

 姉は、わざと。落としたのだ。

 私と同じ。

 赤い糸を投げ縄にして、

 とっ捕まえるタイプなのだ。

 運命的な出会いなど、ない。

「ああ、ロマンティッ」

 ジリリリリリリリリ。

 先輩の方向の電車が来る音。

 まもなく。車掌のアナウンス。

 ああ、この、ロマンティックな時間も。

 終わる。

「クな話。だったね。本当に」

 彼女は、菓子パンのビニールを。

 小さく小さく小さく折って。

「じゃあ、サユちゃん。

 いや、おむすびちゃん」

 先輩は、意地の悪い。

 私の名前、小結を。

 わざと、おむすび。

 なんて、読んだ。

「コンビニの傘、

 七百円だなんて、

 足元を見ている金額よね。

 しかも、折りたたみなんて、

 千八百円だって。

 一体何個買えることかしら」

 先輩は、私がコンビニまで。

 本当は、折りたたみ傘を差して、

 先輩の後を尾行していたことを見抜いた。

 足元を見て。

 50cmの折りたたみ傘、

 そして、尾行に気をとられ。

 65cmの傘を差したにしては、

 あまりにも、濡れている足元を見て。

 そして、

「ねっ、おむすびちゃん」

 全部。見抜かれていた。

 さすがは、天宮透子。

 私は、彼女に、

 柄のところに、

 私の赤いストラップが結んである、

 ()()()ビニール傘を渡した。

「運命の赤い糸は、小指に結ぶものだよ。

 おむすびちゃん。

 いや、なかなか。面白いことをする。

 ビニール傘なんて、

 どれも同じに見える。

 ものね」

 リリリリ。と彼女は、鈴を鳴らす。

「雨を待つ。電車を待つ。

 時間潰しには、ちょうど良かったよ」

「あの、天宮さん。私。私は、」

「雨の日でも、晴れの日でも。

 傘を差してしまうと。

 片手が塞がってしまってね」

「そっ、それじゃあっ」

「相合傘は、助手がさすんだよ」

 私に、ストラップを投げて渡した。



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