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『超解析の賢者は、難攻不落の鋼鉄の檻(アイゼン・ケージ)で自由を計算する』  作者: 済美 凛


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7/30

静かな裏切り

最初の欠片を手に入れた翌日から、

 監獄の空気は、目に見えない“ささくれ”を帯び始めた。


 巡回が、わずかに増えた。

 警棒の音が、妙に近い。

 点呼の視線が、やけに長い。


 どれも、確証にはならない。

 だが――

 何かが、こちらを嗅いでいる。



「動きが、読まれてるかもしれない」


 雑務通路の陰で、

 暗殺者が低く言った。


「“読まれてる”というより、

 “教えられてる”匂いだな」


 グラムが、炉の煤を指でぬぐいながら答える。



「密告、か」


 俺がそう言うと、

 リオルが、いつもの軽い調子で肩をすくめた。


「この監獄に“善人”なんて期待しない方がいいよ。

 点数を稼げば、飯と寿命が延びる」


「裏切りは、ここじゃ通貨だ」



 その日の作業中、

 俺は一度だけ、

 “それらしい男”と目が合った。


 年嵩の囚人。

 背は低く、

 終始、周囲を窺うような視線。


 俺と目が合った瞬間、

 そいつは、わずかに口角を上げた。


 ――嫌な笑い方だった。



「……今の、見たか」


 作業の合間、

 クロウが、影から囁いた。


「ああ」


「匂いが、違う」


 それだけで、十分だった。



 その夜。


 俺たちは、

 互いに離れた房から、

 “何もないふり”をしたまま、

 小さく情報を繋いでいた。


 直接集まらない。

 視線も合わせない。


 ただ、

 “動かないこと”こそが、今夜の最重要事項だった。



 だが――

 静けさは、長く続かなかった。


 深夜。


 遠くの区画で、

 突然、怒号が上がった。



「動くな!」

「伏せろ!」

「結界、再起動!」


 金属音。

 悲鳴。

 床を引きずる音。


 監獄が、部分的に“騒がしく”なる。



 翌朝、

 噂は、食事より早く回った。


「昨夜、

 “解除”に関わった囚人が、

 処分塔へ送られたらしい」


「誰だ?」


「名は知らねぇ。

 だが……」


 囁くように続く。


「“結界屑をいじってた”って密告されたらしいぞ」



 胸の奥が、冷えた。


 あの欠片のことだ。

 間違いない。



「……一人、潰された」


 グラムが、歯を噛みしめる。


「俺たちじゃない」


「だから、次は――

 もっと確実に潰しに来る」



 リオルが、

 珍しく、笑わなかった。


「賭け金が、上がったね」


「密告者は、

 “まだ近く”にいる」



 その時だった。


 作業場の奥、

 あの年嵩の囚人が、

 看守に向かって、

 小さく何かを囁くのが見えた。


 距離があり、

 言葉は聞こえない。


 だが――

 看守の視線が、

 その直後、

 俺の腕へと、滑ってきた。



 ほんの一瞬。


 それだけで、

 全てが、繋がった。



「……確定だ」


 暗殺者が、影の中で言う。


「“あいつ”が、売っている」



 その夜。


 再び、巡回が増えた。


 だが、今度の俺たちは、

 もう“気づかれない側”ではなかった。



「どうする」


 クロウが、低く問う。



「……生かすか、

 消すか、

 黙らせるか」


 リオルが、淡々と選択肢を並べる。



 俺は、しばらく考えた。


 能力は、まだ戻らない。

 確率も、見えない。


 だが――

 ここで、何もしなければ、

 次に消えるのは、

 俺たちの誰かだ。



「黙らせる」


 俺は、そう言った。


「死なせはしない。

 だが、

 二度と“売れない”状態にする」



 暗殺者が、

 静かに頷いた。


「夜だな」



 その一言で、

 今夜の“静寂”の使い道が、決まった。


 鋼鉄の檻の中で、

 脱獄計画の敵は、

 ついに“外”ではなく――

 “内”から牙を剥いた。

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