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『超解析の賢者は、難攻不落の鋼鉄の檻(アイゼン・ケージ)で自由を計算する』  作者: 済美 凛


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嗅覚の宣告

夜風が、

 肺の奥まで入り込んできた。


 冷たい。

 だが、その冷たさは――

 檻の中の冷え方とは、まるで違っていた。


 クロウは、

 しばらく無言で、

 空を見上げていた。


 星が、

 あまりにも多い。


 「……久しぶりに見ると、

  目が痛ぇな」


 それが、

 彼の第一声だった。


 グラムは、

 何も言わず、

 ただ黙って、

 新鮮な空気を吸い込んでいる。


 俺は、

 腕に残る新型腕輪の重さを、

 確かに感じながら、

 夜の闇へ視線を向けた。


 ――まだ終わっていない。


 この脱獄は、

 “逃げ切り”じゃない。


 ただの――

 “突破”だ。


 「……リオル」


 思わず、

 名前が口からこぼれた。


 振り返っても、

 もう、あいつはいない。


 あの軽い笑顔も、

 飄々とした声も、

 この夜には、ない。


 そのときだった。


 背後――

 崩れ落ちた未成工事通路の向こうから、

 **わずかな“気配のずれ”**が走った。


 俺の壊れた超解析が、

 唯一、

 同じ答えだけを、

 はっきりと示す。


 【接近者:一名】

 【危険度:測定不能】

 【逃走:不完全】


 ……来た。


 クロウが、

 即座に身構える。


 「追っ手か?」


 「一人だ」


 俺は、

 そう答えた。


 その一人が、

 誰であるかは――

 言わなくても、

 全員が理解していた。


 夜の闇の中から、

 ゆっくりと、

 人影が現れる。


 静かな足取り。

 息の乱れは、ない。


 ゼノン・グレイブ。


 「……やはり、

  ここまで出たか」


 低い声が、

 夜に溶ける。


 グラムが、

 一歩、前に出た。


 「まだ、やる気か」


 ゼノンは、

 彼を一瞥しただけで、

 視線を俺に戻した。


 「お前だけだ」


 その言葉が、

 はっきりと、

 夜に響いた。


 「この脱獄の“匂い”は、

  他の誰のものでもない」


 俺は、

 新型腕輪を握りしめた。


 超解析を回す。


 ……だが、

 答えは、

 あまりにも歪んでいる。


 勝てる未来。

 負ける未来。

 逃げ切る未来。

 殺される未来。


 どれもが、

 同時に、

 “本物の顔”で並ぶ。


 「……ゼノン」


 俺は、

 はっきりと名前を呼んだ。


 「俺は、

  もう一度捕まるつもりはない」


 ゼノンは、

 わずかに、

 口角を上げた。


 「知っている」


 そして――

 低く、

 確実に告げた。


 「お前だけは、

  必ず俺が捕まえる」


 それは、

 予告でも、

 脅しでもない。


 **“宣告”**だった。


 その瞬間――


 夜の向こうで、

 何かが、

  静かに崩れる音がした。


 金属が折れる、

 低く、重い音。


 俺の胸に、

 ひどく嫌な予感が走る。


 「あの音は……」


 クロウが、

 息を呑む。


 ゼノンも、

 一瞬だけ、

 視線を夜の奥へ向けた。


 そして、

 小さく言った。


 「……詐欺師は、

  やはり、最後まで嘘をついたか」


 その言葉で、

 すべてを悟った。


 リオルは――

 もう、

 戻らない。


 俺の喉が、

 ひくりと鳴った。


 「……あいつは」


 声が、

 うまく、出なかった。


 ゼノンは、

 夜の向こうを、

 ほんの一瞬だけ見つめ――

 そして、

 何も言わず、

 背を向けた。


 「今夜は、

  ここまでだ」


 クロウが、

 思わず叫ぶ。


 「逃がすのか!」


 ゼノンは、

 振り返らなかった。


 「詐欺師は、

  もう“役目”を終えた」


 「賢者は――

  逃げ場のある獲物のうちに、

  追う方がいい」


 その背中が、

 闇に溶けていく。


 ゼノンは、

 完全に、

 引いた。


 だが、

 引いたからこそ、

 分かってしまった。


 この追跡は――

 終わらない。


 クロウが、

 歯を食いしばりながら、

 低く言った。


 「……アルス。

  詐欺師は、

  最後に、

  なんて言ってたんだ」


 俺は、

 夜空を見上げた。


 そして――

 思い出した。


 最後に、

 リオルが、

 あの軽い声で、

 置いていった言葉を。


 「……こう言ってた」


 俺は、

 はっきりと、

 夜に向かって告げた。


 「こんな嘘つきは、

  世の中に出ない方がいい」


 クロウが、

 目を伏せる。


 グラムが、

 強く、拳を握りしめた。


 俺は、

 最後の言葉を、

 胸の奥から、

 そのまま続けた。


 「……でもさ、

  最後に楽しい冒険が出来たよ」


 風が、

 強く吹いた。


 星が、

 一瞬、

 揺れたように見えた。


 俺は、

 新型腕輪を、

 ゆっくりと見下ろす。


 まだ、

 壊れたままだ。


 まだ、

 自由ではない。


 それでも――

 この足は、

 確かに、

 檻の外に立っている。


 背後には、

 鋼鉄の檻。


 前方には、

 名前も知らない世界。


 そして――

 必ず追ってくる、

 “嗅覚の番人”。


 俺は、

 振り返らず、

 一歩、前に踏み出した。


 リオルが、

 命と引き換えに作った、

 この“一歩”を、

 無駄にしないために。


 鋼鉄の檻は、

 確かに、

 越えた。


 だが――

 本当の“自由”は、

  まだ、

  計算の先にある。

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