第3章: 焼肉と防衛戦
============================================================
第3章: 焼肉と防衛戦
============================================================
エレナは静かに顔を上げた。
「貴様のその規格外の力、そしてこの世界のものとは思えぬ知識と技術……。それならば合点がいく。貴様は、神が遣わした『来訪者』なのだな」
「神様なんて大層なもんじゃないさ。ただの、残業に疲れた元社畜だよ」
直人は苦笑して、最後のホルモンを口に放り込んだ。
「でもまあ、一度拾った命だ。この世界でくらいは、自由に、美味いものを食って生きたいと思ってる。……乗りかかった船だ。アンタが安全な場所に着くまでくらいは、付き合うよ」
その言葉に、エレナは少しだけ驚いた顔をして、それから焚き火の明かりの中で、初めて年相応の柔らかな微笑みを浮かべた。
「……ふん。勝手なことを。だが……この極上の焼き肉に免じて、同行を許してやろう」
過酷な世界で出会った、異邦人と亡国の騎士。 奇妙な二人の旅路は、脂の乗ったホルモンの香りと共に、夜更けまで続いた。
直人は火が小さくなってきた焚き火に薪をくべながら、核心となる質問を投げかけた。
「……ところで、さっき『散り散りになった民を導こうとした』って言ってたけど、生き残りはアンタ一人じゃないんだよな? 他にも仲間がいるのか?」
その問いに、エレナは串を持った手を止め、少し影のある表情で頷いた。
「ああ。……だが、決して多くはない」
彼女は夜の闇の向こう、北の方角を指差した。
「ここから半日ほど歩いた先に、かつて国境警備に使われていた『古砦』の跡地がある。そこに、私の近衛騎士団の生き残りと、逃げ延びた民……合わせて百名ほどが身を寄せている」
「百人か。結構な大所帯だな」
「大所帯、か……。かつての国民の数を思えば、ほんの一握りだ」 エレナは自嘲気味に笑ったが、すぐに真剣な眼差しに戻った。
「だが、状況は絶望的だ。この周辺は『ザリア伯爵領』の私兵団と、野盗化した傭兵たちが目を光らせている。砦を出れば見つかり、奴隷として売り飛ばされるか、殺されるかだ」
500の国が争うこの世界では、難民は保護の対象ではなく「資源」か「排除すべき異物」でしかない。
「籠城しているわけか。でも、それじゃあ……」
「そう、食料だ」
エレナは悔しそうに拳を握りしめた。
「備蓄は底をつきかけている。私がこうして危険を冒して外に出たのも、食料調達と、他国への亡命ルートを探すためだったのだ。だが、結果はこのザマだ……」
彼女は自分の無力さを嘆くように俯いた。 百人の命を背負いながら、何も持ち帰れず、あわや野垂れ死にそうになっていた自分自身への怒り。
「砦には、怪我人や老人も多い。水は湧き水があるが、まともな食事はもう数日とれていないだろう。……このままでは、座して死を待つのみだ」
重い空気が流れる。 だが、それをぶち壊したのは、直人のあまりに軽い一言だった。
「なんだ、そんなことか」
「……なっ? 『そんなこと』だと!?」
エレナが柳眉を逆立てて食ってかかる。 「民が飢えているのだぞ! 明日をも知れぬ命なのだ! それを貴様は……」
「いや、だからさ」
直人は懐(実際には亜空間)から、先ほど収納したばかりのオーク肉の巨大なブロックを取り出し、ドスンと地面に置いた。
「肉なら、腐るほどあるって言ってるんだよ」
「……あ」
エレナはあんぐりと口を開け、直人の背後にある「見えない倉庫」の存在を思い出した。 そこには、先ほど直人が秒殺したオーク10頭分と怪鳥数羽分――重量にして数トンに及ぶ、新鮮かつ下処理済みの肉が眠っているのだ。
「百人だろ? オーク一頭で数百キロはある。10頭もあれば、とりあえず一週間やそこらは余裕で食わせられる計算だ」
直人は指折り計算しながら言った。
「それに、俺には**≪錬金術≫**がある。その辺の草や土からでも、多少の栄養素や調味料は精製できるかもしれない。……つまり、アンタの悩みは『物理的に解決可能』ってことだ」
「物理的に……解決……」
エレナは呆然と呟いた後、急に立ち上がり、直人の両手をガシッと握りしめた。
「ナオト! 頼む! その力を……その肉を、私の民に分けてやってくれ!」
先ほどまでの高圧的な態度はどこへやら。彼女は必死の形相で頭を下げた。
「金貨はない! 爵位もやれん! だが、この恩は必ず……私の剣と命に代えても報いる! だから……!」
「わーっ、わかった! わかったから!」
直人は慌てて彼女を制した。 美女に手を握られて悪い気はしないが、その握力が強すぎて普通に痛い(筋力Cとはいえ)。
「乗りかかった船だと言ったろ。それに、俺もこの世界の情報を詳しく知りたい。その砦に行けば、地図や情勢もわかるんだろ?」
「あ、ああ! もちろんだ!」
「なら、交渉成立だ」
直人はニカっと笑い、立ち上がって服の埃を払った。
「善は急げだ。その『古砦』に行こう。……俺からすれば、百人の空腹を満たすなんて、来期の予算編成に比べれば楽なミッションだよ」
「……貴様の世界の『サラリーマン』とは、一体どれほどの修羅場をくぐっているのだ……」
エレナは戦慄と尊敬の入り混じった眼差しを向けつつ、急いで旅支度を整え始めた。
「砦までは半日か……。正直、歩くの面倒だな」
直人は満腹になった腹をさすりながら、暗い夜道を歩くことに早くも飽きていた。 前世では電車通勤かタクシー。この世界に来てからは身体能力が上がっているとはいえ、精神的な怠惰さは変わらない。
「何を言う。馬も馬車もないのだ、歩くしかあるまい」 エレナが呆れるが、直人はふと空を見上げた。
「……なければ、作ればいい。物体を浮かせられるなら、自分自身だって浮くはずだ」
直人は**≪テレキネシス≫**の理屈を自分自身に適用した。 重力に逆らい、体を持ち上げるイメージ。鳥のように、あるいは無重力空間に漂う宇宙飛行士のように。
(浮け。俺の体)
フワッ……。
直人の足が、音もなく地面から離れた。 最初は数センチ。コツを掴むと、スルスルと数メートル上昇し、空中を滑るように移動し始めた。
「なっ……!? 人が、空を飛んでいる!?」
『ピロリン♪』 『特定行動を確認。以下のスキルを習得しました』
≪レビテーション≫:空中浮揚。重力干渉により、自身の体を自由に飛翔させる能力。
「よし、快適だ。これなら疲れ知らずだな」
直人は空中で胡座をかき、スゥーっとエレナの横を並走(並飛?)し始めた。
「貴様……魔法使いですら『飛行魔法』は高位の技術だぞ……。それを散歩のついでに習得するな!」
エレナが首が痛くなるほど見上げて文句を言う。 直人は降りてきて、彼女の足元に視線を落とした。
「それより、アンタ足引きずってるな。さっきの戦闘で怪我したのか?」 「……くっ、これくらいのかすり傷、騎士ならば耐え――」
「耐える必要はない。これも実験だ」
直人はエレナの肩に手を置いた。 イメージするのは「細胞の活性化」と「時間の巻き戻し」。傷ついた組織をつなぎ合わせ、代謝を爆発的に加速させる。
「……治れ(ヒール)」
淡い緑色の光がエレナを包み込む。 彼女の腕や足にあった打撲痕や切り傷が、見る見るうちに塞がり、肌のツヤさえも良くなっていく。
『ピロリン♪』
≪ヒーリング≫:超能力治療。魔力による代謝促進と組織再生。傷や病を癒やす。
「……痛みが、消えた? それどころか、体が軽い……」 エレナが自分の体を見下ろして愕然とする。
「ついでに肩こりも治しておいたぞ。……さて、移動しながら講義だ」
直人は真剣な顔でエレナに向き直った。
「アンタにも、俺の『魔法』を教える」
「な……私にか? 無理だ! 私は剣の腕は立つが、魔力の扱いはからっきしで……」
「それは『呪文』や『型』に囚われてるからだ」 直人は宙に浮いたまま、人差し指を立てた。
「俺の魔法は『イメージ』だ。……いいか、エレナ。そこの石を見てみろ」
直人は路傍の小石を指差した。
「手を使わずに動かすんだ。魔力を『見えない手』に変えて、石を掴む想像をしろ。強く、明確にだ」
「見えない……手……」
エレナは半信半疑ながらも、直人の真剣な目に押され、石を凝視した。 (私は……動かせる。この男ができるなら、理屈としては可能なはず……!)
「ぬぅぅぅ……ッ!」
エレナのこめかみに血管が浮く。 彼女の微弱な魔力が、直人の指導(イメージ誘導)によって形を持ち始める。
カタッ……。
小石がわずかに震えた。
「――動けぇぇッ!!」
エレナの気合一閃。 小石は弾かれたように30センチほど浮き上がり、ポトリと落ちた。
「はぁ、はぁ……! う、動いた……!?」
『ピロリン♪』 直人の脳内ではなく、エレナ自身の体に感覚が走る。
「おめでとう。それが**≪サイコキネシス(念力)≫**の第一歩だ」
直人はパチパチと拍手した。
「コツは掴んだな。その感覚を磨けば、剣を飛ばしたり、相手の動きを止めたりできるはずだ」
「こ、これが……新しい力……」
エレナは震える手を見つめた。 剣しか知らなかった彼女の中に、「念動力」という新たな可能性が芽生えた瞬間だった。
「よし、じゃあ訓練がてら、俺が引っ張ってやるから飛ぶイメージもしろ。砦までひとっ飛びだ!」
「え? いや、待て、心の準備が――うわぁぁぁぁッ!?」
直人は**≪レビテーション≫で自分を浮かせ、≪テレキネシス≫**でエレナを強引に持ち上げると、夜の空へと急上昇した。 悲鳴と共に、二人は古砦へ向かって一直線に加速していった。
「うわぁぁぁぁッ!? 高い! 速い! 落ちるぅぅッ!」
夜空に、亡国の姫騎士の情けない悲鳴がこだまする。 直人は**≪レビテーション≫で自ら飛びつつ、≪テレキネシス≫**で見えないロープのようにエレナを縛り上げ、牽引していた。傍から見れば、宇宙人がキャトルミューティレーションしている図そのものだ。
「うるさいな。騎士なら馬に乗る感覚で腹を据えろよ」
「馬は空を飛ばん! それに、なんだこの拘束は! 吊るされた荷物のような扱いはやめろ!」
「じゃあ、自分で飛べばいい」
直人は飛行速度を緩め、真顔で振り返った。
「え?」
「さっき**≪サイコキネシス≫**で石を浮かせただろ? 原理は一緒だ。対象が『石』から『自分』に変わるだけだ」
直人は空中で胡座をかいたまま、説教モードに入る。
「いいか、エレナ。魔法はイメージだ。重力という鎖を、魔力で断ち切る想像をしろ。お前は風船だ。あるいは鳥だ。……やってみろ」
「む、無茶を言うな! 空を飛ぶなど、高位の風魔法使いでも杖や箒が必要で……」
「道具に頼るな。己の身一つで空を征く。それが『超能力』だ」
直人は少しずつ、エレナを支えているテレキネシスの出力を弱めていった。
「お、おい!? 下がる! 落ちる!」
「落ちると思うから落ちるんだ。……浮け!」
「くっ……! 私は……私は、風船……いや、鷹だ! 天空を駆ける、誇り高き白銀の鷹だぁぁッ!」
エレナが半狂乱で叫び、全身から魔力を噴出させた。 恐怖心が生存本能を刺激し、彼女の中の眠れる才能を無理やりこじ開ける。
フワッ……。
落下する感覚が消えた。 直人の支えがなくなっても、エレナの体は夜空に留まっていた。いや、拙いながらも自分の意思で前へと進んでいる。
「と、飛んでる……? 私が、自力で……?」
『ピロリン♪』 エレナの中に、確かな感覚が刻まれる。
≪レビテーション(空中浮揚)≫ 習得。
「やればできるじゃないか。おめでとう、これでアンタは『空飛ぶ姫騎士』だ」
「……悪くない。ふふ、これは……悪くないぞ!」 エレナは空からの絶景を見下ろし、子供のように目を輝かせた。
それから一時間後。 二人は目的の「古砦」へと降り立った。
「姫様! エレナ姫様が帰還されたぞ!」
見張りの兵士が叫ぶと、ボロボロの衣服をまとった人々がわらわらと集まってきた。皆、頬がこけ、目には疲労の色が濃い。 その中に、一人の老兵が血相を変えて駆け寄ってきた。
「姫様! ご無事でしたか……! しかし、大変です! 副団長のガレスが……狩りの最中に魔物にやられ、深手を!」
「なに!? ガレスが!」
エレナが顔色を変えて走り出す。直人もその後に続いた。 砦の奥、薄暗い部屋に、大柄な騎士が横たわっていた。脇腹が大きく裂け、包帯は血で真っ赤に染まっている。呼吸は浅く、死相が出ていた。
「ガレス……! すまない、私がもっと早く戻っていれば……!」 エレナが悲痛な声を上げる。
「……姫、さま……。ご無事で……なにより……」 瀕死の騎士が震える手を伸ばす。
直人は一歩前に出ようとした。自分の**≪ヒーリング≫**なら一瞬で治せる。 だが、直人は足を止め、エレナの肩を叩いた。
「エレナ。アンタが治せ」
「な……何を言っている! 私は回復魔法など使えない! 剣しか能がない私に、そんな奇跡は……」
「奇跡じゃない。技術だ」 直人は冷徹に告げた。
「さっき**≪サイコキネシス≫と≪レビテーション≫**を覚えた感覚を思い出せ。魔力を、破壊ではなく再生に使え」
「再生……?」
「傷口を塞ぐイメージだ。細胞の一つ一つに命令しろ。『くっつけ』『活性化しろ』『血を止めろ』と。祈るんじゃない、強制するんだ」
直人はエレナの手を取り、ガレスの傷口にかざさせた。
「……やってみる」
エレナは脂汗を流しながら、瀕死の部下に全神経を集中させた。 (死なせない。私の大切な部下を……ガレスを、死なせてなるものか!)
「……治れ(ヒール)!!」
カッ! エレナの掌から、直人のそれとは違う、温かく力強い黄金色の光が溢れ出した。 その光は傷口を包み込み、見る見るうちに肉を盛り上がらせ、塞いでいく。
「おぉ……!?」 周囲の兵士たちがどよめく。 光が収まると、そこには傷跡こそ残っているものの、出血が完全に止まり、安らかな寝息を立てるガレスの姿があった。
≪ヒーリング(超能力治療)≫ 習得。
「……できた。私が、ガレスを……」 エレナは自分の手を見つめ、涙ぐみながら震えた。
「上出来だ。これでもう、アンタはただの『守られるお姫様』じゃないな」 直人がニカっと笑う。
エレナは涙を拭い、直人に向き直ると、今までで一番深く、美しい礼をした。
「……感謝する、師匠。この力、民のために使うと誓おう」
【エレナ・フォースター】 【職業】 亡国の姫騎士 → 超能力騎士
【新規習得スキル】
≪サイコキネシス Lv.1≫:念力。剣を遠隔操作することも可能。
≪レビテーション Lv.1≫:空中浮揚。短時間の飛行が可能。
≪ヒーリング Lv.1≫:超能力治療。自他の生命力を活性化させる。
こうして、剣と魔法のファンタジー世界に、物理法則を無視する「超能力」を使う最強の騎士が誕生したのだった。
ガレスの一命を取り留め、安堵の空気が流れる古砦。 だが、根本的な問題――「飢え」は解決していなかった。広場に集まった民や兵士たちは、皆一様に痩せこけ、明日をも知れぬ不安に瞳を濁らせている。
「皆、聞け!」
治療を終えたエレナが、広場の中央で声を張り上げた。
「心配をかけたな。だが、もう案ずることはない! 我らは強力な盟友を得た。そして、これより……大宴会を執り行う!」
「え……宴会……?」 「姫様、何を……食料庫はもう空っぽで……」
ざわめく人々。無理もない。彼らにとって食事とは、今は「生き延びるためのわずかな糧」でしかないのだ。
「ふふ、驚くがいい。……師匠、頼む」
エレナに合図された直人は、やれやれと首を鳴らして前に出た。
「えー、ご紹介に預かりました、ナオトです。……ま、細かいことは抜きにして。腹が減っては戦はできぬ、だ」
直人は虚空に手をかざした。
「……出ろ(アウトプット)」
ズズズッ……ドサササササッ!!
亜空間の亀裂から、雪崩のように放出されたのは、巨大なオーク肉のブロック、そしてきれいに下処理された大量の内臓の山だった。
「う、うわぁぁぁッ!?」 「肉だ!? 山のような肉だぞ!?」 「こ、これはオークか!? これほどの量を、一体どこから……」
どよめきが悲鳴に近い歓声に変わる。 だが、直人の仕事はここからだ。
「場所を作るぞ。……≪地属性魔法≫」
ゴゴゴゴ……! 広場の地面が隆起し、平らな「石のテーブル」と、その中央が窪んだ「コンロ」が二十数個、等間隔に出現した。
「火種は……≪パイロキネシス≫」
ボッ、ボッ、ボッ! 全てのコンロに、薪(直人が道中で拾っておいた枯れ木)に着火。さらに**≪錬金術≫**で空気の流れを調整し、炭火のような安定した火力を生み出す。
「仕上げは、調味料だ」
直人は**≪錬金術≫**で精製した「純白の塩」が入った壺をドンと置いた。 この世界では金に匹敵する価値のある塩が、無造作に山盛りになっている。
「さあ、準備完了だ! 好きなだけ焼いて、好きなだけ食え! 今日は『焼肉パーティー』だ!」
「「「う、うおおおおおおおッ!!」」」
その夜、死に絶えようとしていた古砦は、熱狂の渦に包まれた。
「う、美味い! なんだこの肉は!」 「脂が……脂が口の中で弾けるぞ!」 「塩だ! 本物の塩の味がする……!」
涙を流して肉に食らいつく老人。 口の周りを脂でテカテカにして笑う子供たち。 最初は「魔物の内臓なんて」と敬遠していた兵士たちも、一口食べてその虜になっていた。
「この『ホルモン』とかいう部位、噛みごたえがあって最高だ! 酒が欲しくなる!」 「レバーも全然臭くないぞ! 血の力が湧いてくるようだ!」
直人が施した**≪ピュリフィケーション≫による完全な下処理と、≪解体≫**による完璧なカット技術。それが、ただの魔物の肉を「極上のグルメ」へと昇華させていた。
広場のあちこちで肉を焼く音が響き、香ばしい煙が立ち上る。 それは「生」の匂いそのものだった。
「……信じられん光景だ」
喧騒から少し離れた場所で、エレナが直人に歩み寄ってきた。 彼女の手には、木の器に入った水(これも直人が浄化したもの)が握られている。
「数刻前まで、ここは死を待つだけの墓場だった。それが今や、王都の祭り以上の賑わいだ」
エレナは焚き火に照らされた民の笑顔を見つめ、目を細めた。
「ナオト。貴様は……本当に、とんでもない男だな」
「俺はただ、飯は大人数で食ったほうが美味いと思っただけだよ」
直人は串焼きを齧りながら笑った。 かつて営業接待の宴会は地獄だったが、こういう「感謝される宴会」は悪くない。
「……感謝する。我が民を、心身ともに救ってくれたこと」
エレナは器を掲げた。
「乾杯しよう、ナオト。我らの出会いと……この奇跡のような夜に」
「ああ。乾杯」
二人の器がカチンと鳴る。 中身はただの水だが、その味はどんな高級ワインよりも甘露に感じられた。
宴の裏で、直人の脳内にはひっそりと通知音が鳴っていた。
『ピロリン♪』 『大規模な集団への食事提供を確認。以下のスキルを習得しました』
≪料理 Lv.1≫:食材の味を最大限に引き出す技術。補正により「美味い」と感じやすくなる。
≪指揮(宴)≫:場の空気を掌握し、士気を向上させる能力。
そして――。
【ステータス更新】
【名前】 ナオト・カジヤ 【レベル】 15 【職業】 なし(無職) → 【救世主(仮)】
「……職業欄、なんか変なのついてるんだけど」
直人は苦笑いしつつ、夜空を見上げた。 異世界でのサバイバル。どうやら、思った以上に忙しく、そして退屈しない日々になりそうだった。
一夜明けた古砦。 腹を満たして眠ったことで、兵士や民たちの顔色はずいぶんと良くなっていた。 だが、直人は朝から腕組みをして、枯れかけた井戸を覗き込んでいた。
「食料はどうにかなったが、次は『水』と『住環境』だな」
井戸は泥水がわずかに溜まっているだけで、飲み水には適さない。砦の壁もボロボロで、次の魔物の襲撃に耐えられるか怪しいものだ。
「おはよう、ナオト。……何を眉間に皺を寄せている?」
朝の鍛錬を終えたエレナがやってきた。昨日の**≪ヒーリング≫**のおかげか、肌艶が良く、以前よりも生命力に溢れている。
「おはよう、エレナ。ちょうどいい、朝の講義を始めるぞ」
「講義? まさか、またあの『超能力』の訓練か?」
「いや、今日はもっと基礎的なやつだ。この世界の『既存の魔法』を覚える」
直人は指を立てた。 超能力(サイコキネシス等)は便利だが、繊細な作業や、自然現象を利用した大規模な干渉には、属性魔法の方が適している場合がある。 何より、エレナには「魔法騎士」として覚醒してもらわねばならない。
1限目:水魔法(科学的アプローチ)
「いいか、まずは水だ。魔法使いはどうやって水を出す?」
「そりゃあ、水の精霊ウンディーネに祈りを捧げ、契約によって……」
「ブッブー。それが効率悪いんだよ」
直人は首を横に振った。
「水は『無』から生まれるんじゃない。ここにあるだろ? 空気中に」
「は? 空気に水など……」
「湿度だ。目に見えない小さな水滴が漂ってる。それを一点に集めて、冷やして凝縮させるイメージだ。……冷蔵庫から出した冷たい缶ジュースに水滴がつく原理と一緒だ」
「レイゾウコ? カンジュース? ……相変わらず意味不明な言語だが、要は『集めろ』ということだな?」
直人は手本を見せた。 周囲の大気中の水分を**≪テレキネシス≫**で強制収集し、冷却。
「……集え(コンデンス)」
ヒュンッ! 直人の掌に、バスケットボール大の透き通った水球が出現した。
「ほらできた。やってみろ」
「ぬぬぬ……! 湿気よ……集まれ……凝縮しろ……!」
エレナが脂汗をかいて念じる。昨日の特訓で魔力操作のコツは掴んでいる。 数分後。ポシュッ、という音と共に、ピンポン玉サイズの水球が生まれた。
「で、できた! 精霊の儀式なしで!」
『ピロリン♪』
≪水属性魔法≫ 習得。(直人、エレナ共に)
≪ウォーターボール≫:水弾。飲用可。
2限目:風魔法(気圧操作)
「次は風だ。風は何で起きる?」
「風の精霊シルフィードの機嫌によって……」
「違う。空気の『圧力差』だ」
直人は両手を広げた。
「こっちの空気を圧縮(高気圧)して、こっちを薄く(低気圧)する。空気は高い方から低い方へ流れる。その勢いが風になる」
「あ、アツリョク……?」
「まあ、簡単に言えば『空気をギューッとして、一気にパッと放つ』イメージだ。扇風機じゃなくて、エアコンプレッサーだな」
直人は砦の中庭に向け、空気を圧縮した弾丸を放った。
「……穿て(エア・バレット)」
ドォォォン!! 見えない空気の塊が地面を抉り、土煙を上げた。
「威力がおかしいだろう!? それはもう『風』ではなく『砲撃』だ!」
「アンタは剣を使うだろ? 剣を振るう瞬間に、刀身に圧縮した空気を纏わせてみろ。真空の刃が飛ぶぞ」
「な……なるほど? 剣技への応用か……!」
エレナは剣を抜き、鋭い呼気と共に振り抜いた。 (圧縮……解放!)
「はぁッ!」
ヒュオッ! 剣先から鎌鼬のような風の刃が飛び、数メートル先の案山子を切り裂いた。




