暗がりの制裁
深夜の鋼鉄の檻は、
昼間よりも、ずっと静かだ。
だがこの静けさは、
安全の証じゃない。
音を立てた瞬間、終わり――
そういう種類の静けさだ。
◆
「三回目の巡回が通り過ぎたら、動く」
沈黙の暗殺者の声は、
息よりも小さかった。
俺たちは、いったん全員、
自分の房に戻っている。
寝台の上には――
**丸めた布で作った“人型の塊”**が横たわっていた。
暗がりで見れば、
眠っている囚人にしか見えない。
これが、夜行動の“基本”だ。
◆
廊下から、警棒の音。
——カン。
——カン。
——カン。
三回。
暗殺者の気配が、すっと消えた。
◆
俺は鉄格子を、
音が出ない角度で静かに押し、
通路へ滑り出た。
冷たい空気が、
一気に肺に入る。
自分の房を振り返ると、
寝台には“俺の代わり”が眠っている。
これが、
今夜の命綱だ。
◆
「こっちだ」
クロウが先に立ち、
影から影へと道を作っていく。
グラムは一歩後ろ。
リオルは、冗談みたいに軽い足取り。
だが、
一歩でも踏み外せば即見つかる。
◆
密告者の房の前に着いた。
古い鉄格子。
薄い毛布。
荒い寝息。
「……間違いないのか?」
俺が小さく聞くと、
暗殺者は即答した。
「ああ。
人を“売る”動き方をしている」
◆
「どうする?」
リオルがささやく。
「殺さない。
だが――
二度と密告できないようにする」
俺は、そう答えた。
◆
クロウが鉄格子の継ぎ目に指をかける。
今にも音が出そうになった瞬間、
グラムが、そっと手を添えた。
金属の歪みが、わずかに整う。
音は、出なかった。
◆
暗殺者が、
中へすり抜ける。
「——起きろ」
その一言で、
密告者の目が見開かれた。
叫ぼうとした口を、
クロウが押さえつける。
「声を出したら、お前は終わりだ」
◆
密告者の体が、
がたがたと震え始めた。
逃げられない。
助けも来ない。
夜の監獄は、
そういう場所だ。
◆
「お前は、
“やる相手”を間違えた」
暗殺者が、静かに言う。
◆
グラムが、小さな袋を取り出した。
中身は、
油と金属の粉を混ぜたものだ。
「これを口に塗る」
低い声で言う。
「しばらくの間、
まともに声が出せなくなる」
◆
暗殺者が、
密告者の口元へ、そっとそれを塗った。
クロウが、
喉を軽く押さえる。
短い時間。
密告者は声を出そうとして――
かすれた音しか出なかった。
◆
「これで、もう“売れない”」
暗殺者が言った。
密告者は、
涙を流しながら何かを訴えようとしたが、
声にならない。
◆
「帰るぞ」
グラムが小さく言う。
◆
俺たちは、
来た道をそのまま戻った。
巡回が来る前に、
必ず自分の房へ戻らなければならない。
◆
房に戻り、
寝台の“偽物”をどかして横になる。
心臓の音が、
やけに大きく聞こえた。
◆
暗闇の中で、
リオルの声が、ひそひそと届く。
「これで終わり、って顔じゃないね」
「まだ何かあるのか?」
「あるよ」
軽い声で言った。
「“次に誰が裏切るか分からない”って状況が残った」
◆
鋼鉄の檻の夜は、静かだ。
だがそれは、
安心できる静けさじゃない。
いつ裏切られてもおかしくない、
張りつめた静寂だ。
脱獄への道は進んだ。
同時に――
監獄そのものが、
少しずつこちらに歯をむき始めていた。




