壊せるもの、壊せないもの
密告者を黙らせた翌日、
監獄の空気は、何事もなかったかのように元へ戻った。
巡回は規則正しく、
点呼は無言で進み、
看守の目は、いつもと同じ冷たさだ。
だが――
俺たちだけが知っている。
この中で、何かが確実に“動き始めた”ことを。
◆
作業場の昼は、
夜とは別の意味で息が詰まる。
火。
熱。
鉄の匂い。
グラムは、いつもと同じように金槌を振るっていたが、
その手元に置かれた小さな布包みが、妙に目についた。
あの夜に拾った、
最初の金属片だ。
◆
「……それ、どうする」
俺が小さく聞くと、
グラムは、金槌の手を止めずに答えた。
「まだ、“どうにかする”段階じゃねぇ」
「だがな――
“どうにもならない”ってことは、もう分かった」
◆
グラムは、
炉の端に置いた小さな鉄輪を指で弾いた。
——キン。
澄んだ音が、短く響く。
「これが、
お前の腕についてる“あれ”と、ほぼ同じ材質だ」
◆
俺は、両腕の黒い腕輪を見る。
見た目はただの金属。
だが、魔力も力も、すべてを拒む“檻”。
◆
「叩いても割れない」
「削っても欠けない」
「熱しても溶けない」
グラムは、淡々と言った。
「普通のやり方じゃ、
壊せないように作られてる」
◆
「じゃあ、どうする」
「“普通じゃない力”を、
“普通じゃない角度”から当てる」
◆
そこへ、
クロウが影から姿を現した。
「看守の倉庫に、
結界補修用の部材がある」
「その中に、
“結界を通さなくなった廃材”が混ざることがある」
◆
「それが、
この金属片と同じ性質を持つ、ってわけか」
俺が言うと、
グラムは低く頷いた。
「結界に“負けなかった”金属だ」
「普通の武器じゃ壊せないものを、
普通じゃないやり方で“狂わせる”ことができる」
◆
リオルが、
いつの間にか背後に立っていた。
「つまりさぁ……」
「その欠片を使えば、
腕輪も“ちょっとだけ”おかしくできる、って話?」
「可能性はな」
グラムは、そう答えた。
「だが、
いきなり外れるわけじゃねぇ」
◆
「まず必要なのは、
“揺らす”ことだ」
金槌を置き、
グラムは真剣な顔で言った。
「腕輪はな、
一定の“流れ”で封印を保っている」
「その流れを、
ほんの一瞬だけ“乱す”」
「その一瞬がなきゃ、
何をやっても無駄だ」
◆
俺は、
その言葉を、ゆっくり噛みしめた。
(……封印は、
“完全な固定”じゃない)
(“流れ”で、保っている)
◆
「揺らした、その一瞬に――
俺が“差し込む”」
グラムは、そう言った。
「この欠片を、
“道具”に変えてな」
◆
「で、その瞬間に、
ゼノンが嗅ぎつけたら?」
リオルが、軽く言う。
空気が、一瞬だけ固まった。
◆
クロウが、低く言った。
「来る」
「間違いなく、来る」
◆
「つまり――」
俺は、静かに言う。
「腕輪を揺らした瞬間が、
“俺たち全員が殺される可能性が一番高い瞬間”だ」
◆
グラムは、
否定しなかった。
「そうだ」
◆
しばらく、
誰も口を開かなかった。
火の音だけが、
作業場に静かに響いている。
◆
「……それでも、やる」
俺が言う。
◆
グラムは、
わずかに口角を上げた。
「だろうな」
◆
クロウは、
すでに次の巡回の影を見ていた。
「俺が、
“その一瞬”を作る」
◆
リオルは、
いつもの軽さに戻った。
「じゃあ僕は、
その一瞬を“別の騒ぎ”で包むとしよう」
◆
役割は、自然に決まった。
揺らす。
差し込む。
隠す。
たったそれだけのことに、
全員の命が乗る。
◆
その夜。
俺は、房の中で、
両腕の腕輪を見つめ続けていた。
冷たい金属。
逃げ場のない重さ。
だが――
昨日までと違うのは、
(……こいつは、“壊せない”わけじゃない)
ただ、
**“正しい壊し方を知らなかっただけだ”**ということ。
鋼鉄の檻の中で、
脱獄は、ついに――
“理屈”になった。
壊せるもの、壊せないもの




