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『超解析の賢者は、難攻不落の鋼鉄の檻(アイゼン・ケージ)で自由を計算する』  作者: 済美 凛


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8/30

暗がりの制裁


 深夜の鋼鉄の檻は、

 昼間よりも、ずっと静かだ。


 だがこの静けさは、

 安全の証じゃない。


 音を立てた瞬間、終わり――

 そういう種類の静けさだ。



「三回目の巡回が通り過ぎたら、動く」


 沈黙の暗殺者の声は、

 息よりも小さかった。


 俺たちは、いったん全員、

 自分の房に戻っている。


 寝台の上には――

 **丸めた布で作った“人型の塊”**が横たわっていた。


 暗がりで見れば、

 眠っている囚人にしか見えない。


 これが、夜行動の“基本”だ。



 廊下から、警棒の音。


 ——カン。

 ——カン。

 ——カン。


 三回。


 暗殺者の気配が、すっと消えた。



 俺は鉄格子を、

 音が出ない角度で静かに押し、

 通路へ滑り出た。


 冷たい空気が、

 一気に肺に入る。


 自分の房を振り返ると、

 寝台には“俺の代わり”が眠っている。


 これが、

 今夜の命綱だ。



「こっちだ」


 クロウが先に立ち、

 影から影へと道を作っていく。


 グラムは一歩後ろ。

 リオルは、冗談みたいに軽い足取り。


 だが、

 一歩でも踏み外せば即見つかる。



 密告者の房の前に着いた。


 古い鉄格子。

 薄い毛布。

 荒い寝息。


「……間違いないのか?」


 俺が小さく聞くと、

 暗殺者は即答した。


「ああ。

 人を“売る”動き方をしている」



「どうする?」


 リオルがささやく。


「殺さない。

 だが――

 二度と密告できないようにする」


 俺は、そう答えた。



 クロウが鉄格子の継ぎ目に指をかける。


 今にも音が出そうになった瞬間、

 グラムが、そっと手を添えた。


 金属の歪みが、わずかに整う。


 音は、出なかった。



 暗殺者が、

 中へすり抜ける。


「——起きろ」


 その一言で、

 密告者の目が見開かれた。


 叫ぼうとした口を、

 クロウが押さえつける。


「声を出したら、お前は終わりだ」



 密告者の体が、

 がたがたと震え始めた。


 逃げられない。

 助けも来ない。


 夜の監獄は、

 そういう場所だ。



「お前は、

 “やる相手”を間違えた」


 暗殺者が、静かに言う。



 グラムが、小さな袋を取り出した。


 中身は、

 油と金属の粉を混ぜたものだ。


「これを口に塗る」


 低い声で言う。


「しばらくの間、

 まともに声が出せなくなる」



 暗殺者が、

 密告者の口元へ、そっとそれを塗った。


 クロウが、

 喉を軽く押さえる。


 短い時間。


 密告者は声を出そうとして――

 かすれた音しか出なかった。



「これで、もう“売れない”」


 暗殺者が言った。


 密告者は、

 涙を流しながら何かを訴えようとしたが、

 声にならない。



「帰るぞ」


 グラムが小さく言う。



 俺たちは、

 来た道をそのまま戻った。


 巡回が来る前に、

 必ず自分の房へ戻らなければならない。



 房に戻り、

 寝台の“偽物”をどかして横になる。


 心臓の音が、

 やけに大きく聞こえた。



 暗闇の中で、

 リオルの声が、ひそひそと届く。


「これで終わり、って顔じゃないね」


「まだ何かあるのか?」


「あるよ」


 軽い声で言った。


「“次に誰が裏切るか分からない”って状況が残った」



 鋼鉄の檻の夜は、静かだ。


 だがそれは、

 安心できる静けさじゃない。


 いつ裏切られてもおかしくない、

 張りつめた静寂だ。


 脱獄への道は進んだ。


 同時に――

 監獄そのものが、

 少しずつこちらに歯をむき始めていた。


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