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『超解析の賢者は、難攻不落の鋼鉄の檻(アイゼン・ケージ)で自由を計算する』  作者: 済美 凛


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運命の詐欺師

雑務通路という場所は、

 鋼鉄の檻の中でも、特に“音”が歪む。


 水音が二重に反響し、

 鎖の擦れる音が、どこから鳴ったのか分からなくなる。


 逃げ道の錯覚を生む、

 いやらしい構造だ。



「……あれ?」


 その通路で、

 場違いなほど軽い声がした。


「君、新入りだよね?」


 振り向くと、

 鎖をぶら下げた細身の男が、

 壁にもたれかかるように立っていた。


 年は俺より少し上。

 目元は細く、

 笑っているのか、警戒しているのか分からない表情。



「誰だ」


「いやぁ、名乗るほどでもないけど……」


 そう言いながら、

 男は、わざとらしく胸に手を当てた。


「リオル。

 人呼んで、“運命の詐欺師”ってね」


「……自分で言うのか」


「人が言ってくれないからさ」


 へらっと笑う。



「それで、賢そうな君は何者?」


「アルスだ」


「アルスくんね。

 じゃあさ、さっそく質問」


 リオルは、

 指を一本立てた。


「君、

 ここから出られると思う?」



「思う」


 俺は、即答した。


 リオルは、少しだけ目を丸くした。


「へぇ……即答なんだ」


「考える必要がない」


「それはそれで、怖いけどね」



「君さ」


 リオルは、歩きながら言った。


「この監獄、

 脱獄者ゼロだって知ってる?」


「ああ」


「結界、警備、自動迎撃、

 全部そろった“完全犯罪予防施設”」


「それでも?」


「それでもだ」



 リオルは、

 くすっと笑った。


「いいね。

 そういう“根拠のない自信”、嫌いじゃない」


「……根拠はある」


「お?」


 興味深そうに、

 こちらを見る。


「でも、今は言えない」


「なるほど。

 “言えない自信”か」


 納得したように頷く。



「で、アルスくん」


 リオルは、

 急に声を落とした。


「君さ――

 もうゼノンに嗅がれたでしょ」


 その一言で、

 空気が変わった。


「……なぜ分かる」


「簡単だよ」


 にやり、と笑う。


「君の“匂い”、

 もう半分“狩られる側”になってる」



「ゼノンに目をつけられた囚人はね」


「逃げようとするか、

 諦めて壊れるか、

 どっちかしか選べない」


「君は、どっち?」



「逃げる」


 俺は、迷わず答えた。



 リオルは、

 一瞬だけ、黙った。


 それから、

 いつもの軽さに戻る。


「ふぅん……」


「じゃあ、

 僕は“賭け”に乗るとしようかな」



「賭け?」


「そう」


 指を鳴らす。


「君が逃げられるかどうか。

 そして――」


 少しだけ、

 笑顔が歪んだ。


「君が逃げる時に、

 僕を一緒に連れて行くかどうか」



「……俺は、

 誰でも連れて行くわけじゃない」


「知ってる。

 だからこそ、面白い」


 軽い口調。

 だが、その目は、妙に真剣だった。



「一つだけ、忠告しとくよ」


 リオルは、

 通路の奥へと歩き出しながら言った。


「この監獄で“計画”を立てるなら、

 必ず二種類の人間が必要だ」


「一つは、“形を作る者”」


 グラムの顔が脳裏をよぎる。


「もう一つは――」


 振り返って、

 にっこり笑った。


「“嘘を信じさせる者”」



 そのまま、

 リオルは闇の向こうへ消えていった。


 残された俺は、

 しばらく、その言葉を反芻していた。


 力。

 技。

 そして、

 “嘘”。


 脱獄という不可能を成り立たせるには、

 どれも欠けてはいけない。



 その夜。


 房の中で、

 沈黙の暗殺者が、低く言った。


「……詐欺師は、

 最後まで信用するな」


「だが、使え」


「使いどころを間違えたら、

 全員死ぬ」



 不敗の鍛冶師。

 沈黙の暗殺者。

 運命の詐欺師。


 囚人たちの中で、

 最も危険で、最も有用な“駒”が、

 これで、すべて揃った。


 鋼鉄の檻の中で、

 脱獄計画は、

 ついに“形”を持ち始めた。


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