第1章: 異世界転生
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第1章: 異世界転生
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32歳の平凡なサラリーマン、鍛治屋直人の人生は、信号無視のトラックというあまりに理不尽な形で幕を閉じた。
しかし、死んだはずの彼が目を開けると、そこには見たこともない広大な草原が広がっていた。
「ここが……あの世か?」
そう呟き、直人はゆっくりと立ち上がった。
周囲を見渡すが、三途の川もお花畑も見当たらない。あるのは、風に揺れる緑の絨毯と、どこまでも続く青い空だけだった。
「まさか……異世界?」
直人の口から、聞き覚えのある単語が漏れた。
学生時代に読み漁ったライトノベルのテンプレのような展開。だが、目の前の光景はどう見ても日本のそれではないし、かといって天国にしてはあまりにも「現実感」がありすぎた。
試しに頬をつねってみる。
「……痛っ」
鮮明な痛み。夢じゃない。
視線を落とせば、着ているものは事故に遭う直前と同じ、量販店の安物のスーツだ。革靴が土にめり込んでいる感触が妙に生々しい。
「いやいや、そんな馬鹿な。ラノベじゃあるまいし」
自分に言い聞かせるように苦笑した、その時だった。
風に乗って、微かな、しかし不穏な音が耳に届いた。
キン、ガキン――!
それは明らかに、金属と金属が激しくぶつかり合う、殺伐とした音だった。
直人は周囲を警戒しつつ、少し恥ずかしそうに右手を前に突き出した。誰も見ていないとはいえ、三十路男がやるには少々痛々しいポーズだ。だが、確認しないわけにはいかない。
「……ステータス、オープン!」
祈るような気持ちで叫ぶと、驚くべきことに、目の前の空間が『フォン』という電子音と共に歪んだ。
視界に浮かび上がったのは、半透明の青白いウィンドウ。
「うわ、マジで出た……!」
興奮気味にその文字列を目で追う。
【名前】 ナオト・カジヤ
【種族】 人間
【年齢】 18歳(肉体年齢)
【職業】 なし(無職)
【ステータス】 体力:E / 魔力:F / 筋力:E / 敏捷:D
【スキル】 ≪異界の言語≫ ≪精神耐性(社畜)≫
「……なんだこれ」
直人はガックリと肩を落とした。
勇者でもなければ、賢者でもない。職業は「無職」。ステータスは軒並み低ランク。
唯一役に立ちそうなのは言葉がわかることくらいで、あとは前世のサラリーマン経験がスキルとして微妙に反映されているだけだ。
「チート能力とか、ないのかよ……。『精神耐性(社畜)』って、ただの悲しい過去だろ」
ウィンドウを閉じようとした、その時。
先ほどの金属音が、今度は叫び声と共に明確に近づいてきた。
「おい、そこをどけぇぇッ!!」
ズザザザッ!
草を激しく踏みしめる音と共に、茂みから一人の少女が飛び出してきた。銀色の軽鎧は泥と血で汚れ、手にした剣は刃こぼれしている。
その後ろから、獣の皮を被った荒々しい男たちが数人、殺気立って追いかけてくるのが見えた。
「えっ」
ステータス画面に見入っていた直人は、完全に逃げ遅れた。
とっさに動こうとしたが、若返ったばかりの体は反応しきれなかった。少女は直人の横を駆け抜ける――はずだったが、足がもつれたのか、盛大に直人へと突っ込んできた。
「ぐわっ!」
激しい衝撃と共に二人は地面を転がる。土と鉄の匂い。直人の上に乗り上げる形になった少女は、息を切らしながら睨みつけてきた。
「邪魔だと言っただろう、愚か者!」
その瞳は透き通るような碧色だったが、今は焦燥と敵意で揺れていた。
密着した距離で、直人は反射的に呟いた。
「……鑑定!」
再び『フォン』という音が鳴り、少女の頭上にウィンドウが浮かぶ。スキル一覧にはなかったが、この世界の基本機能らしい。
【名前】 エレナ・フォースター
【職業】 騎士(旧ルメリナ王国近衛)
【状態】 軽傷、疲労(極大)
「亡国の……騎士?」
「貴様、何を見ている!?」
エレナは不可視の視線を感じ取ったのか、不快そうに顔を歪めた。だが、抗議する間もなく、追っ手の男たちが二人の周囲を完全に取り囲む。
「へっ、とんだお荷物が増えちまったなぁ、姫騎士様よぉ」
その瞬間、直人の脳内に無機質なアナウンスが響いた。
『特定行動を確認。スキル**≪鑑定 Lv.1≫**を習得しました』
(え、今ので覚えたのか?)
あまりに呆気ない習得に呆然とする直人だったが、現実は待ってくれない。
男の一人が下卑た笑みを浮かべ、錆びた剣の切っ先を突きつけてくる。
「おいおい、ビビって声も出ねぇか? 丁度いい、その服と靴は高く売れそうだ」
絶体絶命の状況下、エレナが痛む体を叱咤し、直人を庇うように立ち上がった。
直人は祈るように、あるいは部下に業務命令を下すように冷徹に呟いた。
「……下卑た男の首をひねる」
しかし――何も起きない。
『警告:該当スキル未所持、または魔力が不足しています』
「……ですよね」
直人が乾いた笑みを浮かべると、男の顔が怒りで赤黒く染まった。
「あぁ!? テメェ、今なんつった!?」
男が錆びた剣を振り下ろす。
「危ない!」
エレナが直人の前に滑り込み、切っ先を自らの剣で受け止めた。
直人は瞬時に理解した。スキルも魔法も、今の自分にはない。
ならば、頼れるのはこの「若返った体」と、自分の手だけだ。
「……なら、物理でいく!」
エレナが剣を必死に押し返している今、男の意識は完全に彼女に向いている。脇腹はガラ空きだ。
直人は迷わず飛び出した。男が気づいた時には遅かった。
直人は低い姿勢から男の懐へ潜り込むと、太い首に両腕を強引に巻き付けた。筋力Eの貧弱な腕力だ、普通に締め上げても効かない。
だから直人は、自分の全体重をかけ、男の足払いをかけながら地面へと引きずり倒した。
ドサァッ!
「がはっ……テメェ!」
もつれ合いながら倒れ込む二人。男が体勢を立て直そうとする一瞬の隙。
直人は男の背後に回り込むと、ありったけの力を込めてその首を抱え込み、自身の体をテコにして強引にねじり上げた。
「ぐ、ぎ……ッ!?」
男の目が白黒する。
「死んでたまるか……こちとら、月曜の満員電車で鍛えられてんだよぉッ!」
直人の絶叫と共に、ゴキリ、と鈍く湿った音が響いた。
男の体がビクリと跳ね、そのまま動かなくなる。
『ピロン♪』
『経験値を獲得。レベルが2に上がりました』
直人は震える指先で、再びあの言葉を唱えた。
「……ステータス、オープン」
『フォン』という音と共にウィンドウが開く。殺した感触が残る手のひらを握りしめながら、直人は更新された数値に目を走らせた。
(残りステータスポイント……5!)
直人はウィンドウに向かって、祈るように叫んだ。
「ポイント割り振り! 筋力と敏捷に、ありったけ!」
『ピロン♪』
肯定音が鳴ると同時、直人の全身を焼けるような熱さが駆け巡った。筋肉が収縮し、神経が研ぎ澄まされる感覚。デスクワークで鈍っていた感覚が、野生の獣のように覚醒していく。
「おらぁッ! 調子に乗るなよガキがぁ!」
残党の一人が大振りに剣を薙ぎ払ってくる。
だが、今の直人にはその動きが驚くほど緩慢に見えた。敏捷値が上昇したおかげだ。
「見える……!」
直人は半歩踏み込み、切っ先を紙一重でかわすと、男の懐へ侵入した。
今度は首ではない。がら空きの鳩尾だ。
「ふっ!」
筋力強化された拳を、全体重を乗せて叩き込む。
ドゴォッ! という鈍い音と共に、男の体が「く」の字に折れ曲がり、空気を吐き出して白目を剥いた。
「なっ……!?」
「ひ、ひいぃッ! こいつ、化け物か!?」
残る二人。彼らは完全に戦意を喪失していた。
「逃げるぞ!」
背を向けた男たちを、直人は逃がさなかった。
地面を蹴り、驚異的な加速で追いつくと、一人の襟首を掴んで強引に引き倒す。もう一人が振り返った瞬間には、既に直人の拳がその顔面を捉えていた。
数秒後。
広大な草原には、うめき声を上げる男たちが転がり、直人と、呆然と立ち尽くすエレナだけが立っていた。
男たちが完全に沈黙すると同時、脳内にはファンファーレのような派手な音が鳴り響いた。
レベルが一気に5まで上昇し、新たにHPとMPの概念、そして「魔力」のステータスを獲得した。
「おい、アンタ。こいつら以外に仲間はいるのか?」
直人が振り返ると、エレナはハッとしたように表情を引き締め、剣を鞘に納めた。
「……おそらく、いないはずだ。だが、血の匂いに釣られて、もっと厄介な連中が来るかもしれない……魔物だ」
エレナが短く告げたその時、遠くから風に乗って、先ほどの金属音とは異なる、腹の底に響くような低い咆哮が聞こえてきた。
「グルルルゥ……」
直人は遠くから聞こえる獣の咆哮を聞きながら、足元で気絶している男たちに視線を落とした。
「……血の匂いで魔物が来る、か」
今の自分は、レベルが上がったとはいえ素人だ。魔物と戦っている最中にこいつらが目を覚ませば、挟み撃ちにされる。
それに、もし逃がせば、仲間を連れて報復に来るかもしれない。
(リスクは、排除するしかない)
直人の脳裏に、冷徹な判断が浮かぶ。
平和な日本なら殺人鬼の発想だ。だが、ここは法も警察もない異世界。そして自分は、もう一度死ぬわけにはいかない。
「悪いが、恨まないでくれよ。俺も必死なんでな」
直人は足元に落ちていた、男が使っていた錆びた剣を拾い上げた。
一人、また一人。
事務処理のように、あるいは期限の迫った仕事を片付けるように、直人は生き残っていた三人の命を断った。
「貴様……」
一部始終を見ていたエレナが、信じられないものを見る目で呟く。
騎士である彼女にとっても、無抵抗の人間を躊躇なく殺す直人の姿は、異質で、底知れない不気味さを感じさせるものだった。
『ピロリン♪』
『経験値を獲得。レベルが6に上がりました』
直人は血の付いた剣を草むらで拭いながら、小さく息を吐いた。
罪悪感がないわけではない。だが、数字が増えるというゲーム的なフィードバックが、今の彼の精神を奇妙なほど安定させていた。
「……ステータス、オープン」
虚空に浮かぶウィンドウ。直人は冷静にその変化を確認する。
【名前】 ナオト・カジヤ
【レベル】 6
【職業】 なし(無職)
【HP】 210/210 【MP】 16/16
【スキル】 格闘 Lv.2 / 剣術 Lv.1 / 解体 Lv.1 / 冷徹
【残りSP】 20
「……『冷徹』に『解体』か。便利なもんだな」
直人は自嘲気味に笑った。
咆哮は近づいている。直人は迷わず、貯まったポイントの使い道を思考し始めた。
「よし……全部だ。残り20ポイント、全て『魔力』に振る!」
直人は迷うことなくウィンドウを操作した。 物理ステータスはレベルアップで多少底上げされた。ならば、今の自分に決定的に足りない「飛び道具」、つまり魔法の可能性に賭ける。これはある種、ギャンブルだった。
『ピロリロリンッ!』
先ほどまでとは比べ物にならない、長く激しい電子音が脳内で炸裂した。 その瞬間、直人は激しい眩暈に襲われた。
「ぐ、うぅ……ッ!?」
頭蓋骨の内側が熱い。まるで脳みそを直接鷲掴みにされ、熱湯を注ぎ込まれているような感覚。 だが、それは不快な痛みではなかった。全身の血管という血管に、血液とは違う「何か」が奔流となって駆け巡る、圧倒的な全能感。
視界がクリアになる。風の音が、草の匂いが、そして近づいてくる魔物の殺気が、手にとるようにわかる。
「はぁ、はぁ……すごいな、これ」
直人は額の汗を拭いながら、震える手でステータス画面を確認した。
【名前】 ナオト・カジヤ 【レベル】 6 【職業】 なし(無職)
【パラメータ】
HP: 210 / 210
MP: 450 / 450 (↑↑爆増)
【ステータス】
筋力:D
敏捷:D+
耐久:E
魔力:E → B+ (限界突破)
【残りSP】:0
【スキル】
≪格闘 Lv.2≫
≪剣術 Lv.1≫
≪解体 Lv.1≫
≪冷徹≫
≪魔力感知 Lv.MAX≫ (NEW! 急激な魔力上昇により習得)
≪生活魔法≫ (NEW! 魔力の開通により習得)
「MP450……!?」
桁が違う。一般人の平均がどれくらいかは知らないが、さっきの「16」とは比較にならない数値だ。魔力ステータスも一気にB+まで跳ね上がっている。
「これなら、いけるか……?」
直人が拳を握りしめたその時、草原の茂みが激しく揺れた。 現れたのは、牛ほどもある巨大な赤毛の狼――『レッドウルフ』。その口からは涎が滴り、凶悪な牙が覗いている。
「グルルゥ……ッ!」
「ひっ……!」
エレナが恐怖に顔を引きつらせて後ずさる。武器を持たない彼女に、この化け物は荷が重すぎる。 直人は一歩前に出ると、溢れ出る魔力を意識し、右手を狼へと向けた。
直人は一歩前に出ると、溢れ出る魔力を意識し、視線をレッドウルフへと固定した。 手から何かを放つわけではない。もっと直接的で、理不尽な力の行使。
呪文なんて知らない。だが、今の自分には**≪異界の言語≫と、桁外れのMP**がある。 直人はイメージした。サラリーマン時代、理不尽な上司や取引先に抱いていた、煮えくり返るような怒りの炎を、目の前の怪物の体温へと変換する。
「……燃えろ」
直人が短く呟いた、その瞬間だった。
ボッ……ドゴォォォォォッ!!
予備動作も、火球が飛ぶ過程もなかった。 レッドウルフの巨体そのものが、突然「発火点」となったのだ。
「ギャッ――!?」
魔物は悲鳴を上げる暇すらなかった。 体毛が燃え広がったのではない。体内から溢れ出した超高熱の紅蓮が、一瞬にしてその存在を内側から食い破ったのだ。 まるでインクを水に落としたように、狼のシルエットが炎の色に染まり、次の瞬間には爆ぜるように消失した。
数秒後。 そこには、黒く焦げた地面と、まだパチパチと燃える空気が残されているだけだった。 あの巨大な狼は、骨の一片すら残さず完全に消滅していたのだ。
「……うわ」
直人自身もその威力に引き気味に声を漏らす。 ただ「燃えろ」と念じただけでこれだ。MP全振りの恩恵は、想像を遥かに超えていた。
『ピロリン♪』 静寂を取り戻した草原に、例の通知音が鳴る。
『特定行動を確認。スキル**≪パイロキネシス≫**を習得しました』
直人はすぐにステータス画面で詳細を確認する。
【スキル詳細】
≪パイロキネシス≫:発火能力。思念で火を起こす。
※補足:呪文詠唱を必要とせず、視界内の対象を発火させる念動力の一種。消費MPは規模に依存する。
「『パイロキネシス』……。魔法っていうより、超能力の類か?」
直人は、何事もなかったかのような自分の掌を見つめる。 手を汚すことも、熱さを感じることもない。ただ見つめて念じただけで、生物が消滅した。その事実に、背筋が薄ら寒くなるのを感じた。
「き、貴様……一体、何者だ?」
背後から、震えを帯びた、しかし威圧的な声が聞こえた。 振り返ると、エレナが腰を抜かして座り込みながらも、気丈に直人を睨みつけていた。その瞳には「怪物」を見る恐怖と、王族としての矜持が入り混じっている。
「火種もない場所で、詠唱も魔法陣もなく……魔獣を内側から焼き尽くすなど! そのような理を外れた力、宮廷魔導師ですら持ち合わせてはおらぬぞ!」
彼女は声を張り上げ、直人を指差した。
「答えよ! 貴様は、人の皮を被った魔人か何かか!?」
「……失礼だな。俺はただの、通りすがりのサラリーマンだよ」
直人は肩をすくめ、少しだけ自嘲気味に笑った。
「サラリーマン……? 聞いたこともない職種だが……ふん、平民の戯言になど興味はない!」
エレナは依然として警戒を解かず、地面に落としていた自らの剣へと手を伸ばそうとした。だが、腰を抜かした状態では思うように体が動かないようだ。
直人はそれを見て、ふと思いついた。 (さっきは『燃えろ』と念じて発火させた。魔法というよりは、イメージを魔力で具現化する感覚だったな。なら……)
燃やすことができるなら、動かすこともできるんじゃないか? 直人はエレナの手が届きそうな場所にある、彼女の剣に視線を向けた。
(……浮け)
右手を軽く上げ、見えない糸で剣を釣り上げるイメージを脳内に描く。MPがごっそりと減る感覚と共に、物理法則が無視される。
「なっ!?」
エレナが息を呑む目の前で、銀色の剣がふわりと宙に浮き上がった。 剣は直人の手元へと吸い寄せられるように飛来し、その掌にピタリと収まった。
『ピロリン♪』 再び、あの通知音が鳴る。
『特定行動を確認。スキル**≪テレキネシス≫**を習得しました』
【スキル詳細】
≪テレキネシス≫:念動力。思念で物体を操作する。
※補足:接触することなく物理的干渉を行う。対象の重量と操作の精密さに応じてMPを消費する。
「やっぱりか。これもいけるんだ」
直人は浮かせた剣の柄を握りしめ、納得したように頷いた。 どうやらこの世界(あるいは今の自分)の魔法体系は、厳密な呪文や儀式よりも「魔力を燃料にしたイメージの強制執行」に近いらしい。
「き、貴様……!」
エレナがわなわなと震えながら立ち上がった。 自分の武器を奪われた(ように見えた)ことへの憤りと、理解不能な現象への恐怖で顔が青ざめている。
「火だけでなく、触れもせずに物を動かすだと!? ……答えよ! そのような邪法、どこの国で学んだ! まさか、北の『魔境』の手先ではあるまいな!?」
魔境の手先? いや、だから俺は……」
直人が言い訳をしようとした矢先、周囲の草むらからガサガサという音が無数に響き始めた。 先ほどのレッドウルフの死臭、そして人間の死体の血の匂い。それらが、さらなる捕食者たちを呼び寄せてしまったようだ。
「グルルゥ……」 「シャァァッ!」
茂みから姿を現したのは、先ほどと同じレッドウルフが5匹。さらに上空には、翼長2メートルはある怪鳥『ポイズンバット』の群れが旋回している。
「囲まれたか……。やはり、血の匂いは撒き餌になってしまったようだな」 エレナが絶望的な顔で唇を噛む。 「貴様が派手に燃やすからだ! これだけの数、私の剣でも……くっ、手元に剣がない!」
「ああ、悪い。これ返すよ」
直人は奪った(拾った)剣を、テレキネシスでふわりと浮かせ、エレナの前へ丁寧に差し出した。 エレナは狐につままれたような顔でそれを受け取る。
「……礼は言わんぞ。だが、今は共闘するしか――」
「いや、ちょっと待ってくれ」 直人は一歩前に出ると、眼鏡のブリッジを上げる癖(今は裸眼だが)のように指を動かし、群がる魔物たちを品定めするように見回した。
「さっきは勢いで燃やしちまったが……よく考えたら、ここは異世界だ。コンビニもスーパーもない」
直人の脳裏に浮かんだのは、これから直面するであろう「食糧問題」という現実的なリスクだった。 このレッドウルフ、見た目は怖いが、要するに巨大な肉の塊だ。燃やして炭にしてしまっては、食べる部分がなくなってしまう。
「……食料は、大事にしないとな」
直人は右手を掲げ、足元に転がっている無数の小石に意識を向けた。 使うのは**≪パイロキネシス≫**ではない。肉を傷つけずに仕留めるための、物理的な干渉力。
(浮け。そして、急所を穿て)
**≪テレキネシス≫**発動。 数十個の鋭利な石礫が、直人の周囲にふわりと浮かび上がる。 次の瞬間、直人が指を弾くと、それらは音速に近い速度で射出された。
ヒュンヒュンヒュンッ!!
「ギャッ――!?」 「ギィーッ!」
狙いは正確無比。 空中のポイズンバットは翼の付け根と頭部を撃ち抜かれて墜落し、地上のレッドウルフたちは眉間を撃ち抜かれるか、あるいは不可視の力で首を強引にねじ曲げられて即死した。
『ピロリン♪ ピロリン♪』 通知音が連続して鳴り響く。
「ふむ……。これなら毛皮も肉も無傷だ。後で解体して焼けば食えるだろう」
数秒で全滅。 草原には、燃えカスではなく、きれいに保存された「食材」の山が築かれた。
「さて、邪魔者は片付いた。……で、さっきの話の続きだっけ?」




