第9章: 諸国との交流
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第9章: 諸国との交流
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「……相変わらず野蛮だな。だが、上客だ」
直人はニヤリと笑った。ドワーフが来れば、ミスリル加工技術と鉱物資源が手に入る。 さらに第三営業部からは、エルフの里が「マヨネーズとスイーツ」を求めて国境を開放したとの報告も入っている。
「人間、ドワーフ、エルフ……。種族は違えど、美味いものを食いたい欲求は同じだ」
直人は窓の外、拡張工事が進む街を見下ろした。 そこには、人間だけでなく、噂を聞きつけた獣人や小人族の姿もチラホラと見え始めていた。
「よし。次は**『多種族対応型・巨大温泉リゾート』**の建設だ。食って、飲んで、風呂に入る。……これで全種族を骨抜きにするぞ」
ルメリナ公国の快進撃は止まらない。 その背後で、北の空が不穏に曇り始めていることに、まだ誰も気づいてはいなかった。
「業務連絡。……飯と酒で客は呼べた。次は、彼らを『帰したくない』と思わせる**『極上の沼』**を作る」
翌朝、直人は工兵団を連れてベルン郊外の山裾にいた。 **≪索敵≫と≪地質調査≫**で見抜いた「マグマ溜まり」の直上だ。
「ここを掘れ。……≪グラビティ・ドリル≫!!」
ズガガガガッ!! 直人の魔法と工兵団の連携により、地下数百メートルまで一気に掘削。 プシュゥゥゥ……ドッパァァァン!! 硫黄の香りと共に、白濁した源泉が空高く吹き上がった。
「よし、建設開始!」
一夜にして、巨大な木造建築が出現した。 その名も――『総合レジャー温泉施設・極楽ルメリナ』。
大浴場:数百人が一度に入浴可能な「千人風呂」。
機能湯:魔導炭酸泉、電気風呂(サンダー・グラウスの魔石使用)、薬湯(薬草煮込み)。
サウナ:**≪熱操作≫で90度をキープ。水風呂は≪氷結魔法≫**でキンキンに。
「あぁぁぁ……生き返るぅ……」
一番風呂に浸かったエレナが、手ぬぐいを頭に乗せてトロけている。 その横では、視察に来たドワーフの使節団が、赤ら顔で唸っていた。
「カッカッカ! 酒を飲んで、熱い湯に浸かる。……天国か? ここは天国なのか?」 「肌がツルツルじゃ! これならエルフの連中もイチコロじゃろうて!」
市民や他種族の客たちも、初めて体験する「温泉」の快楽に骨抜きにされ、ルメリナへの定住を決意する者が続出した。
だが、その平和な湯けむりの向こう側。 北の国境付近に、不気味な黒い雲――魔王軍の先遣隊が迫っていた。
「……匂うぞ。この芳醇な香り」
先頭を行くのは、巨躯の魔族。魔王軍四天王が一人、『暴食のベルゼブブ』。 彼は鼻をひくつかせ、涎を垂らしてルメリナの方角を睨んだ。
「カレーか? ラーメンか? ……我慢ならん。あの国の全てを喰らい尽くしてくれるわ!」
空腹の魔軍が、ついにルメリナへ牙を剥く。 しかし直人はまだ、湯上がりのコーヒー牛乳(ルメリナ牛乳+コーヒー豆)を腰に手を当てて飲み干しながら、扇風機に当たっているだけであった。
温泉とグルメで国中が弛緩しきっていたある日の午後。 突如として、北の空がどす黒い雲に覆われた。
「グォォォォォ……ッ!!」
雷鳴と共に現れたのは、数千の魔物の軍勢。 だが、それはただの軍隊ではない。空間そのものを咀嚼するような、おぞましい空腹の波動を撒き散らしていた。
「人間どもよ。貴様らが隠し持っている『極上の餌』をよこせ」
先頭に立つ巨躯の魔人――魔王軍四天王**『暴食のベルゼブブ』**が、顎を外して咆哮した。 その口の中には、底なしの暗闇が広がっている。
「抵抗は無意味だ。魔法も、矢も、希望も……全て我が『暴食』の権能が喰らい尽くす!」
ベルゼブブが息を吸い込むと、砦の結界の一部がガラス細工のように砕け、その口へと吸い込まれて消滅した。 絶対的な捕食者。市民たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
だが、城壁の上に立った直人は、湯上がりのコーヒー牛乳を飲み干し、冷ややかな目で眼下の怪物を値踏みした。
「……やれやれ。衛生基準違反の害虫が湧いたか」
直人は懐から一枚の羊皮紙(在庫管理表)を取り出し、空中に放り投げた。
「おい、ハエ男。勘違いするなよ」
直人の瞳が、**≪鑑定 Lv.250≫**の光を帯びて冷酷に細められた。
「ここは食堂じゃない。……**『食品加工場』**だ」
直人が指をパチンと鳴らした瞬間。
ズドォォォォォンッ!!
≪超重力≫。 ただし、今度はただ重くするだけではない。直人は重力のベクトルを**「個体ごと」**にねじ曲げた。
「ガッ!? か、体が……浮く!?」 「いや、押し潰される!? 上と下から同時に!?」
数千の魔族が、見えない巨大なプレス機に挟まれ、空中に縫い留められた。 ベルゼブブの「捕食」の闇さえも、重力の檻に閉じ込められ、霧散していく。
「な、なんだこの力は……!? 我が権能を……握り潰しただと!?」
もがくベルゼブブの目の前に、直人がフワリと浮遊して近づく。 その目は、敵を見る目ではない。 屠殺場で、ベルトコンベアに乗せられた肉の品質チェックをする、熟練工の目だ。
「……ふむ。魔族の筋肉繊維は強靭だが、スジが多いな。食用には向かない」
直人は空中で指を動かし、魔族たちを**「選別」**し始めた。
「オーク種は脂が多い。ラードの原料にはなるか」 「ガーゴイル種は食えん。砕いて道路のアスファルトに混ぜよう」 「お前は……ハエの王か。衛生的に最悪だ。焼却して肥料にするか、魔力タンクとして使い潰すか……」
直人の言葉が、物理的な重圧となって魔族たちの精神を削っていく。 殺される恐怖ではない。 **「素材として解体・加工される」**という、生物としての尊厳を凌駕する恐怖。
「ま、待て……! 貴様、我らを……どうするつもりだ!?」
「当たり前だろ。ウチは『資源』を無駄にしない主義なんだ」
直人はニヤリと笑った。その笑顔は、魔王よりも遥かに邪悪に見えた。 直人の背後に、昨日開発した無数の**≪魔導スライサー≫と≪ミンサー≫**の幻影が浮かび上がる。 キュイイイイ……と回転する刃の音が、魔族たちの鼓膜を震わせた。
「選択肢を更新する。 A:このままミンサーへ直行し、肥料と建材になる。 B:**『奴隷契約書(労働基準法適用外)』**にサインし、死ぬまでカレーの鍋をかき混ぜる。 ……選べ。3秒以内にな」
「ひ、ひぃぃッ!! 食われる! 逆に我らが加工されるぞぉぉッ!」 「Bだ! Bにします! 働かせてくださいぃぃッ!」
プライドの高い魔族たちが、次々と恐怖に屈して堕ちていく。 彼らは理解したのだ。目の前の男にとって、自分たちは「敵」ですらない。「在庫」なのだと。
最後に残ったベルゼブブも、直人の底知れぬ「管理者としての狂気」に震え上がり、涙目で叫んだ。
「わ、わかった……! 従う! 従うから、その回転する刃をしまえぇぇッ!」
「契約成立だ」
直人は重力を解除した。 ドサドサと落ちる魔族たち。彼らはもう、侵略者ではない。 ただの「怯えた新入社員」だった。
「ようこそ、ブラック企業ルメリナへ。……さあ、まずは温泉の拡張工事だ。岩盤を素手で掘り抜け。ノルマを達成した奴にだけ、今夜の『特製激辛カレー(魔族用スパイス増量)』を配給する」
「「「イエス・ボス!!!」」」
こうして、ルメリナ公国は、魔王軍四天王とその配下数千名を**「無給の重機代わり」**として取り込むことに成功した。 食の力とは、時に味だけでなく、その「生産過程への強制動員力」においても発揮されるのである。
【ブラック企業ルメリナ公国、爆誕】
翌日から、ルメリナ公国の風景は一変した。 のどかな温泉街の裏で、数千の魔族たちが死んだ魚のような目で、しかし超人的なスピードで労働に従事していた。
「掘れ! ガーゴイル部隊! 温泉の新源泉だ!」 「かき混ぜろ! オーク部隊! カレーの大鍋(直径5メートル)を焦がすなよ!」
直人は空中に浮遊し、**≪指揮 Lv.180≫**で彼らを管理していた。 魔族の強靭な肉体と魔力は、土木工事や大量調理において、人間の数百倍の効率を叩き出した。
「お、おい……休憩は……?」 ベルゼブブが巨大なスプーンを持って喘ぐ。かつての威厳はどこへやら、今はカレーの匂いが染み付いた「厨房の主」だ。
「ない。……だが、ノルマ達成ボーナスはある」
直人が指を鳴らすと、特大の寸胴鍋が運ばれてきた。 中身は、魔族用にスパイスとニンニクを通常の10倍投入した、地獄のように赤く、そして美味い**『魔界激辛カレー』**だ。
「食え。今日の給料(現物支給)だ」
「「「うおおおおおおおおッ!!!」」」
魔族たちがカレーに群がる。 「辛い! 痛い! でも美味い!」 「魔力が……スパイスで回復していく!」
彼らは完全に「社畜化」されていた。 過酷な労働と、それを癒やす激辛飯の無限ループ。この快感を知ってしまった彼らは、もう魔王軍には戻れない。
そんな彼らの姿を、城壁の上からエレナが見下ろしていた。
「……ナオトよ。貴様は本当に、魔王よりも恐ろしい男だな」 「人聞きが悪い。俺は『雇用』を生み出しただけだぞ?」
直人はコーヒー牛乳を飲み干し、ニヤリと笑った。
「さて、戦力(労働力)も増えた。……次は、この『魔族製カレー』を缶詰にして、世界中にばら撒くぞ」
ルメリナ公国の侵略は止まらない。 人間、亜人、そして魔族までも飲み込んだこの国は、もはや誰にも止められない「暴走機関車」となっていた。
【魔族活用の新産業:レトルト革命】
「食い終わったか? なら仕事だ」
激辛カレーで正気を取り戻した(あるいはトんでしまった)ベルゼブブたちに対し、直人は間髪入れずに次の指示を出した。
「お前らのその『無駄に高い火力』と『殺菌能力』……カレー作りに最適だ」
直人は、大量の金属板(ミスリル合金)と、耐熱フィルム(スライムの粘液を加工)を用意した。
「目標:**『長期保存可能なレトルトカレー』**の量産」
調理:オーク部隊が巨大寸胴でカレーを煮込む。
充填:精密動作が得意な小悪魔部隊が、パウチや缶にカレーを詰める。
密封&殺菌:ここが肝だ。
「ベルゼブブ! お前の『地獄の業火』で、この釜を加熱しろ! 120度で4分間! 圧力をかけて一気に滅菌する!」
「わ、我の黒炎を……湯煎に使えと言うのか!?」 「うるさい。温度調節ミスったら夕飯抜きだぞ」
ボオオオオッ!! 魔界の炎が、レトルト釜(加圧加熱殺菌装置)を包み込む。 本来なら最新鋭の工場が必要な工程だが、魔族の超火力と直人の重力魔法があれば、人力(魔力)で再現可能だ。
「ついでに氷雪魔族! お前らは出来上がった商品を急速冷凍だ! 鮮度を閉じ込めろ!」
「ウ、ウオォォォ……(冷気放射)」
こうして、常温で数年保存可能、温めるだけで魔界の味が楽しめる**『ルメリナ・激辛魔王カレー』**が次々とコンベア(念力製)から吐き出されていく。
「……ナオト。これ、誰に売るつもりだ?」 エレナが、おぞましいパッケージ(ベルゼブブの顔写真入り)の商品を手に取って尋ねる。
「冒険者と、戦場の兵士だ」
直人はニヤリと笑った。
「保存食といえば、硬いパンと干し肉が相場だろ? そこに、湯煎するだけで食える『熱々のカレー』が現れたらどうなる?」
「……売れるな。高くても飛ぶように」
「だろ? しかも中身は魔族のスタミナ食だ。食えば力が湧く。……これを世界中にばら撒けば、我々の『食』への依存度はさらに跳ね上がる」
直人は積み上がるカレーの山を見上げた。 魔王軍を撃退するどころか、彼らを動力源にして「外貨獲得商品」を作らせる。 このマッチポンプこそが、直人の真骨頂だった。
「よし、次は『缶詰』だ! フルーツのシロップ漬けを作るぞ! 手を休めるな!」
ブラック企業ルメリナの夜は、まだ明けない。
「魔王軍謹製・激辛カレー」の発売から一ヶ月。 その影響は、直人の予想すら超える速度で世界を席巻していた。
「おい、聞いたか? ルメリナの新商品、あれ食うとMPが回復するらしいぞ!」 「冒険者の必需品だ! ダンジョンで熱々のカレーが食えるなんて奇跡だ!」
大陸中の冒険者ギルド、傭兵団、さらには各国の正規軍までが、こぞってルメリナのレトルトカレーを買い求めた。 保存が効き、湯煎で温めるだけで、疲労困憊の体に魔族級のスタミナ(スパイス)が駆け巡る。それはもはや食料というより「合法ドーピングアイテム」として取引され始めていた。
「報告します! カレーの売上が、先月の300%を記録! 生産が追いつきません!」 「フルーツ缶詰もです! 貴族の令嬢たちが『宝石箱』と呼んで買い漁っています!」
執務室で報告を受けた直人は、満足げにコーヒー牛乳(魔導冷蔵庫でキンキンに冷えたやつ)を啜った。
「順調だな。……だが、これだけじゃない」
直人は窓の外を見た。 そこには、カレー工場の排熱(魔界の炎)を利用して温められた、巨大な**「温室ドーム」**が輝いている。
「排熱利用で、真冬でも南国のフルーツが育つ。マンゴー、パパイヤ、バナナ……。これらを『パフェ』にして売り出せば、スイーツ市場も独占できる」
「……貴様、本当に無駄がないな」 エレナが呆れつつも感心する。
「エコだよエコ。魔王軍だって、世界征服より『パフェ作り』の方が楽しいって気づけば、平和になるだろ?」
実際、ベルゼブブは最近、カレーの試食係から「スイーツ開発部長」へと異動願いを出していた。甘いものに目覚めてしまったらしい。
そんな平和で忙しいルメリナに、新たな来訪者が現れようとしていた。 それは、これまで沈黙を守っていた**「聖教会」**。 彼らはルメリナの繁栄を「悪魔の誘惑」と断じ、異端審問官を派遣することを決定したのだ。
「……面倒な連中が来るな」 直人は**≪千里眼≫**でその動きを察知し、溜息をついた。
「まあいい。……聖職者には『精進料理』と『極上の豆腐』で攻めるとするか」
直人の辞書に「敗北」の文字はない。 来るなら来い。胃袋ごと浄化してやる。
ルメリナ公国に、白装束の一団が到着した。 聖教会の異端審問官たちだ。 先頭を歩くのは、枢機卿マズー。彼はルメリナの街並みを見るなり、顔を紅潮させて激昂した。
「なんと嘆かわしい……! 街中に溢れる脂の匂い、酒に溺れる民、あまつさえ神敵である魔族を使役するとは!」
ベルゼブブがエプロン姿でカレーを運んでいるのを見て、マズーは卒倒しそうになった。
「悪魔崇拝だ! この国は『暴食』と『怠惰』の罪に汚染されている! 直ちに浄化せよ!」
審問官たちが杖を構え、聖なる炎を呼び起こそうとする。 一触即発の空気。 だが、直人は法衣(に見えるような簡素な服)を纏い、数珠(に見える木の実のブレスレット)を持って静かに現れた。
「お待ちください、聖職者の方々」
直人は澄んだ瞳(演技)で彼らを見つめた。
「皆様は誤解されています。我々は贅沢をしているのではありません。……大地の恵みに感謝し、質素倹約を旨とする**『精進』**の精神で生きているのです」
「精進だと? 嘘をつけ! あの脂っこいカレーは何だ!」
「あれは魔族用の餌です。……我々人間が食しているのは、こちらの**『白い聖なる塊』**です」
直人は、盆に乗せた「真っ白な直方体」を差し出した。
【プロジェクト:大豆の聖なる変身】
直人は審問官が来る前に、**≪錬金術≫**で準備を整えていた。
1. にがり(凝固剤)の精製 「海はないが、温泉(塩化物泉)はある!」 温泉水から塩分を抜いた後に残る、苦い液体。塩化マグネシウムの結晶、**「にがり」**を抽出。
2. 豆腐(TOFU)の製造 「大豆を水に浸し、すり潰して煮る!」 それを布で濾して**「豆乳」と「おから」に分離。 熱い豆乳に、にがりを打つ。 「……凝固。固まれ、大豆の魂よ」 フワフワとした「おぼろ豆腐」が生まれ、それを型に入れて重しを乗せれば、しっかりとした「木綿豆腐」**の完成だ。
【実食:聖なる豆腐懐石】
直人は工兵団が即席で作った「枯山水の庭」の前に席を設け、マズーたちを座らせた。 目の前には、肉も魚も使わない、大豆と野菜だけの料理が並ぶ。
一の膳:できたて寄せ豆腐 「まずは何もつけずに、大豆の甘みを感じてください」
マズーは疑わしそうに、スプーンで白い塊を口へ運んだ。
「……む?」
味がない? いや、違う。 口の中でほろりと崩れると同時に、優しく、しかし力強い大豆の香りが鼻に抜ける。 ほのかな甘み。水の清らかさ。
「……なんだこれは。肉のような脂も、果実のような甘味もない。なのに……なぜこれほど『心が落ち着く』のだ?」
二の膳:揚げ出し豆腐・特製キノコあんかけ 水を切った豆腐に片栗粉をまぶして揚げ、**「干しシイタケ出汁(グアニル酸)」**と醤油・みりんで作ったトロトロの餡をかける。
「……ッ!! 外はカリッ、中はトロッ……! そしてこの茶色い汁(餡)……肉を使っていないのに、森の滋味が凝縮されている!」
三の膳:湯豆腐 昆布(代用品の川苔)を敷いた鍋で豆腐を温め、**「特製ポン酢」と「紅葉おろし(唐辛子入り大根おろし)」**で。
「熱い……! だが、ポン酢の酸味が豆腐の淡白な味を引き立てる! 体の中から浄化されていくようだ……」
審問官たちの目から、殺気が消えていく。 脂と砂糖に塗れた「快楽」とは違う、細胞の一つ一つに染み入るような「安らぎ」。
「これが……『精進』の味……」
マズー枢機卿は、最後の**「豆乳プリン(黒蜜きなこがけ)」**を食べ終えると、深く溜息をつき、直人に合掌した。
「……誤解していたようだ。貴殿らは、魔族すらも慈悲の心で更生させ、食を通じて神の真理(大豆)に到達しようとしている求道者なのだな」
「はい。全ては世界平和(と売上)のためです」
直人は神妙な顔で嘘をついた。
「認めよう。ルメリナ公国は『聖域』であると。……ちなみに、この『豆腐』の製法と『ポン酢』は、教会への寄進(ロイヤリティ契約)とすることは可能かな?」
「もちろんです」
こうして、最も厄介な敵であった聖教会さえも、大豆イソフラボンとグアニル酸の優しさによって懐柔された。 ルメリナ公国は、聖俗合わせ飲む「食の聖地」としての地位を確立したのである。
【ステータス更新】
【新生ルメリナ公国】
【特産品追加】
極上豆腐(木綿・絹):教会の聖餐食に採用決定。
厚揚げ・油揚げ:うどんのトッピングやおでん種に。
豆乳スイーツ:ヘルシー志向の女性層を開拓。
おから:家畜の飼料、およびクッキーにして再利用(SDGs)。
【ナオト・カジヤ】
【新規習得スキル】
≪大豆の魔術師 Lv.80≫:大豆から肉すら作り出す。
≪宗教工作 Lv.50≫:食で異教徒を改宗させる。
「ふぅ……。坊主も攻略完了だ」
直人は冷や奴をつまみに日本酒を舐め、安堵の息を吐いた。 だが、国内の生産ラインは止まらない。 豆腐ができたということは、次は**「麻婆豆腐」**のクオリティが跳ね上がるということだ。そしておからを使えば、家畜(豚・鶏)はさらに肥え太る。
全ては無駄なく、直人の描く「飽食の円環」の中に取り込まれていくのだった。
聖教会までも取り込んだルメリナ公国の勢いは、留まることを知らなかった。 街には「豆腐と湯葉の店」が新たに立ち並び、ヘルシー志向のエルフや僧侶たちで行列ができている。
「……平和だな」
直人は執務室の窓から、夕暮れの街を見下ろして呟いた。 魔王軍は労働力となり、帝国は上客となり、教会はスポンサーとなった。 もはや、ルメリナ公国を脅かす敵は大陸に存在しない――かに見えた。
だが、その時。 直人の**≪魔力感知 Lv.250≫が、遥か上空、成層圏の彼方から接近する「異質な反応」**を捉えた。
「……なんだ、これは?」
魔族のドス黒い気配とも、神聖な魔力とも違う。 無機質で、冷徹で、そして圧倒的な質量のプレッシャー。
『警告。未確認飛行物体、多数接近中。……これは魔法ではありません』
直人の脳内に、スキル**≪鑑定≫**が緊急アラートを鳴らす。
『材質:超硬度合金。動力:魔導核融合炉。……推定戦力、大陸全土を焦土化可能』
「おいおい、ファンタジー世界にSFが乱入かよ」
直人が空を見上げると、そこには巨大な影が落ち始めていた。 雲を裂いて現れたのは、空を埋め尽くすほどの**「銀色の船団」**。 伝説に謳われる、古代文明の遺産か、あるいは異世界からの侵略者か。
「地上の原始人どもよ。……貴様らの星の『資源管理権』を接収する」
空から無機質な声が響き渡る。 ルメリナ公国最大の危機。 しかし直人は、震えるどころか、その瞳をギラつかせ、舌なめずりをした。
「へぇ……。宇宙からのお客様か。……未知の食材、あるいはオーバーテクノロジーな調理器具を持ってそうだな?」
食の探求者ナオトの辞書に、「恐怖」の文字はない。あるのは「食欲」と「好奇心」だけだ。 大陸最強のコック兼支配者は、エプロンを締め直し、最後の戦い(仕込み)へと向かうのだった。
【遭遇:銀色の甲殻機動要塞】
「……資源管理権だと? 笑わせるな」
直人はエプロンをきつく締め直し、城壁の最上段へ飛び上がった。 空を覆う銀色の船団。 近くで見れば見るほど、それは無機質な宇宙船というよりは、金属質の光沢を持つ**「巨大な甲殻類」**の群れに見えた。
「鑑定解析……。材質:オリハルコンに酷似した生体金属。内部構造:高密度の筋肉繊維と、濃厚な味噌(エネルギー体)」
直人の目の色が、警戒から「食欲」へと変わった。
「……おい、エレナ。あれを見ろ」 「な、なんだあの不気味な船は……! 魔法も通じなさそうな装甲だぞ!」 「違う。あれは船じゃない。……**『カニ』**だ」
直人は涎を拭った。 硬い殻。中には詰まった身。そして濃厚な味噌。 それは宇宙を渡る、超巨大な**「スペース・クラブ(宇宙蟹)」**だったのだ。
「カニ……? あの巨大な要塞が、食材だと言うのか!?」
「硬い殻ほど、中身は美味い。それが宇宙の法則だ。……総員、調理開始! 今夜のメニューは**『焼きガニ』と『カニ鍋』**だ!!」
【調理:対空防御・カニ剥き作戦】
直人の号令と共に、ルメリナ迎撃システムが稼働した。
「重力魔法、最大出力! ……≪グラビティ・ネット≫!」
空中の「船団」に対し、数千倍の重力が網のように襲いかかる。 キィィィン……! 金属音のような悲鳴を上げ、銀色の巨体たちが高度を下げる。
「そこだ! 工兵団、**≪解体魔法≫**を一斉射撃せよ!」
「「「うおおおおおッ! カニだ! カニ味噌だぁぁッ!」」」
もはや彼らに恐怖はない。「美味いものが空から降ってくる」という認識しかない。 2,400発の解体魔法が、カニの関節(装甲の継ぎ目)に吸い込まれる。
バキィッ! ボコォッ!
巨大な脚が次々と外れ、胴体(甲羅)が地上へ落下する。 ズズゥゥン!! 地響きと共に、ベルン郊外は巨大なカニの山となった。
「仕上げだ。……≪熱操作≫」
直人は落下したカニの山に対し、直接**≪パイロキネシス≫**を流し込んだ。 殻の内部で水分が蒸発し、身が蒸し焼きにされる。 プシューーーッ!! 関節の隙間から、香ばしい磯の香り(宇宙風味)が噴き出した。
【実食:星を喰らう宴】
数時間後。 撃墜された宇宙カニは、即座に解体され、広場に並べられていた。
「……硬い。オリハルコン並みの硬度だ」 ガレスが魔剣でも傷つかない殻に悪戦苦闘している。
「貸せ。……≪断絶≫」 直人が**≪空間切断≫**の応用で殻を切り開く。 パカッ。
中から現れたのは、ルビーのように赤く輝く、プリプリの身。 そして、黄金色に輝く濃厚な味噌。
「……食ってみろ」
エレナが、自分の腕ほどもある太さの「カニ足」にかぶりつく。
「……んぐッ!!」
ジュワァァァァ……! 口いっぱいに広がる、濃厚な甘み。 地球のカニよりも繊維が太く、弾力があり、噛むたびに未知の旨味エキスが溢れ出す。
「甘い……! 砂糖で煮たのかと思うほど甘い! そしてこの香り……星の海を旅した滋味が凝縮されている!」
次に、甲羅酒。 黄金色の味噌に、熱々の**「純米大吟醸・直人」**を注ぎ込み、少し炙る。
「……くぅぅぅッ!!」 エレナが白目を剥いた。 「濃厚すぎる! ウニとカニ味噌とフォアグラを混ぜたような……背徳の味だ! これはいかん、痛風になる!」
「大丈夫だ、**≪ピュリフィケーション≫**で尿酸値も浄化できる」
【ステータス更新】
【新生ルメリナ公国】
【特産品追加】
スペース・クラブ(宇宙蟹):オリハルコンの殻を持つ超高級食材。殻は最強の防具になる。
カニ味噌の瓶詰め:舐めるだけで酒が一樽空く、禁断の珍味。
【ナオト・カジヤ】
【新規習得スキル】
≪宇宙の捕食者 Lv.1≫:エイリアンだろうが神だろうが、美味ければ食う。
≪殻剥き名人 Lv.99≫:どんな硬い装甲も、関節を外して中身を取り出す。
「ふぅ……。宇宙の味も悪くないな」
直人はカニの爪を爪楊枝代わりにし、星空を見上げた。 侵略者すらも食材に変えてしまったルメリナ公国。 その恐るべき食欲は、ついに星の枠組みさえも超えようとしていた。
「さて……カニが手に入ったということは、次は**『カニクリームコロッケ』と『カニチャーハン』**だな」
直人の探求心は尽きない。 食のある限り、この物語が終わることはないのだ。
【晩餐:女王のためのカニ尽くし】
その夜。 騒がしい宴会場ではなく、王城のダイニングルームに、静かな時間が流れていた。 直人は真っ白なテーブルクロスを敷き、銀の燭台に火を灯した。
「……昼間は騒がしくしすぎたな。せっかくの『宇宙の食材』だ。今夜はコースで、上品にいこう」
直人はコックコートを着こなし、恭しく皿をサーブした。
「メインディッシュ、**『スペース・クラブのクリームコロッケ ~アメリケーヌソースを添えて~』**です」
皿の上には、きつね色に輝く俵型のコロッケが二つ。 下には、カニの殻を炒めて香味野菜と煮詰めた、濃厚なオレンジ色のソースが敷かれている。
エレナは背筋を伸ばし、ナイフとフォークを手に取った。 その所作は、ルメリナ王家に伝わる洗練されたテーブルマナーそのものだ。
「……頂こう」
彼女は静かにナイフを入れた。 サクッ……。 軽やかな音と共に衣が割れ、中から熱々のベシャメルソースと、ほぐしたカニの身がトロリと溢れ出す。
エレナはそれをソースに絡め、小さく切り分けて口に運んだ。
「…………」
彼女は目を閉じ、租借音を立てずに味わう。 サクサクの衣。濃厚で滑らかなクリーム。そして、噛みしめるたびに広がる、宇宙蟹の強烈な旨味と甘み。
「……見事だ」
エレナが、ほう、と白く細い息を吐いた。
「荒々しいはずの怪物の肉が、この『ベシャメル』とかいう白い衣を纏うことで、これほど優美な味に変わるとは。……濃厚でありながら、くどくない。ソースの香りが、磯の記憶を上品に呼び起こす」
決して叫ばず、しかしその碧眼は、深い感動に揺れている。
「次は、締めの一皿です」
直人が出したのは、深皿に盛られた黄金色の山。 『カニ味噌入り・極上あんかけチャーハン』。
パラパラに炒めた卵チャーハンの上に、カニ味噌と身をふんだんに使い、卵白でふわふわに仕上げた「銀餡」が掛かっている。




