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『超解析の賢者は、難攻不落の鋼鉄の檻(アイゼン・ケージ)で自由を計算する』  作者: 済美 凛


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9/30

壊せるもの、壊せないもの

密告者を黙らせた翌日、

 監獄の空気は、何事もなかったかのように元へ戻った。


 巡回は規則正しく、

 点呼は無言で進み、

 看守の目は、いつもと同じ冷たさだ。


 だが――

 俺たちだけが知っている。

 この中で、何かが確実に“動き始めた”ことを。



 作業場の昼は、

 夜とは別の意味で息が詰まる。


 火。

 熱。

 鉄の匂い。


 グラムは、いつもと同じように金槌を振るっていたが、

 その手元に置かれた小さな布包みが、妙に目についた。


 あの夜に拾った、

 最初の金属片だ。



「……それ、どうする」


 俺が小さく聞くと、

 グラムは、金槌の手を止めずに答えた。


「まだ、“どうにかする”段階じゃねぇ」


「だがな――

 “どうにもならない”ってことは、もう分かった」



 グラムは、

 炉の端に置いた小さな鉄輪を指で弾いた。


 ——キン。


 澄んだ音が、短く響く。


「これが、

 お前の腕についてる“あれ”と、ほぼ同じ材質だ」



 俺は、両腕の黒い腕輪を見る。


 見た目はただの金属。

 だが、魔力も力も、すべてを拒む“檻”。



「叩いても割れない」

「削っても欠けない」

「熱しても溶けない」


 グラムは、淡々と言った。


「普通のやり方じゃ、

 壊せないように作られてる」



「じゃあ、どうする」


「“普通じゃない力”を、

 “普通じゃない角度”から当てる」



 そこへ、

 クロウが影から姿を現した。


「看守の倉庫に、

 結界補修用の部材がある」


「その中に、

 “結界を通さなくなった廃材”が混ざることがある」



「それが、

 この金属片と同じ性質を持つ、ってわけか」


 俺が言うと、

 グラムは低く頷いた。


「結界に“負けなかった”金属だ」


「普通の武器じゃ壊せないものを、

 普通じゃないやり方で“狂わせる”ことができる」



 リオルが、

 いつの間にか背後に立っていた。


「つまりさぁ……」


「その欠片を使えば、

 腕輪も“ちょっとだけ”おかしくできる、って話?」


「可能性はな」


 グラムは、そう答えた。


「だが、

 いきなり外れるわけじゃねぇ」



「まず必要なのは、

 “揺らす”ことだ」


 金槌を置き、

 グラムは真剣な顔で言った。


「腕輪はな、

 一定の“流れ”で封印を保っている」


「その流れを、

 ほんの一瞬だけ“乱す”」


「その一瞬がなきゃ、

 何をやっても無駄だ」



 俺は、

 その言葉を、ゆっくり噛みしめた。


(……封印は、

 “完全な固定”じゃない)


(“流れ”で、保っている)



「揺らした、その一瞬に――

 俺が“差し込む”」


 グラムは、そう言った。


「この欠片を、

 “道具”に変えてな」



「で、その瞬間に、

 ゼノンが嗅ぎつけたら?」


 リオルが、軽く言う。


 空気が、一瞬だけ固まった。



 クロウが、低く言った。


「来る」


「間違いなく、来る」



「つまり――」


 俺は、静かに言う。


「腕輪を揺らした瞬間が、

 “俺たち全員が殺される可能性が一番高い瞬間”だ」



 グラムは、

 否定しなかった。


「そうだ」



 しばらく、

 誰も口を開かなかった。


 火の音だけが、

 作業場に静かに響いている。



「……それでも、やる」


 俺が言う。



 グラムは、

 わずかに口角を上げた。


「だろうな」



 クロウは、

 すでに次の巡回の影を見ていた。


「俺が、

 “その一瞬”を作る」



 リオルは、

 いつもの軽さに戻った。


「じゃあ僕は、

 その一瞬を“別の騒ぎ”で包むとしよう」



 役割は、自然に決まった。


 揺らす。

 差し込む。

 隠す。


 たったそれだけのことに、

 全員の命が乗る。



 その夜。


 俺は、房の中で、

 両腕の腕輪を見つめ続けていた。


 冷たい金属。

 逃げ場のない重さ。


 だが――

 昨日までと違うのは、


(……こいつは、“壊せない”わけじゃない)


 ただ、

 **“正しい壊し方を知らなかっただけだ”**ということ。


 鋼鉄の檻の中で、

 脱獄は、ついに――

 “理屈”になった。

壊せるもの、壊せないもの

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