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『超解析の賢者は、難攻不落の鋼鉄の檻(アイゼン・ケージ)で自由を計算する』  作者: 済美 凛


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最初の欠片

夜の作業区画は、

 昼よりもずっと静かだった。


 送気管の低い唸りと、

 遠くの水音だけが、

 鋼鉄の檻の奥で、ゆっくりと呼吸している。



「……ここだ」


 沈黙の暗殺者の声は、

 闇に溶けるように低かった。


 俺たちは、

 資材搬入口の裏手、

 “監視の継ぎ目”と呼ばれる場所に立っていた。


 看守の視線が交差し、

 ほんの数秒だけ、

 どちらからも“見られなくなる”死角。



「この先は、

 巡回が一拍ずれる」


 暗殺者が、指で床を軽く叩く。


「その“ズレ”が、

 お前の命になる」


「分かった」



 グラムは、

 壁際に積まれた金属屑の山を見つめていた。


「ここはな」


 低い声で言う。


「結界を補修した後の、

 “不要部材”が捨てられる場所だ」



「結界の、不要部材?」


 俺が聞き返すと、

 グラムは、鼻で笑った。


「完全な素材は、外へ持ち出される」


「ここに残るのは、

 割れた欠片、

 魔力を通さなくなった“死んだ金属”だけだ」



「それが、使えるのか」


「使えるかどうかは、

 “目”の問題だ」


 そう言って、

 グラムは屑の中へ手を突っ込んだ。



 ——キィン。


 短く、澄んだ音。


 グラムの指先から、

 小さな金属片が引き抜かれる。


 黒ずんでいるが、

 縁だけが、妙に滑らかだった。



「これだ」


「ただの、ゴミに見えるが……」


「“結界を通らなかった金属”だ」


 グラムは、

 それを軽く叩いて見せる。


 ——コン。


 音が、鈍く“返らない”。


「魔力を、拒む性質が残っている」



 俺は、

 その小さな欠片を見つめた。


 能力が封じられた今、

 解析はできない。


 だが――


(……直感だが)


 これは、

 この監獄にとって“異物”だ。



「これが、何になる」


 暗殺者が、静かに聞く。


「今は、まだ“種”だ」


 グラムは、そう答えた。


「だが、

 これがあるとないとじゃ、

 “壊せるものの範囲”が変わる」



「腕輪も、か?」


 俺がそう言うと、

 グラムは、視線を逸らした。


「……可能性は、ある」


 その一言で、

 胸の奥が、静かにざわついた。



 その瞬間。


 遠くで、

 警棒が床を打つ音がした。



 暗殺者の声が、即座に切り替わる。


「来る。

 三拍で消えろ」



 一拍。

 二拍。

 三拍。


 俺たちは、

 影の中へ、同時に溶け込んだ。



 看守の足音が、

 目の前を通り過ぎる。


 視線が、

 金属屑の山をかすめる。


 だが――


 グラムが、

 すでに“ゴミと同じ角度”で、

 欠片を屑の中へ戻していた。


 完全に、

 ただの廃材にしか見えない。



 足音が、遠ざかる。



 沈黙が戻った後、

 グラムは、

 いつの間にか、その欠片を懐に収めていた。


「……気づかれていない」


 暗殺者が、低く言う。



「これが、最初の一つだ」


 グラムが、静かに言った。


「解除だの、脱獄だの、

 そんな大それた話は、

 この“欠片一つ”からしか始まらねぇ」



 俺は、

 両腕の黒い腕輪を見下ろした。


 たった一片の金属。


 だが――

 それは、確かに“封印”へ向けた

 最初の楔だった。



 その夜。


 房へ戻った俺の耳に、

 リオルの声が、ひそひそと届いた。


「いやぁ……

 今夜の賭け、

 どうやら“一口目”は当たりらしいね」


 姿は見えない。


 だが――

 あいつは、もう嗅ぎつけている。



「詐欺師」


 俺が呟くと、

 くすっと笑う気配だけが、

 闇の奥で揺れた。


 鋼鉄の檻の中で、

 脱獄への道は――

 ついに、“物質”として動き始めた。


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